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家族と話そう

この話はアルノ側の登場人物のみなので、会話はすべて「」で表記しています。

「お祖父様、一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ? 改まって。水臭いな。わしには遠慮することはない。何でも聞きなさい」


 にこにこと自分を見ている祖父に声をかけると、ますます嬉しそうになった祖父に、言いにくいなと思いながら、アルノは頭をかく。


「いつまでいるんですか?」

「……アルノ、わしを邪魔もの扱いするのか?」

「そういう訳ではありませんけど。そんな、ずっと見られてても、困るし」


 二人が世話係の使用人を連れて10人の大所帯でやってきて、早くも二週間が経過している。

 遠くからわざわざ来てくれたのだし、時間が許すなら一か月くらいいてくれたらいいなと思っていたし、紅葉も好きなだけいてくださいと言っていた。

 それは社交辞令とか嘘ではない。嘘ではないけど、暇だからって朝から晩までずっとアルノに付きまとわれても、落ち着かない。


 アルノの兄、エルマーは最初の頃は信彦や紅葉と話したり何だかんだしていたが、最近ではあちこち出かけて、泊りがけで出かけたりもしている。観光でもしているのだろう。とても充実しているらしい。

 それはいい。ついでに祖父も連れて行ってほしい。いや迷惑ってことはないけど、休日に紅葉とデートに出るときは遠慮してくれるけど、一緒に食事をとるときはやはり気を遣って今まで通りとは言えないし。


 いつも好き放題しているアルノだけど、この館には二人以外は使用人だからこそだ。家族が身近にいて、堂々といちゃつくのは抵抗がある。自分が言う分には構わないのだけど、それで可愛い顔を見せてくれた場合、アルノ以外の男性に見られるのも嫌だ。


 それに祖父が近くに居るのに、まるきり無視するわけにもいかない。庭いじりにも、お菓子作りにもついてきて、いちいちあれやこれやと口を挟まれたら、多少うっとうしく思っても仕方ないだろう。

 現に今も、お菓子を作り終わってから、それでも後ろをついてくるので、庭師の正明にもちょっと迷惑がられているのを感じていて、何となく庭に行きにくくて部屋に戻ってきている。


 だけどそんなアルノの言葉に、祖父はいかにも面白くなさそうに眉をしかめた。


「お前は、そんなに老人をいじめて楽しいのか。全く。クレハと結婚できたのはわしのおかげだぞ」

「その点には感謝していますけど。でも、そういえばどうしてクレハと結婚することになったんですか?」


 確かに元々、この婚姻は祖父が結んできたものだ。

 だけどどうして紅葉だったのか。こんなに離れた他国で、貴族でもない。どういう繋がりで見つけて、決めてきたのか。


 首を傾げて、今更過ぎる質問をするアルノに、祖父は呆れた顔をする。強引に嫌がるアルノを船に押し込んだのは自分だけど、そう言った肝心なところは全く気にしないのだから、大物にもほどがある。


「どうしてと言われてな。わしとしても時間をかけて探すつもりだったが、時間がなく、一番条件にあったからとしか」

「? 時間がなかったって、何がですか?」


 アルノは一年ニートだったけど、別に何年だってあのままニートをしてたってかまわない。と言うかそれを望んでいた。祖父もしばらくゆっくりすればいいと言って、就職を急かす家族からかばってくれていた。その間にも探してくれていたと言うなら、感謝だけど、一年がタイムリミットだった意味が分からない。


 アルノの問いかけに、祖父はむっと眉をますますしかめた。だけどアルノは知っている。この顔は、アルノに甘くてついつい気を緩めて余計なことまで言ってしまった時の顔だ。


「何でもない。言い間違えた」

「お祖父様、そんなに冷たい物言いをなさらないでください。傷つきます」

「む。すまん。そういうつもりでは」

「そうですか? ところでクレハに決めた条件とは?」

「まず、んん! うむ。まず遠いことだ。あまり近いと、知り合いから仕事をせっつかれるかもしれないからな。あと、以前の勤勉なアルノを知らないこと、など、まぁそう言ったことだな」


