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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第二章「してはいけない謝罪法」
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第8話

 その様子を後ろで見ているヴィルは、勿論、気が気でなかった。何が気が気でないかといえば、彼女はもちろん、自分のプライドが傷付けられることが気が気でなかった。しかし待って欲しい。彼女は決して器が小さい竜人だということではないのだ。竜人はプライドを大切にする種族である。それは古より受け継がれし血がそうさせているのか、はたまた、竜人が多く住む地域の地域性なのか、はっきりとした要因は不明であるが、彼らはきっと生き延びるためにプライドが必要なのだろう。

 だから、ヴィルの器が小さいという訳ではない。むしろ、大きいのだ。確かにプライドは高いかもしれないが、それ相応に実力があるのは確かなことだったし、良い点として、正義感が強いといった正の方向に働く可能性もあるという点があげられる。──もっとも、この正義感のせいで、春生は現在進行形で大きな損失を受けてしまっていたりする訳だが……それにより助かる命だってある訳である、多分。

 そんなヴィルの視線を受けながら、春生はひたすら謝ることに専念した。


「三人は、きっとこの地での心得があることなのだと思います。だからこそ、忠告として、ここでは新米のあの女剣士に対して、強く物を言ったのだと思います。そうです、だから、本来ならば、彼女はあなた方のいう事を聞くべきなんです」


 ヴィルが少し苛立つ、が、春生はそんなものは関係なしとばかりにマシンガンのごとくトークを続ける。


「ですが、彼女は、見ての通りまだ若い。僕よりも余程若いのではないでしょうか? いくら腕が立つとはいえ、やはり、どうしても経験は不足してしまうというもの。そこをなんとか大目に見てくれる、というのが、数多くの経験をされてきた方々だからこそできる立派な行動なのだと思います。そして、それを実行できるであろうあなたたちは、自分のような未熟者から見たらまさに尊敬に値するべき方々なんです……!」


 相手を持ち上げる。持ち上げるようでして、実のところ、これは、春生の願望を突き付けているに過ぎない。相手が立派な人だということを春生は願っているのだ。そして、その事実を相手に押し付けているのだ。もはやこれのどこに謝罪要素があろうか? 相手から見たら、実に不快な事実であろう。

 しかし、それでも、男三人は、春生をどうにかできない理由があった。

 その理由は──人の目、である。

 彼らが気にするのは人の目。いくらもめ事が頻繁に起きるギルドの近くといえども、これだけ春生が大声で今にも地にひれ伏さんばかりに頭をぺこぺこと大きく振りつつ、大きな身振り手振りを交えつつ謝罪をしているのだから、目立つ。

 実際に、気にして足を止める人は限られていたし、少し聞いたらすぐに立ち去るような状況ではある。しかし、当事者の男たち三人からしてみると、周りの目はとても気になるのだった。

 自分たちが、ワァワァと喚きたてて相手を責め立てている時はまだいい。その方がいくらマシだろう。相手がこうして、ひたすらに頭を下げている状況を、これでもかというほど続けられるというのは、なんというか、そう、ばつが悪い。非常に居心地が悪いのである。決まらない。

 もうそろそろいいだろう、飽きた、と言われてもおかしくないほど、春生の謝罪は続く。


「本当に申し訳ないです……なんといってお詫びをすればよいか──」


 そして、いよいよ、男たちがもう立ち去ろうとする。本来なら、とっくに立ち去ってもいいのである。けれども、春生のひたすらな謝罪は、それさえも許さない。頭をぺこぺこと下げることによって、目線は何度も男たちから外れるし、それどころか、春生は常に男たちの下の方へと目線を向け、睨みつけるなんてことは一切していないのにも関わらず、である。

 男たちが立ち去ろうと心折れかけたところで、春生は最後だとばかりに畳みかける。決め台詞はこうだ。


「──なんとか、許していただけないでしょうか?」


 これ。ここまでの謝罪は、ただひたすら、自分の非礼を詫びるだの、相手に理想を突き付けるだの、要求を押し付ける謝罪。けれども、そこに相手の介在の余地はなかった。つまるところ、何をどうすれば良いのか一切提示されていなかったのである。

 要求や理想像を叩きつけても、相手はそのままその場に佇むしかない。それは何故か。相手にも、まだまだプライドがあるからである。人目が気になるからである。

 だが、春生のこの一言で状況は一変する。

 要求が完全に一つの形になったのだ。複数の何かに答える必要なんてない。実に分かりやすい、たった一つの糸。大衆の好奇の目に晒され続け、何故か、一方的に逃げ場を失っていた男たち三人に蜘蛛の糸が垂れ下がってきたのである。

