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プレゼントをもらおう

「アルノ、くれぐれも体には気をつけて、何か困ったことがあったらすぐ連絡するように。婿に行ったとしても、わしの孫であることには変わらないからな」

「お祖父様、それさっきから何度アルノに行ったと思ってるんですか。早く行きますよ」


 いざ、二人が帰るとなったある朝、玄関先まで来て見送ろうとしているのだが、祖父が駄々をこねるように帰る時間を少しでも遅らそうとしていて、エルマーは呆れたように祖父の肩を叩いて急かす。

 祖父はそれを忌々しそうに払って眉を寄せる。


「エルマー、また長く会えないと言うのに、お前はどうしてそう急かすんだ」

「予定に遅れたらどうするんですか。クレハも忙しいのに、玄関まで見送りにきてるんですよ」

「わ、わかっておる。ではクレハも、元気で。くれぐれもアルノをよろしく頼む」

「はい。お任せください」

「じゃあ、二人とも。またそのうち連絡しますから」


 こうして2人は帰って行った。

 結婚式は、結局少し遅いが来年になった。往復二か月以上なので、どうしても最低その程度はかかる。まして今来たばかりだし。


 もうここまで話を進めてしまえば、今更焦ることもない。すでに籍も入れて共に過ごしているのだ。記念でありよい節目ではあるので、いっそプロポーズした日を記念日にしようと言う意見も出た。最終的には少しずれたが、別々の記念日として楽しめると考えれば、それはそれでよい。


 そうして、日取りが決まったので、式場の予約など具体的に進めていく。時間的猶予はあるので、会場を抑えるのも楽だった。

 一つ一つを二人でやりたいので、休日に少しずつ行うのも、楽しみの一つだ。そんなある日の休日、クレハがあのね、といつになく照れた様子で口を開いた。


 昨日二人で出かけたところで、今日の約束はないけれど、紅葉が望むならもちろんどんな提案でも受け入れよう。


「どうかした? 可愛いクレハ」

「からかわないで。あのね、この後、部屋に来てくれる?」

「もちろん」


 部屋に呼ばれた。これまで数回キスをしたけれど、それはいずれも紅葉の部屋だった。まだ指輪を購入できていないし、式もまだなので、一線を越えてはいないけれど、そういう欲求がないわけではない。

 アルノだって、普通に大好きな相手にはそういう気持ちにはなる。だけど、式を挙げる際に、お腹に子供がいるとなっては困るし、それまでは自制するつもりだ。


 だからこそ、改まって部屋に呼ばれると、少しどきっとしてしまう。もちろん、朝だし、紅葉にそんな意図はないのはわかっているけれど。自分の中の狼が、紳士を噛み殺してしまわないか、少し緊張してしまうのは、仕方ない話だ。


 朝食を終えて、落ち着いてから紅葉の部屋に向かう。紅葉は微笑んで迎え入れてくれた。すでに飲み物の用意もしてくれていた。大分暖かくなってきていて、ガラスのコップには氷が入っているのだけど、カップが汗をかいている。すこしゆっくりしすぎたかもしれない。


「お待たせしてごめんね。クレハとデートだと思うと、心の準備が必要だからさ」

「構わないわ。それほど待ってないし、時間を指定していたわけでもないもの。それより、その、突然だけど本題に入っても?」


 おや、本題、と言うことは、何か真面目に話すべき内容があると言うことだ。しかも、食堂で人目のある場所ではできない話だ。なんだろうか。ちょっと見当がつかない。

 とりあえずどうぞ、と促すと、紅葉はもじもじしながら、そっと自分が座るソファの後ろ側に隠していた、小さな紙袋を取り出した。どこかで見たことがあるような、メーカーものらしき袋だ。


「これ、アルノさんに、私からプレゼントよ」

「本当に? 嬉しいな。ありがとう」


 紅葉がアルノのことを考えて、アルノのために買ってくれた。それだけでなにより嬉しい。いったいなんだろう。わくわくしながら、アルノは受け取って中身を出す。小さな四角い箱だ。手のひらサイズで、これに入るとなると中身は絞られる。


「開けてもいい?」

「もちろん。どうぞ」


 顔をあげて尋ねると、紅葉は頬を染めながらも、それを隠すよりアルノの反応が気になっているようで、じっとアルノを見ながら両手で空を持ち上げるように上下させて、早くと言外にせかしてくる。

