表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第二章「してはいけない謝罪法」
6/22

第6話

 事の顛末はこうである。

 ヴィルヘルミーネはこのギルドに尋ねるまでに、他の小さな店などにも顔を出していた。そこで仕事はないかと申し出るが、どこでも一様に、ここでは常連以外に仕事は出してない、仕事が欲しいならギルドへ行け、と言われていた。

 この点について、ヴィルヘルミーネはさほど深く考えてはいなかった。これは、彼女の誇りが傷つけられる事象ではなかったのだ。何故なら、彼女が常連でないということは紛れもない事実であったからである。

 さて、そんな風に言われつつも、彼女はギルドへとたどり着いた。大きな石造りの建物であったため、場所はすぐわかったし、入ってみれば雑多な中にも秩序があり、誰が職員なのかということはすぐにわかった。


「仕事はないだろうか?」

「……あー、今は~、ないねぇ」


 返答がぶっきらぼうなのは、それに対して即座に怒り出す、あるいは、諦めて去るような人間に、ここでの仕事の適正はないという判断をするための軽い面接のようなものである。ヴィルヘルミーネはその点においては優秀であった。


「私はこう見えても、イェテボリーテの出身だ。冒険者として、多くの仕事をしてきた。実績はある。詳細な話が必要ならば話す時間もある。ここに来た理由は──」

「おぉ、おぉ、それならいいよ、分かった」


 ギルドの職員はそう言うと一度奥に引っ込んだかと思うと、手に仕事のリストを持ち出てくる。


「えーと、今、君に任せられる仕事はと……資材の運搬業務、市場の清掃業務、それに──」


 出てくる仕事はどれもこれもとても冒険者という職業の人間がするものとは思えなかった。少しの間は黙って聞いていたヴィルヘルミーネだが、ついに、口を挟む。ただ、まだ、この時は怒りを出していない。彼女は大きな理由なく怒りを叩きつけるほど気が短いという訳ではない。彼女は、自分のプライドを大きく傷つけられた時に怒るだけなのだ。この時はまだそのレベルには達していなかった。


「待ってくれ、その──私は、こう見えても、それなりの腕はある。ドラゴン退治も経験済みだし、過去に魔王討伐軍の隊列に加わったこともある──女だからといって、甘く見てはいないか?」


 これは確認だった。声が徐々に険しいものになっていた。ここで職員が答える──よりも先に、回りにいた冒険者、数にして三名の小さな、ガラの悪そうな男がヴィルヘルミーネの声を聞いて、めざとく反応したのである。


「なぁ、なぁ、お嬢ちゃん~、それならさぁ、俺たちと一緒に警護任務でもしねぇかぁ? ん~? ホントはよぉ、ここじゃよ、何回かそんなくっだらねぇ雑用みたいな仕事をしないと、稼ぎの良い仕事は紹介されねぇのよ。だけど、だ。俺たちみたいな常連には、そりゃあもう、商業都市ピゼットっていうだけあって、それなりに稼ぎのいい仕事を紹介してくれる──あー、いいんだよ、いいんだ、例え、お嬢ちゃんがまぁ~ったく使い物にならなくても、後ろにちょこんとお人形さんのようにしていてくれればいい。ま、それなりに、俺たちに貢献はしてもらうけどなぁ?」

「いーっひ、ひひっ、そりゃ、いいや。見たところ、それなりに美人だしなぁ~。おい、いいだろ、別に?」


 男たちが問うのはギルドの職員。


「うぅん……まぁ、君たちは確かに実績があるから、そこに加わる、ってんなら問題はないけどねぇ……」


 柄の悪そうに見える男たちでも、常連は常連。ギルド側からしてみれば、グループの人数が何人だろうが、仕事さえしっかりこなしてくれれば言うことはなかった。


「なァ? いいだろ~? 悪い話じゃないぜぇ、お嬢ちゃんは仕事の間寝ててもいい。あ~、でも、夜は寝れないけどなぁ?」


 下品な笑いが三人分、ヴィルヘルミーネへと被せられる。

 そして、プツリ、という音がした。そう、ヴィルヘルミーネの堪忍袋の緒が切れた音である。


「ふざけるのもいい加減にしろ! ここの街の連中はどいつもこいつも! 小さな店なら仕方ないとは思っていたが、こんなに大きなギルドにいるような冒険者でさえこの始末ッ! 馬鹿にしているのか! 喧嘩だな!? 喧嘩を売っているんだな、貴様らは!」