 何か言いかけてから、わざとらしく咳払いをしてから祖父はそう説明した。

 あからさまに誤魔化している風だが、意外とさらっと出てきたので嘘ではないのだろう。しれっと嘘をつける祖父だが、アルノが目の前からじっと見つめると、うまく嘘をつけなくなると言う弱点があるのだ。


 しかし、何か他に隠しているだろうと問い詰めたところで、隠すと決めているなら無理強いはできない。それに、実家に絡んだことでなら継がないアルノには言えないこともあるだろう。


 アルノは追及するのをやめて、そうなんですかと相槌をうった。


「ですけど、結果的にはクレハでよかったです。本当に、お祖父様には感謝しております」

「そうだろう。お前は幼いころから、年上の女子が好きだったからな」

「……」


 予想外のことを言われて、咄嗟に返事に迷った。どうして年上好きだとばれているのか。しかも幼いころからって。当時自分では自覚していなかった。幼少時の教育係が初恋相手であることを知っているのか、と内心突っ込みたくなったけれど、下手に突っ込んでもダメージをおうだけだ。スルーしよう。

 アルノは気を取り直して、誤魔化すように足を組んで首を回した。


「そうですね、それでお祖父様、時間がなかったと言うのはどういう?」

「それはベ、んん! ……これ、老いぼれをからかうでない」


 おしい。しかし、何かしら確固とした理由があったことはわかった。どうせこの結婚を取りやめる意思なんて微塵もないのだから、黙っていたいなら無理に聞き出すこともないだろう。

 自分に関することなので、気になることは気になるけれど、ここまで聞いても無理やり隠そうとするのだ。なら今までも知らなくて困らなかったのだから、諦めよう。


「すみません、お祖父様。つい。では話を戻しましょう。いつ帰られるんですか?」

「……アルノ、いい加減わしも傷つくんじゃけど」

「お祖父様のことは好きですし、歓迎の言葉に嘘はありません。ですが、新婚家庭に長居して、ずっと後からついてこられると、困ります」

「わかったわかった。エルマーにも確認しておく。まぁ、あと1、2週間くらいだろう」


 長いなぁとは思ったけれど、期限が$分かったなら同じ期間でも印象は違う。もう半分以上経過しているなら、改めて歓迎の気持ちで終わりまで歓待してあげられる。


 アルノはにっこり笑って、祖父に言う。


「そうでしたか。では、それまでは毎日お話ししましょう」


 あからさまなご機嫌とりの言葉に、祖父は嬉しそうに頷いた。







「おい、アルノ」

「ん? 何? 兄上。俺、忙しいんだけど」

「黙れ、ごくつぶし。真面目な話だ」


 エルマーが戻ってきて、正式に来週末には帰ると決定を聞いた昼下がり、エルマーはそう言うとアルノから肯定を得る前に追い越して歩き出し、勝手にアルノの部屋に向かった。

 真面目な話なら、罵倒語を間に挟むのをやめてもらいたい、アルノはやれやれと肩をすくめて後に続いた。


 侍女にお茶を用意してもらい、自室の部屋のソファに向かい合って座り、一口ずつ口を湿らしてから、それでとアルノは口を開く。


「それで、真面目な話って?」

「ああ。アルノ、お前、本当にこのままでいいのか?」

「ん? このままって、何が?」

「このまま、本気で一生働かない訳じゃないだろう?」

「はぁ? 前から言ってるだろう? できるならそうしたいって」


 エルマーは宣言通り真面目な顔で聞いてきたが、内容は今更過ぎる質問だ。実家にいるときから散々、一生働きたくないと言ってきたつもりだ。このままも何も、望むところだ。

 そんなアルノに、だけどエルマーは眉を寄せて右足のかかとで床を何度もたたく。


「アルノ、お前は不真面目でいい加減などうしようもない奴だ。だが、できるやつだっていうことは、わかっている。なのにその力を遣わず、日々を浪費して、女の世話になって、そんな人生で本当にいいのか?」


