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思いを伝えよう side紅葉

 アルノの親族2人は、想定していたより早く帰って行った。かなりの遠距離なので、半年くらいはいるのかと思ったが、やはり忙しい人のようだ。

 結婚式の日取りも決まり、具体的にこなすべき行程が見えてきた。そうと決まれば、紅葉にはできるだけはやく行うべきことがひとつあった。


 そう、アルノからもらったネックレスのお返しである。指輪の代わりでもあるのだし、できるだけ早くがいい。指輪などの基本形式はこちらに合わせてくれるからこそ、気持ちとしてできるだけのことはしたい。

 悩んで悩んで、相談したりして、腕時計にしようと決めた。まさか口に出しては言えないけど、これからこの時計が刻む時間を共に過ごしたい、過ごす日々を刻んでいくためのものだ。何ていう、ちょっとロマンティックな気持ちもこめた。


 アルノがくれたネックレスは、紅葉の心を守ったり束縛する意味合いがあると言うことなので、少しくらいはあやかって意味ありげなものを贈ったっていいだろう。

 もちろん、紅葉からアルノへのプレゼントなのだ。半端なものはプレゼントできない。アルノは自分にできる限りのものをくれた。なら紅葉だって、できる限りのことをしたい。

 しかし高価過ぎて、アルノが普段使いに遠慮するようなものは論外だ。紅葉だって、高級車ほどの高価な品を普段使いするのは抵抗がある。もちろんアルノが望めば高級車だってあげるけれど。アルノは家が所有する車のうち、安いほうの車のほうが距離が近くていいねなんて言っていたので、そんなことにはならないだろうけど。


 そんなわけで厳選に厳選を重ねて、アルノにぴったりのものを見繕った。少しばかり時間はかかったけれど、もらったネックレス程度の金額に抑えることもできた。

 そしてついに商品を手に入れ、紅葉はドキドキしながらも、アルノを部屋に誘った。


 女性から男性を、自室に誘う。それはすこしはしたなく思うけど、でも紅葉とアルノはすでに夫婦なのだ。外聞的にも遠慮をする必要はない。

 と言っても、やはり、緊張しなくもない。二人きりで会うのだ。期待だってするし、それが見透かされやしないか、不安だってある。


 だけど、普通ではない、特別なプレゼントだ。それを他の人に見られるかもしれないところで渡すなんてできない。


 アルノは二つ返事でOKしてくれた。飲み物を用意してからアルノを迎えた。どきどきして汗までかきそうな紅葉に対して、アルノは平然と、いっそひょうひょうとしている。緊張どころか


「お待たせしてごめんね。クレハとデートだと思うと、心の準備が必要だからさ」


 なんて軽口を言ってくる。嬉しいけど、何だかすこし腹立たしくなって、私も精一杯軽く流した。


「構わないわ。それほど待ってないし、時間を指定していたわけでもないもの」


 そして、ついにだ。こんな状態で、長々と語っている余裕はない。本題に入ろう。

 アルノに断ってから、そっと後ろに隠しておいたプレゼントを取り出して渡す。アルノは一瞬きょとんとしてから、ぱっと花が咲いたみたいに笑う。まぶしい。

 もうこれだけで金額分くらい得をしてしまった気がする。いやいやもちろん、アルノの笑顔は金銭なんかで推し量れないけども。


「開けてもいい?」


 わくわくと子供みたいな顔で取り出して訪ねてくるアルノに、緊張と興奮で体が熱くなってきて顔を染めているのを自覚しているけど、それよりアルノを見ていたい。早く早く、アルノの素敵な笑顔をもっとみたい。

 手で急かすと、アルノは苦笑しながら箱を開けた。


「お。わぁ、すごい。つけてもいい?」

「もちろん」


 アルノは目をきらきらさせながら、喜びを隠さずに腕時計をつけた。やっぱり、あつらえたようによく似合う。はぁ、素敵だ。

 腕時計付きのアルノに見とれていると、しげしげと腕時計を見ていたアルノは、ぱっと紅葉に向かって顔をあげ、言葉にできないほどの満面の笑顔になる。


「ありがとう、クレハ。高かったでしょ? こんなに思ってくれて、すごく嬉しいよ! ずっと大切にするね!」


 その言葉に、私が最初に感じたのは嬉しいより何より、驚きだった。なんて、可愛いのだろう。

 高価な品だと思っても、それが申し訳ないとかなんとか、そんな喜びを阻害する感情は一遍もない。一切の曇りなく、喜び百パーセントの笑顔。

 てらいなく、遠慮なく、用意した気持ちを丸ごと受け取って全力で喜ぶアルノに、本当に叶わないなと思った。


 アルノに対して、自分はなんて可愛くない反応をしたのか、と反省しそうだ。きっとアルノは、誰からも愛されていて、愛されなれていて、だからこんなにも自然に素直に、全てを受け入れるのだろうなと感じられた。そしてそんなアルノから、自分がその愛情を独占しているのだ。

 ああ、もう、たまらない。全身からこぼれそうなほど、幸福だと感じた。もはや表情をとりつくろいようもなく、紅葉もまた素直に微笑んだ。


「ありがとう。喜んでくれて、私も嬉しいわ」


 そうだ。嬉しくてたまらない。アルノが素直に喜ぶことが、紅葉の喜びなのだ。

 だと言うのに、すでに紅葉の人生において至上の喜びを感じていると言うのに、アルノはさらに喜ばせようとしてくる。アルノはうっとりとする微笑みで、甘い愛を口にする。


「クレハ、愛してるよ。この時計が時を刻むのと同じように、俺たちもずっと一緒に、時を重ねていこう」


 なんだ、この人は。紅葉がとても素面では言葉にできないから、物にこめた思いを、当たり前のように口にしてくる。飛び上がりそうなほどの喜びと、だけど同時に自分の気持ちが読まれたような身をよじりたいほどの羞恥に、紅葉は誤魔化すように口を開く。


