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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第一章「謝る人と謝らない人」
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第4話

 めげる訳にはいかない。春生は提案せねばならぬ。この事態を切り抜けるには、ひたすら低姿勢に、提案をし続けなければならぬ。


「あー、あのですねぇ、あのですねぇ」


 何とか場を繋げようと、春生は話しながら何かを考えようとした、どうすればいい、どうすればいいのか。


「そうだ! 自分が、働きます! いくらでもこきつかってください! 荷物運びだろうが、なんだろうが……」


 対価を労働へと変更する。平々凡々な事であるが、追いつめられた中で的確に対価を示すことが出来たという点を見れば、上々と言えよう。ここはビジネスの場、ということを考慮しての提案だった、が──


「お前に出来る仕事なんてあるとでも思ってるのか!? 大体な、どこから来たかも分からない、意味の分からない服装をしている人間を誰が信じられるっていうんだ? どこかで逃げるに決まってる! 信じられるか!」


 跳ね除けられてしまう。いよいよ、手はないものかと思われた。けれど、それでも、なお、春生は諦める訳にはいかなかった。


「そこを、なんとか! お願いします! 自分に出来ることなら、します! 雑用でも、荷物運びでも、仕分けでも……あの、何でもしますので!」


 ひたすらの頼みこむ。


「本当にご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ないです。すみません、頭ならいくらでも下げます……ですので……」

「くどい!」


 けれど、春生の声は聞き入れられない。だが、なおも春生は諦めなかった。


「もういい、お前、自警団に突き出す。どんな処罰になるのかはしらんが──」


 春生はひたすらに謝った。一方で、店主が物を述べている時は、しつこく謝らない。許されるまで謝る所存ではあったが、一方で、それは駆け引きでもあった。相手の怒りが収まるまでの駆け引きだ。

 譲歩されるか、されないか、なんてことは春生に分かる訳がない。さらに、そもそものこととして、春生本人には、今回の件は本当にどうしよもない不可抗力の出来事だったのだ。けれども、春生は頭を下げ続けた。相手の気持ちがそれで済むならば、と頭を下げ続けた。

 結果──粘り勝ち……というべき言葉が店主の口からぽつりぽつりと出始める。


「……でもなぁ、兄ちゃん、お前、なんで上から落ちてきたんだ? ん?」


 店主が、事の不自然さに僅かに興味を示してきたのだ。だが、ここで気を抜くのは早すぎる。春生は、以前低姿勢で接し続ける。


「えぇと、ですね……その、自分にも、本当に、正確なことが分からないのですが……気が付いたら、ですね──」


 状況が少しずつ落ち着いたのを悟ってか、野次馬もそれに伴って数をほとんど減らしていっていた。


「気が付いたら、ってことある訳ねぇだろぉ! なぁ?」


 店主の口調は、険しいものが続く、が、あと一押し、あと一押し、である。


「はい、本当に、申し訳ありません……そのですね──」


 なんとか、このまま事態が収まるだろうと思った。春生は、この後、この自分が知らない世界で生き抜くための苦労をしなければいけない、そう思った。思ったのだ、が……。

 一人の旅人が、唯一、野次馬として残っていた。どうやら、その女剣士は話が全然終わらないのを見て、苛立っていたようだった。ここに用事があるのか、どうなのか、それは分からないが、とにかく苛立っていた。

 全身には竜の鱗を用いた質量の軽い鎧を装備している。それも特徴的な外見であったが、より特徴的なのは、彼女の体そのものであると言えよう。肩にわずかにかかる程度の銀の髪の毛に、それに見合った白く透き通った肌。ここまではまだ普通の人間と大差ないと言えよう。しかし、頭には黒い双角があり、お尻には立派な爬虫類っぽい尻尾が備わっている。飾りではない。嘘偽りなく、彼女の身体の一部であった。

 その眼光は鋭く、野次馬がいなくなったことによって、店主を一直線に捉えていることが分かった。まだ、春生はぺこぺこと頭を下げ続けていた。そのため、背後から忍び寄る彼女に気づかなかったのである。

 店主が、ジロッと春生の後ろを見たことによって、ようやく、春生は何かが近づいてきているということを悟る──と同時に、その後ろから迫ってきた存在に肩を引かれ、否応なしに、ずい、と一歩後ろに下がる。

