ピクニックに行こう2
ピクニック当日。一昨日は外で待ち合わせたけど、ピクニックに現地集合の訳がない。玄関で待ち合わせだ。5分前に到着するように向かうと、紅葉はすでにいた。
「おはよう、クレハ」
「おはよう、アルノさん」
紅葉はつばの大きい白い帽子をかぶっていて、紺色の長いふわふわしたスカートにボーダーのシャツにスニーカーと、ずいぶん活動的な今までよりカジュアルな感じで、でも似合っていて可愛い。
「そう言う服も似合うよ。可愛いね」
「……ありがとう。アルノさんも、似合ってるわ」
はにかむようにお礼を言う紅葉は照れていたようだけど、何故か今までと少し違うようだった。何というか、妙に素直だ。今までも挨拶やお礼はきちんと言う人ではあったけど、何というか雰囲気が違う。
それに違和感を覚えつつも、しかし理由はわからないので出発する。
「それ、お弁当だよね? 持たせてよ」
「気をつけてね」
「うん。ありがとう。すっごく楽しみ」
「あー、と、その、自分から言い出してなんだけど、私、ちょー料理上手、ってわけではないわよ」
「ちょー?」
耳慣れない発音に、思わず繰り返してしまったけれど、文脈からとても、と言う意味だろうか。
アルノの反応に、紅葉ははっとしたように口元を手で隠す。
「あっ。な、なんでもないわ。とにかく期待しすぎないでね」
「でも、下手ってわけじゃないんでしょ? 期待するよ」
「う……お、お手柔らかにお願いします」
「どうしようかなー」
「もう」
少し拗ねたように眉をしかめてから、紅葉はそれはそうと、と話題を変える。
「電車で行くのだけど、こっちに来てから電車を使ったことはあるの?」
ここから最寄り駅は、歩いて30分ほどのところにある。急ぎでもないのでゆっくり歩いて向かっている。
アルノが乗り物をあまり使用しないから気をつかってくれているのだろう。アルノは安心させるため、笑顔で肯定する。
「こっちでは来るときに最寄り駅で下車しただけだけど、でも、自国では普通に乗ってたから安心して」
「そうなの。アルノさんて、貴族だから電車に乗っているのって、少し意外ね」
「いやいや。乗るよ、みんな。学生の時なんて、貴族も何も関係ないしね」
偏見が過ぎる、と苦笑して否定するアルノに、しかし紅葉の方もいやいやアルノが変人なだけだとばかりに苦笑して否定してくる。
「関係あるわよ。私も貴族の方も通われるところに行っていたけど、基本的に車で移動されていたわ」
「そうなの? でも遠方で寮の人もいるでしょ? そしたら当然車はないよね?」
「寮は貴族と一般で分けられていて、貴族用の寮には専用の車が常に用意されていたわ」
「は? 嘘でしょ?」
その突飛すぎる内容に、アルノは目を見開いて眉を寄せてしまう。寮は最低限男女で別れていたが、中では何の区別もない。学年だって別の人間が相部屋になることもあれば庶民も貴族も関係ない。まして車もない。
しかし紅葉はふうと呆れたように息をつき、子供に言い含めるように言う。
「本当よ。そこまで疑う? アルノさんが変わっているだけで、他の方は違ったでしょう?」
「いや。あの、うちは王子様だって電車にのるよ」
先輩にいた第5王子は気さくな人で、普通にアルノと一緒に遊びに出かけたりした。その際には一緒に電車に乗っている。時間が遅くなり女性を送るために車を呼ぶことはあっても、男だけなら電車がなくなって走って寮まで行き、窓からこっそり部屋に戻ったこともある。
だからアルノの感覚は王子様基準と言うことで、何もおかしくないのだ。実際には王子様がフランクすぎるのだが、昼間に電車に乗るくらいはみんな普通にしている。父や祖父も同じだ。
アルノだけが変わっているのではない、わかりやすい例としてそういったのに、何故か紅葉はますます怪しむような顔になる。
「王子までって、それは言い訳としても言いすぎでしょう? そんなわけないじゃない」
「えー……まぁ、確かに王様とか、もしかしたら次期国王の第1王子とかなら別なのかも知れないけど、少なくとも第5王子のクリフト先輩はそうだったよ」
そう主張すると、紅葉は頬をひきつらせた
「えー、じ、実名出してきたわね。ええ? 本当に?」
