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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第四章「謝るという事──誠意」
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第18話

「あぁ、お疲れさまです、カリナ殿。いや、すみませんね、色々とバタバタしていまして。つい先日も小競り合いが起きまして……」


 ペコペコしながら部屋に入ってきたのは、軍服らしい服装に身を包んだ、頭髪の寂しい太めの男。凛々しいという言葉からは程遠いという印象をどうしても受けてしまう春生であったが、人を見た目で判断してはいけない、と気を引き締めなおす。

 座っていたカリナは、一旦立ち上がり、声をかける。


「将軍、ご苦労」

「あぁ、あぁ、いいんです、いいんです、そのままお座りください。えぇ、と、さて──」


 将軍と呼ばれた男は、次に、春生とヴィルへ視線を移す。その視線は、けれども、意外なほどに低姿勢である。どうやら、二人が何者かということを知りたいらしいと察した春生は、


「えぇと、初めまして。松尾春生です」


 ヴィルも同様にそれに続く。


「イェテボリーテの竜人、ヴィルヘルミーネ・ナイトハルトだ」


 すると、将軍はやたら嬉しそうににこにこ笑顔になって大きく何回も頷きながら、


「あぁ、あぁ、お二人が! そうですか、そうですか! これはこれは遠いところからお越しいただきました! ささ、どうど、立っていないでお座りください」


 常に腰が低い。春生のイメージからして、こういう軍部のお偉いさんというのは常にふんぞり返っていて、わりと無能で、下の人間をこき使う、といった酷いものであったが、どうやらこの人は違うらしい──が、その反面、ここまで低姿勢だと、これでいいのかとも思う。まるで、例えるなら、そう──ちょうど、上司に頭をぺこぺこ下げるような人間。春生から見れば、決して悪い印象は抱かないが、余計なお世話ではあるかもしれないが、どうしても不安は抱く。中肉中背だし……いやいや、しかし、こう見えて、物凄く頭の回転が早く、この国の危機を何度も救ってきたのかもしれない、とかなんとか考えながら着席する春生。


「さて──と」


 将軍もまた、着席する。ふぅー、と息を吐き、


「どうしましょうかねぇ?」


 まるで意見を求めるかのように問う。問うた相手は勿論カリナだ。どうやら、カリナはやっぱりそれ相応の地位を与えられているようだ。


「……将軍、ここの防衛はあとどのくらい保つ?」


 それに対して、カリナは質問で返す。このカリナの質問は、このルブニュスの現在の状態が深刻なものであるということを表してた。将軍は、んん~、と腕を組んで唸ってから、


「つい先日、小規模な衝突があってですね、周期を考えると、次の大規模な攻撃は三日後──いや、四日後……それに向けて、防備を整えようとはしているのですが、幾分、資材も人材も足りず……」

「次は耐えられない、ということですね」


 淡々と事実だけを問うカリナに対して、けれども、将軍はどうにも煮え切らないような態度で、曖昧に、はぁ、だとか、うぅん、だとか、返している。どっちつかずな態度に一番苛立ちを覚えていたのはヴィルであったが、口を挟む訳にもいかず、いらいらとしながら堪えているようだった。春生もそれなりに苛立ちを覚えてはいたものの、こんな光景はサラリーマン時代を思い返せばよくある話であり、そこまで気にするものでもない──もっとも、国家の存続をかけた戦いの指揮を執る人間がこれでよいのかという疑問はあるが。


「そのですねぇ……やっぱり、魔王と交渉するしかないのかなぁ、と思いましてねぇ……カリナ殿はどう思われます?」

「私もその意見には賛成だ」

「ですかぁ……うぅーん、でもまぁ、あの魔王が許してくれるとは思えないしなぁ……こっちはどれだけの対価を払えばいいんだろうなぁ……このルブニュスを明け渡せとでも言われたら、私はもうどこをどうしたらいいのやらぁ……」


 やはり煮え切らない。春生から見て、そもそも、魔王と交渉、というのがどうにも理解できなかった。見るからに疲弊しきっているのはこちら側なのにも関わらず、交渉がどうだという余地などあるのだろうか、ということが疑問だった。降伏、なら分かるが……。