「……アルノさんって、本当に、気障ね」


 そんな紅葉の心情には気づかないアルノは、そうかなーと首を傾げて、さらに言葉を探そうとする。その様は可愛らしくさえあるけど、もういいのだ。

 無理に言葉を重ねなくても、十分に、アルノの気持ちは伝わっている。むしろ、紅葉が伝えたかったことをすべて理解してくれているのだ。こんなに幸福なことがあるか。同じことを、思ったのだ。


 紅葉はアルノの手に自分の手をそっと重ねた。それは恥ずかしいけど、すでに心をさらすほどの羞恥を味わったのだ。手くらい、なんてことはない。

 と思ってしたのだけど、熱いほどのアルノの手にはやっぱり少しひるんでしまいそうになったけど。でも、それで負けたりしない。ちゃんと、今のこと、何とも言えない気持ちを伝えて、アルノにも同じように感じてほしい。この、全く同じことを考えていると言う、奇跡のような状況を、自覚してほしい。


「無理に、言葉で言わなくてもいいのよ。だって、もう、伝わっているもの」


 するとアルノは紅葉の言葉に感激したように、瞳をうるませ、紅葉の手の中でぎゅっとこぶしを握った。手の中の力強い、筋肉の動きを感じて、どきりとする。そのドキドキを加速させるように、アルノは声をもらす。


「クレハ……愛しているよ」


 伝わっている。痛いほど、伝わっているのだ。それを分かってもらいたくて、でも伝わっていないもどかしさに、つい紅葉はまた、素直じゃない言葉を口からこぼしてしまう。


「ふふ。もう、馬鹿ね。知ってるわ」


 だけど体は素直なもので、たった数回のことでもう馴らされてしまったみたいに、自然と瞳を閉じていた。









 そうして何度も口付けて、見つめあって、カランと氷が解けて滑る音がして、はっとする。まるでたった今、時が動き出したみたいに急に恥ずかしくなった。なんだかぎこちなくなりながら、アルノと紅葉は手を離し体を元の距離に戻した。

 照れ隠しにカップに口をつけていると、アルノがそういえば、と話題を転換させた。


「紅葉、ちょっと聞いてもいい?」

「なにかしら?」

「こんな品を、急にプレゼントなんてどうしたの? 何か今日って、特別な日なのかな?」

「え、いえ、今日と言うか……」


 別に今日と言う日付が特別な記念日と言うことではない。いや、もちろんプレゼントしたことで特別な記念日だと設定したければそれはいいけれど。

 と言うか、つまり、アルノは全くちっとも気づいていなかったのだろうか。何でもない日に急に高価な腕時計をプレゼントしても、それに何か意味があると考えないのか。いや、少しは考えるから、紅葉にこうして聞いているのだろうけど。


「あなたがネックレスをくれたから、その返礼なのだけど。腕時計ではおかしかった?」

「あ、あー。なるほど。ううん。全然おかしくないよ。むしろ割と一般的だよ」


 向こうの国の常識では、自分の渡した品がよほど常識外でそうととらえられなかったのかと思ったのだけど、そうでもないらしい。

 アルノは得心したと言わんばかりに、頷いている。おかしくないと聞いて、ほっと紅葉は息をつく。


「よかった。……と言うか」


 頑張って用意したプレゼントなので、まさかの用途外だと一瞬はらはらしたので、否定してもらったのはよかってけど、ちょっと待ってほしい。


「今まで気づいていなくて、あんなに喜んでくれていたのね?」


 もう、最初に質問された時点で気づいたけど、聞かずにはいられない。

 さっきまであんなに通じ合っていると思っていたのに、そもそも前段階で、プレゼントの意図自体が通じ出なかったなんて。


 少し拗ねてしまいそうになるのを誤魔化すために、呆れたような声を意図的に出してみせるけど、アルノはあっけらかんと、むしろ不思議そうにしている。


「うん。そうだけど? だって大好きな人から、思いを込めたと一目でわかる立派なものをもらって、喜ばないわけないでしょ?」


 んぐう。そ、それは確かに。と言うか私が言いたかったのとちょっと違うけど。そんな風に言われてときめいてしまうと、もう何がどう違うのか自分でもわからなくなってしまう。


「それは、そうかもしれないけれど……やっぱり、言葉にするのも、重要みたいね」


 とりあえず、それだけは間違いない。

 ため息をついて、さっきまでと180度意見を変える紅葉に、アルノはにこっと笑って気軽に肯定する。


「それはそうだね。大事なことは、言葉に出さなきゃ。と言うわけで、クレハ、愛しているよ」


 あ、う。も、もちろん、そうだ。わかっている。恥ずかしくても、言葉にしなくては。だってこんなに、アルノは素直に言っているのだから。


「……私もよ」

「え? 私も何? はっきり言ってくれないとわからないなぁ」


 えっ。

 思わず視線をそらして言ったけど、アルノの言葉にまじまじとアルノの顔を見る。意地悪な顔をしていて、にやっと笑っている。

 く、悔しいくらい格好良くて、ドキドキする! ちょー格好いい! もう、もう! こんな風に言われたら、どんなに恥ずかしくっても、直接言葉を口にするしかない。


「……いじわる。私も、その……あ、愛しているわ」


 そう言い終わるが早いか、アルノは紅葉の口をふさぐように、また何度も紅葉に口づけた。


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