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手を繋ごう2

 手を繋ぐと、それだけで誰より近くて特別な関係なのだと誇示しているようで、元々そのようにしようと自分から考えていたのだが、何だかとても気恥ずかしかった。

 いつもならくだらないことがいくらでも口から出てくるのに、一言も思いつかなくて、紅葉の手の感触だけが、強く意識された。


 紅葉からも沈黙を嫌って話しかけてきたりしなかった。時折視線をやると、必ず目が合って、そのたびにそらしがたくて見つめあうけど、やっぱり言葉が出なくてどちらともなくそらす、と言うことを繰り返した。そうするうちに、すぐに街の中心地へとたどり着いた。


「あ、クレハ、あそこだよ」

「あら、そうなの。あそこは新しくできたお店よね? 私もまだ行ったことないわ」

「そうなんだ。やった」


 予約をしておいた店へ向かう。お店に入って、店員に促されるまま案内された席につこうとして、手がひかれた。

 振り向くと、紅葉が困ったような顔をしている。当然だが手を繋いだままでは席につけないし、ついたとして、食事中まで繋いでいるわけにはいかない。


「……何だか惜しいけど、離すね」


 残念だという気持ちを隠さずにそう言うと、紅葉はふふっと笑いながらアルノに合わせて手を離した。向かい合って席につく。


「アルノさんは、可愛いわね」

「何それ。あんまり嬉しくないんだけど?」

「あら? 少しは嬉しいの?」

「そりゃあ、クレハだからね。少しは嬉しいよ」


 照れたように口の端をあげる紅葉に微笑んでいると、店員が水とメニューを持ってきた。メニューを紅葉に向けて広げる。


「どれにする?」

「そうねぇ。アルノさんは?」


 メニュー表に向かってうつむき気味に、視線だけ上げて問いかけられる。紅葉が好きそうなものは何だろう。今日の気分と言うのもあるし。


「うーん。俺は……三種のチーズハンバーグにしようかな」


 とりあえず、今月のおすすめ! とされている中から、気になるのをさしてみる。紅葉はふぅむと人差し指で机をとんとん叩く。


「いいわね。……うーん。私もそれにしようかしら。でも、チキンたるたるのも捨てがたいし。あー、ハンバーグセットもいいわね」

「うん。ゆっくり選んでよ。そんなにお腹減ってないから。あと、よかったらチーズハンバーグはわけるよ」

「ありがとう」


 紅葉はにこっと微笑んで、うーんとまたメニューとにらめっこする。それをじっくり見ているのも、嫌いではない。集中しているのを傍で見ることはこんな時くらいしかない。元々待つのは嫌いではないけど、好きな相手だと思うと、何となく嬉しい時間に昇格されてしまう。

 そして見つめていると、しばらく悩んでから顔を上げた紅葉と目が合った。紅葉は誤魔化すようにごほんとわざとらしく咳ばらいをしてから、決めたわと言った。なので店員を呼んで注文した。


「アルノさんって、なんだか、とてもゆっくりしてるわよね」

「そうかな。まぁ確かに。あんまりせっかちとは言われないかな」

「そうよ。あなたみたいに、時間を気にしない人初めて見たもの」

「いやいや。こう見えて、約束の時間には基本的に遅れないタイプだよ?」

「それは普通のことよ。まあ、そう言う話でもないのだけど」


 とりあえず、紅葉にとって悪い意味ではないようなので、そっかー。と流す。


「ねぇ紅葉。ちょっと手を出してくれない?」

「え? どうして?」


 首を傾げて尋ねながら、紅葉は素直にテーブルの上に手をだしてくるので、そっと手を取り広げてみる。


「おー、感情線が長いね」

「へえ。詳しいの?」

「全然? へへ。クレハの手に触れたくなっただけだよ」


 そっとつかんでいる右手の親指で紅葉の右手の小指をなでる。紅葉は視線をそらして照れたように眉をひそめた。


「……アルノさんって、絶対女たらしよね」

「だから違うって」

「一人としか付き合ったことないってことだけど、でも付き合うまではいかなくても、こうしてすぐ触れてたんでしょ」

「そんなこと……まぁ、なくはないけど」


 そんなことないよ、と言おうとしたが、よく考えたら手に触れるくらいはしてたかもしれない。と言うか、それは意識していない相手だからこそ、女性にも気安かったかもしれない。男性にもだけど、笑いながらだけど馴れ馴れしいと言われたこともある。


