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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第四章「謝るという事──誠意」
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第15話

 春生は去り際にフォーキスと握手をし、人間の中にもいい奴はいるもんだ、との言葉を頂いた。

 事の顛末は春生がしっかりとピゼットへ持ち帰るものとして、指揮官は身柄を拘束され、エルフ族からピゼットへと返還されることとなり、一連の事件は一応の幕を下ろした。

 今後、このエルフの集落と、ピゼットの間で、話し合いの場が持たれるということらしい。今回の一件で、ピゼット側が至極不利になることは明らかであろう。エルフの集落一つとピゼットの対立問題を、人間対エルフといった大きなものにすることは、いくらピゼットが大きな都市だからとって許されることではない訳で、目の上のたん瘤であったエルフの集落をどうにかしてしまおうというピゼットの影の目論見は崩れさったことになる。

 ──と、ここまではいい。問題は、春生とヴィルの身の振り方である。


「おかしいじゃないですか! 交渉成功させたようなものですよね! 金貨! 払ってください! 百枚払ってもお釣りが来るとかなんとか言ってませんでしたか!?」


 春生が喰いかかるのは、勿論、ギルドの職員である。ギルドのカウンター越しに、春生はギルド職員に食ってかかっていた。金貨一枚の価値が日本円にしていくらほどなのかということを春生が知っている訳ではないが、それでも、百枚もあればしばらくは生活に困らないであろうことは十分予測できる。このわけも分からぬ場所において、命の危機を何回も潜り抜けてきたのだから、それ相応の報酬を貰わなければわりに合わないと考えていた。

 けれども、職員は涼しい顔で、


「えぇ? 成功? とんでもないっ! 結局、交渉がこっちがすることになっちゃったしねぇ、もっと言えば、なんでも、わけの分からない誤解──なんだっけぇ~? こっちが、故意に相手に因縁を付けた、みたいな交渉材料を相手に与えてしまったとかいう話じゃない? 無理無理ぃ、そんな結果に金貨なんて百枚どころか一枚だって渡せる訳ないよぉ~」


 どうやら、まともに対応する気はないらしい。それどころか、卑怯な行為については、誤解などといって逃げようとしているようだった。


「いやいや! そんな! 困るよ! ヴィルも困るよね!」

「……ん? ああ、そうだ、金貨一枚もらわなければ私の剣……」


 ヴィルもムッとした顔で素yクインに詰め寄る。


「いやぁ~、といってもねぇ~、こっちも忙しいからねぇ~」


 職員は、そう言うと、ついに、春生とヴィルから視線を逸らし始める。もうお前らの相手終わりだ、とでも言いたいのか、しかし、どうやらそれは似ているようで間違っていた。春生とヴィルの後ろに、ギルドに用事があるらしい人間が立っていたのだ。

 ヴィルが気配を察して振り向く。春生も、職員の目線が後ろへ行っていることに気づき振り向く。そこには、一人の女性──薄い茶色の髪をポニーテールをさらに後ろで結ぶような形、シニヨンにしている──が立っていた。服装は事務服とでも言ったところか……見るに、ギルドの職員と近いような服装だ。関係者だろうと春生もヴィルも思ったが、しかし、それにしてはぎこちない。


「ほら! 君らみたいなのを相手にしてる暇はないんだよぉっ! どいてどいて!」


 職員の様子に並々ならぬものを感じた春生とヴィルは、仕方なく一旦引き下がることにする。二人は、整った服装をした女性と入れ替わるようにして場所を変え、どうしたものかと思いながらも、どうせ見ても関係ないものだろうと考えながら、その二人の会話を見ておくことにした。


「失礼──こちらに、異世界の服装をした……」


 しかし、女性の話は突如止まり、唐突に、それはもう唐突に、ぐるんと千切れんばかりに首を一捻り、視線を春生へと物凄い速さで向ける。そして、睨む。じっくりにらむ。徐々に近づく、顔を近づけ、そして、春生の体を舐めるようにして、下から上まで見つめ続ける。その動きはまるで蛇が獲物を捕食するようで、春生は一瞬何かの危機を感じるも、何が起きているのか良く分からないために抵抗する訳にもいかず、その視線に舐め回されるがままになる。

