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食事をしよう

この話の途中から、全ての会話が「」が基本になります。

「あれ?」


 朝、あくびを噛み殺しながら食堂に入ると、いつもは誰もいないテーブルにすでに席についている人がいた。もちろん知らない人ではない。この家の主、紅葉だ。

 思わず足を止めたアルノに向かって、紅葉はカップを置いて顔をあげ、席に着いたままゆっくりと口を開く。


「おはよう」

『おはようございます、クレハ。今日はこれから食事?』


 今日は一人じゃなくて一緒に食べれるのか! と一人の食卓に寂しさを感じていたので嬉しくなって足早で近づきながら尋ねる。これが食後だったらがっかりだ。

 笑顔で近寄ってくるアルノに、紅葉は戸惑う様に視線をさまよわせながら頷く。


「あ、ああ。何か、問題があるか?」

『まさか! 嬉しいよ。あ、近くに座ってもいいかな?』

「か、構わない」


 了解を得たのでさっそく紅葉の隣に座る。隣と言っても、紅葉は長いテーブルの上座である端を陣取っており、肩を並べる位置に席はない。90度違いの隣だ。隣同士より会話がしやすいのでちょうどいい。


『あなた、もういいわ。食事を運んでちょうだい』

『かしこまりました』


 紅葉が黙って後ろに控えていた侍女に給仕の指示を出したことで、朝食が運ばれてくる。それを見てアルノはますます嬉しくなる。

 今の言い方、確実にアルノと共に食事をとるために待っていてくれたのだ。忙しいと今までなしのつぶてだっただけに、大きな進歩だ。


『クレハ、気を遣わずに母国語をつかってほしい。その方が勉強にもなるし、郷に入っては郷に従えというのだから、俺がこちらに合わせるのが妥当だろう』

『……じゃあ、そうするわ。わからなかったら、そう言ってね』

『ありがとう。クレハって、母国語だと可愛い話し方をするんだね。その方が魅力的だよ』

『っ!? あ、ありがとう……と言うか、もしかして私、そっちの言葉、拙いのかしら?』


 驚いたように目を見張り、照れたのか一度視線を一周させてから、紅葉はくだけた口調で少し不安そうに尋ねてきた。

 やっぱり、言語が違うと雰囲気も違う。仕事用の言語だと脳内で切り替わっているのだろうか。そう思うと、ここまであまりに可愛げのなかったあの言い方も、少し微笑ましく感じた。


『拙いわけではないけど、少し威圧的だからね。でも当主としてはいいと思うよ』

『そ、そうなの。あなたはとても言葉が上手ね。来て早々は少し片言だったように思うのだけど』

『習うより慣れろってね』

『……本当に、優秀なのね』

『そうでもないさ。さ、食事もきたし食べようか』


 どう思われていたのか少し気になったが、お見合いなのだからこちらの情報は知っているはずだ。アルノがぐーたらなニート希望と言うことは知っているだろうし、驚かれるのも無理はない。


 話を変える為もタイミングよく給仕された食事に手をつける。美味しい。もちろん美味しいのだけど、残念なことにアルノと紅葉はメニューが違う。なんだこれ。


『クレハ、メニューもこれからは一緒にしてほしいな。せっかく一緒に食事をするんだから、一緒に楽しまないとね』

『わ、わかったわ。明日からそうしましょう』

『あれ? お昼にはもう間に合わないのかな』

『…お昼も、一緒にたべるの?』

『もちろん無理にとは言わないけど。お仕事の調子はどうなのかな?』

『……じゃあ、可能なら、一緒にとりましょう』

『ありがとう』


 やった。さりげなく今後も一緒に食べるよう誘導に成功したし、メニューも変更したぞ。これでぐっと食事の楽しみが増えた。


 それに、どうやら仕事も落ち着いて本格的にアルノに歩み寄ってくれるつもりになったらしい。今までの生活もそれなりに充実してきたが、信彦もうるさいし、早く仲良くなるに越したことはない。

