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クッキーを作ろう

 翌日、朝食後9時まで鍛錬を行ったらすぐに厨房へ向かった。


『みなさん、おはようございます。厨房を借りるよ』


 にこやかに挨拶する。それなりの広さの厨房には、一番近くにいてアルノを待ち構えていた体格のいい男性、その奥で皿洗いをしている青年、洗い終わる端から拭いて棚へ片づけている女性の3人の使用人がいた。

 男性―泰三たいぞうは自己紹介をしてから、自分がクッキー作りを手伝うと申し出た。材料さえ用意してくれれば勝手にする、と言いたいが、自分の職場を荒らされるようなものだし、見ていたいのだろう。


『基本的に自分でしようと思うけど、おかしなところがあれば指導してほしい。よろしくお願いします』

『わかりました。火も使いますので、危険なことのないよう、こちらの指示には必ず従っていただくよう、お願いします』

『わかったわかった。美味しいクッキーにしようね』


 泰三からレシピを聞くと、塩漬けにしていた春の花の花びらを使ったクッキーを考えてくれているらしい。素晴らしい。花を使ったクッキーとか、庭師の正明にプレゼントするのにこれ以上のものはない。

 基本的に普通にクッキーを作り、上に塩漬けにした花びらを水洗いしたものを乗せて焼くだけらしい。これなら簡単だし失敗もないだろう。


『じゃあ、作っていくぞ。まずはバターを混ぜて、あー、どうせならできるだけたくさん作りたいんだけど、どのくらい大丈夫かな?』

『塩漬けに限りがあるので、そうですね』


 泰三は塩漬けの瓶をザルにあけて、ざっと数えるとそれに合わせて材料のグラムを計算して言ってくれた。ふむふむと頷きながら、アルノはバターを手に取り今聞いた分量を計ってボウルに入れる。


『まずはバターをまぜて、と』


 泡だて器で混ぜてから砂糖を加える。いい具合に混ざったかな、と言うところでちらりと泰三を見ると、うんと黙ってうなずいてくれた。無口なところが職人っぽいなと思いながら、アルノは卵を別のボウルに割りいれていく。片手で割れるのでどや顔しながら泰三を見たが、無視された。

 ちょっと恥ずかしい。照れ笑いしながら卵黄だけを最初のボウルに入れて混ぜる。


『次は小麦粉、っと。タイゾウ、小麦粉は直接ふるいながらボウルにいれてもいいかな?』

『今ふるっています。どうぞ』

『ああ、ありがとう。気が利くね』


 最初に自分ですると断ってはいたが、泰三は次の材料や器具を用意して渡してくれていた。小麦粉をふるうのは用意のうちに入ったようだ。手間がはぶけてよろしい。

 小麦粉とバニラオイルをいれて混ぜ、麺棒で伸ばしてから型抜きしていく。この工程が一番楽しい。アルノは鼻歌まじりに型抜きをして、オーブンにいれる天板に並べていく。全て終わったら最後の仕上げだ。塩気を抜いて水を切ってくれていた花びらを受け取って一つ一つのせていく。


『できた! あとは焼くだけだな』

『はい。手慣れておられるようで、大変素晴らしいですね。あとの火加減は私がします』

『えー、最後の重要な仕上げなのに。わ、わかってる。言ってみただけだよ』


 本当は最後まで自分でやりたかったが、使用人用キッチンで自由気ままに料理を作っているのとは勝手が違うのだ。アルノが万が一やけどの一つでもしたらと心配しているのだろう。睨まれたことでおとなしくアルノは引き下がった。


『じゃあ任せるけど、庭にいるから焼きあがったらすぐに呼んでほしい。お願いします』

『わかりました』


 あとは泰三に任せて、アルノは庭に出て鍛錬の続きをすることにした。午前中は鍛錬で午後は庭いじりがだいたいいつもの流れだ。今日も午後は目いっぱい庭いじりをしたいので、取り戻すべく頑張っておく。別に目標があるわけではないが、何となく。そうしていると一時間弱で呼ばれた。


