車に慣れよう
紅葉と恋人になって、5日がたった。毎日顔を合わせて、毎朝毎晩。可愛い大好きと言っていると、さすがに紅葉も慣れてきたらしい。
「クレハ、今日も可愛いね」
「ありがとう」
と一瞬目をそらすものの普通に返してくるようになった。ちょっと残念だけど、別に照れさせることが目的で言っているのではなく、単に言いたいから言っているのだ。あんまり反応されちゃうとつい自分もそっちに気持ちそれて脱線してして、話が進まないのでよしとする。
「あ、これ日記ね」
「あ、ありがとう。その、私の日記、どうだった?」
提案した翌日から始まった交換日記は、アルノから始まり、二回目を渡すところだ。紅葉は自分の文章を見られるのが初めてだからか、受け取るときまで恥じらっている。可愛い。
ちなみに内容は、とても堅苦しい感じに敬語で無難なことしか書かれていなかった。初日がデレデレになった愛の言葉を二ケタ以上書いたアルノなので、ちょっと恥ずかしかった。
「もう少し、頑張りましょう、かな? いや駄目ってことはないけど、報告書じゃないんだから」
恋人同士のやり取りの一環で始めたのに、業務的な内容しかないのは少しいただけない。もちろん、あっまあまのバカみたいな文章を期待したわけではないけど、多少は砕けてほしい。
「う。まぁ……善処するわ」
紅葉は気まずげにしながらも、そう言いながら受け取って司に預けた。
「まぁ、それもクレハらしいけどね。明日はデートに行ける? どこ行く?」
「え、えっと。そうね。希望はないから、あなたに任せるわ」
「わかった。じゃあ詳しくはまた話すね」
「ええ。お願い」
にこりと微笑んで紅葉はそう気軽に言う。そういう反応を見ると、恋人であることが当たり前みたいで、なんだかほんわか胸が暖かくなる。
朝食を終えて、鍛錬を終えて、今日はお菓子作りを予定していなかったし気分でもないので、シャワーを浴びたらそのまま出かける。明日のデートの下見をしよう。
「ノブヒコ、出かけてくる。あ、ついでにお昼いいって言っておいて」
「わかりました。あ、携帯通信機もちました? 財布も」
「持っ……てるに決まってるよ。やだなぁ」
信彦の部屋に顔を出して声をかけ、答えつつもカバンの中身をチェックして、忘れ物ものないので出発だ。
と元気に玄関から一歩踏み出してから、気が付いた。そういえば、いつも当たり前に徒歩だし、デートの時も基本徒歩だ。だけど紅葉は車に慣れている。と言うことは、本当は車のほうがいいのではないか。少なくとも下の商店街までは何の面白みもない住宅街なわけだし。
車が苦手なことはすでに話している。なので普通に車で行こう、と言っても遠慮するかもしれない。となると、アルノが普段から車で乗ると言う実績を作っておいた方がいいのではないか。
そうと決まれば話は早い。正直好きではないけど、疲れている紅葉を少しでも労う為なら仕方ない。
アルノは回れ右して、信彦に車の手配をお願いした。車はいつでも使っていい、とは許可をとっているが、アルノは当然免許を持っていない。信彦は一応持っている。向こうでも車自体はあるし、従者として出世することを思えば、必須だからだ。
「まったく。暇じゃないんですけど」
とぶつぶつ言いながら信彦は借りてきた鍵でロックを解除し運転席に入り、アルノがまぁまぁ、下までだからとなだめて後部座席に乗り込み出発させる。
「うわっ!? え? な、なんでバックした?」
動き出した瞬間、車が後ろに動き出してすぐにブレーキが掛けられ、反動で車が大きく揺れた。車は車庫に入っており、バックしてもすぐそこには壁がある。前方は開けていて、バックして角度をかえたりする必要ももちろんない。
信彦はバックミラー越しにあった目をそらす。
「……すみません。間違えました」
「……ノブヒコ、免許本物?」
「当然です。ただ、取得してから乗っていないので、少し間違えただけです」
「今すぐ下りてくれない?」
「いえ、練習も兼ねていると思えば、いくらでも付き合いますよ。旦那様のご兄弟やお父様を乗せているときに事故るわけにはいきませんから」
元々が学園の先輩だからって扱い悪すぎじゃない?
