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「さて。改めてクレハ、さっきはいろいろと面倒なことに巻き込んでしまって、ごめんね?」


 信彦にお茶の用意を持たせて訪問し、許可をもらって紅葉の部屋に三人分の用意をして席についたところで、アルノは開口一番そう謝罪した。軽い調子の謝罪に、紅葉はカップを置いて嘆息する。


「それはアルノさんのせいじゃないから、気にしないでいいわ」

「そう? ありがとう」

「でもその後丸投げして昼寝したのはどうかと思うけど、まぁ、アルノさんがいても役に立たないだろうから、別にいいけれど」


 ジト目で非難と共に役立たず認定されたけれど、アルノは意に介しない。むしろ、いいけど、と許してくれるところに嬉しくなる。

 ついつい笑顔になってしまう。


「さすがクレハ、俺のことわかってくれてるね」

「そうね。ここで喜んでくれるアルノさんだから、仕方ないわね」


 苦笑する紅葉とアルノを見て、信彦がわざとらしくこほんと咳ばらいをした。


「ご歓談中申し訳ございませんが、あれ以降の経緯をご説明してよろしいですか?」

「ええ。お願い」


 保安庁へ連れていくところまでは紅葉も一緒に行ったらしいけど、身分証明して説明してからは、信彦に任せて帰ってきたらしい。

 と言うわけで、信彦がアルノの実家にも確認したことなどを教えてもらった。


 まず、ミリアに関しては本国に連絡して、ミリアの家族にも連絡がついて説得してもらい、一時帰国と自称しつつもひとまずおとなしく帰ってくれたらしい。

 次にアルノの実家に確認したけど、ミリアが言っていた、ミリアの結婚の申し込みによりアルノが急遽婿入りさせられたのも本当らしい。紅葉の両親も承知の上のことだったらしい。

 そして結婚させて一安心、とはならずに諦めきれずにミリアがしつこく問い合わせてきたので、実際にエルマーと祖父が来て目で確認して、問題ないと重ねて説得する材料の為に、二人はわざわざ来たらしい。

 それでも納得できなくて、ミリアはこっちにやってきたわけだけど。それも知られないようこっそりと、実家から離れた所持領地の視察の名目で滞在することにして、こっちに来ていたらしい。なんでも、事前に根回しされてアルノが頷きたくても頷けないようにされたら困るとのこと。一か月以上の空白を作っても問題ないほど緻密に指示を出していたところ、有能なのだけど、迷惑極まりない。


 ちなみに紅葉が婚姻相手と選ばれたのは、たまたまだ。

 近隣の貴族では、簡単に圧力をかけられてしまう。そこで遠く離れた他国の平民で直接的な権威がききにくく、商売の的にも元々自国をメイン取引相手としておらず、仮に無理やり経由して圧力をかけようにも難しい相手である紅葉に白羽の矢が立ったらしい。

 実のところ、アルノの祖父が紅葉の父親と出会ってたのも偶然だ。たまたま祖父が海外へ行っているときに、たまたま同じ国に海外旅行していた父親が同じホテルのラウンジで会って何となく会話をした。そして聞いてもいないのに娘婿を探しているんですよと言ってきたので、軽く調べたらまさかの好条件だった。時間がなくて紅葉について調べたりすることはできなかったが、もう時間がないと決定した。

 と言うのが経緯だったらしい。細かなすり合わせや利益については、実は決定してから書面上の体裁と本人たちを納得させるためにしたらしい。

 とにかく結婚させたい保護者により、スピード結婚していたらしい。予想外すぎる。


「なるほど。俺と紅葉って、やっぱり出会うべくして出会った運命だったんだねぇ」

「……運命かはともかく、そうですね」


 しみじみ言うと、信彦は呆れたように相槌をうった。紅葉は何やら言いづらそうに口をまげて眉をよせている。目を合わせて首を傾げると、紅葉は嫌そうに口を開いた。


「アルノさんは、よかったの?」

「ん? 何が?」

「その、ミリアって子と結婚しなくて」

「……クレハ、それはさすがに怒るよ?」


 怒り顔になりそうなのを堪えて、笑顔を作ってやると紅葉はうっとひるんだように身をひいて、ソファの背にもたれて顔をそらした。


「う。で、でもほら、やっぱり条件としては、同じ働かなくていいとは言っても、あっちの方がいいわけだし」

「そりゃー、クレハと出会う前なら頷いたかもだけどさ。でもクレハを愛しているのに、そういうのはちょっとひどくない?」


 場を和ませるために、わざと子供っぽく唇を尖らせてやると、紅葉は眉を下げて頬を染めた。


「わ、悪かったわよ。でも、怒ったりとかもしないの? 私の方には得しかない縁談だったけど、あなたの方は、理不尽に追いやられたのよ? なのに開口一番が運命、なんてばかばかしいことを言うんだもの」


 あまりに場違いなことを言うから、我慢したりして感情を隠しているのかと思ったと紅葉は言うけど、アルノは首をかしげる。

 場違いだったろうか。アルノと紅葉の結婚は普通じゃなくて、ただの政略結婚ですらなくて、偶然の産物だ。こんなに愛しているのが、偶然から始まったなんて、もう奇跡とか運命としか言いようがない。と言うかそれ以外に思うことがあるのか。