「やっぱり。言っておくけど……もう、浮気しちゃだめよ」

「もうって。前科あるみたいに言わないでくれる?」

「あ、それはごめんなさい。ほら、最初に私、その、いいよって言ってしまっていたから」


 視線をちらちらそらしたり合わしたりしながら紅葉にそう言われて、アルノはそう言えばと記憶を掘り返す。もうすっかり、付き合う以前のことなんて忘れていたけど、最初はそんなことを言われたっけ。


「ああ。どっちにしろする気はなかったよ。だって、そんなの相手にも失礼だし」

「そうよね……本当に、ごめんなさい。偏見で、ひどいことを言ってしまって」


 真剣に謝罪する紅葉。そこでちょうど、食事が運ばれてきたので手を離す。二人分揃ったところで、食事を開始してから会話を再開する。

 紅葉が言うには、以前に手ひどいことをされたことがあり、男性不審気味だったらしい。元々、大して気にしていなかった。今となっては笑い話だと思っているくらいなので、アルノは逆に、ごめんねと謝る。


「気遣ってあげられなくてごめんね」

「そんな。私が一方的に悪いのよ」


 いやいや。とお互いに謝罪してから、切りがないのでじゃあこれで終わり、と切り上げる。ここは話題を変えよう。えーと。


「とにかくさ、女たらしなんかじゃないよ。もしそうなら、好きな人と手を繋いだだけで黙り込んじゃったりしないよ」

「……そ、それは、そうかもしれないけど」

「他の子とつないだことはあるけど、こんな事なかったし」

「前に付き合った子は?」

「好きだって言われて何となく付き合ったけど、結局好きになれないまま、他に好きな人ができて、この子への好きは恋じゃないなって気づいて別れたんだ。その時は、気軽に手を繋いでいたよ」


 今となっては悪いことをした。元々そう特別に思ってたわけじゃないと断ったうえで、それでもいいと言われて付き合いだした。それでも一緒にいると楽しいし、愛着も出てきて悪くないなと思いだしだけれど、ジョセフィーヌ先輩と出会って自覚した。

 それまでもいいなと思った人はいなくはないけど、年が離れていたし子供だったから、恋とまで考えていなかった。だからジョセフィーヌ先輩のおかげで、あー、あの時のあれって初恋だったんだーと思ったものだ。


「……その、好きな人とは?」

「俺の努力のかいあって、知り合いの先輩と付き合って結婚したよ」

「……」


 紅葉は何とも言えない顔をした。馬鹿を見るような、不快のような、喜びのような、それらが混じった変な顔だった。考えたら、ここまで明け透けに前の恋人について言う必要はなかったかもしれない。

 自分だって、紅葉に前の恋人について話されたら、うまく笑える自信はない。とは言え、本人からすでにアルノが初めての恋人であることは教えてもらっているので、想像でしか語れないけれど。


「とにかく、俺にはクレハだけだし、クレハが何でも初めてだよ。だから、そんな風に言われるのは、ちょっと心外だな」

「……ごめんなさい。少し、嫉妬していたわ」

「そうなんだ? じゃあいいよ。嬉しいから。それより、そろそろそっちの料理、わけてよ」

「ええ。じゃあ、そっちもね」


 料理をわけあい、お互いの味も楽しむ。

 普通に自分の分も美味しいけれど、紅葉からもらったと思うとなお美味しい、とアルノは思った。


 本当は、あーんとかしたいなとも考えたアルノだけど、屋外でそれをするのは少し恥ずかしいし、手を繋げただけで嬉しいから今日はやめておくことにする。


 最後のデザートも半分こして、お店をあとにした。

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