花を贈ろう
すでにそれなりに育った苗の状態で購入したカーネーションが、大きく開花したことに、アルノはほくそ笑んだ。
今までも好きなことや興味のあることには、割と根気のある方だが、園芸は今までにない達成感だ。専門の人間が見ていてくれるから失敗もなく気楽にできるのに、変化が目に見えて大きく、それでいて適度に肉体労働なのでやっていて楽しい。
「ふぅ。マサアキ、こんなに綺麗に咲いて、凄くないか?」
「はいはい。旦那様が俺が指示したとおりに手伝ってくれたおかげですよ」
「えー? 手伝い? 俺が育てたって思ってたんだけど」
「……はいはい。旦那様が正しい手順でお育てになられるのを、俺がお手伝いさせていただきました」
「わー、棒読み。まぁいいや」
アルノは最近少しばかり本を読んで勉強しているとはいえ、素人に過ぎないので植えたい花を買って来たら、正明に言われた通りに植えて、言われた手入れをして行ったに過ぎない。たまにやらないときは手入れも正明にしてもらっている。
しかし基本的には自分でしているのだから、自分が育てたと言ってもいいのではないか。と思うのだ。でも正明が違う意見を持っているのは仕方ない。それはそれでいいとして、自分が勝手に育てたと思っているのでいいとする。
「せっかくだし、ここに咲かせるだけじゃなくて、何か有効活用したいんだけど、何かないかな。ほら、塩漬けとか」
「んー? そうだな。カーネーションは食用もできるんだが、せっかく綺麗に咲いたんだ。花瓶にでも飾ったらどうだ?」
「花瓶か……そうだね。クレハにあげてもいいかも」
「ん?」
正明はそんなこと言ってないけど? と不思議そうな顔をしたが、悪いことではないので黙っていると、アルノがそうしようと自分で納得して頷く。
アルノが思い出すのはかつての職場。気晴らしにと花を飾ると、上司から怒られたのだ。神聖な仕事場に何をしているのか、と。その上司は神聖な職場で金儲けしようとしていたので首にしてやったが、それはともかく。
女性の紅葉ならば、きっと職場に花なんてと言わずに受け取ってくれるだろう。
「執務室に花があるっていうのもいいよね」
「そうだな」
「じゃあ、どれを切ればいい?」
「待て待て。俺が切る。切っても花壇としての見栄えも残す必要があるからな。バランスが大事なんだ」
そうしてカーネーションの花束ができた。ラッピング用紙で包めば完璧にプレゼントとなるが、とりあえず仮なので、新聞紙で包んでいる。
なので可愛くないと文句を言うと、正明からは爺に何を求めていると呆れられた。
「ほれ。旦那様が持ってれば、何でも可愛く見えるから大丈夫だ」
「ありがとう。でもそれ、どういう意味?」
「いいから早く渡してきたらどうだ。切り花は早く水につけないと傷む」
「おっと。じゃあ行ってくる」
受け取った花束を胸の前に持ち、風の影響で傷まないようゆっくりとした足取りで紅葉の部屋に向かう。
そういえば、執務室に行くのは初めてだ。少しワクワクしてきた。せっかくなので渡すだけじゃなく、中に乗り込んでみよう。
厨房によって、まだ紅葉のところへお菓子を運んだりしていないことを確認してから、ティータイムのセットをしてもらって一緒に部屋へ行く。
お茶とお菓子を乗せたティーワゴンを昇降機で二階へあげて、いざ行かん。
「はい」
こんこんとノックをすると司が迎えてくれた。確認してもらって中に入る。
執務室は位置的にはアルノの部屋と同じ方角を向いている。日当たりは抜群だ。両脇を本棚で固められ、右側にある大きな机に紅葉はついていた。
「ごめんね、仕事中にお邪魔して」
「いえ……ちょうど、休憩しようと思っていたところよ」
「ほんとに? ありがとう」
顔をあげた紅葉は、後ろ手に花束を隠すアルノに首を傾げつつ、そう返事をしてから席をたつ。
そんな紅葉が左手側のソファに着く前に、アルノは近寄ってぱっとやや勢いよく花束を突きつけるように差し出した。
「はい、プレゼント。綺麗に咲いたからクレハにあげたくて」
「あ……えと、あ、ありがとう」