「まぁ、アルノさんがいいならいいけど」

「うん。クレハが傍にいてくれる以上に、望むことなんてないよ」

「……」


 微笑んで心から言うと、紅葉は照れたようで頬を赤くしつつカップを口に運んで誤魔化した。可愛いなぁとにやにやするアルノに、信彦はため息をついてから発言する。


「旦那様、そういうのは話が済んでからにしてほしいんですけど」

「あれ? まだ何かあるの?」

「ありますけど……もう、旦那様に言っても仕方ないと思うので、奥様にだけ話してもいいですか?」

「えぇ。そういう風に言われると気になる。何何?」

「明日の14時に謝罪のために正式に連絡が来ることとか、そういうことです」

「なるほどね。じゃあいいけど。でも、一応俺も聞くよ」

「あれ、そうなんですか?」

「うん。暇だし」

「いいですけど、余計な口は挟まないでくださいね?」

「わかったって」


 当事者であるはずなのに、しぶしぶ説明を受けさせてもらえることになった。大事なことだし、一応今後のスケジュールも頭にいれておかないとね。









 そのあと、信彦が受け付けてあれやこれやと話を聞いたところによると、本国に戻ったミリアは親にそうとう怒られたらしい。

 それでも全く、自分と結婚するのがアルノの為であると言う主張を譲らないので、しばらく謹慎として家からださせない。また卒業時の好成績とその後意欲的に取り組んできたことでお付きはつけつつの当主交代だったが当然取り止め。正式に手続きしたので、やり直すのは面倒だし、どうせ一人娘で更正したら継がせる予定なので、肩書きはそのままで、現在は今まで通り親が全ての仕事をしてるらしい。


 と言うことをアルノの祖父経由で聞いたけど、それは別に興味がない。ミリアが今後どうなろうと、自分に関わらなければどうでもいい。

 と考えているのはアルノだけらしい。話を聞いた信彦も紅葉も難しい顔をしていた。


「で、お祖父様は何か言ってたの?」

「はい。謝ってました」


 アルノが話を変えると、信彦はあっさりそう言った。謝ってたって、もっと色々あるだろう。まあ、どんな文句で謝ろうと構わないけど。


 他にもいろいろと信彦は説明してくれたが、実務上のこととか割とどうでもいい。話半分に聞いておいた。それなりに時間も使ったので、今日の説明はこんなところでいいだろう。進展があったらまた、こうして紅葉とアルノにまとめて説明することにして、解散した。

 紅葉の執務室を出て、二人で部屋に向かいながら声をかける。


「て言うかさ、聞いていい?」

「何でしょう?」

「お前は、ミリアのことを知ってたんだろう?」


 ずばりと聞くが、信彦はけろりとして頷いた。


「はい。さすがは旦那様。ご慧眼に敬服いたします」


 眉をしかめる。けーがんにけーふくって、韻でも踏んでるのか。意味がわからない。


「は? 難しいことを言うんじゃない」

「はい。さすがは旦那。よくできました」


 言い直されたけど、めちゃくちゃ馬鹿にされている気分だ。


「で、何で黙っていたんだ? しかも知らないふりまでして」

「知らないふりをしたつもりはありません。勝手に勘違いされただけでしょう」

「詐欺師みたいなことを。まあいい。俺がクレハとラブラブになっても帰らなかったのは、ミリアのことがあったからだろう?」


 アルノが全く気づかず尋ねなかったのもあるだろうし、聞いたとしても、どうせ祖父の気遣いで黙るように命じられていたなら、アルノがなんと言おうと言わなかっただろう。


 一言文句を言った以上、追及するつもりはない。それより気になるのは信彦のことだ。ミリアのことが片付くまでいろと言われたのだろうけど、いったいこれからどうなるのか。


「こう言う真剣な場面でラブラブとか言うのやめてください」


 真剣に聞いたのに、信彦は嫌そうな顔をした。いや、そういうツッコみの方がどうかと。アルノが外国籍の人間で、まだこっちに一年もいないことを忘れていないんじゃなかろうか。それくらい流暢に話せているとポジティブにとらえるけども。


「じゃあ、俺とクレハが仲良くしていても、ミリアのことを心配して帰らなかったのだろう?」

「そうです。さすがにここまで追いかけてくるのは予想外でした。念のためだったんですけどね」


 なるほど。まさかそんな裏があろうとは。信彦がいやにこっちでのんびりしていると思ったけど、ちゃんと理由があったのだ。

 何というか、申し訳ないなと言う気持ちもあるが、アルノ個人への好意とか関係なくて居たとか、ちょっとがっかりなんですけど。


「と言うか、そうじゃなかったら俺、一人で婿入りさせられていたの?」

「婿入りするのに何人もお付きをつれては、それこそ乗っ取りかと疑われるじゃないですか。まして相手は貴族でもないんですから」

「それはそうかもしれないけど」

「と言いますか、そもそも普通の状況なら、ここまで離れた貴族でないところに婿入りとかもないですし、俺が付き人になることもありません。ミリア嬢のことは、いちいち他の使用人に言って回るわけにはいきませんからね」

「あー、そう言えば、信彦って使用人でもなんでもないしね」


 普通に、出身国で話が早いから来てくれたのだと、信彦が来ること自体にはそれほど疑問に思っていなかった。しかしよく考えたら不自然だった。


「まぁそういう訳ですから、まだ少し不安なうちは、いますよ」

「そっか。じゃあよろしく頼む。っていうか、せっかくだし、式上げるまでいてくれたらちょうどいいのに」

「えー……嫌だなぁと言う気持ちと、式の為に往復する無駄を考えたらいいかなぁと言う気持ちで揺れています」

「うん。式には出席してくれるみたいで、安心した」


 アルノ側にももちろん招待状は出しているけど、何分遠いので、どれだけ来てくれるか不明だ。仕事をしていたらどうしたって無理なこともあるだろうし。ここは少しでも、友人枠を確保しておきたい。

 微笑むアルノに、信彦は肩をすくめた。

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