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ミリアを追い出そう

「え? え? え? ちょ、ちょっと、待ってください。だって、アルノ先輩、好きなのは、巨乳でしょう!?」


 アルノの言葉に、ミリアは理解できないとばかりに狼狽して、立ち上がって紅葉を無遠慮にじろじろ見て、頭を振って、そんな失礼極まりないことを言った。


「……」


 おかげで、隣の紅葉からも謂れのない非難の視線を向けられている。

 弁解しようか、と言うかそもそもどうしてそんな誤解をしたのかを先に問いただそうか。そう思いながら口を開くが、発音する前にミリアはさらに言葉を続ける。


「だから、そちらの人を心から愛しているなんて、嘘でしょう? 私のことを気遣っているんでしょう? 大丈夫です。私は、たとえ誰に反対されても。あ! それか、戸籍に傷がつくその人を気にしているんですか? 大丈夫です。私が彼女に望むだけ賠償しますから」

「ちょっと黙ろうか、ミリア」

「!?」


 いらっとして、つい言葉の調子が強くなってしまった。ミリアはびくっと過剰に肩をゆらして、席について恐る恐る首を傾げた。


「ど、どうしたんですか、アルノ先輩。そんな、怒ったみたいな顔して。似合わないですよ?」


 怒った顔に似合うも似合わないもあるか。馬鹿馬鹿しい。相手が女性だから、高位貴族だから、優しく帰ってもらおうと思っていたけれど、イライラが爆発しそうなほど、腹が立っていた。それでも、紅葉の前で格好の悪い真似をしたくない、と言うなけなしの理性で何とか笑顔を作り直す。


「そうかな。ごめんごめん。それで、俺は女性の体形に優劣を感じたことはないよ。そんな失礼なこと、真摯な俺がするわけないだろう?」

「そんな、そんなことは、すみません。私の言い方が悪かったです。でも、人の好みと言うのは、どんな紳士でもあります。だって、アルノ先輩は、ジョセフィーヌ先輩のことが、お好きだったでしょう? だから、てっきり……その、ジョセフィーヌ先輩は、その……淑女とは遠い方でしたけど、すばらしいプロポーションでしたから。それ以外で、ジョセフィーヌ先輩を好きになる要因はありませんよね?」


 ジョセフィーヌ先輩、どれだけ印象悪いんですか。とアルノは思わず心の中で呼びかけてしまった。確かにあの気の強さと、時に奇行ともいえる行動力の強さから、一部崇拝する人もいれば、一部からめちゃくちゃ嫌われているのも知っていたけども。

 結果的には、自国の王子様のハートを射止めているのに、なんだろう。このアルノ周りでの低評価。アルノのせいなのか?


「ジョセフィーヌ先輩は、内面が魅力的な女性だったよ。そうでければ、クリフト先輩に選ばれたりしないよ」

「クリフト先輩は、間違いなく巨乳好きですよね?」

「……」


 それは否定できない。できないけども。それだけで選んだりする人でもないし、それだけでOKするほど、王子の結婚相手は軽く許されるものではない。いや、でも、うーん。

 とりあえず話題を変えよう。


「クリフト先輩は置いておいて、少なくとも俺はそうではないよ。それとも俺が嘘をついていると?」

「そ、そんなことは! でも、その、私に気遣っているのかな、とか」

「こんな嘘は言わないよ。とにかく、俺は年上が好きなんだから、君を好きにはならない。だから、悪いけど諦めてくれ」

「そんな……」


アルノがキツくならないよう、だけどはっきり断ると、ミリアはがっくりと肩をおとした。その姿を見ると、やっぱり少し可哀想な気持ちにはなるが、迷惑だしさっさと帰ってほしいので、遠回しなやり方はしたくない。

 落ち込むミリアを見て、嫌な気持ちになりそうな自分の心を、隣の紅葉の手をまた撫でながら誤魔化していると、しょんぼりしたままミリアは顔をあげた。


「わかりました。では、その方を連れてきても構いません。別の離れも用意します。愛人の一人や二人、許せなくては正妻とは言えないでしょうから。私のことは、政略結婚としての付き合いで結構です」


 話が通じない! いや、通じているのか? 確かに、最初の思い込み状態からアルノの説明を聞いて、自分を好きにならないことも理解して、話がすすんではいるけども。でも普通にアルノを連れて帰るのを前提にされている。


「えーと、ミリア。それだと少し意味が分からないんだけど。君が俺を好きだから結婚したいまではわかるよ。でも、俺がクレハを好きで君を好きにならないのも理解してもらえたよね。それで、なんでクレハを愛人にしてまで、君と結婚しないといけないのかな?」

「? おかしいですか? 私の希望も、アルノ先輩の希望も叶って、アルノ先輩をよりよい環境で生活させてあげられる、ベストな選択だと思うのですが」


 ……なるほど、わかった。なんでこんなにさっきから、ミリアが的外れでなんかイライラするのかわかった。ミリアは、紅葉のことを全く歯牙にもかけていないのだ。だから簡単に紅葉には利点も示さず別れろとか、紅葉の生活をめちゃくちゃになるのも厭わず連れてきて愛人とか言えるんだ。