 怒声。男たちの一人の胸倉を掴みあげ、そのまま片方の腕で持ち上げんとするばかりにひねり上げる。そこへ入ってきたのが春生、という状態であった。




「お、おい、なんだ、お前……! 離せよ!」


 男が、自分の胸倉を掴むヴィルヘルミーネの腕を叩く。ばしと何度かぶつかった後、ギルド職員が仲裁に入り、ようやく彼女は手を放した。


「あのねぇ、中で喧嘩されるのは非常に迷惑なんだよねぇ~。どちらも。やるなら外でやってくれるかなぁ? どうしてもここでやるというなら、今後、君たち力になれなくなっちゃうからねぇ……」


 この手のいざこざには慣れているのか、呆れ顔で、しっしっと手をやる。断れば仕事は渡さない、という威圧である。双方ともに、それは良しとされない。男たちは舌打ちをしつつ、外へ出ていく。

 その後を追おうとするヴィルヘルミーネを、春生はとっさに止めた。


「ま、待って! えーと、あの、ヴィルヘルー、あー」

「貴様は、さっきの……! ヴィルヘルミーネ・ナイトハルト。ヴィルでいい。そんなことより! どけぇ! そこをぉお!」


 春生は必死に止めようとする。せっかく掴みかかった男がその場から不機嫌ながらも去ってくれたのだ。そのまま放っておけばいいのである。どのようないざこさがあったのか、春生は知らないため、どちらが悪いのかとうことも当然分からないのだが、せっかくそのまま見逃してくれるというのにわざわざ後を追っかける意味もあるまい。ましてや相手は三人。いくらヴィルが強いといっても三体一じゃ分が悪かろう、と思ったのだ。

 しかしながら、ヴィルの力は、春生が想像していたよりも遥かに強かった。ヴィルの腕を取り、必死に止めようとはしたのだが、物の見事に振り払われ、がしゃ、がしゃ、と身にまとう軽防具の音を鳴らしながら勇んで扉を跳ね除け外へ出ていってしまった。


「……あー……どうしよう」


 春生にある選択肢は二つ。一つ目、後を追うこと。二つ目、無視して紹介状を自分用に使って、あの女剣士については今後一切関わらないようにすること。悩むべきところである。だが、問題は、この場所にいる人間たちがどいつもこいつも剣などの武器を手に持ち、また、それぞれ防具に身を包み、規模は違えど何人かの集団で行動しているということだった。さらに言えば、このギルドなるものが与えてくれる仕事に、よもやホワイトカラーな仕事がある訳がない。事務職なんて募集しているとは思えない。第一、店主が書いたこの紹介状は、ヴィル用なのだ。彼女がどれほど強い女剣士なのか、春生には想像できなかったが、あんないかつい店主に立ち向かったり、男三人相手に全くひるまない様子を見ると、それ相応に強いのだろう。そんな彼女がこなすための仕事を自分がこなすことなんてできるだろうか……? そう、できない。

 となると、春生が撮るべき行動はたった一つ。彼女が争いをおっぱじめる前に、本気で止めることである。まだ外に出たばかり、今なら間に合うかもしれない。一刻も早く手を打たなければ──!

 春生はすぐに外へ出た。出た瞬間に、またもや、ヴィル、そして、男らの罵声が聞こえてきた。


「許さん! 貴様らのような奴らに言っておく。イェテボリーテの戦士に男も女も関係ない。貴様らのような雑魚相手、私一人でも十二分だ!」

「あぁ? なぁにムキになっちゃってるのよぉ、かっこわるぅ~」

「はっは、はっは、煽り過ぎだってぇ! ほらぁ、お嬢さん、おっかない顔でめっちゃこっち見てるじゃんよぉ~」


 ギルドの周りには多少の通行人は居たが、彼らはあまり気にしていないようだった。ギルドは冒険者が集まるところ。冒険者などと呼ばれてはいるが、その半分くらいはガラの悪い連中である。誇りを持って、冒険者という仕事をしているものもいれば、それなりに腕が立つから冒険者という仕事をしている者、はたまた、国の騎士団など、専業軍人として勤めていたが、独立して一人で仕事をしているような者がいる一方で、この三人組の男のように、肉体労働、人の下に仕えての仕事、農業、商業、等々、といった仕事に従事するのが嫌で、冒険者という仕事を選んだものもいる。だから、そんな冒険者が多く集まる場所では、ちょっとしたいざこざは絶えないものであり、そのくらいのことで人々はわざわざ足は止めないのだ。

