表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第一章「謝る人と謝らない人」
2/22

第2話

 今日も、商業都市ピゼットは活気に溢れていた。商業の要所として、物流の要所として栄えているこのピゼットの労働者人口層は大きく四種類に別れる。

 第一に、商店を持つ商人。彼らはピゼットに土地を持ち、代々この地でそれぞれの商店がそれぞれの販路から仕入れた地方の特産物などを売っているのである。持ち込まれる品々は、この商業大国キストニア連邦の辺境の地の特産物が多く、輸送手段の代表は馬車である。ピゼットは内陸部の交通の要所であり、海には面していない。さて、彼ら商店を持つ商人はこの商業都市ピゼットの主役である。さらに言えば、このピゼットの実権を握るのは、政治を行っているのは、この中でもより莫大な富を持つ商人ら数人であったりする。それくらいに商人の力が強い街、それがピゼットなのだ。

 第二に、商店へと品を持ち込む行商人。彼らの多くはピゼットに妻子供を住まわせていたりして、特産物などの収穫時期等に、それらを運ぶという仕事をしている。危険を伴う仕事でもあるが、その分稼ぎは良いし、ピゼットの商店と個別に契約しているということからも生計は安定していると言えよう。

 第三に、冒険者。冒険者の主な仕事と言えば、とても有名なところで言えば魔物の討伐であろう。無論、このピゼットに置いても、そういった依頼や、そういった行為によって討伐した魔物からの副産物によって生計を立てている冒険者がいない訳でもないが、それよりも大きな比率を占めるのが、行商人の護衛としての仕事であったり、大商人のボディガードといった仕事をする冒険者である。別に冒険をしていないのに冒険者と呼ぶのはどうなのか、という声もあるが、屈強な彼らは仮にその仕事をクビになったとしても、辺境の地へ赴くことでいくらでも魔物討伐や、魔物狩りといった行為によって生計を立てることができる訳であり、そういうこともあってか、一般にこういったどこかの公共団体──例えば、国──などに属さない、いわゆる傭兵的役割をする人たちは冒険者と呼ばれているのだ。

 そして第四に、それ以外の人々。ここピゼットでは、上記三種類の人口層以外の身分は低く見られがちである。無論、彼らにも、この大商業都市を支えるための重要な役割を個々に持っているのだが、商業都市ピゼットの主役とはならないのだ。例えば、都市機能を維持するための役人だったり、商店というよりは、居酒屋のような店を構える店主だったり、あるいは教育を行うものだったり──多岐にわたる。

 さて、そんな商業都市ピゼットで、フルーツを売る店がある。仕入れる相手は行商人、売る相手も、勿論、行商人だ。ちなみに、売る相手の行商人というのは、ピゼットへ仕入れをしにくる行商人のことである。仕入れと販売の価格差によって儲けを発生させる訳だが、楽ではない。何せ、売り物はフルーツだ。熟成期間など、多少の時間の余裕があるとはいえ、あまりに時間が経ち過ぎるとダメになってしまう。そこが難しい。

 例えば、一束のフルーツがダメになるとしよう。その仕入れ値を取り戻すためには、何束のフルーツを売らなければならないだろうか? 勿論、答えは一などという簡単な問題ではない。それでは済まないのだ。多少の仕入れ過ぎは仕方ないにせよ、うまいことバランスを考えて売買を行わないと簡単に赤字に転落してしまう。難しい商品なのだ。

 店主はいかつい体をした二メートルの大男。実はこの男、その昔は冒険者をしていただとか、なんとか、そういう噂である。だから店の表に見せつけるようにして、彼の背丈を超えるような大剣が飾ってあるんだ、とか、なんとか……。商人の中には、ボディガードを雇うまで富がないものもいるが、彼の場合は、どうやらそうではないらしい。つまるところ、この大男は、自身の手で彼の身も富も守ることができる自信があるのだ。彼の店がこの地区ではちょっとした有名店舗だったりするのは、そんな理由から来ているのかもしれない。とはいえ、国中から沢山の人が集まるこのピゼットにおいては、金さえ持っていれば、彼のような変わり者も、何ら拒絶することなく店を構えることが出来る。ある意味、金こそが全て、そんな街なのだ、ここは。