 代わりに前に出た女。後ろ姿に写るのは、立派な双角と尻尾だ。春生は、一瞬言葉を失いこそするが、すぐに、何だ何だと状況を把握しようとする。しかしながら、残念なことに、それはもう遅すぎた。


「おい! お前! 私がさっきから見ていれば、いつまでも、いつまでも、いつまでも頭を下げさせ……。どういうつもりだ、この男がここまで頭を下げ、謝罪をしているというのに、何故許さん! 信じられん! この街の商人はそこまで根性が腐っているのか! ええ!?」


 女は、今にも店主に掴みかからんとせんばかりに店主に顔を近づける。体格差は一回りも二回りもあるが、そのオーラたるや凄いものである。店主は、一瞬たじろいだものの、封印されかけていた怒りの表情を顔全体へと強く浮かび上がらせる。終わりかけていた噴火は、再び、こねくり回されたかのように爆発せんとしていたことは、春生の目から見て明らかであった。


「なんだぁ!? お前はぁ! えぇ!?」


 店主の怒声が女へと降り注ぐ。


「私は、イェテボリーテより来たヴィルヘルミーネ・ナイトハルト。お前のように、弱い存在をこれでもかと叩くような男が嫌いだ!」


 ここで、春生の心の声をお聞かせしよう。やめてくれ、頼む、やめてくれ、頼む、お前、やめてくれ、頼む。以上である。

 ヴェルヘルミーネなる女と店主の間に戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。


「関係ねぇだろう! お嬢ちゃん、あのなぁ、ここは、お嬢ちゃんみたいなひよっこが来るところじゃねぇだろうよ。イェテボリーテと言えば、竜人の傭兵の出身地として有名だったかな? ん? でもな、この街じゃ、お嬢ちゃんみたいな可愛い子に手を借りなくても、傭兵は足りてるよ。首を突っ込むようなことじゃない、帰った、帰った!」

「……貴様……見たところ、冒険者上がりの商人と見えるが……。それにしては、礼儀を知らなさすぎるのではないか。冒険者に、女も男もない。ましてや、私は竜人。そのような侮辱を言われて黙っておけるとでも思うのか!」


 春生は思う。あー、どうすんのー、これー。大体、話が別方向へ飛んでいってしまっているのである。完全に迷惑な話だ。何が迷惑って、もう少しで何とかかんとか謝罪をし終えて、何かしらの労働条件などは付くにせよ、無事、謝罪を終えることが出来たのだ。

 そこに来て、この謎の女──もとい、ヴィルヘルミーネなる人物の乱入である。もはや、ここまでのベストタイミングとなると、悪意があるとさえ思えてくる。にくい、にくらしい、今すぐに謝ってもらいたい、なんてことを春生は考えざるをえなかった。そんなことを考えている間にも、言い争いは激化していく、しかも、全然関係のない方向へ。


「──といって! それは、私だけでなくナイトハルトの侮辱にも値するぞ! このヴィルヘルミーネ、二本の剣に誓って、貴様をここで成敗してくれる……!」

「ほぉお? やるってのかぁ! えぇ!?」


 いよいよ、事態は大事になってきていた。ついに、店主は手に大剣を構えようとしている。一方の厄介女も、腰にかけている二本の剣を引き抜こうと試みているように見えた。一触即発、という事態であることに間違いはなかろう。

 春生は考えた。どうする、どうするべきなんだ!? 正直言って、このまま逃げるってのも一つの手かもしれない……が、ここで逃げて、万が一発見されたら? こんな何も分からない街で逃げてどうにかなるとは思えない……。

 じゃあ、どうするんだ、どうするんだ、考えた末、春生が取った行動は、


「待ってください! 落ち着いてください、二人とも!」


 止める、ということである。春生は、剣を構えんとする二人の間に立ち、店主へと向かうあう。とにかく、厄介なのは、自分の後ろにいる女が、自分は一切何も間違ったことはしていないと思っていることであり、それどころか、この女、絶対に正義感とかそう言った類の理由によって、春生を救おうと、良かれと思って行動しているということだった。

 だが、そこはうまく利用しなければいけない。つまり、この場において、春生が真っ先に謝罪をすべきなのは、依然として店主であるということなのだ。この女については後回ししなければならない、というか、絶対時間がかかるだろうし、後回しにせざるを得ない。