 女性は姿勢をもとに戻すと、あっけにとられる春生、ヴィル、ギルドの職員を差し置いて、すぅ、はぁ、と深呼吸を一つ。コホンと咳ばらいをして、眼鏡をクイと上げると、


「失礼……(わたくし)、目が悪いもので……えぇと、ですね……ああ、そうだ、ギルドの方、貴方にもう要はないので、通常の業務を続けてください」


 職員は、あぁ、はい、とだけ言うも、視線を動かせないでいる。視線を動かせないということに関しては、春生も変わらない。この女の言葉を待つしかないのだ。


「申し遅れました。私、カリナ・ルーツ。キストニア連邦国家の国家召喚士をしている者です……。そして、貴方は、ハルキ・マツオ、ですね」


 春生に衝撃が走る。勿論、春生とこの女性、カリナとは初対面。カリナが春生の名前を知っているはずがないのだ。


「な、なん、なんで、名前を……!?」

「……読心術?」


 ヴィルが、んん、と難しそうな顔をして問うも、カリナはそれに否定を示すため首を横に振る。


「国家──召喚士……? な、なんて、その、大層なっ! あなたがあのカリナ・ルーツ!? 様! おぉおい、おい! お前、席を用意しなさいぃい!」


 いきなり先ほどまで呆けていた職員が喚きだす。そばにいた雑用らしい他の職員へ指示を飛ばしている。


「さ、さ! そのお二人にご用事なのですか? こんなところで立ち話をされたとあっては、当ギルド、いえいえ、ピゼットの恥になってしまいます。どうぞ、奥へどうぞ、席をご用意いたしましたので……!」


 先ほどまで、春生とヴィルに話していた口調とはまるで異なる丁寧な言葉づかいで職員はギルドの奥へとカリナ、春生、ヴィルを招き入れる。春生とヴィルは戸惑いつつも、先ほどまで横柄な態度を取っていたおのギルドの職員がここまで媚びへつらうということは、このカリナ・ルーツなる人物はそれ相応の身分の人間なのだろうと判断し、職員が招き入れるまま、ギルドの奥へと進んでいった。

 案内された部屋は完全な個室であり、表側とは一線を画した綺麗な飾りつけ等々、まるで庶民はお断りと言わんばかりの豪華さであった。春生は、それに若干物おじしていたが、他二人はそうでもないらしい。

 カリナは、これは当たり前の待遇だと言わんばかりの様子で、用意された椅子へと着席し、テーブルを挟んで、春生とヴィルに着席するように促す。


「君は退室していてくれ」


 カリナはギルド職員に、ご苦労の一言も言うことなく、視線を合わせることもなく言葉を投げかける。けれども、職員は気を悪くした様子もなく、へこへこと何回か頭を下げて退室していった。扉が閉められ、一室にいるのは、三人のみになる。

 カリナは、真剣な顔をして、机の上に両手を構え、両手の平を組み合わせるようにして組み、目を細めたような怖い目になる。


「……あぁ、すみません、今一度顔を確認したくて──目が悪いんです、私」


 ふぅ、と息を吐くと、椅子にもたれかかるような姿勢へと変わり、ちら、ちら、と視線を春生らから外す。睨みつけてしまうような形になったのを気にしていると見えた。


「え、と。それで──何故、僕の名前を知っていたんですか? それと──異世界、って、確か、言ってましたよね?」


 春生は、希望を抱き始めていた。カリナ・ルーツは自分の正体を知っているかもしれない、と。そして、さらに考えるのは、元の世界へ戻れるかもしれない、ということだ。


「……あー、そういえば、言ってたな、異世界が、どうとか……」


 ヴィルが、思い出したかのように言う。

 カリナは、けれども、春生の問いに答えるよりも前に、ヴィルに話しかけた。


「時に──あなたは、ハルキ・マツオとどういうご関係で? ことによっては、ここから退室してもらわなくてはいけません。何せ、これは国家機密に関わることですから」


 淡々とした表情で述べるその様は、正に、事務的、といったところか。ヴィルは少し考えてから、


「関係もなにも……そうだな、何夜をも共にした仲、とでも言おうか……」


 春生が、ガタッと立ち上がる。


「紛らわしい言い方するなよっ!」


 しかし、春生の反応をよそに、カリナは至極冷静な様子で、


「そうですか、分かりました。それなら仕方ないですね……」


 などと、納得しようとするものだから、春生も反論しようとしたのだが、なんだか唐突に疲れてしまい、また、カリナの割とどうでもよさそうな様子に勢いよく反論する気も薄れると共に、ヴィルが同席できるならもうそれでいいかと諦める。


