働こう(家庭内)
アルノが紅葉の両親に挨拶して、一気にアルノの気持ちは単なる恋人から、結婚相手として紅葉を意識しだした。
今までは何も考えずに、ただ好きで近くに居たいと思っていた。だけど、両親と話して、よろしくなんて言われると、ただ気の向くままに話したり一緒にいるだけじゃなくて、この人と人生を共に過ごしていくのだなと自然と思えた。そしてそれは、とても幸福なことだ。
紅葉と共に時を重ねて、かけがえのない存在として、家族となる。それはなんて、素敵なことだろう。
そして急に、目が覚めたみたいにふいに、アルノは気づいたのだ。自分と紅葉はすでに結婚しているのだ、と。
とても今更だけど、実感がなかったのだから仕方ない。最初はどうせ二人とも気のない政略結婚なのだから、なあなあでもいいかと思っていたが、今となっては、結婚しているのがもったいなくすら感じられる。
ちゃんと段階を踏んでプロポーズして、結婚式を挙げたなら、また違った感動もあったかもしれない。だけどもう、過ぎた話だ。今更時は戻らないし、そもそも結婚しなければ出会わなかった。
だからここから、気づいた今からすればいい。告白をして恋人になった。なら次は、プロポーズをしよう。
形だけではなく、ちゃんと紅葉と結婚したい、そう思った。だけどそのために、どうしようか。
しようと思えば、いつでも言葉にすることはできる。だけどそれだけでいいわけがない。すでに結婚しているからこそ、改めてプロポーズするならばきっちりと、誰から見ても文句のつけようがないものでなければいけない。
それこそ、物語の王子様がするみたいに。大げさなくらいで、紅葉に感動してもらって、一生覚えてもらいたい。
そうでないと、すでに結婚してしまっていることを超える記憶として残せない。恋人になるのはよかった。例え結婚していても心が離れていたのだから、違和感なく言葉にして受け入れてもらえた。だけど結婚となると、最悪、もう結婚してるでしょ。なんて言われかねない。
それでは意味がない。紅葉には、この世のすべての幸せを味わってもらいたい。世界で一番幸せでいてもらいたい。だからこそ、結婚をすることそのものにも価値を見出して幸福だと感じてもらいたい。
それはアルノの一方的な願望で、価値観の押し付けかもしれない。だけど、アルノにとっても、プロポーズ何て一生に一度のことなのだ。格好つけて、いつ思い出話としても恥ずかしくないものとしたい。そう思ったって、仕方ないだろう。許されるだろう。
「と言うわけで、どういうプロポーズがいいと思う?」
「聞く相手間違ってませんか? 本人に聞いてくださいよ」
そんなわけで、唯一気兼ねなく相談できる信彦に尋ねたのだけど、呆れ顔でつれなくされた。時間は夜。相談があると尋ねたのに、信彦はベッドに寝転がったままだ。アルノは隣に座ったまま、信彦の肩をつかんで揺らす。
「本人に聞いたらサプライズにならないでしょ? 真面目に考えてよー」
「うわー、うぜー。やめてください」
手を振り払われた。悔しいのでそのまま寝転んでいる信彦の頬を軽く引っ張ってみる。信彦は無表情のまま、口を開く。
「旦那様……子供か。男の顔触って楽しいですか?」
「楽しいわけないって。ふざけるんじゃないよ」
「ふざけているのはあなたです。離してください」
手を離した。全く無反応とか、面白みがないにもほどがある。とふざけるにもほどがある感想を抱きながら、アルノはあーあと声をあげてベッドから立ち上がる。
紅葉のことを思うと、居ても立っても居られない。この恋人状態なのに結婚の籍だけは入れていると言う中途半端な状態から、早く脱したい。紅葉はどう思っているのか。待っているのではないか。
こんなに悩んでいると言うのに、信彦は冷たい。大げさに嘆いてソファに移動してうつぶせに倒れるアルノ。そんなアルノに、仕方なさそうに信彦は起き上がって座りなおし、アルノの姿を視界に収める。
「旦那様。子供みたいに拗ねないでください。そう言うことは奥様に……と言うか、聞いてもいいですか?」
「なにー?」
「旦那様が奥様のこと大好きなのはわかりましたけど、奥様も本当に旦那様のこと好きなんですか?」
「え? 何で? 食事の時は一緒にいるから見ているでしょ? ラブラブでしょ?」
「そうですか? 旦那様はぐいぐい言ってますけど。奥様は付き合ってあげていると言いますか、連れない態度なこと多いじゃないですか。たまに微妙に不機嫌そうな顔もしてますし」
確かに、紅葉はあまりにアルノが好き好きデレデレな態度をとると、眉をよせて目をそらしたりする。でもそれは照れているだけだ。信彦は表面しか見えていないと見える。
寝返りをうって仰向けになったアルノは、ちっちっち、指をふって信彦を小ばかにしたように否定する。
「分かってないなぁ。素直になれないだけだよ。あれだよ。好きな子に意地悪したくなる、みたいな」