「すみません、すみません! あのですね、このヴィルヘルミーネさんは、ちょっと正義感が強すぎる、というかですね──ただ、これは自分が招いた失態なんです! 自分が、あの、空から降ってさえこなければ! こんなことにはならなかったんです! 本当に、申し訳ない! この女の方の分も、自分が償いますから、どうか、穏便に済ませてはいただけないでしょうか……!」


 全力。叫ぶように声を振り絞った。そして、全力で頭を下げた。後ろにいたヴィルヘルミーネは、なっ、だとか、ばっ、だとか、なんとか会話に入ってこようとしていたものの、春生がこれまでにないくらい大きな声で勢いよく謝るものだから、入るに入れない。よって、春生の謝罪は、誰にも邪魔されることなく、ストレートに店主に届く結果となる。


「あー……おう……そのー、なんだ」


 店主の様子が少しおかしかった。


「お前と、そこの竜人が、全く関係ない同士だってのは俺でも分かる。でもよ、お前はそれでもこのクソ女についての行為まで謝罪した──」


 春生はそれでもなお頭を下げ続ける。ヴィルヘルミーネは今にも店主に飛び掛からんとしているようだったが、寸での所で堪えているようだった。


「……いいよ、許してやる。でもな、おい、女! お前の失礼な物言いは別だ! 大体、お前、そんなこといって、この兄ちゃんが出した損失を払えるのか? ええ!? 正義感だけじゃ、この商業都市ピゼットじゃ生き残れねぇ。ずいぶん腕に自信はあるようだが、このピゼットではそれだけじゃ力は決まらねぇ。何がいいたいか分かるか? 金だよ。金を出せるのか、って言ってんだ」


 店主が見下すように、ヴィルヘルミーネを見る。春生にはすぐに分かった。挑発しているのだ。そして、春生からは金が絞り出せないと分かっている今、どうせなら、この訳の分からない正義感女から金を取ってやろうと考えているのであろう。春生は、一瞬、止めようかとも思った。いきなり話をぶち壊されたとは言え、この女は見ず知らずの他人。そんな人がもし金を出したら……と考えた。しかし、既に話の場は春生と店主の間にはない。今、ここで起きているのは、店主とヴィルヘルミーネの問題なのである。


「──ある」


 ヴィルヘルミーネが呟いた。


「ああ? ほう、じゃあ、出してもらおうか? そりゃ、そうだよなぁ、この兄ちゃんを助けようと思って割って入ったんだ。それくらいのもんがないとなぁ」


 店主は狙い通りだとばかりに追い打ちをかける。ヴィルヘルミーネは、まさに、ぐぬぬ、という顔をして、けれども、負けじと言葉を続けた。


「金貨は、ない……」

「ほぉ? 銀貨か? いいよ、銀貨でも」

「銀貨も、ない……」


 店主が苛立ちを覚えているようだった。しかし、ヴィルヘルミーネは、店主を睨みつけるように見ながら、言った。


「……これを渡す」

「……?」


 ヴィルヘルミーネは、すっと腰に手をやる。剣を抜くのかと思ったら、そのまま、鞘ごと、二本ある内の小さな方を店主へと突き出したのである。


「……お、おいおい……お前、いくらなんでも、分かったよ、分かった。そんな大切なもん差し出すまでもねぇ。許してやる、許してやるからよ」


 店主の言葉を聞き、春生は、いよいよ、やばいと思った。この竜人の子が一体何を思って剣を差し出すのかは知らないが、何とか金品を引きだそうと挑発していた店主自らがそう言うのだから、よほど価値あるものなのだろうことくらいは分かる。彼女にとって、その剣がどれほど大切なのかもわからない。そんな大きな親切をしてもらうのは、どうしても、申し訳ないと思ったのである。


「ちょ、ちょっと待ってよ! な、何も、そこまでしなくても……」


 だが、ヴィルヘルミーネは強い眼差しで店主を睨みつけたまま言った。


「誇りを汚された上、この場における力である金さえないなどという恥辱──! 絶対に受け入れる訳にはいかない! もはや口出し無用。冒険者でもなく、剣も使えず、人にペコペコと頭を下げる貴様のような人間にとやかく言われたくはない。黙っていろ! 店主、受け取れ。拒否はさせんぞ」


 店主を睨み続けながら、春生を威圧してきたのである。春生は思った。あ、このタイプの人、すぅっごいプライド高い感じの人だぁ、と。そして、更に思った。俺と真逆じゃーん、と。

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