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謝罪がよくわからないまま異世界へ来てしまった人へ  作者: 上野衣谷
第三章「ただ謝ることしかできません」
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第10話

 話の内容は実に大きなものだ、と春生は思った。

 ギルド職員の話の前半を要約すると以下の通りになる。

 話の始まりは、ピセットの歴史から。ギルドからの依頼を理解するにあたって、必要な知識だということで、春生が教え込まれることになった。ヴィルはといえば、難しい話は無理だ、と言って、話が始まると早々にどこかへぶらぶらと歩きだしてしまった。

 商業都市ピゼット、今、春生とヴィルが居るこの街は、地政学的な問題を一つ抱えていた。原点は数百年前に遡る。このピセットの地はその頃、林であり、人工的に切り開かれた土地であった。この場所が選ばれた理由は二つ。

 一つ目は、キストニア連邦国家の領地内にある、地方の名産物を多く持つ小さな街、地方都市のちょうど中心であったということ。領土を広く持つものの、生産力の低い土地ばかりが目立ち、国内の各所に、それ相応の珍しい産物があるにも関わらず力のない国家だったキストニア連邦は、そのお陰か、長年隣国に相手にもされないような貧しい土地を、多少優秀な騎士団によって守ってはいた。その打開策として、名産物の種類の多さに注目、他国へ流通させることにより富を得ようと連邦に所属する各国が共同で国家的計画として商業都市ピゼットが興されたのであった。

 二つ目の理由。これが、実は、今回の事の発端となるものである。それは、ピゼットの地には、人が住んでいたということ。林や森の中に暮らす彼らは、エルフと呼ばれる種族であり、主に大陸の北側、森林の濃い地帯に置いて勢力図を広める種族である。

 実は彼らが統治する北方の地域は、国と呼ぶには余りに貧しく、生産性もない土地である。さらに言えば、キストニア連邦国家という国が南方にあることから他国の侵略を免れている土地である。けれども、彼らの勢力図はあまりにも曖昧で、また、国という概念を持たない種族であるがために、彼らの勢力図と森林続きの一部のキストニア連邦の領土──と、一応は宣言している地帯──の間ではエルフの居住地区が混在している形となっていた。

 ピゼットが興るまでは、キストニア連邦として、エルフに強い圧力をかけたり、統治したり、また、干渉したりするということはなかった。何故なら、エルフは一様に強い魔力を持つ種族として知られており、国力の低いキストニア連邦は、彼らが何も手出しをしてこない以上、戦争するメリットなど何もなかったのである。

 だが、ピゼットの地にエルフが居住区を構えていたということは、ピゼットを興すにあたってメリットとなる。森林が切り開かれているからだ。その労力を伴う必要がないのだ。

 結果として、少々強引な手段が使われたとか、使われなかったとかで、ピゼットの地にかつて住んでいたエルフたちは、北方の森へ追われる等して、この地を去ることになった。話によれば、中にはピゼットの地に留まり、キストニア連邦の一員といて人間及び他種族の社会に溶け込んだ者もいるらしい。


「──なーんか、聞いた事あるような話だなぁ」


 春生は、かつて自分が住んでいた地球のことをぼんやりと思い出す。場所が違えど、人類みな同じ、ということか。


「? それでね~、依頼内容なんだけどねぇ~……」


 ギルド職員は首を傾げながらも続ける。依頼内容という言葉をどこから嗅ぎつけたのか、いつの間にか春生の横にヴィルが来ていた。


「よし、続けてくれ!」


 依頼と聞くや否や、表情が明るくなるこの少女、一体何モノなんだろうか。ギルド職員は多少戸惑いながらも、ヴィルと異なる方の人間の格好は相も変わらず奇妙な黒い服だし、どっちにしても変な人しかいないこのコンビを前に、仕方ないしに話を続ける。


「お~け~。実は、このピゼットの街に昔からいたエルフの一人がつい最近ポックリ逝ってしまってねぇ。あー、勿論、まだ、街の中には何人も純血のエルフ族もいれば、混血のエルフ族もいるだけれど……。それで、その最後の生き残りがポックリ逝ってしまって、北のエルフと繋がりの強い人がいなくなっちゃって交渉する人がいなくなっちゃってねぇ~、そのー、北方のエルフの一部が、そこは元々自分たちの土地だ、とかなんとか言い出してさ?」

