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庭いじりをしよう

 翌日、信彦に用意してもらった模擬剣を持ち庭へ行くと、庭師の正明は本当に来たのか、と驚いたけれど好きにしろとスルーしてくれた。必要以上に仕事の邪魔をするつもりもないので、このくらいの距離感がちょうどいい。


 柔軟をして筋トレから初めて久しぶりに剣を振ること二時間弱、しばらく体を動かしていなかっただけに、ややバテてきた。


「ふぅ……あ、そうか」


 切りのいいところで剣を下ろし、汗を拭って振り向いてから、誰もいないことに一瞬違和感を覚えたが、すぐにここが婿入り先であることを思い出す。集中していたのでうっかりしていた。付き従って飲み物やタオルを持って待ってくれている侍従が、何も言わずとも手配されるわけではないのだ。

 とは言え、わざわざお願いするほど必要でもない。気持ちを切り替えようと思っても、意外と身に染みた感覚は薄れないものだ、と自分で呆れてしまう。


 明日からは事前に飲み物とタオルくらい用意しよう、と思いながらとりあえずベンチに座る。それまであまり気にしていなかったが、正明の姿がない。どこに行ったのだろうか? 何となく気になって探してみると、正明は裏のただっぴろいだけの空間を地面をたがやすようにして雑草抜きをしていた。


『あなたは私の助けが必要ですか?』

『あ? あんたか。いりませんよ』

『心配しないで。私は空いた時間を持っています』

『暇人なのか。私は知りませんよ。どうしてもやりたいなら、断れませんし、好きにしてください』

『ありがとう』

『変な奴だな』


 呆れられているが、暇なのだから仕方ない。体を動かす方が好きだ。土いじりはしたことがないが、興味がなくもない。

 アルノは正明に教わってから、地面ごと雑草を根から掘り出していく。意外と土は柔らかいのでどんどん進めていく。ある程度すれば、歯の少ないそれ用の箒で草だけ集めていく。これは少し面倒だ。土ごと掃いてしまう。しかしコツを掴むと上手く小石以下の土は置き去りにすることができた。力を少し抜くのがポイントだ。

 掃除も嫌いではない。目に見えて手が入り綺麗になるのは悪くない。少なくとも、少女小説のページをめくるよりよほど楽しい。


『おーい、休憩にしませんか?』

『ありがとう』


 正明が水を持ってきてくれた。知らないからな、と言っていたが面倒見がよいようだ。信彦よりよほど気が利く。と言うかあいつは何をしているんだ? と部屋を出てから一度も様子を見に来ない付き人を少し疑問に思ったが、まぁいいかと気を取り直して休憩する。

 その際に少し話して、話し方もおかしかったら教えてとお願いしておく。敬語はいいよ、と言う言い方も覚えてきたので言っておく。敬語の話し方は教科書通りで問題ないので、それより日常使いの口語が聞きたいのだ。


『はぁ、まぁ。そういうことなら。旦那様は本当に、変わった人だな』

『私は外国人なので、異なる部分を持っている』

『そういうことじゃあないんだが。あと、話し方おかしいからな』

『どこ?』

『いちいち私は私はって言うのは不自然だな。あと』


 少し話しただけだが、やはり現地人の考え方が一番勉強になった。アルノはその後も手伝いをしつつ、世間話兼話し言葉を学んだ。

 そこで、庭部分は現在既存の樹木の手入れをしているだけで、花を植える予定もないこと。この裏手なんて見苦しくないよう、雑草は刈るが他には何も予定がないとのことを知った。ふむ。


『庭に花を植えたい。許可があればいいか?』

『あ? そりゃまぁ、ご当主様から許可をとるなら、仕事だからな。構わんぞ』

『ありがとう。素敵な庭にしよう』

『そりゃあいいな』


 面白がるような正明に、アルノはにこっと笑う。どうせ暇だ。屋敷の中では騒ぐなと言われたが、ここなら二人なので騒ぎようもない。これ以上ない暇つぶしになるだろう。


「と言うわけで、頼んだ」

「また、そんな気まぐれを。庭いじりなんてしてどうするんですか」

「いいだろう? 他にすることもないし、言語何て、お前もいない部屋で一人本を読んで上達するものじゃないし」

「う、それを言われると。まぁ、じゃあ確認してきますよ」

「頼んだ」


 信彦経由で許可をもらったので、さっそく薔薇等の手配もしてもらった。明日から、とはいかなくても、2、3日中には手に入るだろう。花は女性に送るか、部屋に飾るくらいの認識だったが、楽しみになってきた。

 そのうち家庭菜園にも手を出してみようか、なんてことまで考えていると知らない信彦は、まあ前向きに楽しんでいるなら、と可能な限り望みどおりにしてあげようと決めた。









 アルノと信彦がこの家にやってきて2週間が経過するころには、何となく馴染んできたと思う。給仕などで最低限侍女と顔を合わせる際には、挨拶すると返してもらえるようになった。

 花も苗からもらっているので、早くも蕾がついている。来週には花が咲きだすだろう。種から育てているものも、いくつか芽が出てきている。目に見えて成果が見えるとやはり気持ちがいい。本格的にハマってきている。


