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デートを受けよう2 紅葉side

 花屋の店主とは顔なじみのようで、紹介された。こちらの人間を、他国の人間に紹介されるのは、何だか不思議な気持ちだった。

 どうやらアルノは車に乗っていないらしい。彼の出身国は緑豊かで、あまり機械化しているイメージは確かにないけれど、車に乗るのが好きじゃない、とは。無職を気にせず過ごす図太さだけあって、時間を気にせず生活しているのだろうか。

 そう言えば、アルノの携帯通信機の連絡先を知らない、と今更紅葉は気づいた。同じ家なので必要としていなかったし、彼の日々の手紙のアナログさが可愛らしかったので、気にしていなかった。


 携帯通信機は便利だけど、重要な内容ほど書面でも送るのが商人のルールだし、上流階級の人間もまた正式な文章だけでなく定期的にアナログな手紙を使うことが余裕の証左のように扱われているので、現代においても手紙はまだまだ主流な通信手段だ。

 しかしだからと言って、携帯通信機を使わないのも馬鹿らしい話だ。後で確認しておこう、と考えてから思う。でもどうして聞いてきてくれないのか。とても意外だ。今日にでも聞いてくれるなら、あまりこちらから急かすのもよくないなかもしれない。


 とりあえず、アルノのデートに身を任せようと決めて、紅葉は花を見て回る。久しぶりにのんびりと花を一つ一つ見ていくけど、どれがいい。と聞かれると困ってしまう。

 アルノの提案もあり、保留にして先に昼食をとることになった。お店はすでに決めていると言うので聞くと、司に聞いたということで紅葉の行きつけのお店だった。


 自分に合わせてくれるのはありがたいけれど、それなら別に、今聞けばいいのに。わざわざ事前に司に聞いた割に、簡単にそのことをネタ晴らしして、何がしたいのかよくわからない。

 アルノに理由を聞くと、肩をすくめてリードしたかったからなんていう。その動機を聞くと、嬉しく感じないこともないのだけど、何というか、そういうのって口に出して言うことなのだろうか。紅葉を口説きたくてやっているのか、よくわからない。


 アルノは自分が今まで会ったどんな男性とも違うし、もちろん自分とも全然違い過ぎて、何を考えて、何を望んでいるのか、ちっともわからない。

 困惑する紅葉に、アルノは笑って答える。


「でも、嘘をついて好きになってもらっても仕方ないからね」


 その言葉に、胸が苦しくなった。

 こんなに無邪気に、そんな言葉を言える人が、そんな成人男性が、いったい何人いるのだろう。少なくとも、紅葉はそんな人、知らない。

 好きになってほしいという感情を隠さない。かと言って、格好つけて良いところだけを見せて、過剰な演出で好かれようというのではない。ありのままで好かれたいという、その気持ちすらそのままに表す、自然体過ぎる姿。


 そんなアルノを、幼いと、子供だと評することもできる。だけど紅葉にとっては、眩しいくらいに、まっすぐで、魅力的だと思った。

 どきどきと心臓がうるさくて、アルノを見るのも苦しくて、だけど目が離せない。ずっと見ていたい。傍で笑ってほしいと、そう思った。


「……アルノさんって、馬鹿なのね」


 だけどとてもじゃないけど、今更アルノみたいに素直に気持ちを伝えることなんてできない紅葉は、そう言って誤魔化してしまう。気持ちを隠すように、悪態をついてしまう。

 そんな紅葉に、なのにアルノはからかうように、にっと笑う。まるで悪戯子憎のように。


「あれ? ここは俺に惚れ直す場面じゃない?」

「ば、馬鹿じゃないの? 最初から惚れてません!」


 からかわれてる、紅葉の辛辣な言葉で空気を壊さないためのあえての軽い言葉だ。そう思うのに、体が熱くなるのを誤魔化すために反射的に強くそう否定してしまった。

 ああ、なんで自分はこうなのだろう。落ち込みそうになる紅葉に、だけどやっぱりアルノは笑顔のままで、残念とおどけて言った。


 子供なのは、いったいどっちなのか。恥ずかしくて、紅葉は視線をそらして、道すがらいくつかお店を眺めていく。アルノは会話にしても、歩行にしてもけして急かすことなく、紅葉が視線をやったものに素早く気づいて先に立ち止まって、声をかけてくる。

