子供と遊ぼう
「なー、アルノー」
おやつタイムも終わり、公園に戻ってまたサッカーをしてから、疲れたと全員でベンチの裏に座り込んでいると、少年の一人がリフティングしながら声を上げた。
「なに?」
「お前、前からちょいちょいいるけど、何でいるの?」
「それって、哲学的な意味?」
「は? てつがく? じゃなくてー、なんだっけ。るーばく?」
首を傾げる男の子に、向かいに座っていた年長の女の子がはっとしてびしっと指をさす。
「あ、あれでしょ。あれが言いたいんでしょ? あの、勉強するやつ」
「ああ、留学、かな?」
「それ!」
ないない。普通に無職だよー。ニートニート。と言おうとして、ふと思う。普通に言ってもいいのか。事実ではあるけど、紅葉に迷惑がかかるのは困る。大丈夫だと思うけども。
「実は俺、天使なんだ。この国には、女神様と結婚するためにきたんだ。だから、働いてはいないよ」
「は? 何言ってんだ?」
渾身のボケのつもりだったけれど、めちゃくちゃ馬鹿を見る目をされた。笑って誤魔化す。
「冗談冗談」
「つまんねー」
「私知ってるよー。あれでしょ。お兄ちゃん王子様なんでしょ?」
「あ、私もそう思う。視察できてるんでしょ? どう? あたり?」
「うーん、ハズレー」
「んなわけねーだろばーか」
「馬鹿じゃないもん!」
何だか喧嘩になりそうなので、まぁまぁと手をあげながら立ち上がって抑えて、演技がかってわざとらしく咳ばらいをしてみせる。
「俺のことで争うのはおやめ」
「じゃあさっさと言えよ」
「仰る通り。実は結婚しにきたんだ」
「私と!?」
「それはないでしょ。でもお姫様とだよね? なんで王都に早く行かないの?」
「うーん」
なんですぐ王子様にしちゃうの? 女の子って本当にそういう夢のある話が好きだね。説明してもいいけど、紅葉のことを詳しく話すのは何だか少し抵抗がある。と言うか言ってわかるかわからないし。
「丘の上のー、お嬢様だよ」
「丘の上の金持ちー? 誰だ?」
「丘の上って、だいたいお金持ちの人住んでるよねー」
「ヒントヒント!」
なんかクイズ形式になってきた。
「ヒントはー、えー。俺の奥さんは、かなり可愛い」
「きゃー!」
「ぶーぶー! くそ問題にもほどがあるぞ!」
不評だった。個人特定不可能な情報なので無理もないけど、急に言われてもそんな都合いいもの出せないので許してほしい。適度に紅葉を紹介する情報ねぇ。
アルノは少年たちのブーイングにもめげず、顎に手をあてて考える。
「えっとねぇ。家具の貿易商してるよ」
「ぼーえき?」
「外国とやり取りしてるってことよ。ん!? 私それ聞いたことある!」
「まじで!? ちょっと待て! 俺が先に当てる!」
「ぼく、しってるよ。このお兄ちゃん、あの、いきおくれのいじゅーいんさんちのいいひとなんだって」
「行き遅れの伊集院? あ! あの成り上がり!?」
ひどい言われようだった。当たったことにも驚いたけど、そんな風に自分の妻が噂されていることにショックを受けた。成り上がりとか、行き遅れとか、ひどくはないだろうか。
仮にその通りで、どうしても下世話なことほど噂になりやすいのは仕方ないとして、子供にまでそんな風に認識されているなんて。
「ちょ、ちょっと! そうだとしたらそんなこと言ったらまずいだろ! 金づるだぞ! えへへ、お兄さん金持ちだったんだな」
「うん。とりあえず君の方がひどいからね」
子供って本当に無邪気で残酷。でもそういうとこ、嫌いじゃないけど。ストレートに言われた方が、反応だってしやすい。
わかりやすくゴマをする男の子を無視して、数人がいぶかしげな顔をしている。
「本当にそうなの?」
「うん。俺は伊集院さん家のお嫁さんなんだ」
「嫁じゃねーだろ。てか、話ずれてね? 結婚したってことは、お前がそのぼーえきの店長なんだろ? 俺らと遊んでていいのかよ? 仕事しろよ」
「俺はね、お嫁さんを癒すのが仕事だから、平日のお昼は基本的にお休みなんだ」
「はー?」
アルノの回答に、ついに少年はサッカーボールを蹴るのをやめるが、意味が分からず首を傾げる。それに年少の女の子が、はいはい! と挙手をして元気よく声をあげる。
「あ、私知ってる! それってあの、ロープ!」
「ヒモだよ! ヒモー。やだー」
「だっせー。大人の男の癖に無職で恥ずかしくねーの?」
「うん。全然ない。それにね、俺にはクレハと言う女神が舞い降りたから、彼女を愛する以外の仕事はいらないんだよ。わかるね?」
「わけわかんねー」
「ニート! ニート!」
「くくくく。わーはっは。じゃあニートうつしてやる! はいうーつった」