反射のように受け取ってから、紅葉は戸惑ったように花とアルノを交互に見て、それから少しはにかんで花束で顔を隠すようにもちあげてお礼の言葉を口にする。普通に可愛い。
「紅葉様、こちらで花瓶に活けさせてもらいます」
「お願いするわ。そ、それじゃあアルノさん。お茶にしましょうか」
「うん」
司に花を渡し、紅葉とアルノは向かい合うようにソファに座り、丸いテーブルに用意がされる。最近飽きてきたのもあり、お菓子作りは毎日ではなくなったが、それでも週に2、3回は作っている。本日もアルノ手作りのお茶菓子である。
「今日はね、シナモンクッキーを作ったんだ」
「いい香りね」
「だよね。好きなんだ」
そう笑うアルノに、紅葉も自分の部屋だからかいつもよりもくつろいでいるようで、穏やかに微笑んで応える。
「そうなの。私も好きよ」
「そうなんだ。何だか嬉しいな」
別のものを好きになったってもちろん構わないけど、同じものを好きだと、何だか嬉しい。そんな無邪気に喜ぶアルノに、紅葉は一度視線をそらしてからカップに手を付けた。
「ねぇクレハ、そういやクレハって何の仕事してるの?」
「……今まで知らなかったの?」
せっかく仕事をしているところに来たので、ふいに気になったことを質問してみたら、紅葉はとても呆れたように半目になった。
それが少し面白くて、アルノは笑いそうになったけど我慢して、すました顔で自分もカップに口をつける。
「うん。興味なかったし」
「あなたって本当に……まあ、いいわ。今は気になるの?」
「うん。何となく気になったんだ」
「いいけど。アルノさんって本当に、変な人ね。子供みたい」
「そう? そうかな」
呆れ顔の紅葉だったが、自分で何かに納得したらしく、苦笑した。でもその笑いは馬鹿にしたようなものではなく、アルノの祖父が仕方ないなぁと言う時みたいな優しさを感じた。少しは身内として、身近に感じ出してくれているなら嬉しい。
「あら、怒らないのね」
「うーん。まぁ、変わっているってよく言われないこともないし、人と比べて違っても、そんなに気にしないから」
自分では変わり者のつもりはないが、言われることがあるので、ずれている部分もあるのは事実なのだろう。それにそもそも、全く同じ人なんていないのだから、罵倒して見下して言っているのではないのだから、怒るようなことでもないと思う。
「そういうところが、変わっているわ」
「そうかな? そういう旦那様は、嫌かな?」
「……そ、そういえば、仕事について聞きたかったのよね」
あ、逃げられた。
まあ、動揺しているのがわかりやすく、目をそらして少し頬を染めているのが可愛いので、いいことにする。脱線しているのも事実だし。
「うん。商人なのは知ってるけど」
「それしか把握してないことに改めて驚くけど。うちはわかりやすく言えば、貿易商ね。国外への機械類の輸出をメインにしてるわ」
「なるほどね」
だからアルノの貴族位が役に立つと言うものだ。国内のみでの仕事なら、他国籍ではそれほどのアドバンテージにはならないだろう。
「あとは家具類の輸入もしてるわね。と言ってもこちらは趣味で始めたもので、去年やっと軌道にのってきたという感じだけど」
「へぇ! 家具好きなんだ? どういうの?」
「えと、基本的に北欧のもので」
「あ、だから、俺の実家と似たようなインテリアの雰囲気なんだ? 俺のためにしてくれてたんだと思ってた」
「そ、あら? アルノさんの国って、ヒーラバスよね?」
「そうだよ」
「北欧ではない、わよね?」
「うん。すぐ下。趣味が同じで嬉しいな。それに、趣味を仕事にするのも凄いなぁ」
「そんな、大したものじゃないわよ」
「ううん。凄いよ。俺には働くなんて出来ないし、尊敬する」
「……アルノさんて、本当に、変な人ね」
そう言って紅葉は笑った。
本当に面白がってるのか、マイナスの感情を隠すのに笑ってるのか、よくわからない、そんな複雑な感じの笑顔だった。
その笑顔になんと言っていいのかわからなくて、アルノは話を続けることにした。
「それで機械類ってのは?」
「えー、例えばね」
紅葉は人差し指でとんとカップを叩いて、それに答えた。