 その会話が、空気が心地よくて、すぐに紅葉は恥ずかしさを忘れることができた。


 そうして昼食をとる為、内田屋に到着した。席に着くときにアルノは席をひいてエスコートしてくれた。

 それなりの相手と会食をする時はもっと高級な店のため、席は店の者がやってくれる。しかし紅葉は貴族ではなく庶民なので、普段食事をするこういう店では普通に席に着く。わざわざ一緒に食べる相手にしてもらうなんてことはない。

 何だか照れくさいけれど、アルノにとっては普通なのかもしれない。アルノがこちらの国に来て、こちらの文化に合わせて生活してくれているのだ。なら紅葉も少しくらいはアルノに合わせて慣れていくのが、平等というものだ。


「紅葉、俺はA定食にするけど、何にする?」


 さて、気を取り直してメニューを選ぼう。しかしこれが難しい。紅葉自身も自覚しているが、プライベートに関しては割と優柔不断なのだ。相手によっては合わせて同じものにしたりするけど、今回はそういうわけにもいかない。あくまで夫婦は対等であるべきなのだから。

 しかし待たせすぎるのもいかがなものか。対等なら尚更、一方的に待たせるのも。でもそう思うほど、あれもこれも美味しそうに見える。


「クレハ、俺のでよければ半分あげるからね? とりあえずA定食以外にしなよ」


 困っていると、アルノはそう提案した。

 う。確かにありがたいし、司や女友達と食事をするときはいつもそうしてもらっている。だけど、付き合いの短いアルノにそう提案されると、なんだか優柔不断なのを見透かされているみたいで、何だかすこし恥ずかしい。

 仕事のできる年上女性として、できればしっかり者と思われたい、という欲がある。でも、ここで断るのも、おかしい話だ。それに、アルノはありのままを好かれたいと言ってくれている。

 ならばこそ、少しは紅葉も、素直になりたい。そう思って、素直に甘えることにした。







 内田屋で食事をして、街を散策しながら浅田屋でアップルパイを購入して、公園のベンチでいただく。

 冷めてはいるけど、さくさくの口当たりにほどよい甘さと酸味のバランスで、最高に美味しい。


 外でフォークもなしに包みのままかじって食べるのは少し行儀が悪いけど、幼い頃礼儀作法に厳しかったせいか、こういうちょっとした無作法は妙にわくわくしてより美味しく感じさせてくれる。


「んっ。美味しい」

「でしょう? 気に入ってもらえてうれしいわ」


 美味しいものを開放的な場所で、ゆっくり食べていると、少しは私も落ち着けて、素直に応えることができた。


「うん。今度は出来立て食べたいし、早い時間に来ようか」

「そ、そうね。そうしましょう」


 穏やかな微笑みで、当たり前みたいに次回の話をされる。それが当然の関係だと言われているようで、今更だけど気恥ずかしい。

 私たちはすでに夫婦なのだから、一緒に出掛けるくらい、おかしいことなどないのだけど。


 食べ終わってから、少し早いけど家に向かって、行きとは違う道を選んで歩いて行く。

 家とは違う環境であることが関係しているのか、今日一日で少しアルノとの距離感にも慣れてきた気がした。自分の家で二人きりとなると、どうしても相手のことばかり意識してしまうけれど、周りにたくさん人がいる空間だと、会話が途切れてもそれほど気にならない。


 紅葉はなんだか、もう、アルノに気を許してもいいかもしれないと思い始めていた。と言うよりも、実際にはとっくに気を許していたのだ。ただそれを認めたくないだけで。

 アルノの人畜無害にしか見えない穏やかな態度、柔らかな言動に、ずっと警戒を持ち続けるなんて不可能だ。もっと、アルノのことを知りたい。歩み寄りたい。そう、思った。


「あ……」


 だから、ふいに視界にその店が目に入って、思わず声を上げてしまった。携帯通信機のお店だ。そう、まだアルノから番号を聞いていない。今日一日一緒にいても、ちっとも提案してくれない。