はやし立ててくるサッカーボール少年の肩を叩きながら言ってやると、少年は嫌そうに顔をしかめて飛び上がる。
「うわ、やめろよ!」
「みんな逃げろ! ニートがうつるぞ!」
「きゃー!」
「わー!」
日が沈むまで鬼ごっこをした。
○
「じゃーな、ニート」
「ばいばーい、ニートのお兄ちゃん。また明日ー」
「いや、毎日暇なわけじゃないからね。またそのうちねー」
子供たちよ帰りなさい、とばかりに鐘の音が鳴り響いて、子供たちが一斉に帰りだした。なのでアルノも連絡して、迎えに来てもらうことにした。
ベンチに座ってやれやれ、子供のお守で疲れた。と全力で対等に遊んだ癖に大人ぶるアルノ。そんなアルノに、一人の女が近寄る。
「あの、すみません」
「ん? あれ、どうしたの。戻ってきて。あなた、お母さん?」
声をかけてきた女のすぐ脇にいて、女のスカートをひっぱっている子供は、さっきまで遊んでいた内の一人だ。その子に声をかけてから、大人の方に確認で声をかける。
「はい。愛が遊んでもらったようで」
「いえいえ。どういたしまして」
「あの、それで、少しお話し伺ってもいいですか?」
「はい? いいけど」
「ありがとうございます。申し訳ありませんけど、子供と遊んでいただく以上、ねぇ」
女はそういってアルノの隣に座る。子供と遊ぶのはいいけど、見知らぬ人間なのでチェックしておきたいらしい。確かに、ここは地元でアルノの身元をみんな知っているわけでもない。勝手に子供に話しかけてお菓子を食べさせて懐柔して、と悪人だってここまでは同じ手口をするだろう。素性を知りたがるのは当然だ。
アルノはなるほど。と頷いて、どうせ時間もあるので了承した。
名前から始まり、アルノは結婚してこっちに来ていること、相手が伊集院紅葉なこと、定職にはついていないことまで説明した。すると女はうーんと何か不思議そうに唸って、顎に手を当てている。
「……」
「もう質問は終わり?」
「えっと……、働いていないと言うことですが、いつもここで遊んでおられるわけではないですよね? いつも何を?」
「いつもしてる事と言えば、庭を整えたり、お菓子を作ったり、鍛錬したりしてる、かな」
定期的にやっていることと言えばこの辺りになる。さすがに手紙を書いているとかは入れたら不自然だろう。だが、改めて列挙すると、やってること少ない。めっちゃ暇してるように聞こえる。鍛錬は必ず毎日だし、やりだしたら庭に何時間もいるので、毎日暇しているわけではないけれど。
しかし女はそれで納得したらしく、なるほどーと頷いた。
「そういうことでしたか。わかりました」
「あれ、もういいの?」
「はい、一応。納得しました。それに、あの車、待たせてますよね?」
言われて公園の入り口を見ると、車が止まっているのが生垣越しに見えた。
待たせていたのか。気づかなかった。
「あれ。本当だ。じゃあ行くね」
「はい。今後も会うことがあれば、娘たちをよろしくお願いします」
「もちろん。じゃあね、アイも」
「ん。ばいばーい」
別れて、車に乗り込む。信彦ははーと大きくため息をつく。
「ごめんごめん。待たせちゃった?」
軽く謝ると、信彦は振り向いてあのねぇと呆れた声を出す。
「時間はどうでもいいです。それより、何人妻に声かけてるんですか」
「誤解だって。子供と遊んでたから、怪しまれないよう自己紹介してただけ」
「本当ですか? 子供目当てでもないですね?」
「なんでそこまで疑われるのか心外なんだけど」
そもそもアルノには紅葉と言う最愛の相手がいるのだ。しかも付き合いたてのラブラブ期だ。仮に人妻でも子供でもなかったとしても、そういう目的で話をするわけがない。
不満ですよと主張するアルノに、信彦はふぅと息を吐きながら、車のエンジンをかけた。
「信じたいですけど、この間見たら、携帯通信機に個人女性の連絡先乗せてましたよね?」
「え? あー、それはこの間集めたけど。でも、どれも店長とか店員とか、お店関係で、その辺の道で声かけたわけじゃないから、ナンパじゃないよね?」
「いやいや、店員はナンパです、よ」
アルノの言葉に言い訳だなーと却下しながら、信彦はアクセルを慎重に踏んだ。アルノはそれにびくつきながら、両手で車につかまる。
「わっ! ちょ、話しながら運転するのやめて!」
「大丈夫ですって。信じてください」
「その自信どこから来るの!?」
「免許取得してから、無事故無違反ですよ?」
「運転してないだけだし!」
「そんなこと言って、誤魔化そうとしてません?」
「話なら後でするから! ちゃんと前見て!」
何とか家に帰ったが、とても疲れた。