 注目を浴びないことはまだマシとして、けれど、激しい言い争いが繰り広げられているという事実については、春生にとって、実に困った状態であった。


「貴様ら……。お前らのような荒くれものが冒険者を名乗るだなんて聞いているこっちが恥ずかしい。貴様らこそ、ドブ掃除でもなんでもするのがお似合いだろうに」

「あぁ~? そーいう、姉ちゃんこそな、剣士なんて辞めて、男のモノしゃぶってひぃひぃ言って金稼いでればいいんだよぉ、ばかぁーか」

「なんだ、貴様……」

「え~? わかんないのか? いくら竜人だからってな、女の子が剣士なんてやっても、だぁれも倒せやしないってことだよ。所詮、女だろ、女。力じゃ男にかなわねぇんだよぉ、へっへ。どうだ? 反論できるのか?」


 男らの物言いはヴィルにとって実に不快極まりないものであった。それ即ち、ヴィルにとって、何よりも大切──は言い過ぎにしても、彼女の中で余程大きな割合を占める、プライドを傷つけられる物言いであった。

 ということは、である。ヴィルが、より過激に怒るスイッチを彼ら三人は踏んでしまったということだ。


「よぉよぉ、なんとか言ったらどうなんだ? 大体なぁ、せっかく見逃してやったっていうのに、わざわざ、自分から突っかかってきて……一体どういうつもりなんだぁ? えぇ?」


 今度は一転して、男たちの言葉を沈黙して聞くヴィル。すぐ近くで、なんとか入るタイミングを伺っているものの全然、全く、これっぽっちもタイミングを掴めずにおどおどしている謎の不審者になっている春生は感じ取った。これ、やばいやつだ、と。これは、多分、いや、間違いなく、ヴィルが怒りを最大爆発させる前触れであるということが簡単に分かった。その証拠として、ヴィルの肩は近くで見ると明らかに震えていたのである。今にも爆発しようとしている怒り。これを逃しては間に入る隙はない。春生はそう確信していた。のだが……足が動かない。

 何故かと言えば、怖いのである。相手の男三人が? いやいや、そうではない。この目の前にいる少女、女剣士ヴィルヘルミーネが怖いのである。殺気だ。明らかな殺気を放っている。今、触れれば殺す、そう言わんばかりの覇気を身にまとっているようにどうしても見えてしまった。けれども止めなければいけない。ここがベストタイミング──が、その一瞬の躊躇が手遅れを招いた。


「──剣を抜け」


 シャァア、という金属と金属が触れ合う音がしたかと思うと、ヴィルの手には剣が握られていた。キラリときらめくその剣は、前に、店主に刺し出された剣─ヂェリコー─よりも一回り大きな代物。春生の血の気が引く。おいおい、ここで殺し合いを始めようっていうのか、という驚きと、これは止めないと大変なことになるという危機感、そして、何より、それを止めなければいけないのが自分という事実に震える。

 周りの人たちも、流石に剣が抜かれたとあっては黙って見ている訳にもいかないのか、心なしか足を止める人が出てきた。

 一方の男三人衆は、


「……お、おい、おい、お前、マジでやるってのか……? いいのかよ、こんなとこで暴れたら、先に剣を抜いたお前なんて即刻この街から干されるぜ……? い、いや、それどころか、この国で干される可能性だってあるんだぜ……?」

「──構うものか、さぁ、抜け。三人まとめて相手をしてやる。貴様らが言った言葉、全て撤回するまで、私が剣を収めることはないと思え……」


 ヴィルの目は細く、冷たく、三人の男たちを見つめていた。もう彼女の視界には、その三人以外は入っていないのだろう。そして、もっと言えば、彼女の思考には、怒りの二文字が強く強く刻み込まれているのだろう。冷静そうに見えるが、これは冷静なのではない。怒りが頂点に達したが故に、覚悟を決めた殺意を放っているのである。

 ここで止めなければ間違いなく血が流れるのが予想できた。春生にとって、流血沙汰は想像するに難しいことではあったが、それ故に、事の重大さは良く分かる。この男たちが言っているのは間違いないだろう。干される。春生は、心底思っている訳ではないにせよ、一応は、この女剣士ヴィルに恩義がある。そして、手にしている紹介状をなんとかうまく使えば、自分がこの世界で生き延びるアテができる可能性がある……。ここで血が流れれば、その可能性は完全に閉ざされるといっても過言ではないだろう……。

 そんな春生が取れる行動。躊躇していたが、もう後はない。闘いが始まったら終わり。一触即発──いっつも、この女は一触即発しようとしてるな、と春生は呑気にも思いつつ、あー、もう、仕方がない、と腹を括る。

 春生は思っていた。大体、こいつ、どんだけキレっぽいんだよ、と。そりゃあ、確かに、相当に腹の立つことを言われているというのは春生でも分かる。けれど、ここまで、人を殺す覚悟をするくらいにぶち切れることができるだなんて、ちょっとだけ──羨ましいような、そうでもないような……。

 ともあれ、だ。この場を収めるために動けるのはここには春生しかいないのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