報告をしよう
紅葉と婚約した。式を迎えるまでは、そう言う気持ち、と言うことだけども、ただの恋人とも気持ちは違う。
紅葉の両親とも改めて話をした。式の都合は、遠方から来るのだからと、アルノ側にあわせてくれるとのことだった。すぐにでもこの縁談のきっかけとなった祖父にも伝えたかったけど、すでにこちらに向かっていて船の上の状態だったので、どうせもうすぐ到着するのだからそれからサプライズの方がいいかと諦めた。
指輪についても二人で下見をした。お互いにお互いの分を買うのだから折半でと言われた。確かにそれもそうだ。同じデザインがいい、と言うことなのでシンプルなものを予約することにした。シルバーをねじったようなデザインで埋め込まれた小さな宝石がきらりとだけ主張する。
アルノ自身はあまり宝石類で着飾る趣味はないけれど、このくらいの飾り気のなさなら、ずっとつけていても気にならないだろう。
そうしてできるだけのことは先に済ませた状態で、ついにアルノの祖父と次兄がやってきた。
『おお、アルノ。久しぶりだな。少し背がのびたか?』
『お祖父様、身長がのびる年ではありませんよ。おかわりなく、お元気そうでなによりです』
『ふん。ふてぶてしい面は健在だな。お祖父様が来るのだから、玄関で待つくらい殊勝な態度を見せたらどうだ?』
『お兄様も、お久し振りです。それも考えましたが、面倒なのでやめました』
紅葉が客間へ案内し、呼ばれて行くと対照的な態度で出迎えてくれた。
お祖父様はでろでろに優しい顔で、小さな孫に会うかのような態度。それを忌々しそうに見てから、エルマーはふんと軽く鼻をならして顎をあげた尊大な態度をとったが、どうでもいいのでスルーする。
妙に偉ぶった態度をとるのはいつもことだ。幼い頃は必要以上に反発したりしたが、ある程度成長してからは流している。それも気にくわないようで、いつも男の癖に破棄がないなどと言われたものだけど。
今となっては微笑ましいとすら流すことができる。アルノのことは心から愛する女性が受け入れてくれているのだ。他に誰の許しが必要なのか。他者を貶めることになんて、何の意味もない。それが分からない兄は、己よりもまだ少し子供なのだ。そう上から目線で受け流していた。
『それよりお祖父様、遠いところ、来てくださって嬉しいです。歓迎いたしますね』
『うむ。こちらのお嬢さんとは、うまくやっていると聞いているが、実際のところはどうなんだ?』
『そうですね。改めて、クレハと一緒に、ご報告させていただきたいと思います。「ね? クレハ」
『あ、ああ。そうだな』
ここでぱっと言ってしまうのは簡単だけど、それだと紅葉を軽視しているように思われても困る。あくまで紅葉と一緒に、タイミングを合わせて二人とも同じ気持ちだと言うことをアピールして言いたいのだ。最後は隣の紅葉に視線をやりながら確認をとる。
紅葉は突然ふられて、驚きに肩を揺らしそうになるのを堪えて、微笑んで頷いた。
「む? そうか。ああ、クレハ、無理にこちらの言葉を使うことはない。自然に話しなさい」
そのアルノ言い回しに、祖父はデレデレしていた顔を引き締め、先ほど紅葉に向けたのと同じきりっとした顔になり、アルノが紅葉に使った言語に合わせた。
アルノが来るまでは、当然自分に合わさせていたが、アルノが合わせるなら話は別だ。それに、小娘から夫の親族に対して使う話し方にしては固い。そのような言い回ししか知らないのだろうと思うが、違和感はぬぐえない。
そんな気さくな雰囲気になる祖父に、紅葉は意外そうに少しだけ目を見開いてから、少しバツが悪そうに目を伏せてから殊勝に頷く。
「はい、お気遣いありがとうございます」
「うん。じゃあ言ってもいい?」
「はい。アルノさん、お願いするわ」
アルノの声かけに紅葉は少し微笑む。そんな紅葉の変化に、エルマーは少し眉を寄せたが、特に口は挟まない。
祖父にも視線をやって、頷かれて話してもよいと許可をもらったことで、アルノはにこっと笑って口を開く。
「俺、クレハのことが大好きになりました。だからちゃんと、結婚して夫婦になりたいと思います」
「リュドビック公、この度は直接のご挨拶が遅れましたこと、改めまして謝罪させていただきます。申し訳ございませんでした。そして、アルノさんを夫として可能な限り尊重し、幸福な家庭をつくっていくことをお約束いたします。御方々に比べ、卑しい身ではありますが、何卒、よろしくお願い申し上げます」
「ちょっとクレハ、固すぎるよ。それに、決まり文句だとしても、卑しいとか言わないの」
「いや、アルノさん、でもね」