『まずは味見を……してもいいかな?』

『どうぞ、ご自由に』


 さっそく食べようかと思ったのだが、泰三がじっと見てくるので何となく確認したが普通に許可された。会った時から全く表情を変えないが、別に不機嫌なわけでもないらしい。一枚ほおばる。


『うん、美味い。タイゾウも食べてみるか?』

『頂戴いたします。……。はい、問題ないかと思います』

『よし。じゃあせっかくだしラッピングしよう』

『そう仰るかと思いまして、用意しております』


 正明だけでなく、どうせなら信彦とか他の人にもあげようと考えているので、お皿に乗せているより袋に入れたほうが渡しやすい。なので突発的にそういったのだが、すでにその考えは読まれていたららしく、泰三はすっと可愛らしい淡いピンクの小袋と赤いリボンを渡してきた。


『おおっ、さすがだな、タイゾウ。お前が女なら口説いていたところだ』

『……どうも、光栄です。詰めるのをお手伝いしても?』

『頼む』


 そうしてせっせと詰めていく。リボンをきゅっと結ぶと可愛らしくて、女の子らしい仕上がりだ。製作者のアルノは男だが、もらうなら可愛い方が明るい気分になる。さらにこのラッピングを用意したのが強面の泰三であるということも忘れれば、完璧に女子力の高いプレゼントである。


『ありがとうございました。楽しかったからまたよろしくお願いします。これはその心づけ、というやつだよ』

『はあ。わかりました。ありがとうございます』


 出来上がったので、とりあえず手伝ってくれた泰三と片づけをしてくれた二人にもプレゼントする。まだまだたくさんある。正明、信彦、自分の3つを除いてもまだあるのだから、適当に配って歩こう。そのまま他の使用人とも、挨拶だけでなく世間話をするくらいには仲良くなりたいものだ。


『と言うわけで、どうぞ、お嬢さん』

『えっ?』

『いつも給仕してくれてありがとうね。お礼だよ』

『あ、ありがとうございます、アルノ様』


 とりあえず歩き出したら、階段掃除をしていた、普段食事の際に給仕をしてくれている侍女がいたので渡す。固辞されることはなくて安心した。

 そうだ。今なら自室を掃除してくれているかもしれない。その人にもあげよう。いいぞ。いいぞ。とアルノはテンションをぐんぐんあげていく。せっかくだし、直接食べてもらって反応が見たい。普通の使用人は仕事中なので無理だろうし、信彦がいればちょうどいいのだが。


「ん? クレハ!」


 階段を途中まであがったところで、二階に紅葉と司が見えた。ちょうどいいところに! アルノは声をかけながら足早に近寄る。

 振り向いた紅葉は嫌そうに顔をしかめているが、そこは無視する。と言うか、あんまり嫌そうな顔をするものだから、無理やりにでも食べさせたいと言う悪戯心がむくむくと湧いてきた。


「おはよう。ずいぶんと元気だな」

『おはよう、クレハ。今日はあなたにプレゼントがあるんだ。受け取ってほしい』

「プレゼント?」

「イエス。『真心こめてつくったクッキーだよ。さぁ、そっちの執事さんも』」


 二つ差し出すと紅葉は戸惑ったようでまごまごしていたが、すかさず執事の司がそつなく受け取って頭を下げた。


「ありがとうございます、旦那様。恐れ入りますが、急ぎますので」

『うん。お仕事頑張ってください。味わって食べてね』


 あまり色よい反応ではなかったが、渡せたことが嬉しい。あれから毎日出してる手紙にも全く返答はないが、これで少しはコメントをくれると嬉しいのだが。まあ急がない。急がない。

 アルノは二人に手を振ると、さっさと階段を上がっていく。三階にあがり自室のドアを開ける。が、誰もいない。まだ3つ余っているのに。


 だがタイミングと言うものがある。会わないものは仕方ない。とりあえず確実に会える庭へ向かった。









『はぁ。美味い。旦那様、どんどん腕があがっているな』

『そうか。喜んでもらえて嬉しいな。どんどん食べてほしい』

『そうですね。とても美味しいです。無駄に才能を開花させましたね』


 昼下がりの庭、天気も良くいい具合に花壇は花が咲き、実にいいティータイムだ。アルノが菓子作りも日課にし始めてすぐに、アルノの提案によって男三人でおやつタイムを楽しむのが恒例となった。