 現在も割合自由にさせてもらっているが、やはり少し気を遣う部分もあった。今後政略結婚として適度に

仲良くなれれば、信彦くらいになればお互いに気を遣わなくていいし、気楽だ。


『あの、アルノさん』

『ん? さんなんて他人行儀なアルノ、でいいよ』

『あ、アルノ……さん。やっぱり、その、結婚相手を呼び捨てにするのはよくないわ』

『そっか』


 まあ仲良くなれば呼んでもらえるだろう。遮ってしまった先を促す。


『その、今まで、話もせず、手紙の返事もせずに、ごめんなさい』

『気にしないで。忙しかったなら仕方ないよ。読んではくれたんだ?』

『それはもちろん』

『だったら、俺の気持ちもわかってるでしょ? ゆっくりでいいから、仲良くなろうよ』

『……ありがとう』


 そうはにかむように微笑んで、小さな声でお礼を言った紅葉は、少し頬を染めていて、年下は全く好みではないアルノだが少しドキッとした。

 これは、思っていたより、楽しい結婚生活になるかもしれないな、と希望を胸に抱いた。









 それから毎日紅葉と一緒に食事をとる。やっぱり毎日男とだけ話すような華のない日常に比べたら、可愛い女性とお話しするのはとても楽しい。好みじゃなくても、やっぱり女性と言うのは存在しているだけで素晴らしい。

 手紙だって今までも渡していたが、感想をもらえたら張り合いが違う。やはり女性に喜んでもらえる方がずっと嬉しいし、やる気も出る。考えたら庭師のおっさんと仲良くなっても仕方ない。


「クレハ、今日、午後に少しでも時間はとれそうかな?」

「時間によるけど、何かあるの?」

「花壇が仕上がってきたから、一度クレハに見てもらって、一言ほしいなって思って。駄目かな?」

「……それは構わないけれど、私は園芸のことなんてわからないわよ?」

「専門的なことじゃなくて、クレハの好みが知りたいんだよ」

「そ、そういうことなら、まぁ、時間があればね」


 紅葉は少しだけ複雑そうに口元をゆがませてそう返事をした。嫌がっている、しぶしぶの反応だ、と見ることができる。むしろ普通はそう見るのだろう。

 だけどアルノは好意的な返事をすることを恥じらうあまりに素直になれないのだなと思った。すでに一度紅葉から頬を染めて仲良くしていくつもりがあるという回答をもらっているのだ。今更嫌がるのは理屈に合わない。それにアルノはかつて、同じような反応をする女性を身近に見ていた。

 だから何となく、恥ずかしがり屋で、意地っ張りな女性なのだなと察していた。アルノはそういうの、嫌いではない。どちらかと言うとむしろ、可愛らしいと思う。


「ありがとう、クレハ」


 お礼を言うと紅葉は少し目をそらした。何だか好かれているみたいで、嬉しくなる。


 朝食を終えたら、さっそくお菓子作りだ。

 これもまた日課としてアルノの生活に組み込まれている。焼きや冷やしたりと時間がかかったりすることもあるし、時間は一定のほうが厨房側も助かるので決まったのだ。


「お待たせ、タイゾウ。今日もよろしく頼む」

「はい」


 強面の泰三にも慣れてきて、何となく感情もわかるようになってきた。厨房を使うことで仕事を増やして、怒っているのかなと最初の頃は思っていたが、そうでもないようだ。

 むしろ最近は、今まであまりなかったお菓子作りに泰三も興味を持っているように思う。新しいレシピとか提案してくることもあるし。


 アルノは以前はそんなにお菓子作りをしていたわけでも、レシピを網羅していたわけでもない。泰三がすべて考えて用意してくれている。とても助かる。最近はアルノもレシピ本を読んだりしているが、やはり本職にはかなわない。そもそも準備からする気はないし。

 ともかく今日も用意してもらった材料を使い、指示されるまま調理していく。本日は紅茶のシフォンケーキだ。生地作りはさっくり終わる。泡立てるのが少し時間がかかったが、それだけだ。型に流しいれ、あとは火加減と言う最も難しい部分は丸投げである。


「よし。じゃ、あとは頼んだ」

「はい。わかりました」


 自分たちで食べる分、厨房組の分、紅葉と司と余った分は目についた侍女の3つ分だ。これで完璧だ。本日は紅葉のリクエストだし、もし時間が合えば、庭に来てもらって一緒に食べたらなおいい。昼食の際に頼んでみよう。