「やめよう? 練習は一人でしよう?」
「まぁまぁ」
出発された。ビビってドアや椅子の頭につかまっていたアルノだったが、慎重すぎるほど慎重に運転され、法定速度を大きく下回る以外は特に問題のない走行で、下まで到着した。
と言っても一本道なので、失敗のしようもない。
「それでは、また迎えに来るので家に連絡してくださいよ」
「わ、わかったけど、大丈夫? 帰れる?」
「大きく迂回すれば問題ありません。問題は車庫です」
何故か自信満々に問題個所を告げて、信彦はとろとろと帰っていった。角を曲がるまで見送ってから、アルノは歩き出す。
信彦がやる気満々なので、これは今後も出かけるたびに率先して運転手を買って出そうだ。ありがたいけど、不安になる。
ともあれ、気を取り直して出かけよう。明日のデートにぴったりのスポットがあればいいけれど。
○
「兄ちゃん、ぱすぱーす」
「行くよー」
乞われるままに足元のボールをポンと蹴り上げて、数人の子供の頭を飛び越えて目当ての少年の足元に落とす。
わっ、と子供たちが声を上げる。頭上は計算外だったらしい。受け取った少年は、それににやっと笑って、思い切り足をふりあげた。
「いっけーーー!」
勢いよく蹴られたボールは、前方のゴールとして囲われた枠線から大きくずれて、広場の中央へ向かって転がった。
「なにやってんだよ、馬鹿!」
「う、うっせーな! 手加減だよ手加減!」
「もう一回しよーぜ」
「えー。疲れたぁ」
「次違うのがいいー」
いくつかのお店を吟味してまわり、少し遅い時間に目を付けたお店でお昼をすませ、明日の予約をとってから、のんびり歩いていると足元にボールが当たった。
何度も顔を合わせている、子供たちだった。今日は少し数の多い9人で、一人の少年がサッカーボールを買ってもらったので遊んでいる最中だった。
そのボールを足だけで拾ってリフティングしながら近寄って、そのまま混ぜてもらうことになった。もちろんハンデとして、男子の少ないほうで、パスのみでゴールは禁止と言うルールだ。
30分もたつと、子供たちも疲れてきたらしく、ぐだぐだした空気になりつつあった。
「な、何だよお前ら! 俺がせっかくサッカーボール貸してやってんのに!」
「まあまあ。年下の子たちは、君より体力がないんだから仕方ないよ。お兄ちゃんの君にはかなわないさ」
「ん。そ、それはそうだけどよ。でもサッカーボールがあるんだから、サッカーしない訳ないじゃん」
「サッカーは、走り回って蹴るだけじゃないよ。テクニックだって必要だよ。そう思わない?」
「テクニックぅ?」
「そう。リフティング勝負、しない?」
やるやる! と言った子にはリフティングのコツを教えてあげながら順に練習してもらう。1つしかボールはないのだから、どうしたって時間はかかる。
なので残りの年少組と女の子の5人には休憩させ、座ってできる遊びをすることにする。何がいい? と水分をとって一息ついた子達に聞くと、女の子はすかさず挙手した。
「おままごと!」
「なるほど、いいね。他のみんなは何がいい?」
「あたしもおままごと!」
「私もそれでいいよ」
「そっか。二人はどうかな?」
「んー。お姉ちゃんがやりたいなら、いいよ」
「ぼくも、つきあってあげてもいいよ」
女の子3人と男の子2人とアルノによって、おままごとをすることになった。
まずは役割分担だ。
「お兄ちゃんは、お父さんね。あたしお母さん!」
「えー、あたしがお母さんしたいのに」
「じゃあ、私は愛人?」
「ぼくはいぬがいい」
「僕はね、王様する。一番偉いの」
めちゃくちや足並みの揃っていない状態だ。じゃんけんで決めて言った結果、王様と犬と王妃様とお姫様お姫様、そしてアルノの王子様になった。
「王子よ、早くどちらをお嫁にもらうか決めなさい」
「わんわん」
「私が結婚するのー」
「どっちを選ぶのか、はっきりしてよ」
「うむ。では王様の僕が決めよう」
これはやばい。どういう世界観なのか全くわからない。王子と姫って兄弟じゃないのか。としり込みしたアルノだったが、ここはとにかく相手に合わせていこう。と覚悟を決めた。
「じゃあ王様、お願いします」
「うん。じゃあ、お姉ちゃんが王子と結婚して、あいちゃんが、僕と結婚するの」
「わんわんっ」
「えー、やだー」
「そうですよ、王様。あなたは私と結婚してるでしょ」
「えー? おうひさまって、そういうのなの? お母さんじゃないの? じゃあやめる。僕も王子様する」
「ちょっと。そうしたら誰が国を支えるのよ」
「わん! ぼくがいるわん」
「あ、たっくんが王様になるの?」
「ううん。いぬのままだけど。でもぼくがいるわん」
「もう、そんなのどうでもいいから、お兄ちゃんの王子様は私と結婚して、ね?」
「あ、ずるい」
収拾ってどうつけるんだろう。ていうか、そもそもおままごとのゴールってどこなんだろう。とか考えていたアルノだが、とりあえず自分に話しかけてきてお姫様に返事して、年長の女の子が男の子二人と話していると何だかんだ時間がたっていった。
「あ、もうおやつの時間だよ」
「あ。ほんとだ。ねー、お兄ちゃんおやつ何買ってくれるの?」
「そうだなぁ。何がいい?」
「え、ほんとに買ってくれるの? やったあ」
「何でもいいのー?」
男子とも合流して、三時のおやつを購入しに出発する。行きつけの駄菓子屋に連れて行ってもらったので、店主ともお話ししながらその場で食べた。
ピッグカツを初めて食べたけど、意外と美味しかった。なんかカツ感がいい。