 アルノがここにきて20日が経過した。そろそろアルノがここに馴染みたい目標の1か月も見えてきた。紅葉との距離は全く縮まっていないが、他の人間とは侍女含めそれなりに世間話もできるようになってきた。やはり食べ物の力は大きい。町にも買い物で何度か出ているので、顔なじみもできた。順調である。


『明日は何がいい?』


 アルノは褒められて得意になって、気が早くも明日のお菓子作りに意識を向ける。


『では、たまにはしょっぱいもので』

『おっ。いいな。煎餅か』

『煎餅って個人で作れるのか。いいな。次はそれにしよう。明日を楽しみにしてほしい』

『いいですけど、どんどん女子力あげてませんか?』

『言ったろ? 男も女も関係ないよ。やりたいことをやるだけだ』


 ちゃっかり堪能しているくせに呆れた様子の信彦と対照的に、正明は面白がって声をあげて笑い自分の膝を叩く。


『ははっ。旦那様は本当に、変わっているな。本当に貴族なのか?』

『生まれも育ちも貴族だ。まあ、少し人より違うところもあるかもしれないけど』

『少しとか、自覚がないのもいい加減にしてくださいよ』

『ひどくないか?』

『ひどいと思っていること自体がひどいです』


 ぐぬぬ。信彦にさんざんに言われて、アルノは言い返したいが思いつかずに歯噛みした。こうなったら、明日の煎餅は七味煎餅にしてやる! と辛い物が苦手な信彦に対して小さすぎる嫌がらせをすることを決めた。


『そういや、旦那様。聞いてもいいか?』

『何だい?』

『毎日こうしてやってくるのはもちろんいいんだが、休日も鍛錬しているところと、信彦と街へ出かけるところしか見ていないんだが』

『ん? なんだ。自分とお出かけしよう、と言うデートのお誘いかな?』

『そう言うのは女に言え。じゃなくて、と言うかだな、つまりその……ご当主様とは仲良くやっているのか? もちろん、差し出口なのはわかってるんだが、ご当主のことは昔から見ていたから、つい心配なんだ』


 言いにくそうに正明から質問された。そういうもじもじした動きを初老のいかつい男性にされても嬉しくないが、言いたいことはわかるし、別にそれで腹を立てることはない。アルノは肩をすくめて答えてあげる。


『私としては、可愛い女の子と仲良くなるのに異論はないし、歩み寄っているつもりだが、今のところ忙しいの一点張りで、来てからずっと、まともに顔を合わせていないよ』


 執事経由で日々作るお菓子は届けているし、美味しくいただいているとは教えてもらったが、本人とは相変わらず顔をあわせることはない。


『なに? 本当か? 確かに今は忙しいだろうが、来てからずっと?』

『ああ』

『本当ですよ、正明さん。正直こちらとしては、あまりにないがしろにされている、と言う印象です。アルノ様が気にされていないので、来月までと言うことですし、待っていますが』

『そうか……よし、俺からも聞いておく』


 アルノは全く気にしていなかったが、信彦としては印象最悪に他ならない。正明に対しても怒りを再燃したかのように眉をよせて言った。それを聞いた正明は考え込むように顎を撫でてからそう言った。

 長く勤めていると言ってもしょせん庭師なので、アルノも信彦もそんな反応をされると思っていなかったが、何らかの伝手で苦情を言ってくれるなら助かるのでお願いした。


『まあ、そんなに気にしてないから、正明もそう気負わなくていいからね? 私はこうしてマサアキと一緒にいるので楽しいから』

『……。信彦、お前の主を馬鹿にするつもりはないんだが、旦那様は男が好きなわけじゃないよな?』

『安心してください。それは確認が取れています』


 素直に気持ちを伝えているだけなのに、すぐにそういう風に受け取るのはどうだろう。アルノは肩をすくめた。

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