「あー、うん、よくある話ですね」

「……? そんなことはいいから、早く依頼内容を言ってくれ!」


 春生とヴィルの言葉をギルド職員は横に流して話を続ける。


「問題は、近頃、北方からの荷物が野盗によって奪われるという事件が多い、ということなんだよねぇ~」

「……?」


 ヴィルは首を傾げているが、春生には分かる。


「あー、それが、エルフたちの仕業で、自分たちにその野盗をなんとかしろ、と?」


 けれども、ギルド職員は首を横に振る。


「いやいや! 君たち二人に、んなこと無理無理っ!」


 ヴィルが、無理、という言葉に過剰に反応しそうになるが、春生が目配せをして制止する。


「相手がエルフってのは分かってるんだよね。最終的にはさぁ、国を上げての護衛任務とかになってくると思うんだよ。でも、それって戦争じゃん? エルフ側の主張としては、野盗になんて関与していない、ということなんだよぉ~。……で、要するに、だ」


 ギルド職員はため息をついた。


「今の、キストニア連邦なら、ピゼットの大事と声を上げれば、国力がないながらも、騎士団を引き連れてこっちへ来るだろう。でも、それだと戦争だ。細かいことを言えば色々な問題が出てくるよぉ~。北の領土はそれこそエルフの森の接しているところだって多い、その辺の名産物といえば、水産物が多いかなぁ、後は、エルフとの交易で手に入れた魔術品とか? 大きな声じゃ言えないが、ピゼットって街は、キストニア連邦の支配を越えて力を持ってるんだ。その力が弱まるのはここのお偉方、それに、ここに住む商人たちにとっても都合が悪い。あー、勿論、俺にとってもな。そこで、だ。本題に入るぞ」


 一旦区切ると、職員は春生とヴィルを両方見て、どっちに言えばいいのかと少し考えたらしいが、うーん、と悩んで、どちらを見るでもなく告げた。


「このキストニア連邦内にいるエルフ族、ここから少し北上したところにあるエルフの集落を訪れて、交渉して欲しいんだよねぇ。無論、野盗行為をやめるように、って」

「……えぇ」


 春生は思った。何故、それを自分に? と。赤の他人である。そう言う交渉事というのは、普通、この街のお偉いさんがやるのが筋ってもんじゃないか、と。そんな春生の疑問を察したように、ギルドの職員は続けた。


「疑問は分かる。何故自分が? ということっしょ? 何故数多くいる冒険者の中で、お前が、ってのは分かんないけどねぇ~うちの街のお偉いさんが行けない理由があるよ。相手が公式に野盗を否定してしまったってことよ。要するにもう交渉の余地はない、お前らのことを俺たちは許さない、って言ってるんよねぇ~、相手が」

「いやいや! そうかもしれないですけど! だからって、それ、余計事態悪化してません!?」


 春生は焦る。


「悪化してるねぇ~。ていうか、もう一触即発? いつキストニアの騎士団がこっちに来てもおかしくないよねぇ~」

「なっ……」

「で、あんたら二人が選ばれたのは、君が持ってる紹介状ね、それに、交渉の得意な人間って書かれてたからね、もうそれしかないなぁ~って。俺が決めた」

「えぇ!? あなたが決めたんですか!?」

「そーだよぉ~、だってさぁ、他の冒険者って皆力自慢、脳みそ筋肉な奴らしかいないもん~! かといって、ギルドの職員が行く訳にも行かんし、商人たちは自分らの仕事で金稼いでるからわざわざ行ったら殺されるかもしれないようなとこいかないしさぁ~」


 しれっと怖いことを口にする職員。春生は、今、殺されるって言ったか? という表情でヴィルの方へと首を向けるが、ヴィルは、何が? と恍けた顔を返してくる。話を聞いていないとかではなくて、この人はそういう人なんだろう。殺す、殺される、という修羅場を何個も乗り越えてそうだし……。