 これを逃す手なんてある訳がない。

 獲物が餌にかかるかのように、謝られているはずの男たちが必死になって、その餌に飛びつく。


「お、おおう、おう! おう! いいぞ、いいだろう、許してやるよ、許してやろうじゃないか」

「ん、ああ、そうだよなぁ、そこまで言われて、絶対に許さない、なんていうのはあまりにも無慈悲だ」

「本当なら、もっと、色々してもらわねぇと俺たちもメンツが立たないんだけどな、今回は初めてだしな……」


 男たち三人は口々にそんなことを言いあう。互いに目を合わせて、いかにも横柄な様子を全面へ出す。春生は分かっていた。これは見栄であると。そんなことは分かり切っていた。下手をすれば、周りの人間も、うっすらとそれを分かっていたのではないだろうか。

 けれども、春生はそれを口に出したりなんてしない。ここでさらに畳みかけるのだ。それこそが勝利への近道なのだから。


「えぇ……そんな、本当ですか!? えぇ、と、あの、本当に、何か出来ることがあれば、私が何でもしますので」

「いや、まぁ、いいよ、今回はよぉ」

「大目に見てやるって言ってんだ。いいか? 俺たちも暇じゃないんだよ」

「もう行っていいよな?」


 早々に立ち去ろうとする男たち。春生は最後まで油断せず、ぺこぺこと頭を下げ続けながら言う。


「え、ええ、それでしたら……。今回は、本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした。本当に、失礼しました」


 そうして、春生がぺこぺこと頭を下げる姿を見て、調子が悪そうに男たちは去っていった。危機は去ったのである。周りの人々もすぐに平常を取り戻し、こうして、一応は、春生とヴィルに訪れた危機は去ったはずだった。




「──おい」


 春生は後ろから話しかけられる。振り向くとそこにいたのは勿論ヴィル。なんだかものすごぉく不機嫌そうだ。察するに、彼女は人一倍頑張って耐えていたのだろう。謝っていたのは、頭を下げていたのは春生だったとはいえ、とにかく、ヴィルは不本意だった。それはもう人生の中でも一、二を争うくらいの不本意だったに違いない。彼女が何故ここまで我慢したかといえば、春生が一度関わった存在であったことや、春生がひたすら頭を下げてきたからということに起因する。

 一度、身を引いてしまったからには途中で口を挟むのはそれこそ彼女のプライドに関わることであり、それ故に、途中、春生がどれだけ頭を下げようが、情けない姿を晒し続けようが、この一件の前の一件の時のように途中で自分が突っ込むという訳にもいかず、ひたすら悶々とストレスをため続けていたという訳だ。


「な、なんだよ」


 春生だって、そうなんでもかんでもペコペコする訳ではない。目の前の竜人とかいう種族の剣士……。よくよく見ると、頭についている黒い双角もお尻の尻尾もどうやら間違いなく本物らしい、ということが春生には分かった。何故ならば、今、彼女の尻尾がゴゴッと天を貫くように、まるで、怒りを表すかのように真っ直ぐに反り立っているからであり、顔が近づき過ぎた事によって、黒い双角がぐさり、ぐりぐり、と春生の頭に押し付けられ、どうやら飾りではないらしいことが分かったからである。


「な、ん、だ、よ、だと!?」


 ぐわぁと怒りが爆発しそうになるヴィル。


「お、おいおい、ここじゃ、ダメだろ!? せっかくさっきの揉め事終わったってのに……!」

「……チッ、こっちへ来い!」


 どうやら、僅かに残っていた彼女の理性が最後の最後に働き、春生は手を引かれ、ギルドの建物や大通りから少し離れた脇の道へと押し込まれる。

 既に日は沈んで僅かな夕日の名残が差し込むばかりになっていたため、路地裏とも呼べるその空間は暗く、まるで、不良か何かに脅されているようなシチュエーションとなってしまう。

 春生は、壁へと押し付けられるかのように放り投げられ、背中を軽く壁にぶつける。意義を唱えるよりも前に、ヴィルが目前へと迫り、春生の横側へ片方の腕をバシンと伸ばし、壁へドンと叩きつける。まるで退路を断つかのように春生を囲うのは威圧目的に他ならない。


