働きたくない(家庭内)
「では旦那様。こちら、料金の一覧になりますので、実行されましたらご報告いただければ計算いたします」
「わぁ、ありがとう、ツカサ」
翌日の夕方には、アルノがしてもいい家庭内でのお仕事の一覧と、そのお仕事によってもらえる金額が書かれた一覧表を持ってきてくれた。とてもわかりやすい。
金額の高いもので言えば、『お菓子をつくって紅葉に差し入れして一緒に食べる。』が一番高くて、差し入れるだけの二倍になっている。『正明の許可の元、園芸等に関わる作業をする。』は時間制だ。
金額が安いものだと、洗濯されて乾燥されてたたまれた衣服が部屋に置かれているのだけど、それをタンスに入れるとか、午前中の掃除の時間に部屋をあけるとか、そういうちょっとしたことまで書いてくれていた。これなら比較的簡単にお金を稼ぐことができそうだ。
「こちらとしましては、デート等関しても費用化すると言う案もあったのですが、おそらく本末転倒であろうと言うことで、あくまで屋敷内でのことに限定しております。記載のないことをされた場合も、私に申告していただければ、都度査定する予定になっております」
「そこまで考えてくれたんだね。ありがとう。嬉しいよ」
「私としましても非常に面倒くさかったのですが、これで奥様の機嫌がよくなるなら安いものでございます。特に一番上のものがおすすめですので。機嫌の悪い日に実行された場合はボーナスチャンスでお手当てがつく予定です」
ぐいぐいと一番上の、差し入れて紅葉と食べるを強調された。それに金銭をかけてしまうと、何というかお金目当てでやっているみたいで複雑ではある。しかしそれこそ、デートをしたり紅葉を喜ばせてお金をもらっては、デートの為に稼いでいるのか稼ぐためにデートなのか、ということになってしまう。あくまでそこはアルノがしたいからしているのだ。
そこは理解してもらっているみたいだし、お菓子の差し入れにお金をもらえるのは、理屈的にわからなくもないのでここはスルーする。
「よーし。じゃあさっそく、明日から頑張るよ。ありがとう、司」
「どういたしまして」
まだ夕食までは時間があるので、部屋に戻って読み込んで、明日からすることを決めることにする。信彦にも相談しよう。洗濯物や荷物整理などは信彦がしてくれている。
「信彦ー」
そんなわけで信彦の部屋に入るが、しかし誰もいない。毎日何をしているのだろう。謎だ。仕方ないので、室内で待っていることにして、そのまま中に入る。
先ほどは軽く目を通しただけなので、改めて頭に入れていく。簡単なものなら毎日できるので、金額は低いが複数行うことで、毎日一定稼げそうだ。お菓子の差し入れも最近は週に二回くらいだったが、これから平日は毎日しよう。そして庭いじりも毎日2時間はする、と。
「うーん……」
そうすれば、だいたい一か月で25万ほどになるだろう。けして少なくはない額だ。騎士時代はもう少しあったが、十分すぎる。すでに毎日当たり前にいていることも入れてくれているので、日々行うのは俺ほど難しくないことが多い。だけど、25万では結婚のプレゼントにするには少なく感じられる。
アルノの家が貴族と言っても、金銭感覚がずれている自覚はない。両親へのプレゼントも、精々10万程度だった。しかし婚姻となれば話は別だ。一生もののアクセサリーなのだから、数百万くらいはしないといけないだろう。とアルノは考えている。
もちろん、アルノの父親である当主の立場であれば公にお披露目もするので、実際にそのくらいの金額で婚姻をした。なのでそれほどずれている感覚ではない。
しかしそもそも、一般と貴族の金銭感覚がずれにずれていることを自覚していない。なのでアルノは、紅葉へのプレゼントが25万なんてありえるのか、と考えていた。紅葉への愛情に見合った高価なものをプレゼントするための選択肢はいくつかある。
まずは単純に時間をかける。普通に働いているとすれば、ない袖は触れないし、お金もないのにプロポーズするのもおかしいので、相応の期間働いて貯めて購入する。だけどそれでは時間がかかり過ぎる。すでに結婚しているのもあるので、できればすぐにだってプレゼントしたい。
次に誰かに借りる。親や信彦、または就職先が通常になるが、これはできればパスしたい。就職先の紅葉に前借は論外として、人のお金で送られても、紅葉も複雑だろう。
では最後に、足りない分は貯金をつかう。婚姻に関する品はそう何度も送るわけではない。ネックレスの後に指輪も送るとしても、それ以降はよほど高額なものとなると節目のプレゼント程度になるのだから、数年単位で貯めれば問題ない。婚姻の証明となる初めてのプレゼントが最も金銭をかけて然るべきとアルノは考えているので、最悪ここで貯金を使い切ってもいい。
