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ピクニックに行こう

 夜のデートは大成功だった。遅れた罪悪感からか、ずっと濡れたような瞳なのもぐっときたし、服装を褒めても照れたようにはにかんでくれて可愛かったし、アルノの服装も似合うと言ってくれた。

 勘違いでなければ、手ごたえがあった。今までと違うしっとりしたデートに、うっとりしてくれたように思う。


「アルノさん、その、明日なのだけど暇かしら? よかったら、一緒に、出掛けたり、その」

「ほんと!? 暇暇。嬉しいなー、クレハからデートに誘ってくれるなんて」


 その証拠になんと、翌日に紅葉の方からデートに誘ってくれた!

 凄い進歩だ。今までずっとアルノから声をかけていた。会話のネタくらいなら紅葉からもふってくれていたが、一緒に過ごそうと提案するのはアルノばかりだった。

 しかも昨日の今日で、明日のお誘いである。何という即効性。何だろう。昨日のスーツがよかったのか。紅葉はスーツフェチだったのだろうか。


 思わず食い気味了承するアルノに、紅葉は少し驚いたように一度瞬きしてから微笑んだ。


「あ、ありがとう」

「お礼なんていいって。クレハの為なら、予定があっても優先するよ」

「あ、と。あ、ありがとう」


 おや? なんだか少しぎこちないぞ? とアルノは内心首を傾げる。

 照れてくれたり、わかりやすく反応を見せてくれることも出てきたけれど、ここまで不器用に反応をするのは、また少し変わってきている。

 何かあったのだろうか。逆に少し不安になってきた。


「どこか行きたいところがあるのかな?」

「どこと決めているわけではないのだけど」

「ふーん。じゃあ、天気もいいし、ちょっと足をのばしてピクニックとかどう? お花見兼ねて。電車でちょっと行った向こうに、有名なスポットがあるんでしょ?」


 昨日のデートの際に、紅葉からその情報を手に入れた。その情報をもとに、来週にでもとアルノから誘うつもりだったのだけど、ちょうどいい。

 アルノの意見に、紅葉はほっとしたように微笑んで頷いた。


「あ、と。いいわね。じゃあ、その、よかったらなのだけど……お弁当、作りましょうか?」

「え、いいの? それすごく嬉しいんだけど!」


 躊躇う様に提案してもらった内容に、アルノは喜ぶよりも驚いてしまう。そんなアルノの態度に紅葉はくすりと笑う。


「もちろん。私から提案してるんじゃない」

「やった! お願いします!」


 と言うことで、明日はピクニックだ。

 明日はお昼前から出発して、隣町の花見所へ行くことになった。さすがに今日の明日で下見も難しいし、せっかくなので紅葉にエスコートしてもらうことにした。


 そんな会話をしているので、普段から能天気で機嫌がいいアルノだが、さらに上機嫌になって昼食を終えた。と、ここで気づく。

 そうだ。当然のように休日も屋敷内では、食事以外別行動ばかりしている。と言うか普通に自室に戻ると、用もないのに行きづらいのだ。


 だけど紅葉からデートに誘ってくれるまでになった今なら、行けるかもしれない!


「ねぇクレハ、この後部屋に遊びに行ってもいい?」


 なので立ち上がって食堂を出かけた紅葉にそう声をかけたのだけど、紅葉は何故かびくっと肩をゆらして反応する。


「えっ、だめっ。あ、えっと……ご、ごめんなさい。今日はちょっと、これから用があるから」


 そう言ってそそくさと立ち去ってしまった。

 何だか、一歩進んだような、そうでもないような。しかし明日はデートなのだから、深く気にするのはやめよう。


「ただいまー」

「ちょっと、旦那様。何普通に人の部屋に入ってきているんですか」


 紅葉のお誘いが嬉しかったので、自慢するために信彦の部屋へ行った。ちなみにアルノから少し離れた階段近くの部屋が信彦にあてがわれた客間である。

 屋敷の運営の為、基本的に侍女や料理人などはシフト制で土日祝日は関係ないが、信彦や紅葉の仕事に関係する司などは土日が休日と決められている。決められているが、信彦は当然住み込みなので、こうして気軽に尋ねている。


 休日に雇い主が訪ねてくるとか迷惑この上ないが、休日は友人関係と言うことで許してほしい。信彦は窓際のソファで本を読んでいて、その姿勢のまま顔だけ上げている。


「それより聞いて聞いて。クレハと明日ピクニックに行くんだ!」

「ふーん。そうですか。よかったですね」

「うん。しかも、お弁当作ってくれるって」

「へぇ。よかったですね」


 同じセリフの繰り返しだったが、先ほどの明らかな聞き流しの相槌とは違い、感情の込められた言葉だったことにアルノは満足げに頷きながら、自室のようにベットに転がった。


「ちょっと、旦那様」

「うーん、ごめんごめん。構造同じだから、つい自室感覚になっちゃうんだよね」


 少し離れているとはいえ同じフロアの同じ客間だ。普通に間取りも家具の配置も似たようなものだ。しかしそれとこれとは別だ。とは言え、アルノは学園の寮生活の時からこんな感じなので、信彦はもう諦めているが。


