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紳士でいる話 / 淑女でいる話 紅葉side

 夏は色々あったけど、紅葉と共に海水浴にも行った。溶けそうな湿度と気温に辟易して毎日だらけていたら、さすがに紅葉に怒られたりした。花火大会は、正直暑くて狭くてたまらなかったけど、紅葉の浴衣姿が美しすぎたので、許した。

 秋はたくさん食べ歩いたりして、紅葉と一緒に減量に励んだりした。冬は全く雪が降らないのに寒くて、一層体を動かしてみたりした。雪遊びをするためにはかなりの遠出となるので諦めた。


 そして現在、アルノはぼんやりとしていた。いかに紅葉が多忙でも、年末年始となればどこの国でも一大イベントとなり、お休みだ。御多分にもれず、紅葉も珍しく1週間もお休みとなった。

 そうなれば、旅行に出かけるのが新婚夫婦と言うものだ。と言うか、これまではそんな機会もなかったのがおかしいのだ。


 家からは少し離れた、温泉地に四日間の慰安に来ていた。新婚旅行にしては地味すぎるが、アルノのこの国の伝統系に興味があるという希望と、紅葉の温泉でゆっくりしたい希望が組み合わさって、四大観光地の一つであり、年始には派手にお祭りをするこの地が選ばれた。


「はぁ……」

「あら、ため息何てついて、どうしたの?」


 昨日到着して、伝統的なお祭りである大きな神輿が練り歩くのを見て、宿での食事や雰囲気に感動したりして、お風呂に入ると疲れもあってすぐに眠りについた。

 そして今日、ゆっくりと起きて、のんびりと観光化された街を見て回り、夕方には宿に戻ってきて、じっくり露天風呂を堪能した。


 浴衣を着て、二人で外を次々神輿が通っていくのを上から夕食を取りながら見物して、そしていま、それも終わって静かになった街を見ながら二人でお酒をたしなんでいるところだ。


 暖房が聞いた室内は、火照った体に少し熱いくらいで、浴衣の上に着ていた羽織はお互いに脱いでいる。どうかした、なんて、全く紅葉は呑気なものだ。

 たった今、小首を傾げた動作だけでも、どんなに自分が色っぽく魅力的か、ちっともわかっていないのだから。


 意識的に焦点をずらしたりして、気持ちを落ち着けないと、今すぐにだって抱きしめてしまいそうだ。


「クレハ、浴衣がとても似合うね。綺麗だよ」

「ありがとう。昨日も聞いたけれど、嬉しいわ。で、何か嫌なことでもあった? 困っていることでもあるなら、遠慮せずに言ってね?」

「そうだね、クレハが魅力的すぎることに困っているよ」

「もう。冗談ばっかり」


 これだ。正直にストレートに言っているのに、冗談だと受け取るのだから。最も、照れているようで頬を染めてはにかんでいるから、全く何も感じない訳ではないようだけど。本気で困る。

 アルノとしては、いくら法律上は夫婦と言っても、式を挙げて心理的にも外聞的にも名実ともに夫婦となれてから、子孫繁栄の為の行為をすべきだと思っている。


 別に奥手ぶるつもりはないけれど、通常の貴族同士の婚姻では、籍を入れてから期間を空けずに式を挙げるものだし、普通は式を上げてから共に暮らし始めてそこから関係をはじめるのものだ。

 貴族として責任があるからこそ、無責任に子供をつくるわけにはいかないので、それが普通だ。もちろん娼館と言うものもあるし、むしろ貴族だからこそ一定の年齢以降に実際の行為を伴った教育も受けているけれど、そういった割り切った関係と正式な相手は全く別である。


 大事な相手だからこそ、容易に手を出すことは相手を軽んじていることにもなり、軽々しく許されるものではない。


 だと言うのに、浴衣なんて薄着で、お酒を飲んで上気した肌をチラ見せして、同じ部屋で寝ようと布団を横並びとか、拷問のようだとしか思えない。わざとか。そんな意図はないだろうし、夫婦でわざわざ別室をとるのも不自然だろうけども。


 普段ならしないけれど、アルコールが回ってぼんやりとする頭が、二人きりで旅先の非日常であると言う空間が、少しくらい、危機感を持ってもらおうか、と体を動かした。

 立ち上がり、紅葉が座る椅子の肘かけに座って、紅葉の肩に手をまわす。


「ちょ、ちょっとアルノさん?」


 体をそらしそうになる紅葉に、アルノはそっと顔を寄せる。


「クレハ、冗談じゃないよ?」

「え?」


 微笑んで再度警告するけど、やっぱりわかっていないようで、目を見開かれる。その拍子にゆれた髪からは甘い匂いがして、上から見る紅葉の白い肌に浴衣の襟が影を落としているところまでよく見えて、キスをしていた。


「ん。 …ん!?」


 いつも触れるだけですませたけれど、いつになく熱くなっていたアルノはつい、そのまま舌を出して紅葉の唇を舐めた。すんなりとキスを受け入れた紅葉だけど、舌にはびくりと肩を震わせ反射のようにアルノの体に両手をあててきた。