 紅葉らしいと苦笑しつつ、アルノはそっと箱を開けた。


「お」


 そこにあったのは腕時計だ。それを見た瞬間、メーカー名が時計メーカーであることを思い出した。あまり時計に興味がなかったので忘れていた。

 機械式で、盤の中には複数の針があり、盤の向こうの歯車が一部見えているのがとても格好いい。


「わぁ、すごい。つけてもいい?」

「もちろん」


 さっそくつけてみる。銀色の太いベルトもしっくり来る。とてもいい。心の奥からかーっと熱が上がってくるみたいに、わくわくしてくる。そんな必要はもちろんないけれど、やめようったって笑顔になるのをやめられない。

 アルノはぱっと勢いよく顔を上げて、元気に紅葉にお礼を言う。


「ありがとう、クレハ。高かったでしょ? こんなに思ってくれて、すごく嬉しいよ! ずっと大切にするね!」


 そう素直に思いの丈を伝えると、紅葉は少しだけ目を大きく見開いてから、ゆっくりその目を細めて息をつくように微笑んだ。


「ありがとう。喜んでくれて、私も嬉しいわ」


 こんな風に、当たり前みたいに気負いなくさらっとプレゼントしてしまう紅葉は、さすがだなと思う。こんなにアルノにぴったりのものをさらっと買ってくれて、格好いい。余裕のある紅葉は、プレゼント一つもスマートにしてしまうのか。

 そんな紅葉に、ますます好きになってしまいそうだ。だってこんなに格好いい大人の紅葉が、だけどいざとなると初心な少女になってしまう。そう考えると、ますます可愛さが際立つし、格好良さも一際だ。単に可愛いだけではない、魅力的な紅葉に、のぼせ上がりそうだ。


「クレハ、愛してるよ。この時計が時を刻むのと同じように、俺たちもずっと一緒に、時を重ねていこう」

「……アルノさんって、本当に、気障ね」

「ええ? そうかな」


 紅葉は苦笑するみたいに、仕方ないなって笑うみたいに、そう言った。

 大好きの気持ちが溢れすぎて、愛しているだけでも足りなくて、永遠の愛を誓うつもりで言ったのに、紅葉からは何だかあまり好評ではないようだ。


 アルノは仕方ないので言い回しを考える。紅葉には是非、この胸に湧き上がる、途方もない愛情を一部だけでも伝えたい。


「うーん。えっとねぇ。世界一愛しているよ。永遠に君と、幸福を味わいたい、とか?」

「とかって何よ。そういうのは、いいわよ」

「えー、いいって何さ。大好きの気持ちを伝えたいんだ」


 くすくすと笑いだす紅葉に、アルノが思わず拗ねたような声をだすと、紅葉はふっと優しく笑った。そしてアルノの右手にそっと自分の左手を重ねた。

 熱のあるその感触に、おもわずドキリとする。紅葉から積極的に触れてくることは稀だ。それだけで、こんなにも体の中の熱はますます盛り上がってしまう。


「無理に、言葉で言わなくてもいいのよ。だって、もう、伝わっているもの」


 そうして微笑む紅葉に、胸が痛いくらい、心臓が忙しくなる。この、この思いを、どれだけ伝わっていると言うのか。この体ごと掻っ捌いて、全てさらしても足りないのではないかとすら思うのに、伝わっていると言う。

 アルノが言葉をなくして、黙ってぎゅっと自分の拳を強く握ると、その上に重ねられている紅葉の手は優しく撫でてくる。


 この思いが、だけど何も言わず、何も特別なことをしなくても伝わっていると言うなら、それはすなわち、紅葉も同じ気持ちだから、と言うことに他ならない。

 そうでなければ、燃え盛るこの思いゆえの焦燥まで、察することなんてできないだろう。


 実際には、全く同じではないはずだ。人間は思考の違いがあり、同じ状況でも感情に差が出る。だから本当に全く同じ感情だなんて、なんの証拠もなく、そうだと言う可能性は低い。

 だけどそれでも、紅葉がそう思うなら、きっとそうなんだろう。そう信じさせてくれるだけ、紅葉の瞳からも熱気を感じる。


「クレハ……愛しているよ」


 それでもなお、アルノの口からはまた言葉がこぼれる。そうだとしても、お互いにわかりきった感情だとしても、言わずにはいられない。これを止めるには、方法はひとつしかない。

 熱に浮かされたように、熱い体でうわ言みたいに言うアルノに、紅葉は苦笑した。


「ふふ。もう、馬鹿ね。知ってるわ」


 そして黙って、目を閉じた。キスをしようと思っていたけど、こちらから言うでもなく、近寄っていくでもない、その前に紅葉が自分から目を閉じた。

 これこそまさに、お互いの気持ちが通じ合っている証左だ。アルノは、愛を超えて、一種の感動を覚えながら、そっと紅葉に口づけた。


 右手の拳だけは、痛いほど握りしめて、理性の手綱だけは手放さないようにしながら、アルノは何度も口づけた。


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