「本当です。疑うの? 俺、生まれてから嘘ついたことないのに」
ひどい。と被害者ぶって目を伏せると、紅葉は白けたような半目になる。
「それは嘘でしょう」
「うん。でも今のは本当だよ」
「うーん。そこまで言うなら信じるけど。うちだと、王族の方が、しかも直系で電車移動するなんて考えられないわ」
とりあえず信じてくれたようだ。紅葉はふーんと感心するように頷いた。
「お国柄じゃない? そう言えば、こっちの国についていつも教えてもらってたけど、俺の国について説明ってあんまりなかったよね」
「そうね。教えてくれる?」
「うん。何から言おうかな」
「そうねぇ。学生時代のお話は?」
「あれ、そんな個人的なことでいいの?」
「もちろん。それが一番聞きたいわ」
あれ。とアルノは思った。紅葉の言い方があまりにストレートに、アルノに歩み寄ってくるものだった。もちろんそれはそれで嬉しいのだけど、何か心境の変化でもあったのだろうか。
何か、それほど大きく変化するようなことが、紅葉にあったと言うのに、自分はそれに気づかなかった。それは何だか悔しい。紅葉を変えるのは、自分でありたい。別に、こういう風に変わってほしいというビジョンがあるわけでもないが、何となくそう思った。
○
アルノの学生時代の話、と言っても、別に特出しておかしな人生を送ってきたわけではない。けれどどうやら異文化である紅葉にとっては興味深いものだったらしく、へぇと感心したり面白がったり笑ったりと、多様に反応してくれた。
そうも反応して全力で聞いてくれると、話しているのも楽しくて、アルノもついつい力が入る。
「それで、あ! 見えてきたっ」
あっという間に、目的地が見えてきた。
前方に見えた大樹に声を上げるアルノに、紅葉はくすりと微笑み、自分も前方へ視線を向ける。
開けた少し小高い丘にある整備された公園。その中央にはまだ離れているのによく見える、とても大きな大樹。それとそれに並び公園中を彩るようにある木々。そのどれもがそれぞれに花を咲かせている。
「そうね、ちょうどいい時期だったわね」
「うん。ほら早く行こう」
何だか待ちきれなくて早足になってしまったのに、紅葉はアルノから多少遅れても変わらぬペースで歩いていて、焦れたアルノは駆け足で戻って、紅葉の背中をそっと押して急かす。
「きゃっ、も、もう。アルノさんたら、子供みたいなんだから」
「早く見たいんだもん」
付き合って早足になってくれる紅葉に、アルノはついつい声に出して笑ってしまう。
そんなアルノに紅葉もつられて楽しい気分になってきて、段々早くなる歩みにも何だかおかしくて、声がでてしまう。
「ちょ、ちょっと、ふふ」
「ははっ。ほら、早く」
「早いわよ、もう」
駆けるように進んで、公園の中に入る。途端に人が増えて、公演内部では子供も走り回っている。危ないのでスピードを落としてゆっくり歩く。
中に入ると、木との距離も近くなり頭上を花が覆うようになる。澄み切った青空をバックに、満開の花びらが綺麗で、見ていると心がわくわくしてくる。わーっと声をあげたくなる。
「っと、クレハ」
「あっ、と。あ、ありがとう」
数人の子供がはしゃぎながら走ってきたので、紅葉の肩をひき余計に道をゆずる。案の定、子供たちは二人のことなど視界にも入らないようで、持っている枝を振り回したりぶつかり合って広がったりして、なかなかぎりぎりのところを通過していった。
紅葉は相手が大人でアルノと同じくらいしか避けようとしていなかったので、ぶつかるところだった。それが分かったので子供たちが通り過ぎてから紅葉もお礼を言った。
「どういたしまして。さて、どこで食べよっか」
奥の大樹の周りにはたくさんの人が腰をおろして、思い思いに過ごしている。ちょうどお昼時なので、食事をしている人が多い。
人の多さから、あぶれて周りの大樹が見える範囲で座っている人も多い。
人ごみの中に行くよりは、周りの方がゆっくりできそうだが、それでも割と人は多い。さすがに観光地として名が知れているだけある。
「もう少し上がりたいんだけど、いいかしら?」
「もちろん。どこまでもお供しますよ」
うかがう様に提案する紅葉に、気取ってお辞儀をしてみせると、紅葉は口元に手をあてて笑う。