 だけどその手にはそれほど力何てくわわってなくて、まだまだ抵抗が足りない。だから仕方ない。もう少しだけ、危機感をあおってあげないと。

 アルノはさらに舌をすすめる。唇の隙間を抜けて、歯を撫でまわし、紅葉の肩を強く抱き上から覆いかぶさるようにして、強引に口内を荒らしていく。


「んっ、んうぅっ」


 紅葉の手がぎゅうとアルノの浴衣を握りしめて引っ張る。アルノの衣服が少しはだけたところで、名残惜しくも唇を離した。


「っ、ぁ、はぁ」


 荒い息を吐き、赤らんだ顔でうるんだ瞳を向けてくる紅葉は、どこか恐怖をにじませていて、ぞくぞくしてもっとしたくなるけれど、柔らかな紅葉の体に、逆に、壊してはいけないと自制心を働かせる。


「クレハはいつも、たまらなく魅力的だけど、こんな時まで無邪気にされたら、我慢できなくなるよ」

「あ、アルノさん。その、私」


 紅葉は、明確な言葉を口にはしないけれど、握ったままのアルノの浴衣を離さずもじもじとして、視線を揺らす。その態度から、けして拒否は感じられない。むしろ、欲目でなくても、望まれている気がしないでもない。

 お互いに両想いで、許される関係ではあるのだ。だけど、そんな、なぁなぁで、何となく許されるみたいな、そう言ったものでは嫌だ。たった一度しかないからこそ、絶対に、誰にも何も言われないようにしたい。世界中の人間に誇れるくらい、紅葉を愛しているから、世界中に誇れるようにしたい。


 これはアルノの我儘かも知れない。でもこれがアルノの愛なのだ。


「クレハ、式を挙げるまでは、紳士でいるから、どうか俺を、狼にしないでね」


 頬にキスをするアルノに、紅葉は一瞬きょとんとしてから目をそらした。


「……馬鹿」

「愛してるよ、クレハ」


 馬鹿馬鹿しいほど、愛している。









「アルノさん、起きて」

「ん、んー、なに、朝?」

「違うわ。お布団で寝なきゃ風邪をひくから」


 椅子に座ったままうとうとしていたアルノの肩を叩いて声をかける。ぐずるアルノの手を引いて立たせると、凭れ掛かられてどきりとしてしまう。


「うー、クレハ、愛しているよ」


 口癖かと言いたくなるくらい、寝ぼけてまで言いながら、アルノは起きているのか疑いたくなる手つきで紅葉の腰に手を回し、そっと撫でてきた。


「ほら、布団はこっちよ」


 驚いて飛び上がりそうになるけど、我慢してアルノを押して誘導する。素直に動いてくれるので、そのまま先ほどめくった布団に転がして、上から掛け布団をかけてぽんと軽くたたく。


「はい、お休みなさい、アルノさん」

「んぅ。お休みなさぃ、クレハぁ」


 少し甘えたような間延びした声で挨拶すると、アルノはそのまますぐに寝息を立てだした。


「ふぅ」


 やれやれ。今日は珍しく飲み過ぎている。旅先で気が緩んだのだろうか。

 もっとも、それはアルノだけのことではない。紅葉だって、二人きりの旅行でいつもと気持ちは全然違う。


 具体的に言うと、関係の進展をひそかに期待していた。けれど、どうやらアルノはその気がないらしい。と言っても、今までひそかに、アルノは本当はその気がないのではないかと心配になってきていた。それが杞憂であることがわかっただけでも、収穫ではある。


「……」


 アルノはまるで無垢な子供みたいに寝ている。

 いつもそうだ。アルノはいつだって素直で、子供みたいで、純粋だ。だからもしかして、そんなわけない。普通に成人した男性だとわかっていても、もしかして好きだと言っても性的なことを含まないのではないかと言う不安がたまにあった。


 あったけど、先ほどの力強い口付けと、燃えそうなほど熱い視線に、そんな不安は消し飛んだ。

 今すぐに、思いを成就させたいと言う欲求がなくはない。だけど、それ以上に、アルノが思ってくれているなら、ちゃんと、考えた上でのことだと言うなら、紅葉もそれに合わせよう。


「……アルノさん」


 名前を呼んでも応えない。一度はついた火を無理に消そうとしてか、アルノは紅葉に口付けをする前からそれなりに飲んでいたのに、ハイペースで杯を重ねた。

 そうして酔うほどに、アルノは饒舌に紅葉に愛を囁いた。その熱っぽいアルノの表情は、とても美しくて、紅葉まで余計に飲んでしまった。だからだろう、いつもならどんなにアルノに触れたくても、どんなにアルノが愛おしくても、自分からこんなに近づいたりしないのに。


「アルノさん」


 そっと、アルノの顔のそばに膝をつく。名前を呼ぶ度に、アルコールとはまた違った熱で熱くなる。

 はぁ、こんなにも、美しい人が、紅葉のものなのだ。紅葉だけの、人なのだ。愛おしさが溢れて、身をよじって転がりまわってしまいそうだ。


 これはいけない、と思うのに、体は勝手に上体を倒していた。

 そして近づくほどに美しいアルノのかんばせに、感動で心を震わせながら、止まることなくアルノの頬に口づけた。


 唇でないのは、紅葉の精一杯のおしとやかさだ。狂おしいほど、愛おしい。

 アルコールで染まっているからだろう。こんなにも、愛で体が震える。今すぐに、式をあげたい。なんちゃって。

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