『マサアキ! コスモスも発芽している!』

『おっ。いい調子だな。夏を過ぎても楽しめそうだ』

『ああ。段々緑が増えてくると、わくわくする』

『一気に苗を植えているから、段々と言う気は全くしないが、わくわくするのは同感だ』


 庭師の正明とは仲良くなれた。と言うかそれしか相手もいないし、正明も庭の現状維持ばかりで飽きてきていたので、権力の思うままに草花を導入して頼ってきて真面目に没頭するアルノを悪く思うはずもない。毎日の鍛錬を終わるのを待ってくれて、飲み物まで用意してくれるようになった。とってもいい感じである。


「先輩……馴染みましたね。と言うか、言葉上手くなりましたね」

『習うより慣れろ、だろう? お前も手伝うか?』

「遠慮します。『正明さん、アルノ様をお願いします』」

『はいはい』


 現状、生活には大きな不満がない。問題があるとすれば、肝心の嫁とは全く顔を合わせていないことくらいだ。毎日手紙も投函しているが、それについてのコメントや返事は一切ない。忙しいと最初に言われたのだから、返事がないのは仕方ないが、言伝くらいしてくれてもいいのに。

 まあ、いくらなんでも落ち着けばあっちから改めて接触してくれるだろうし、いいか。とアルノは楽観的である。政略結婚相手として仲良くなりたいが、別に好みなわけでもなんでもないので、急いで仲良くならなきゃなとも思わない。ゆっくりやっていこう。


『旦那様、そろそろ休憩にするか』

『ああ。ん? なんだ、その包みは?』


 しばらく二人で少し距離をあけて雑草抜きをしていると、意外に時間にきっちりした正明が定時の休憩を提案した。熱中しがちなところにちょうどよく休憩を挟んでくれる。アルノは立ち上がって伸びをして、正明のもとへ向かうと、花壇脇のベンチに座る正明がいつもの飲み物だけでなく小さな布包みを膝にのせていた。


『めざといな。ちょっとしたつまみの菓子だ』

『マサアキは実に気が利くね。男でなければ口説いているところだ。危ない危ない』

『言葉がうまくなったのはいいが、軽薄になったな』

『それは元がそうだからかな』

『冗談でも、余所の女を口説くなよ』


 隣に座るアルノに正明は呆れながらそう注意する。今更だが、正明はこの家に昔から仕えているのだ。たとえ本人が言ったとしても、紅葉を蔑ろにして他の女に熱をあげるようでは腹が立つだろう。

 もともとそんな気はない。女性に興味がないわけではないが、結婚をする以上、最低限紅葉を尊重していくつもりだ。そこは安心してほしい。アルノはにっこりと、安心させるため微笑んで応える。


『面倒なことはしない主義だよ。安心してほしい。マサアキのご主人様を泣かせる気はない』

『ならいいが。ほら』


 そんなアルノに、正明は疑わしそうな顔をしながらも、ほらとその手に包みを押し付ける。受け取ったものを膝にのせて開けると、中から葉っぱが出てきた。あれと思いながら手に取ると、葉っぱには指先に弾力と重みを感じる白いものが挟まれている。


『これは葉っぱごと食べるのか?』

『外して食べるんだ。こう』


 正明がめくりながら直接白い部分を触らないように食べるのを真似して口をつける。もっちりしていて、中からあんこが出てきた。団子や餡子はそれぞれ食べたことがあるが、中に入っているのは初めてだ。


『美味しいな。こっちに来てから、ここのものを食べてないから新鮮だ』

『そうなのか? 食わず嫌いはいかんぞ、それは柏餅だ』

『そうだな。柏餅か。気に入った。どこで売ってるんだ?』

『俺がつくったものだ』

『……は? マサアキが作ったのか?』


 予想外の返事に、まじまじと正明と柏餅を見比べると、正明はどこか居心地が悪そうに殊更人相悪く眉をしかめる。


『な、なんだ。男がつくったらいかんのか?』

『いや、尊敬する。マサアキのことが前より好きになった』

『……旦那様は、男が好きってわけじゃないよな?』

『安心しろ。女性が好きだ。でもそうか……よし、礼に明日は私がお菓子をつくってあげよう』

『つくれるのか?』

『簡単なものなら。楽しみにしてほしい』


 大きく出たアルノだが、料理についてはそれなりの回数作ったが、お菓子になると一度クッキーづくりの手伝いをしたくらいだ。だがまぁ、レシピ通りにしてできないことはないだろう。

 にこっと自信満々に正明に宣言した。その微笑みに、正明は何となく不安になった。


 夕方まで庭仕事を行い、信彦が迎えに来たところでさっそくアルノは信彦に明日の午前中にはクッキーづくりを行うことを告げた。


「は? クッキーですか?」

「ああ。いや、クッキーでなくてもいいが。せっかくだし季節のものをとりいれたものがいいな」

「構いませんが……庭いじりにお菓子作りって、婿入りではなく嫁入りしにきたつもりですか」

「いいだろう? 暇だし。面白そうじゃないか。それに、性別は関係ないぞ」

「わかりました。空き時間と材料を確認しておきます」

「さすが信彦。頼りになるな」

「楽しんでおられるようで、なによりです」


 呆れた信彦だが、すぐに手配をしてくれて寝る前に、明日の朝9時から11時までなら使っていいと許可をもらってきて、レシピもちょうどいいのを用意してくれた。

 有能な付き人を持って幸せだなぁとねぎらうと、信彦は鼻で笑った。


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