 さて──そんなフルーツを売る元冒険者らしい巨体の持ち主の店に、ある日突然空から人間が降ってきた。まぁ、それだけならいい。問題は、その人間が、彼の大切な大切な商品を何箱分かぶっ潰してしまったということにあるのだ。

 店主は、空から落ちてきた男を見下ろした。見てみれば、奇妙な服、つまり、現代日本で言うところのスーツを着ている。店主は昔色々な場所を冒険してきたが、このような生地の服は見たことがない。異国の魔術師? 危ない奴? そんな思いが彼の頭を過るが、そんなことで彼はひるまない。何故なら、彼は強靭な肉体を持っているからである。彼は、その身体と武器一つで魔物さえも倒してきた。時には魔術を使うような奴もいた、が、それにも負けることなく、富を築き、この地に店を構えたのだ。

 何より我慢ならないのは、商品が何箱分かダメになってしまったということである。これではどれだけの損失か分からない。とんでもないことだった。許されない。その感情は、容易に店主の心に怒りを宿らせた。だから、彼はその奇妙な服装をした男を見下ろして言った。


「おい、なんだ、お前は」


 いつの間にか、店主の手には大剣が握られていた。それを、突き付けているのだ、春生に。春生は、まず状況を判断する必要があった。そして、それを判断した結果、次のような結果になる。

 まず一つ、春生はフルーツをたくさん潰したらしいということ。そしてもう一つは、どうやら、それらは大事なものらしいということ。そして、最後に、これが最も重要なことであるが、春生の目の前にいる大男が大きな大きな剣を春生の顔近くへと突き付けているということ。この事実をもとに推測される答え、それは──死の危険である。

 春生は動けずにいた。どうするべきかと考えた。エレベーターに乗っていただとか、降りたら何もなくて落っこちてしまった、だとか、そんなことを説明してどうにかなる場面だろうか? いーや、ならない。何が起きたのか、そんなことは全く分からないが、選択肢を間違えようものなら、春生の人生が終わってしまうだろうことは確かな気がしていた。


「聞いてるのか、おい」


 ざわ、ざわ、という周りの声。どうやら囲まれているらしい。けれど、自分に危害を加えようとしているのは、この大男だけということは分かった。そして、どうやら怒っているのもこの大男だけだということも分かった。見られているのだ。野次馬、というやつである。

 さらに加えて言うならば、周りの人々は、どう見ても日本人ではないようだ。服装、顔つき、どれを取っても、日本人ではない。何が、どう転んだのかなんてことは全く不明であるが、これは夢だと思った方が納得できるくらいの状況である。

 ここで、春生は第一声を考えた。例えば、いきなり立ち上がって、怒鳴る。間違いなく首が飛ぶだろう。仕事を首になるどころの話ではない。リアルに首が飛ぶ。あの剣すっごく強そうだもの。

 じゃあ、どうするか。そんなもの一つしかない。


「すみませんでした!」


 謝罪である。彼の行動理念に基づき、この場における最善の行動を考えた結果、謝罪が繰り出された訳だ。ごく自然のことかもしれないが、これは春生の日頃の仕事で積み重ねた経験の成果とでも言うべきか。春生は、頭の中で無意識に整理していたのだ。現在自分が置かれている立場の半分も理解できていないながらも、だからこそ、相手が怒っているという唯一分かる事実だけを溢れる情報の中から的確に抜き出し、それに対してベストと思われる行動を取ったのだ。

 状況が分からないからといって、どういうことなんだ、ということを相手に聞いたり、これは夢だと思いこんだり、そんな選択肢を取ることなく、春生は即座に謝罪をしたのである。頭を下げるということが出来ない姿勢であったので、首を僅かに動かすことによって、謝罪の意思を最大限に表示する。相手の目を見ることなく、とにかくうなだれたようにして、自分は悪いことをしました、自分に非があります、ということを言ってのけたのである。