相手が相手だと紅葉は固くなっているが、アルノからしたらただの祖父だ。それも自分にだだ甘の。公式な場でもない私的な状況で、これから結婚するための許可をもらうと言うことでもない。すでに結婚しているのだから、家族間でのただの報告だ。
注意するアルノに、紅葉は戸惑ったように、アルノと祖父をちらちら視線を迷わせる。そんな二人の様子を見た祖父は、口の端を上げた。
「ふっ。クレハ、アルノの言う通りだ。すでに籍をいれている以上、お前もわしの身内同然なのだから、軽々しく卑下するのはやめなさい」
「髭?」
「……。ありがとうございます、リュドビック公。以後、気を付けます」
『ひげする』がピンと来なくて思わず呟いたアルノに、つい解説しそうに口を開いた紅葉だったが、状況を思い出してスルーして、祖父にだけ返事をした。
そんなやり取りを、エルマーは黙ってみていたが、ようやく口を開いた。
「おい、クレハ。俺からも少し質問をしてもいいか?」
「あ、はい、もち」
「えっ? エルマー兄上まで、こっちの言葉使えたの? えー、すごいね」
『……アルノ、お前は相変わらず、能天気な愚か者だな。その変わらない馬鹿面も、もう見たから、さっさと退場しろ。話が進まない』
舌打ちまでされた。相変わらず、辛辣だ。アルノは慣れているし、短気なエルマーに愚図呼ばわりされても気にならないが、紅葉は別だろう。毒舌っぷりが衰えていないエルマーに、アルノは素直に退室するのは不安なので、断固拒否する。
『エルマー兄上、いくら何でも酷いじゃないか。俺が、可愛い奥さんを置いて出ていくと思うのか? お祖父様ならともかく、エルマー兄上の粗暴な言動にクレハが傷つかないか、心配に決まっているだろう?』
「安心しなさい、アルノ。お前の可愛い奥さんは、わしがエルマーから守ってあげよう。少し込み入った話もしたいから、一度席をはずしなさい。もちろん、また後でたくさんお前と話したいこともある。待っていてくれるね?」
「うーん。クレハ、大丈夫?」
「平気よ。心配してくれてありがとう、アルノさん。その、言いにくいのだけど、退屈だろうから、大丈夫よ?」
拒否したが、祖父にそこまで言われてしまっては仕方ない。それに紅葉もどうやら、意義はないらしい。確かにアルノは、真面目な雰囲気をずっと続けるのは得意ではないし、ついつい軽口を叩いてしまうところもあるのは自覚している。しぶしぶ席をたつことにした。
「じゃあクレハ、お祖父様、失礼します」
○
『アルノ、待たせたな』
ノックもなしにドアを開けたのは、祖父だ。エルマーはあれで、あまりないがアルノの部屋を訪ねるときはノックをちゃんとする。
『お祖父様!』
祖父の訪問に、アルノはぱたんと読んでいた本を閉じてベットの上にそのまま放り投げ、勢いをつけてベットから降りた。
『おお、そんなに喜んでくれるか』
『はい。クレハは無事ですか? あの怖い顔のエルマー兄上に睨まれて、泣いていないか、俺はとても心配なのです』
祖父にそう声をかけていると、その後ろからぬっと不機嫌そうな顔が出てきた。
『寝言を言うな、アルノ。お前とは違い、しっかり家を支えているやつを、女だからと下に置くつもりはない。だいたいあの女も、仮に俺が何か言ったとして、泣き出すようなたまではないだろう。どう見ても』
とても失礼なことを言う。しかし確かに、何かとうるさいエルマーだけど他の人間に対して、何か文句を言っているのは見たことがない。なのでそこは信じるとして、クレハの評価には物申したい。
アルノは二人をソファに案内しつつ、エルマーに向かって肩をすくめて見せる。
『兄上は見る目がないなぁ。クレハはあんなに繊細で可愛らしい人なのに』
『こら、エルマー。どうしてもと言うから連れてきてやったが、わしとアルノの憩いの時間を邪魔することは許可していないぞ。お前もどこかへ行っておけ』
『……いえ、います。アルノがどんなに自堕落な生活を送っているか、興味がありますから』
そう言ってエルマーは、祖父が座った二人がけソファの隣には座らず、小さめのテーブルをはさんだ向かいの一人用ソファに座った。
アルノは信彦がさりげなくお茶の用意に部屋を出たのをちらりと確認してから、やれやれと祖父の隣に腰を下ろす。
『そんなにおかしな生活はしてないと思いますけどね』
なんだかんだで、アルノを心配している気持ちもあったのだろう。なら仕方ない。不義理をして全く実家に報告していなかったのは自分の落ち度なのだから、ここは満足してもらうまで話そう。とアルノは何から話すか考えだした。