「おはよう、今日も頑張ってね」

「おはようございます、旦那様」


 玄関の掃除をしている侍女に挨拶をする。最初とは違い、笑顔であいさつすると微笑んで返してくれるので気分がいい。

 玄関を出て、丘の上から街を眺めながらストレッチを行い、さすがに筋トレはここですると邪魔なので、庭に入る。


「おはよう、マサアキ。今日もいい朝だな」

「ああ、おはようさん」


 これである。こんなににこにこ挨拶しているのに、ぶっきらぼうな表情。男女の違いではない。アルノの友人の多くは笑顔で返してくれていた。信彦が無表情なのはわかっていたが、こちらの国の男は笑わないのか。

 せめて自分だけでも笑ってこの屋敷の笑顔率をあげてやろう、と馬鹿馬鹿しいにもほどがある誓いを立てながら、走り込みから初めて筋トレを行う。


「……旦那様、ちょっといいか?」

「ん? どうした? 俺に見とれたのかな?」

「いや、何を今日はニヤニヤしながら筋トレしてるのかと思って。なにか、体調でも悪いのか?」


 普通に心配されてしまった。仕方ないので、無理やり笑顔を作るのはやめることにする。割と苦しいので、効果的な気もするが仕方ない。

 メニューをこなしていると信彦が昼食だと声をかけてくるので、汗を拭って着替えてから食堂に向かう。すでに紅葉が席についていたので、定位置となっている席へと早足に向かう。


「お待たせ、クレハ。待たせてしまったかな?」

「大丈夫よ」


 紅葉は手にしていた書類を控えていた司に渡し、食事の支度を指示する。


「ありがとう、忙しいのに一緒に食事をとってくれて、嬉しいよ」

「……まあ、大したことじゃないわ」


 目を伏せて、そう謙遜する紅葉に、今までしてなかっただろうと信彦は冷たい目をしたが、話している二人は全く気にしない。


「ねぇ、クレハ。午後に庭に来てくれるって件だけど、できれば15時頃にあわせてくれたら一緒にお茶を飲めるかなって思ったんだけど、どうかな?」

「う、うーん。時間があればとは言ったけど、絶対行くって言ったわけじゃないのよ?」

「えー? ダメなの? 紅葉と一緒に庭で過ごしたいのに。まぁ、わがままは言わないから、考えておいてよ」

「……そういうことなら、気には留めておくけれど」

「ありがとう。楽しみに待ってるね」


 やや強引だが、来てくれる前提で話をしておく。紅葉は固い表情をしているので、少し不快にさせたかもしれないとアルノは思うが、そこはあまり気にしない。

 アルノは元々、異性にはよく言い寄られていた。だから好き好き大好きと言われるのは慣れているが、つれなくされるのは新鮮だ。仲良くしたいが、仲良くなくてもはいさよならとはならない強制的な関係なので、思い切って強引にしてみたら、やはり楽しい。


 あまり嫌われすぎないようには気を付けるが、適度に無理を言ってみて、どこまで許されるか見分けるのも今しかない。今後長い付き合いになるからこそ、最初におとなしくしていて、後から文句を言われるより、最初に見極めておいたほうがいい。

 もちろん、仕事の邪魔をしたいわけではないので、そこはあくまで時間があればと言っておく。全く接触を断つほどストイックな紅葉なのだから、そう言っておけばまさか仕事に無理をしてまで付き合ってくれたりはしないだろう。

 紅葉が働いてくれているおかげで、ニート生活が満喫できているのだから。


 昼食を終えて午後からは正明と一緒に庭いじりだ。正確には正明は仕事で普通に雑草処理をしたり、木々の手入れ等もしているが、そういうのはパスして、今一番興味のある花壇のみに手をつける。

 まずは水をあげて、雑草がないか確認してから、まだ手をつけていない部分の土を混ぜて柔らかくして雑草をとり、栄養のある腐葉土を混ぜてから、花の株を植えられるように穴をあけて準備していく。


 花は週末にはまた新しいものが入荷されるというので、休日に見に行く予定だ。すっかり町の花屋とも顔見知りだ。


「先輩、紅葉様が来ましたよ」

「あ、本当? 今もう休憩する時間?」

「そうですね。少し早いですが」

「よしっ。じゃあ支度を頼むよ」


 紅葉が来たので、一緒にお茶をとることにした。やれば多少時間がとれるくらいには、今は仕事に余裕があるらしい。アルノは笑顔で紅葉を迎えた。


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