「すみませんで済むほどうちの商品は安いもんじゃねぇんだぞ!」


 すぐさま店主の怒声が続けられる。が、一つ状況が改善される。それは、店主が大剣をひとまず春生の顔の近くからどけたということだった。もう一つ、春生にとって大きかったのは、今、現在置かれている自分の状況が分かったということだ。それは、自分が店の商品を潰してしまったということだ。なんとなく想像はついていたが、これは春生にとって大きな情報で、つまり、この場において、この大男にさえ許してもらうことができれば、この場はなんとか凌げるであろうということが明らかになったのである。

 春生は、まず、慎重に姿勢を半立ちの状態へと変える。一気に立ち上がるのはまずいと思った。相手がまだまだ怒りを十二分に蓄えている今、低い位置にあった自分の顔を上げすぎるのは良くない。謝罪をする時は低姿勢。これは基本中の基本。謝罪をするにあたって、見下ろしたような姿勢でするのはあまり褒められたものではないだろう。春生は、半分立ち上がった姿勢のまま、再び、改まって店主へと向き直ると、一度だけ店主の胸元辺りまで視線をあげ、頭を下げる。そして、実に申し訳なさそうな声で再び謝罪の言葉を口にする。


「本当に、申し訳ありません。これほどの素晴らしい品、フルーツをこんなむちゃくちゃにしてしまって……。何も申し開きできない、本当に、申し訳ないっ……!」


 今現時点における春生が考えられる自身の非をそのまま述べる。勿論、春生自身、心の中で思っていることがある。それは、何よりも、まず、こんなもん絶対自分の責任ではない、ということである。そりゃそうだ、いきなり空に投げ出されて、人間なんだから飛べる訳もなく、宙に浮いてるなら落っこちるに決まってる。あの状況で自分に一体何が出来たというのだろうか? どうしようもなかったのである。だから、春生がもし、ごくごく普通の人間だったとしたならば、もうこの場は喧嘩喧嘩の真っ最中になっていただろう。

 けれど、春生は違う。普段、自分の責任とは全く関係のない、赤の他人の責任を許してもらうために謝罪という行為をし続けてきた男──言うなれば、謝罪のプロなのである。春生は、良いことなのか、悪いことなのかはさておき、変なプライドなど持たない。この場で最もうまく場をまとめる方法が謝罪だと知っているから、謝罪をする、それだけなのだ。

 だが、店主の怒りはまだ収まらない。ギン、とその眼を光らせて、春生へ鼻息荒く顔を近づける。威圧である。


「だからなぁ! そんなんで、済むほど、世の中は甘くないってんだよ!」


 ここで春生はこの世界について考えてみることにした。何も情報はないながらも、一つ分かることがある。それは、この辺り一帯には所狭しと商店が並んでいるということと、回りの人間たちは、どうやらここで生活を営む者というよりは、ここの商品を買ってどこかで役立てようとしているものだということである。何故ならば、彼らは、そう、彼らは男性ばかりなのだ。女性の姿がない。生活を営むための買い物ならば、女性の姿がより多くあるはずであるが、ここにいる野次馬の客たちはそのほとんどが男性。服装について知識のない春生でも、男性が多いという事実はすぐに分かる。

 ここがどこだなんてことは知らないが、春生が知っている世界のどこかだとするならば、男性がこれだけ沢山集まる商店地域ということから考えるに、つまり、ここはビジネスの場だという結論に辿り着くことが出来た。故に──謝罪の方法が少し変わるかもしれない、と考えられる。

 だから、なんとかその道から解決を図ろうとしたのだが──


「なんとか言ったらどうなんだぁ! おおぉ!? あああ!?」


 そんなことを考えているほんの数秒の間にも、店主の怒りのゲージはどんどん上昇していたのである。この店主の怒りは相当なもののようであった。店主は再び剣に手をかけて、振りかぶろうとしているようにさえ見える。

 春生は思った。あれ、これ、やばくない……? と。一方で、春生の考えは次のように発展する。あれ、あれ、これ、頑張って謝罪しなきゃ、と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