「全く。でも、お弁当とはまた、奥様も軟化されましたね」

「軟化って。言い方おかしくない?」

「旦那様に言い回しを指摘されるとは……。ともあれ、いい傾向です」

「普通に上から言うよね」

「旦那様が幸せにされているか、見届ける義務がありますからね」

「信彦は俺の親なの?」

「違いますけど」


 信彦としてはできれば早く帰りたいが、自分が心配以上にアルノが中途半端な状態で帰っても何だかんだ言われて様子見の為にまたこちらに送られそうなので、是非早いところ幸せになってほしい。

 アルノが実家にいるときは、父親も母親も兄からも口うるさく言われていたので、信彦もアルノがそこまで可愛がられているとは考えていなかった。しかしいざいなくなると、家族からするとやはり可愛い末っ子であったらしく、何くれとアルノ本人にはもちろん信彦にも金銭と共に問い合わせの手紙が届くのだ。


「うーん。でも俺としては、俺は幸せだけど、そうなると信彦のことも気になるんだよねー」

「ん? 気になるってなんですか?」

「信彦にも、相手が欲しいかと思って」

「……いや、そう言う気の使い方はいりませんからね」


 一度本に戻しかけた視線をまたあげて、信彦は何とも言えない嫌そうな顔をするが、アルノは気にしない。まったく照れちゃって、遠慮するなよーって感じである。


「またまた。どういう子が好みなの?」

「えー……旦那様、マジうざいです」

「そう言えば、前ジョセフィーヌ先輩のこと、扱き下ろしていたけど。あれからすると、つまり信彦はスタイルがよくて従順で大人しい年下タイプが好きだってことだよね」

「いえまあ、否定はしませんけど」


 分析して推理してみると、信彦は呆れたように適当な相槌を打ちながら、面倒そうに本を閉じた。会話には付き合ってくれる気になったらしい。

 アルノはにんまり笑って、じゃあ誰を紹介しようと考える。信彦は戻る予定なのだから、向こうの人がいいだろう。となるといいのはやはり学園時代の後輩たちだろう。アルノはそれなりに顔が広かった。卒業後も関係はそれなりに継続していて、ニートになっても態度を変えない人ばかりだった。


「じゃあ、えー、後輩でアレッタっていたの覚えてない? あの子なんてどう? 確か服飾関係の実家を継いでるとか言ってたけど、小柄だけどスタイルはよかったよね。口数が多いほうじゃなくて、いつもニコニコしてたし、卒業してからも季節の手紙くれてまめだし、無表情な信彦と並べばよさそう」

「あー。アレッタですか」

「お。知り合いだった?」

「はい。旦那様と恋人になりたいから協力しろと言われてました。断りましたけど。ちなみに卒業した進路は知りませんしでしたし、連絡もとってません」

「……」


 さすがのアルノも、言葉に詰まる。それなりに人に好かれる方だと自覚はしていた。しかしアルノは好かれるのが当然すぎて、アレッタが愛想よくしてくれたからと惚れられているとまで全く考えていなかった。


 固まるアルノに、信彦ははあーとため息をつく。鈍感か。


「と言うか、旦那様の親しい女性は大抵旦那様のこと好きでした」

「えー、いや、それは言い過ぎじゃない?」

「そうでもありませんよ。三男なので婿にできて、成績もよくて、家柄と、あと顔もいいですからね」

「あのー、性格的要素0なんだけど」

「旦那様は顔がいいですからね」

「顔だけになった!」


 ひどいひどいと喚くアルノに、信彦ははいはいとテキトーに頷く。

 本人に向かって、性格がいいからなんて、そんなことを男2人で言って何が楽しいのか。絶対言いたくない。


「ちぇー、俺って優しくて紳士なつもりなんだけどなぁ。まぁ、だからってそういう意味で好かれても困るけどさ」


 紅葉がいるので、モテても仕方ない。もし紅葉が全く好みでないとしても、結婚している以上他の女性をと思うほど、アルノは女好きではない。それに、紅葉のことも可愛いと思っているところだ。今更他にいい女性がいると言われても困る。


「優しいと言うか、八方美人ですよね。紳士と言うか軟派と言うか」

「ねぇ、ノブヒコ俺のこと実は嫌いなの?」

「嫌いなら、休日に顔を突き合せたりしませんよ」

「ほんとかなー。ノブヒコって仏頂面で辛辣だから誤解されやすいけど、優しいからなぁ。先輩だからって、そんな気を遣わなくてもいいからな? 思ったことははっきり言ってほしい」

「じゃあはっきり言います。いいですね?」

「え、はい」


 はっきり言ってね、とは言っても、普通に遠慮なく話していると思っていたので、本気で改まって言いますと言われて、アルノは驚きと共に起き上がって背筋を伸ばす。

 本当に気を遣って言ってないことあった? え? ほんとに無理矢理押し付けてた? 普通に対等な友人の時からノリ変わってないから安心していたので、びびりながら言葉を待つ。


「旦那様こそ変に気を遣われると、気持ち悪いです。いつも通り図々しいままでいいです」

「ノブヒコ……これ、傷つくとこ? 喜ぶとこ?」

「お好きにどうぞ」


 いつも通りで、と言うことはやっぱり本気でうざがったり怒ったりしているわけではなく、アルノが認識していたのと同じ友人同士の掛け合いとして楽しんでいてくれた。それは嬉しいけど、気持ち悪いとか、いつも図々しいとかひどくない?


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