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惰眠をむさぼろう

「いい天気だなぁ」


 朝食を食べ終わり、紅葉は先に席をたったが、少し寝坊したアルノはのんびりとデザートのリンゴを食べていた。

 紅葉もいなくなったので隣の席についていた信彦は、窓からの日差しに目を細めながら頷いた。


「そうですね。しばらくいい天気が続くそうですよ」

「へぇ……なんか、眠くなるよね」

「さっき起きたところじゃないですか」

「眠い……。ふわぁ。ちょっと、寝ようかな。後で鍛錬するから起こして」


 立ち上がってお願いするアルノに付き添いながら、信彦は気まぐれなアルノにため息をつく。


「今日はお菓子作りは?」

「ぱーす」

「庭には?」

「うーん。あとで考える」

「そうですか」


 部屋に戻る途中で、信彦とは別れた。ベットは起きだした時のまま掛け布団がめくれている。空気がよどんでいる気がしたので窓を開けると暖かい日差しと風に気持ちがよくなり、瞼が重くなる。

 皺になると嫌なのでシャツを脱いで寝転がる。


「ふわぁ」


 あくびをして、そういえば掃除をする時間もずらしてもらえばよかったかな、とも思ったが、面倒になったのでそのまま目を閉じた。


「……」


 そうしていると、夢うつつなところに扉が開く音がした。足音は二人分。起きて声をかけるのも億劫だったので無視をする。


「ん? あ」

「え? なに、どうしたの?」

「しっ、旦那様がいるの」


 そうそう。静かに掃除して行ってくれたらいいよ。それか後回しにして。


「え、まじ? さっきご飯食べてなかった?」

「うん。しかも裸なんだけど」

「えっ、まじ!?」

「声が大きいっ」

「ちょっと見せて見せて。わー。腹筋われてる。いぇーい」

「なんなのそのテンション」


 ほんとになんなのこの侍女。恥ずかしくなってきた。狸寝入りするんじゃなかった。

 今更起きてますとは言えないので、寝たふりをしながら隠すように寝返りをうつ。


「ほら。起きちゃうから。ここは後回しにしましょ」

「えー、せっかくだし触っとかない? リアル王子様の寝顔とかレアじゃん」

「あんた、ご当主様に殺されるわよ」

「恐いこと言わないでよ。わかったわかった」


 声を潜めながら、そっと二人は出て行った。ふー。危なかった。さて、寝なおそう。


「……」


 目がさえた。うーん。しかし、寝ると言った以上、今更違うことする気も起きない。このまましばらくだらだらしよう。

 せっかくなので窓辺のソファに寝転がる。建物近くの木がよく見える。満開の花を咲かせていて、背景の青空にもよく映えている。見ていて気持ちがいい。


「……ふわぁ」


 やっぱり眠くなってきた。改めて寝た。








「起きてください」

「……うーん。あと五分」

「別にいいですけど、鍛錬しないんですか?」

「……するぅ」


 起こされた。起き上がると、体の上にのっていた毛布が落ちた。誰かがかけてくれたらしい。

 顔を上げると声で分かっていたが信彦がいて、落ちた毛布を拾ってベットの上に投げていた。


「投げるなよ。でも、かけてくれてありがとう」

「いえ、俺じゃありません。てか、なに半裸で寝てるんですか」

「あれ、違うの?」


 椅子の背にかけていたシャツもたたんで座面に置いてあったので、着ながら尋ねるも、信彦からは呆れたような顔をされてしまう。


「違います。掃除する時に侍女がかけたんじゃないんですか。もう行きますからね。二度は起こしに来ませんよ」

「わかってるって。ありがと」


 目も覚めたので、顔を洗って気を引き締め、庭へ回って鍛錬をした。汗を流すと気持ちいい。ごろごろしていた時間が長いほど、その反動でたくさん動きたくなるし何だか楽しい。