「では──単刀直入に、ハルキ・マツオ、貴方がここにいる理由、そして、その使命をお教えいたしましょう」


 春生はごくりと唾を飲む。もう何回も修羅場を潜り抜けてきた今、並大抵のことなら驚かないつもりでいた。既に、この世界がどのような世界なのかということも、おぼろげながら理解できていたし、もう自分はここで暮らしていくんだという決意というか、諦めも多少はついてきていた訳だ。

 カリナは、春生の目を見ながら──正確には、目が悪いので大体春生の顔がある場所を見ながら、言う。


「貴方がここにいる理由──それは、他ならぬ、このカリナ・ルーツの召喚魔術によるもの。そして、その使命は、ズバリ、魔王討伐です」

「魔王!?」


 ガタガタッと立ち上がったのはヴィル。春生は、そんなヴィルを見て、そして、少し経ち、ようやく言われたことの意味を理解し始める。


「なっ、そんなっ! 無責任なっ! このごくごく一般的なサラリーマンである自分に魔王を倒せ、だなんて、そんな話ありますか!?」

「そうだ! この男は剣さえ握れぬひ弱な男子。この実力はこの私の百分の一にも満たない。この男が魔王を倒せるというのなら、私だって倒せるぞ! 連れて行け! この、ヴィルヘルミーネ・ナイトハルト、魔王を倒すためにイェテボリーテから遥々旅をして来たのだ!」


 騒ぎ立てる二人を目の前に、カリナは、まぁ、まぁ、と手の平を二人に向けて制止する。


「正しくは、魔王討伐、でした」


 過去形。


「というのも──ぶっちゃけ、もう魔王は人間に倒せる強さじゃないんですよね、ほほほ」


 ほほほ、と笑いもせずに言うカリナ。棒読みである。何かを諦めたような顔つきだ。


「……それに、ぶっちゃけ、貴方のような凡人を召喚する予定はありませんでしたし……けれど、これも、魔術のおぼしめし……」


 ぼそぼそと言っているが、この狭い室内、小さな距離の間では全部聞こえている。ヴィルにひ弱と罵られ、この目の前の事務女には凡人と言われ、春生もそろそろ眉間に皺が寄ってくる頃合いである。それでもカリナは構わず続ける。


「あ、そう、ついでに、竜人族の人。貴方の力でも、到底魔王には敵いません。もはや魔王の脅威は人類に太刀打ちできるものではなくなったのです。私は召喚士であると共に、かつて大陸一の魔術師として多くの魔物を倒してきた存在──あ、そう、以前の魔王討伐には主力メンバーとして参加した身。その私でも、現魔王を倒すことは不可能、という結論に達したのです」


 ふーん、と聞いている春生に対し、ヴィルは納得のいっていない様子である。


「そんなもの! やってみないと分からないだろう! キストニアの冒険者たち、キストニアの騎士団、それで足りなければ、大陸中の屈強な者どもを集め、魔王討伐を行うのは、人類の責務ではないのか!」


 意気揚々と語るヴィルに、カリナはため息をつくと、


「もうやりましたよ。やったんです。その数少ない生き残りが私です。分かります?」

「逃げ帰ったというのか! 私を連れていけ! お前なんていなくても、私一人で十分だ!」


 ふん、ふんと鼻息を荒くするヴィル。


「……はぁ」


 カリナはため息をつくと、立ち上がる。そして、ヴィルを見下ろし、くい、と顎で外へ出るように表す。


「貴様がマツオの何なのかは知らんが、お前のような若造にでかい顔をされ続けるのは癪だ」


 これまでの話し方とはまるで違う、怒りや軽蔑を含んだような口調、声色。びびる春生であったが、ヴィルは全く動じず、部屋を出るカリナに続く。誰でも分かる。これは、始まる合図だった。何がか。戦いである。女と女のプライドをかけた戦いが。

 そんな女二人の尻を追うようにして、春生はそそくさと部屋を出た。一人で残っているのはなんか心細かったからである。

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