ペンダントを買おう
アルノの祖父と次兄がやってくる、と正式に通達された日付まで残り二週間。現在進行形で仕事をしている人間がやってくるにしては、かなり急だ。電話があった時点ですでに来るつもりで予定していたとしても、往復で二か月以上かかる日程の不在に対して早すぎる。
アルノのようなニートと働きだして2年目になりたての新米の信彦と、次期当主の右腕であり複数の責任者であるエルマーと、当主の座を譲ったと言え常に内部からも外部からも意見を求められる祖父では全く不在に対する重みが違う。
とは言え、そんなことはアルノにとってどうでもいい。
重要なのは現時点で、アルノが働きだしてから一か月と少々が経過している。即ち紅葉とタイミングを合わせた、念願の給料日がついにやってきたと言うことだ。
「クレハ、君にプレゼントがしたいんだ」
てなわけで、善は急げと購入することにした。
独断で購入して、急にプレゼントして驚かせて喜ばせて見たいと言う気持ちもあるけど、一生ものなのだから本人の好みに合うものでないといけない。なのでずばっと本人に切り出した。
休日の朝からそんなことを言われた紅葉は、一瞬きょとんとしたが、すぐに昨日の夕食前に、給料日として司がお金を渡したことを思い出した。
「ありがとう。せっかくのおこ、お、お給料なんだから、自分のために使っていいのよ?」
「ううん。クレハのためにプレゼントしたいから、言い出したことなんだから」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね」
「うん。今日何時からなら都合いい?」
「私はすぐにでも問題ないわよ」
デートの約束を具体的にはしていなかったので、時間を決めて約束した。
毎週末にデートをするのが当たり前になっており、ここ最近では改めて前々からデートの約束をしておく、と言うことをしていない。同じ家に住んで毎日三食顔を合わせるのだから、いつでも誘えると言うものだ。
朝食を終わらせて、身支度を整えてから、約束の時間に玄関に行く。紅葉と合流してから、信彦が用意してくれている車に乗り込む。信彦も慣れてきて、今では普通に運転している。慎重さからくる低スピードは相変わらずだが。
「休日なのに、悪いわね」
「いえ。住み込みですからね、気にしないでください」
「信彦にも、今度何か奢るよ」
「結構です。気にしないでください」
車をこの街で一番大きな宝石店までまわしてもらい、車を降りたら、一旦車は帰っていてもらう。あまり拘束するのも申し訳ないし、いてもらっても邪魔だ。
店舗に入ると、広い店内はそれほど人影はなかった。店員の方が多いくらいだ。と言うか過剰に店員の数がいる。高級品であり、手入れの手間、警備の問題で人が多いのだろうか。
一人の店員が、さり気なく近づいてきた。アルノと紅葉を見てから、アルノに向かって声をかけた。
「いらっしゃいませ、お客様」
紅葉はちらりとアルノに目をやった。アルノは紅葉ににっこり笑って、店員に向かう。
「先日下見にきたことがあるんだ。その時に、シラカワって人にいくつか候補をお願いしておいたんだけど、今いる?」
「白河ですね。確認して参りますので、少々お待ちください」
店員が頷いて下がったところで、紅葉がアルノに驚きの声を向ける。
「そんなことまでしていたの? アルノさんて、本当にマメね」
「そう? 普通じゃない?」
普通に店内を見てもらったら、値段がバレバレだ。もちろん貴族でなくてもいつもそれなりの品を身に付けている紅葉なので、宝石類もよく見てしまえばだいたいの値段は予想がつくだろうけど。直接見せてしまうのは違うだろう。
変に遠慮されても困るので、事前にいくつかアルノで目をつけておいたものを、選びやすく値段も見えないように出してもらえるようお願いしておいたのだ。
今日来れるとは限らなかったので予約はしなかったけれど、基本的に休日は出勤日だと聞いていたので恐らくいるだろう。
暇潰しに手前の陳列されている宝石類を見ていると、すぐに先日対応してくれた店員、白河がやって来た。
「アルノ様、ようこそいらっしゃいませ。お待ちしておりました。さあ、どうぞ奥へ。落ち着いてご確認いただけるよう、お席を用意しております」