「貴様ァ……恥ずかしくはないのか! あんなに、馬鹿みたいに頭を下げ……! プライドというものはないのか!? 貴様がどういう男なのか私は知らん。しかし、見たところ、この地の人間ではないようだ。冒険者なのか? けど、冒険者でも、所詮、人間ということか? ええ? お前に誇りはないのか! なんでもかんでも謝り、挙句の果てにはすがるように許しを請い……! 情けなくはないのか!? ふん、なんなら、あの男ども三人の方がまだマシに思えるな」


 まるで、春生の生き方を否定するかのような物言いに、春生は苛立ちを覚えた。春生は、ぺこぺこと頭を下げることに抵抗はない、謝罪をすることにも抵抗はない。けれども、それは、それらの行為に意味があると思っているからこそ抵抗がないのだ。それらの行為をまるで無意味なものかのように言われ、それどころか、それらの行為は悪であるとまで言わんとするヴィルの物言いに、春生は腹を立てた。


「いやあ、すみませんねぇ」


 第一声。春生は、冷や汗を流しながら答えた。ヴィルが首を傾げる。まだ謝るのか、と。自然に出たその言葉、けれども、春生は屈した訳ではなかった。


「ただ、言わせてもらってもいいかな? 君のそのプライドがこの場で何の役に立つのかな? 事実、今、この場にまだここで働く権利を失わずにいられるってのは、僕のおかげじゃないのか? プライドで飯が食えるか、なんて安っぽいことは言わないよ、けどね、謝罪によって得られるものだってある。どっちが強いかなんてことは言いっこなしだ、けど、あの場においては謝罪の方が強かった、違うかい? 武力でなんでも解決しようとするのは実に野蛮じゃないか、って僕は思うね。動物は武力でしか物事を解決できない。謝罪を出来るのは人間だけ、間違ったこといってるか?」


 ヴィルは、壁に沿えている手を、バンと叩きつけることによって、怒りを示す。


「詭弁だ! そんなもの!」

「いーや、詭弁じゃない! 事実、今の状況を見てみろよ。少し前を振り返って見ろよ。あのフルーツの店の話だ。今更いうのもナンセンスだけど、君があの時口出しをしてこなければ、今頃、君の腰には二本の剣が刺さっていた、あの時、君が少しでもプライドを捨てて、店主の情けを受けていても、君の腰には二本の剣が刺さっていた、違うか!? 謝罪が何でも解決するなんて思っちゃいないさ。その場しのぎだよ、謝罪なんてもんは。根本解決になんてならないんだ。けど、人って気持ちで動く動物じゃないのか。だから、謝罪で人の気持ちを動かすってことは、その人を心から動かすことになるんじゃないのか? それは、プライド高く激突することに劣ることだっていうのか!? あの場を丸く収めたこの僕を馬鹿にしてるってのか!?」


 ここまで叫ぶように言って、春生は、自分の感情が溢れていることに気が付いた。これはいけない、と思った。あまりに強く言い過ぎた。相手は剣を持っている野蛮人。いきなり怒り出す野蛮人だ。得体のしれない相手に、ここまでぼこすかと感情を投げつけてしまうのは、今日一日であまりに多く心身への疲労が蓄積されていたからだろうとちょっとばかり冷静な自己分析をしてみたりする。

 ヴィルは、ピクリ、ピクリと眉を動かす。それはまるで怒りを爆発させる準備をしているかのように見える恐ろしい光景であった。が、しかし──ヴィルは、すっと壁に押しやっていた手を下げると、実に難しそうな表情をして、うぅん、と唸るとしばらく黙ってしまう。

 どうしたものかと春生が考えていると、ようやくヴィルが口を開いた。


「……確かに、それは、そうかもしれない」

「え?」


 春生から出た間抜けな声を無視して、ヴィルは続ける。


「私は、私が間違っているとは思わない。私が激怒したのは、私を馬鹿にされたからだ。私の正義感を汚すような出来事、私のプライドを傷つけるような発言、行動をあいつらがしたからだ……謝罪というのは一種の交渉術。プライドを全て捨て去った訳ではない。お前はお前なりのプライドをもっていた、ということだろう。違うか? えぇと──名は?」

「あ、あー、松尾春生」

「ハルキ」


 春生は、ヴィルがいきなり態度を変えたことに少し動揺しつつも、小さく頷いた。

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