とここまで考えてから、いや、待てよとアルノは思案する。
そもそも、紅葉は高額なものを送られて喜ぶのだろうか。お小遣いではないとしても、紅葉が金額を把握することは間違いない。ならば当然渡された額を超えたものを購入したと、すぐに紅葉も気づくだろう。貯金を使い切った、と知って、まあそんなに私のことを! と感激しそうなタイプではない。むしろ計画性がなさすぎると呆れられそうだ。
商売を切り盛りしている紅葉は、アルノ以上にシビアな金銭感覚なのは間違いないだろうし、とにかく高価であることをアピールするのは下品とも言える。借りたお金となると、紅葉としても夫が借金していると聞けば落ち着かないだろう。
「うーん……仕方ないか」
こうなると、無理にお金を工面するよりも、背伸びしない範囲でプレゼントするべきだろう。
アルノが今まで働かなかったことも、これから働かないことも紅葉はすべて承知の上なのだ。お金に関して直接的に期待されているものなどないだろう。
それなら仕方ない。とりあえず一か月でネックレスをプレゼントして婚約し、後にお金を貯めてから指輪をプレゼントしよう。
一か月後の時点でちゃんと説明すれば、紅葉もすぐにプレゼントできないことは理解してくれるだろう。できればネックレスも高価なものにしたいが、こちらでは婚姻の証は指輪なのだから、ネックレスがそれほど高価でなくても、外聞が悪くなることもないだろう。
そうだな。そうしよう。と脳内で結論を出していると、扉が開いて信彦が部屋へと戻ってきた。アルノを見つけた信彦はあれと不思議そうに眼を細めた。
「人の部屋で何しているんですか?」
「ちょっと今後について。言ってた給料について一覧もらったから」
ほら見て、と紙を差し出すアルノに信彦は前まで近寄り受け取って目を通す。実はこの作成にあたって信彦も司に相談を受けて意見を出している。信彦がいなくなった後も問題なくなるよう、ここの使用人が当たり前のように手を出していなくてついつい信彦がしてしまっていた、衣服の片付けなんかもしっかり入っている。
信彦にも事情があり、今すぐに戻るわけにはいかないが、もういつでも帰れるくらいにしておけば、アルノの実家からOKがでればすぐに戻れる。OKが出てからでは遅いので、信彦にとっても今回の流れは渡りに船だったのだ。
「なるほど。結構です。では明日から、これら全てされる、と言うことでよろしいですね?」
「うん。だから片付けとか勝手にしないでね」
「いいですよ。ただし、ちゃんとできるか確認するので、私に見せること」
「ええ? いいけど。そんなに信用ないの?」
確かに実家でも今もしていなかったけど、それはしてくれる人がいるからの話であって、そうでなければ簡単だ。やろうと思えばいくらでもできる、とアルノは思っている。
そんな風に膨れるアルノに、信彦は冷たい眼差しで紙をアルノに返す。
「やってみなければ、わかりません。実績がないのに、信用があるわけないでしょう?」
「そうだけど、冷たいなぁ」
「冷たくありません。とりあえず、衣服を片付けるところからですね。旦那様の部屋へ行きましょう」
「はーい」
まだ夕食までは時間があるので、先に移動してみてもらうことにした。なぁに。ここでびしっとできることを見せれば、信彦も納得してくれるだろう。てなもんだ。
部屋に戻ると、机の上にきちんと折りたたまれた昨日洗濯に出した衣服が置かれている。アルノはそれを無造作に持ち上げてタンスの前に移動して、左手だけに持ち替えて右手で引き出しを開けて、中にすべて収納した。丁寧に衣服を押さえて皺にならないよう、引き出しを押して閉じる。
「どう? 問題ないでしょう?」
「問題しかありません」
「あれ?」
「あれ、じゃありません。よくもまぁ、シャツも下着も靴下も、何もかも一緒に片づけてどや顔できますね」
「えー? これなら、明日このまま取り出せばいいのだから、楽ちんだよね?」
「そんな馬鹿な話がありますか」
怒られた。すでにタンスの中は種類別に分かれていて、しかも同じ物ばかり着たりしないよう、奥から収納するように、とちゃんと一定の規則にのっとって片付けられていたらしい。初耳だ。
「普通に、引き出しを開けて中をぱっと見れば、種類別になっていることはすぐにわかるでしょう」
こうなると、着る服を準備する時も、手前からとるようにしてとしなければならないのか。面倒だ。地味に面倒だ。金銭になるのだから仕方ないが、やっぱり働くって気が進まないな。とアルノは最低な感想を抱いた。