「ありがとう。行こうか」
「え、ええ」
奥のテーブルとソファがあり軽くパーテーションで区切られている一画に案内されて、二人並んでソファに座る。紅葉は少し居心地悪そうにアルノを見ているので、もしかしてすでに金額を気にしているのかも知れない。
しかし店員の前で直接そんなことを口にするほど、無粋なことはしないだろう。アルノは素知らぬ顔で、用意をする白河を見る。
他の店員が箱ごと運んできて、白河により丁寧な手付きで商品がテーブルに並べられる。
「この中のどれも、クレハに似合うと思うけど、好みがあるからね。どれがいい?」
アルノが笑顔ですすめると、クレハは少し呆れたように目を細めたけれど、すぐに微笑んでネックレスに目をやった。
「そうね、どれも素敵ね。手にとっても?」
「よろしければ、お付けいたしましょうか?」
「そうね。お願いします」
紅葉は白河に順にネックレスをつけてもらい、都度鏡でその様を確認しながら確認していく。やや大ぶりのもの、小ぶりで連なっているもの、チェーンも複数からなるもの、など数は机を埋め尽くすほど多いわけではないが、特徴によって分かれていて甲乙つけがたいとアルノが迷ったものばかりだ。
しかし紅葉には明確な基準があるようで、一通りつけてはみたものの、それほど悩むことなく絞り込んでいく。
「クレハ、決まった?」
「そうね。この二つで悩んでいるのだけど」
紅葉はそう言いながら、自分に軽くあてがってアルノに見せてくる。つい、じゃあ両方買おうか。なんて言いたくなるけれど、そういう訳にもいかない。アルノは心を鬼にして、紅葉に決断させるための条件を付け加えることにする。
「うーん。できるだけ毎日つけて欲しいから、それも含めて考えてみたらどうかな」
「そうねぇ……じゃあ、やっぱりこっちね。普段か、装い向きかで悩んでいたから」
決定したので、包んでもらって生産し、小さな紙袋に入れて受け取り、店を出た。
「さて、じゃあどうしよう。お昼食べたら、少し早いけど家に戻らない? 早くプレゼントしたいしさ」
「そうね。それでいいわ」
同意してもらったところで、歩きながら昼食をとるお店を物色することにする。歩き出したところで、紅葉が苦笑して口をひらく。
「お昼だけど、たまには私が奢るわ」
「え? なんで? いいよ」
「いえ、プレゼントは嬉しいけど、あんなに高価なものにしなくてもいいのに。あれじゃあ、今回のお、お給料全部使ってしまったんじゃない?」
「大丈夫だよ。それに、あとで話すけど、大事なものだから」
「? まぁ、宝石のプレゼントは最初だけど。でも以前髪飾りをプレゼントしてくれたこともあるじゃない? ああいったものでも、凄く嬉しいから、そんなに高価なものにこだわらなくてもいいのよ?」
紅葉はやはり、先ほどのプレゼントを気にしているらしい。確かに現在のアルノの懐事情では、いつもあのレベルのプレゼントをすることはできないので、無理をしないか心配してくれるのはわかるけれど。でもこんな反応と言うことは、これが婚姻の為の品であることには気づいていないらしい。
ならば渡すときに話して、そういうつもりだと少し驚かせたい。アルノは微笑んで誤魔化すことにした。
「まぁまぁ。俺もいろいろと考えているんだよ。もちろん、クレハに迷惑はかけないからさ」
「……迷惑って、別に、その、嫌で言っているのではないわよ? その、もちろん、プレゼント自体は嬉しいわよ?」
「うん。わかってる。クレハは可愛いなぁ」
「……からかわないで。もう。アルノさんは、そんなことばっかり言って」
怒られてしまった。でも照れたように唇を尖らす様は可愛いから後悔はしない。むしろもっと怒ってほしい。
「お昼、何がいい?」
「そうねぇ。軽く、パスタとか?」
「いいね。俺、クリームパスタ好きなんだよね」
「いつもクリーム系よね?」
「そういうクレハは、いつもトマト系だよね。トマト、庭で育てようか?」
「家庭菜園がしたいならいいけど、別に私、生のトマトは好きじゃないのよね」
「あれ、そうなんだ」
家庭菜園をするとしたら何がいいか、なんて話をしながら昼食をとった。