「あれ、旦那様。今日は今から鍛錬か」

「おっはよーございます、マサアキ。そうだよ。あ、そうだ。たまにはマサアキも一緒にする?」

「ご冗談を。仕事中です。草木に関わること以外で、旦那様のお世話をすることは仕事外です」

「冷たいなー。ま、慣れないことさせて腰でも痛められたら困るからいいや。邪魔じゃない? このまま続けて大丈夫?」

「どうぞどうぞ」


 途中正明にも挨拶し、一通りこなし終わるころには、ちょうど昼前になっていた。シャワーを浴びて汗を落とし、身支度を整えて食堂へ向かうと、先に紅葉が席についていた。

 少しのんびりしすぎたかもしれない。早足で席に着く。


「お待たせ」

「いいえ。持ってきて」

「はい」


 紅葉はすかさず料理を持ってくるよう指示をだす。その様はいつも通りのようだけど、最近笑みも見せてくれるようになったのに、何だか少し固いような。


「クレハ、何かお疲れみたいだね。大変なことでもあった?」

「別に、仕事には問題ないわ」


 運ばれてきたカップに口をつけながら尋ねると、紅葉はつんとした感じで返事をした。言いたくはないらしい。


「そう? ならいいけど。俺じゃあ、仕事に関して何にもしてあげられないからね」

「そうね。呑気に朝から寝ているくらいだものね。部屋に侍女が入れなくて、掃除ができないから、悪いけど午後からも寝るならほかの部屋で寝なさい」

「あ、そうなんだ。起きた時に掃除してって声かけたらよかったね」

「そうね」


 あれから遠慮して、午後に掃除をまわしてくれたのか。それは確かに、悪いことをしたかもしれない。と言うか、紅葉はあれかな。自分も寝たいのに、自分だけのんびりしているのを改めて知らされて、ちょっといらっときたのかな。それはちょっと気を付けてあげないといけない。

 あれ、でもおかしいぞ、とアルノは気づいた。部屋にも入っていないと言うなら、誰が毛布をかけてくれたのだろう。


「あと、春だからって、その……裸で何もかけずに寝るのは感心しないわ。風邪をひくわよ。あと、ソファで寝るのも、体に悪いわ」

「あー、ごめんごめ、ん? あれ、もしかして俺のこと見に来てくれたの」


 侍女が初めに着たきり、部屋に来ていないなら、ソファで寝ていることも知らないはずだ。


「そうだけど、何よ」

「じゃあ、毛布をかけてくれたのもクレハなんだ。ありがとう」

「……別に、なんてことないわ」


 アルノは何だか嬉しくなった。

 なんてことはないかもしれない。実家の侍女なら毛布をかけてシャツをたたむくらい、誰でもしてくれた。

 でも紅葉は侍女ではない。仕事とは無関係だ。アルノのことを気にかけて、見に来てくれて、毛布をかけてシャツをたたんでくれた。小さなことかもしれないけど、忙しい仕事の合間に、アルノが寝ていると聞いて様子をわざわざ見に来てくれたのは、何だかくすぐったいような、あったかい気持ちになる。


「なんてことあるよ。気にかけてくれてありがと。ふふふ。なんか、俺たち、ちょっと夫婦っぽくなってきたんじゃない?」

「……さあ、どうかしらね」

「あー、つめたーい」


 紅葉は連れなく首を傾げたけど、アルノは何だかそれも楽しくてにやにやして、子供みたいにはやし立ててしまった。


「……」


 それに紅葉は冷たい目を向けて、黙って食事を始めた。

 そんな紅葉に、アルノも黙って食事をする。だけどにやつくのは隠せなくて、時々紅葉と目が合っては、その度に紅葉はふいと目をそらした。


 昼食を終えてからは、信彦に声をかけて庭に出る。すると信彦もついてきた。午後からは急ぎの用事もないので、また部屋で昼寝しないように様子を見ることにしたのだ。失礼な話だ。さすがに一日中寝るなんてことはない。

 庭に出た信彦はその日差しの強さに手を額の前にかざして、目を細める。


「はー、今日は確かにいい天気ですね」

「でしょ? ノブヒコも眠くなった?」

「なくはないですが、寝ませんからね? そんな悪の道に引きずりこもうとしないでくださいよ」

「悪の道って言い過ぎじゃない?」


 ひどい言いぐさにもほどがある。ちょっとだらけ街道にお供してもらおうとしただけなのに。


「で、今日は何をするんですか? たまには手伝ってあげますよ」

「今日はー、なんだっけ。マサアキー」

「あー?」


 少し離れた小屋に入っていた正明は、アルノに呼ばれて顔をだして返事をする。


「今日、何すればいいー?」

「水まきもまだだし、好きなことしててくれ」

「了解。じゃ、水まきからかな」

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