 だけど違うのではないか。知りたいと思うなら、アルノからの提案を待つだけでなく、自分から聞くべきだ。そのくらいは、自分で頑張ったっておかしくないはずだ。まして自分の方が年上なのだから、勇気を、出そう。


「その……携帯通信機の番号を、交換しませんか?」

「ん? 持ってないけど?」


 勇気を振り絞って、だけど何でもないように装って提案したのに、普通に言われて驚きを隠せない。

 持ってない? そりゃあ確かに、携帯通信機は誰もが持っているというほどではない。ましてこの辺りは地方都市だし、どちらかと言えば持っている人の方が少ないだろう。

 ある程度の規模で商売をしていれば必須だし、そうでなくても多少資産に余裕があれば普通の勤め人でも持っている人は結構いるはずだ。まして彼は貴族なのだから、当然持っているとばかり思っていた。


 驚いていると、携帯通信機自体が出回っていないとのことで、余計に驚いてしまう。

 た、確かに彼の国は、自然に溢れていて観光地としても名高いし、現代化しすぎないように景観を保っているとも聞いたことはある。しかし通信機は持っていてもいいだろうに。


「向こうはそうでも、こっちにはあるのだから買えばいいじゃない。買いましょうか?」


 もちろん、普通に出回っているとはいえ、安物と言うことはない。それなりにするし、通信代金として継続費用もかかる。けれど彼が一人で出かけたりするなら、あって困ることはない。

 それに、紅葉だって仕事で何日も家をあけることもある。そんなときは、手紙を読むことができないし、できればこれで通信文をもらえたら、なんて思う。そんなことを面と向かって言うことはまだできないけど、その為なら、多少の費用は安いものだ。


 あまり気乗りがしないようだったけど、否定されないのをいいことに、アルノを連れて店へ入ると、アルノは不慣れな状況に不安なようで、紅葉に近寄ってくる。


「く、クレハ。どれがいいのかな?」


 さっきまで紅葉をまるで年上男性のようにリードしていたのに、急に年相応に年下らしくなるアルノに、可愛らしさを感じつつ、通信機について説明していく。

 と言っても紅葉も詳しいわけではない、結局紅葉と同じものを購入することになった。


 気が変わられては困るので、さっさと手続きをする。手続きで金額を知られるのも嫌なので、アルノには外で待っていてもらう。

 少し時間がかかってしまった。購入した通信機を紙袋ごと渡すと、アルノはありがとうと言ってから、当たり前みたいに、手に持っていた小さな紙袋を差し出してきた。


「これ。交換って言うには安物で悪いけど、プレゼント」

「えっ……そん、いいのに」


 驚きすぎて思わず右手をひいてしまう。若干押しつけがましくこっちの都合で買ったのに、プレゼントなんて。

 だけど髪留めで、もらわないと困るとまで言われたら断れない。もちろん嫌なわけではなくて、戸惑っているだけだけど、何というか、本当にもらってもいいのか。何だか申し訳なくなる。


 だけどそんな紅葉に、アルノはにっこり笑う。


「ありがとう、もらってくれて」


 そう言われて、言葉に詰まる。

 ああ、もう。なんでだから、この人は。


「……そんなの、おかしいわ。お礼を言うのは私だもの」


 そうだ。お礼を言うのは紅葉の方だ。だって、こんな風に男の人から、紅葉の為を思って装飾品をもらうのは初めてで、ましてそれがアルノからで、本当に嬉しいのだから。


「あの、ありがとう、アルノさん。大事にするわね」


 今日は、とても大切な日になった。アルノにとっては何でもない日かもしれない。デートだって何度もしたことがあるだろう。

 だけどいいのだ。紅葉にとっては特別だ。それで、いい。紅葉は今日を忘れない。そう心に決めた。


 そしてアルノは紅葉に再度のデートの約束をして、とても嬉しそうで、急に走って玄関まで向かったりして、そんな子供みたいなところもとても可愛くて、素敵だなと思った。

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