「はっ!!」


 いきなり、ヴィルが声を上げる。何事かと伺うと、


「そうだ! そう! 報酬は! 出るんだろうな!? 大金貨一枚! 剣だ! 私のヂェリコーを取り戻さないと!!」

「え、今さら……?」


 どうやら、彼女は、例の店主の渡した自分の剣を取り戻すことを今まで忘れていたらしい。なんと適当な。


「大金貨一枚……? 冗談じゃない」


 ギルド職員が驚いた顔で言う。

「この依頼成功させることが出来れば、大金貨一枚どころか、十枚、い~や、百枚やっても釣りが出るさぁ~。どうせ捨て身の作戦──あ、いや、なんでもない、失礼、失礼」

「おいおい……」


 春生は直観する。絶対成功すると思ってない。恐らく、もうピゼットは、エルフとの交渉を諦めようとしているに違いない。武力の行使によって負けないという確信があるから、もうどうでもいいと思っているに違いない。

 こりゃだめだ、と春生は考えた。成功させられるはずがないと思った。エルフとピゼットの間の亀裂は、きっと春生が考えているよりも余程大きなものだろうと直感した。だから、捨て駒として、ダメもとで、俺たちを向かわせようとしているのだろう。


「ヴィル、ダメだ、断ろう。自分たちにはあまりに責任が重すぎる」


 春生の判断は実に真っ当であった。そもそも、自分がこの街の運命を背負うだなんて、あまりにも意味不明であった。自分が生まれた街だとか、自分の大切な人が住んでいるだとかならまだしも、自分には全く関係のない、昨日知った訳の分からない世界の街である。そんな街から、勇者になれ、と言われているに等しい。残念ながら、春生はそこまでお人よしではない──というところまで、春生が考えてから、春生は嫌な予感に辿り着いた。

 そう、春生はそんなにお人よしではない。では、お隣の人はどうだろう? お隣にいる正義感溢れる竜人族の剣士の子はどうだろう?


「……! やろう! 無益な争いを止めるのだ!」


 おぉーう、おいおいおーい、と春生は顔に手を当てる。ダメだ。そうだった。この人めっちゃ面倒くさい人だった。正義感に動くとおっても面倒臭い人間なのだ。


「エルフと人間の戦争……私は竜人族ではあるが、同じ人類同士で理由もなく争うなどという馬鹿げたことは食い止めなければならない。魔物討伐、魔王討伐なら話は分かる。が、エルフと人間が無益に争うのはあまり良い話ではない、そうだろう?」


 意気揚々と職員に語り掛けるヴィルを見て、あ、勇者っぽい、と呑気に思う春生であったが、冗談ではないと同時に思った。何を好んでそんな危険なところに行かなければならないのか。死ぬ危険だってある。野盗に襲われるという事件が何度も起きているというのに……。現代人的発想の元、春生はなんとか丁重にお断りしようと考えたのだが、


「おお~! さっすがは、イェテボリーテの竜人族! 頼もしい限りだねぇ~! ったく!」

「ああ、任せてくれ。これでも魔王討伐を目指す身。そのくらいのこと出来ないでは魔王のしもべ達と今も戦う国々、人類の力にもなれまい」

「そうだねぇ! この大きな仕事が成功すれば、当ギルドとして──いやいや、ピゼットとしても、君を魔王討伐部隊とかに推薦できると思うからさぁ! よろしく頼みたい!」


 なんて、話がどんどんと良からぬ方向へと向かっていってしまっている。職員は非協力的な春生から顔を背け、完全にヴィルへとターゲットを絞り込んでいる。まずい、まずいぞ、と春生は焦るが、使命感に燃える女、ヴィルヘルミーネ・ナイトハルトは今にも飛び出さんとしている。


「……はぁ、分かりました、分かりましたよ……ただ、その、僕も、ヴィルも本当にお金がないんです。旅をするためのお金を少しでもいいから前払いして下さい。それだけはお願いしたい」

「う~ん」


 職員は少し悩みながらも、


「いいでしょう……その代わり、必ず、絶対、何がなんでも、ちゃんとエルフの集落へと交渉に行ってくださいね? 絶対! 絶対ですよ!」


 と、やけに念入りに迫ってくる。あまりにも念入りな様子に、何かを疑う春生であったが、それが何なのかは分からない。とにかく危険な仕事だということは良く分かるが……。

 春生としては正直断りたいのだが、隣でヴィルが全力で頷いているので、どうしようもないと判断し、それと同時に、その場しのぎといえど生活のための金が手に入ることを考慮した結果、やむなくそれを了承し、二人はエルフの集落へと出発することになってしまう。この後待ち受ける危機も知らずに……。

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