 今ならまだ、方法はある。紅葉のことが気に入ったのなら、ここでできる仕事も斡旋してやるし、こまごましたことは面倒見てもいい。少しでもこの状況に不満があるなら、祖父が反対したって力をかしてやる。

 と、そんな馬鹿げたことを、真剣にエルマーは言った。


「エルマー兄上……俺のこと好きすぎじゃない?」

「……この、馬鹿が! だからお前は馬鹿なんだ!」


 馬鹿馬鹿言ってくれるけれど、いやいや。エルマーの言うこともなかなか馬鹿だ。婿に入った人間が、早々余所の仕事なんてできないし、ここは地元でもないから実家の威光が通じるわけでもないのに、何とかしてやるとか。しかも祖父に反対されてもとか。

 割とエルマー本人の立場を悪くするかもしれないのに、本気で言ったら普通にやってくれそうなところが、馬鹿だなぁと思う。


 アルノのことを評価しているのも初めて聞いたし、いつも罵倒されるし、うっとうしい兄上だった。けれど本当に、好かれているのは間違いなかったのだろう。

 こんな風に言ってもらったのは初めてだ。全く見当違いの提案とは言え、アルノのことを案じて言ってくれているようだし、まぁ、今までそっけない反応を返していた相手だけに何となく照れくさくはあるけれど、嬉しくなくもない。


 アルノは頭をかいて誤魔化して笑いながら、だってさぁと軽い調子で応える。


「エルマー兄上が、気遣ってくれているのはわかったし、嬉しいよ。ありがとう。でも本当に、俺はこのままでいいんだ。働きたくないし、クレハのことも好きだ。ずっとこのまま、毎日好きなことをして好きな人と一緒に暮らしていけたら、これ以上望むことはないよ」

「……本当にお前は、変な奴だな」

「兄上だって、相当変だろう? いつも俺のことあんなに罵倒するから、嫌われていると思ってたよ」


 ちっとエルマーは柄悪く舌打ちして、誤魔化すようにお茶を飲んでからまた口を開く。


「別に、そんなこと言った覚えはない。と言うか、普通、男と生まれたからには、身を立てたいだろう。今の状態で、情けないとか、恥ずかしいとか、ないのか?」


 眉を寄せながらも、怒鳴るでもなくエルマーは純粋な疑問であるかのように聞いてきた。困惑しているのかもしれない。このままならアルノは、順調にいけば本当に一生働かなくていいのだ。ここまで来れば抵抗もあるのが普通だ、と思っていた可能性もある。

 しかしアルノは、そんな軽い気持ちでニート志望したわけではない。本当に心から、働きたくないのだ。


「ないね。だって、情けなさも恥ずかしさも、誰かと比べてとか、誰かを意識して感じることだと思うんだけど、そういうの全然気にならない。俺は俺だ。他の誰かにどう思われても、どうでもいい。もちろんクレハとか、例外はいるけど。でもいわゆる世間の目とか、そういうの、気にしたことないし」


 以前にも似たようなことを言ったような気もするが、今の状況でエルマーがアルノの意思を聞きたいと言うなら、何度だって答えてあげよう。

 堂々と躊躇いなく答えるアルノに、エルマーはぐっとさらに眉間の皺を深くしてから、はーと長くため息をついた。それから向けられた顔に怒気はないが、言いたげに口を半開きにしている。


「お前は……前から思っていたが、面の皮が厚すぎる。どうやったらそんな性格が生まれるんだ」

「お祖母様は、内面も俺に似ているらしいよ」

「父上もあやふやな人を出されてもな。お祖父様の記憶では頼りにならないからな」

「そんな、お祖父様のことをボケ老人みたいに言って。兄上は口が悪すぎる」

「そこまで言ってねぇし、お前は腹黒なんだよ」

「そんなことないと思うんだけど」


 とりあえず、エルマーも納得してくれたらしく、まぁ、精々振られないよう顔を大切にして仲良くするんだな、と厭味ったらしく言ってから退室していった。


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