「ふふ。仕えるのが似合わない人ね」
「えっ、そうかな。割合、様になってるつもりだったんだけど」
「全然だめね。だって、格好良すぎるもの」
「えー? それダメ出しなの?」
「駄目よ。主人より目立つ従者がどこにいるのよ」
「うーん。でもほら、クレハの方が美人さで目立つから、大丈夫じゃない?」
「……ありがと。でも、自分が格好いいのは否定しないのね」
「それはだって、よく言われるから、多少は自覚してるよ」
「嫌味な人ね」
「そうかなぁ。でも紅葉だって、自分が美人だって、自覚してるでしょ?」
ちょっと呆れたように言われたので、首を傾げるように確認するアルノに、紅葉は頬をひきつらせて複雑な顔をした。時間を稼ぐように目をそらしてから、息をつくように口をひらく。
「……そんな訳、ないでしょう。そんなこと言うの、あなたくらいだわ」
いや、そんなことはないだろう。紅葉は小柄だし最初は年下だと思っていたし、可愛らしいと言う様に思っていた。しかし一緒にいるとやはり年上らしく、口調もしっかりしてはきはきしていて、動作もきびきびしていて凛々しいと言うような感じで、美人と言う形容詞が似合う。
だから普通に紅葉もその自覚があるだろうに、何故か紅葉は微妙な反応だ。言われて照れているだけとも違う気がする。
きょとんとするアルノに、紅葉は話題を変えようと、そういえばと声を出す。
「そういえば、あなたの従者、龍宮さん、全然従者らしくないわよね。元が同じ学園での付き合いとは言え、公式の場ではもう少し改まったほうがいいんじゃないかしら」
「んー。まあ、でもあれは、従者としての教育受けたわけじゃないからね」
「そうなの? じゃあ、どうしてほかに付き人を連れてこなかったの?」
「あー、もともと、俺用の付き人っていないんだよね」
「でも、普通は貴族って世話をしてくれる人をたくさん連れて歩くものじゃないの?」
「うーん」
家でのことは家にいる侍女たちが、全てしてくれた。人数がたくさんいたので、頼めばすぐに対応してもらっても、他の仕事が滞るわけでもない。アルノだけでなく、それは他の家族も同じだった。
都度何かあっても、いつも部屋のドアを開ければ誰かしらいるので、専用として誰か傍についてもらわなくても、困らない。食事だって今は横に信彦がわざわざついているが、別に専用の誰か、と言うことはなく、食事となれば給仕以外に誰かしら多めに控えているのが普通だった。
アルノの実家とこちらでは、規模が違うのだ。だからわざわざ付き人とをつける必要すらなかった。もちろん他国となれば感覚も違うだろう。しかしそもそもアルノは外に出る分には、ついて来ようとするのも断っていた。わざわざ誰かを出先に連れていくと言う感覚もなかった。連れ歩くのは護身ができない女性だけと言うのが一般的な感覚だった。
一応実家からは、信彦以外に護衛としてはもう何人かつけてはもらったが、こっちの言葉が離せないのですぐに帰ってもらった。世話係も護衛もこっちで用意するだろうし、専任の用意がなくても困らない程度にいつも誰かいるだろう。と言うのが常識としてあったので、世話係としての付き人を連れていく発想がなかった。
そもそも他国に連れていくと言うのはかなりハードルが高い。無理を言えばできただろうが、両親も全く違う環境に行くなら、初めから他国の付き人と触れたほうが早くなれるだろうと言われて、結局人数的にはお付き一人である。
これが線の細い女性が家の為に輿入れならともかく、ごくつぶしの図太い男が放り出される形なので、使用人たちも自分がついていきます! なんていう人もなく普通に送り出された。
しかしこの感覚を説明すると、ようはこっちで用意されていると思ったということなので、こっちでの暮らしに不満があると言っているようなものだ。最初こそ人が少なくて、信彦がしてくれるのかと思ったけどそうでもなくて、何だか慣れないと思っていた。
しかし割り切った今では、学生の頃のように気楽なものだと思っている。何と説明するべきか。
「まあ、人によるからね」
「そうね。アルノさんだものね」
とても雑な説明で納得してくれた。何故だろう。都合がいはずなのに複雑だ。