「そうは見えないですけど、仮にそうだとして、そんな女性でいいんですか?」
「馬鹿だなぁ。そこがいいんじゃないか」
とろけた笑顔でのろけるアルノに、伸彦は肩をすくめる。
「あー、はい。そうですか。とりあえずそれを信じるとして。じゃあさっさとプロポーズでもなんでも好きにしたらいいでしょう」
「だから、それが難しいんだよ。こう、感動する歴史に残るようなプロポーズってないかなぁ」
「歴史に残るって、世界征服した暁には結婚しようとか、そう言う話ですか」
「ファンタジー小説じゃあるまいし。非現実的な事言わないでよ」
「歴史に残るプロポーズと言う前提条件を、現実的なものであるかのように言わないでください」
むむ。確かに、少し無理を言ったかもしれない。けれど気持ちはそれくらい、と言うことだ。例えば付き合いの長い二人が、いつも通りの思い入れの深いデートコースでプロポーズしたとしても、それはそれで味わい深いかも知れない。だけどまだまだ付き合った期間が短いからこそ、特別なことをして下駄をはかせる必要がある。
それに、そんな風に理由をつけなくたって、アルノの個人的な志向としても、紅葉を特別な存在に思うのと同じだけ、特別な演出をしたいと思っている。
「特別なことをしたい、と言う旦那様の気持ちはわかりました。ですが、両思いであるならなおさら、殊更特別を強調しなくても、普通にプロポーズすれば、それだけで特別になると思いますよ」
「……そう、かなぁ」
「そうですよ。同じことをしても、相手によって全く印象が変わるのは、よくご存じでしょう?」
「うーん。それは確かに」
信彦の言わんとすることはわかる。もし紅葉がプロポーズしてくれたなら、たとえどんな状況でも感動するし、一生忘れることはないだろう。
しかし、だからと言って、努力を放棄するのもいかがなものか。やはりできるだけ、よいものを紅葉にと思うのは当然だろう。
「……とりあえず、誓いのペンダントを買うところからはじめようか」
「あ、こっちでは婚姻の証は指輪ですよ」
「えっ。あ、そうか。そういえば小説でもそうだったね。あー、でもやっぱりペンダントもあげたいなぁ」
「では、指輪はお二人で選ばれて、先にするプロポーズの時はペンダントにされては? どうせ式の時に改めて指輪が必要になるのですから」
「ふーん。そうか。よし、じゃあそうするよ。ありがとう、信彦。いつも助かるよ」
「どういたしまして。早く寝てください」
「はーい」
部屋をでて、自分の部屋に戻る。
さて、ではペンダントを買うとして、明日行って気に入ったものを明日買う。なんてわけにはいかない。紅葉の好みの宝石があるか等の調査も必要だし、金銭も用意しないと。財布に入っているお小遣いでは心もとない。
と考えて、ハタと気づく。一年間働いた貯金があるにはあるが、実家に置いてきた。言えば取り寄せられるだろうけど、今後も紅葉にプレゼントやらデートやら何やらするとして、永遠に続くわけではない。紅葉から言えばお金をもらえるにしても、生活費以外の紅葉の為のお金を、紅葉からもらうと言うのはいかがなものか。
親にプレゼントする時だって、わざわざ働いて別に得た金銭を元手にしていた。となると、働かないといけなくなる。
如何にアルノが働きたくないと言っても、紅葉の為に短期間で働くくらいなら抵抗はない。だけど、紅葉からも働かないように言われているのだから、逆にアルノが働きたいと思っても働けないのだ。かと言って、親からもらうと言うのも違うだろう。
となると、一つしかアルノには思いつかない。この家の中で、仕事のお手伝いをして、その分のお給料をもらう形でお小遣いをもらうのだ。それならぎりぎり、アルノとしてもセーフだ。出所が紅葉でも、働いた引き換えのお金ならありだ。
まずはお金を稼ぐところから始めよう。と決めたアルノは、部屋に戻ってまず紅葉に相談の通信文を送ることにした。
何か、お仕事でお手伝いできることはありませんか? と。
時間はやや遅かったけれど、すぐに返事が来た。返事は連れないもので、ないけど何? ってなものだったけど、目的がばれないよう丁寧に、ただでお小遣いをもらうのも申し訳ないから、お手伝いがしたいと言う旨を説明した。
結果、司と相談して、お手伝い内容を決めてくれるとのことだった。手間をかけて申し訳ないが、これは後々紅葉の為でもあるのだ。
もし高価なプレゼントをもらって、でもこれ、自分で稼いだお金だよね。なんて思ってしまっては興ざめになってしまう。そうならないためにも、アルノはお小遣いをもらう大義名分を得ないといけないのだ。紅葉がそう思わないとしても、やはりアルノは、ニートなりの男のプライドと言うものがあるのである。
そんなわけで、アルノは働く(家庭内お手伝いをする)ことに決めた。