 なるほどなぁ。……ふざけるなよ。


「ミリア、君の考えはよくわかったよ」

「本当ですか!? じゃあさっそく準備を」

「今すぐ出て行くんだ」

「え?」


 もう笑顔を作る必要もない。気持ちのままに言葉にすると、ミリアは全く理解できないようにきょとんとしている。全く動こうとしないミリアに、余計にイライラする。


「立ちなさい」

「え、あ、はい」


 重ねて言うと、ミリアは混乱しているようで、意味もなくきょろきょろと目線を漂わせながらも、言われた通りに立ち上がったアルノも立ち上がって扉を開ける。


「こっちへ来て」

「は、はい」


 ミリアがついてくるのを確認して部屋を出て、玄関に向かう。正気を取り戻したらしいミリアは、あの、とか、ごめんなさい、とか言っているけど、聞く気はない。そのまま玄関のドアも開けて、ミリアを振り向く。


「出るんだ」

『ごめんなさい、アルノ先輩。私が怒らせるようなことをしてしまったんですよね? 本当にごめんなさい。もうし』

「いいから黙って出るんだ」

「……はい」


 玄関から一歩出たミリアに、まだ屋敷内にいてまごついている使用人や護衛の人間には、視線で出ろと促す。戸惑いながら玄関から出て、主の後ろに並んで漏れのないことを確認してから、ことさらにっこり笑って見せる。

 途端にミリアはパッと笑顔になって口を開こうとするけど、それより先に言い放つ。


「帰りなさい。もう君の顔を見たくない」

「!?」


 ドアを閉めた。それから何かを叫びだしたけど、知ったことではない。絶対にドアを開けないように、侍女たちに伝えて、ついでに保安官へ通報するよう指示していると、後ろから紅葉が信彦と共にやってきた。


「ごめんね、クレハ。変なことに巻き込んじゃって。もう仕事にもどっていいよ」

「えっと。でも、いいの? 何というか」

「心外だな。まさか俺が、クレハと別れてあの子と結婚するとでも?」

「そうではないけど、あんなにすげなくして、実家の関係とか」

「うん。それは最初思ってたし、だから優しくしてたけど、でも仕方ないよ。話が通じないなら、追い出すしかない」

「旦那様が怒っているのって、久しぶりに見ましたけど、冷静と言いますか、普通に追い出しましたね。もっと怒鳴ったりするかと思いました」


 驚いている信彦の言葉に、アルノは頭をかく。確か、信彦の前で怒ったと言えば、一つしか心当たりはない。基本的にそんなに怒らないし。でもそれは好意的な相手との諍いだから、感情的になって怒鳴ったりするのだ。


「彼女には、怒鳴るのも面倒だよ。どうして俺が、彼女なんかに言葉を割いてあげないといけないのさ」


 もうミリアの顔も思い出したくない。今日一日をなかったことにしたいくらいだ。

 疲れたので寝ることにした。信彦には実家に連絡して、諸々のことを確認しておくようお願いして、アルノは気持ちを落ち着けるためシャワーを浴びて昼寝することにした。








 目が覚めて、冷静になった。ミリアとかにはともかく、紅葉にはもう少し話をした方がよかったかもしれない。仕事中だし、と思って後で話せばいいと思ったけれど、紅葉からしたら突然夫にプロポーズしに来た頭のおかしい女性に、散々なことを言われたのだ。

 フォローしておくべきだったかもしれない。


 アルノは顔を洗って身支度を整える。時間は夕方だ。でもそういえば、お菓子も食べていない。紅葉の元にお菓子タイムの名目でお邪魔して、少し話させてもらうことにした。


 部屋を出て階段を下りようとしたところで、信彦が部屋から出てきて追いかけてきた。


「旦那様! 起きたなら、お声をかけていただきたいものですね」

「やぁ、信彦。いい天気だね」


 何だか怒っている風だったので、軽く誤魔化してみたけど、余計に信彦の眉間の皺は深くなってしまった。失敗だ。


「人に指示だけ出して、自分は寝るとかいい身分ですね。死ね」

「えぇー、なんかすごい暴言言われてる」


 面と向かって死ねとか言われた。どうやらそうとう怒っているらしい。目をそらす。


「普通です。あの後、屋敷の周りをうろつくので、保安官に引き取ってもらうのも大変だったんですよ。相手が他国の貴族なわけですし、そう、はい、じゃあ終わりとはなりません。本部まで付き添って、本国にも連絡付けたりして、大変でした」

「そ、そっか。ありがとう、信彦。特別手当をつけてもらうよう、お願いしておくよ」

「奥様からも、だん、アルノ様のお父上にも同じことを言われているので、結構です」

「あ、はい」


 予想以上に大変だったらしい。確かにそれはそうだ。高位貴族と言うだけで、自分も対応に困るし、まして爵位をついでるならなおさら、明確な犯罪をしたわけでもないので無理強いもできない。

 知り合いの家におしかけて、庭先で騒いだくらいで、簡単に逮捕できるものではない。と言うかさすがに逮捕されても後味悪い。


「とにかく、詳しく話します。奥様も一緒の方がいいですけど」

「あ、じゃあちょうど今行こうと思ってたし、一緒に行こうか」

「え、あー、まあそうですね。行きますか」


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