 しかし、そろそろ口を挟んでもいいだろうと判断した。このまま話し合いを見つめていては、ただただ春生が無謀な交渉に突っ込むというハメになるからだ。


「えー、と。将軍、さんは、一体何をどうしようと考えているんですか?」


 なるべく低姿勢に言おうとしたが、ややとげのある言い方になってしまう。けれども、将軍はそれに気を悪くするでもなく、あ~、いやねぇ、などと前置きをしてから、


「ここは連邦の領土であると共に、私の領土だからねぇ、領民のためにも何がなんでも守り切らないといけないんだ、そう、何がなんでも、ねぇ……」


 何がなんでも、と言う割には、全く覇気を感じられない。


「将軍、大丈夫です。この男──ハルキ・マツオが勇者となり、必ずやこの地を守り抜いて見せる、はずですから」

「えぇ……あぁー……出来ますかねぇ……」


 春生は思った、無理だな、と。


「おぉ、そうですかぁ、それは頼もしい! 魔王に頭を下げるというのはどうにも悔しいことですが、この地を守るためなら仕方ないことです。で、ですよね、カリナ殿」


 この将軍は、事の重大さを全く分かっていないということは、春生の目から見ても明らかだった。さらに言えば、この将軍だけではない。カリナも分かっていなさそうに見える。カリナに至っては、魔王と対峙して、お手上げだ、といっているのに、何故かまだ交渉の余地があると思っているのである。

 どう考えても無理だ、と春生は考えていた。

 交渉の余地などあるはずがない。相手が本気を出せば一瞬でどうにかなってしまう相手が、このような目線で物を言っているのでは、それは不可能だ。


「魔王との交渉には、私と、マツオ・ハルキの二人で行きます」


 ついてきてくれるのはありがたいと思う春生。


「おい! それは見逃せん! 私も行くに決まっているだろう! 魔王を一目見ないと──いや、えっと、この男の安全を守るのは私の任務みたいなものだからな」


 ここで、ヴィルがすかさず乱入してくる。いつの間にそんな任務を頂いたのかは不明だ。


「……お前が来ても足手まといなだけだ」


 カリナが冷たい表情で言うも、


「何を言う。戦いに行くのではないのだろう? ならば、ハルキと共に行動をしている時間は私の方が長いのだ、パートナーとしては必要に違いない」


 どこから溢れてくるんだ、その自信は、と思わず突っ込みそうになる春生であるが、ここで口を出すのは面倒臭いため、成り行きに任せることにしてみた。正直、春生の気持ちとしては、交渉に行くと考えるのならば、短気なヴィルや、謝る気のなさそうなカリナはいない方がうまくいきそうな気はしていたが、一方で、二人がいなければきっとたどり着くことさえ出来ないだろうし、多分、死ぬ。間違いなく死ぬ。そう考えると、二人居てくれた方が若干心強いのは確かな訳だ。

 春生が考えているうちに、どうやらヴィルはついていくことになったらしい。ちょっとだけ安心する春生。


「さて、ですね、自分の意向としては、ですね……毎年、これくらいの物資を魔王たちに送る代わりに、これ以上、キストニアの領土を侵さない──というようなことを交渉していただけたらなと思っているんですよぉー、どうでしょう、カリナ殿」


 なんでもかんでもカリナに聞く将軍。


「うぅん……確かにな、それくらいが妥当、だろう」


 カリナも唸りながら同意しているが、春生は違う。ここはもう反論しておかなければならないだろうと考えていた。


「少し、いいですか?」


 春生が控えめに手を上げたのを見て、カリナが言葉を続けるように仕草で促す。

「そういうの、無理な状況だと思いますよ。大体ですね、僕は、別に特殊な能力があるという訳では──」


 その時、急に、


「なんだ! なんだ! そんなことですか! 心配無用ですよ!」


 春生が最後まで話そうするその口をカリナがガバァと手で止める。もごもごする春生。


「大丈夫、マツオ・ハルキ」


 いきなり、隣に座っているカリナが春生へと姿勢を向ける。一体どうしたものかとその顔を見ると、やけに怖い目で春生を睨んでいることが分かった。それ以上余計なことを喋るな、喋ったら命はない、と言わんばかりの眼力である。


「マツオ・ハルキ! あなたは私が召喚した勇者! あなたなら出来る。将軍、任せてください、必ずや、このマツオ・ハルキが無事交渉を成功させてみせますから!」


 春生の主張はこうして半強制的に遮られ、三人は魔王の元へと出発することになった──。

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