現実を話そう
今まであまり触れていなかったので、世界観の説明です。本作品は近代系異世界です。
「おはようございます、クレハ」
「おはようございます、アルノさん」
朝、いつものように席に着く。紅葉は淡々としていて、特に手紙の内容を元に不機嫌になっている様子は見えない。
アルノはけして紅葉には悟られないようにしているが、答えが知りたくて仕方なかった。果たして、本当に27歳なのか。いまだ手違いで書類の年齢が間違っていたのではないかと疑っている。
「ねえ、クレハ。昨日出した手紙は見てくれたのかな?」
「ああ、それはもちろん。毎日、仕事が終わってから目は通している、と前にも言ったと思うけど。疑っているのかしら?」
「そうじゃないよ。今回は気になることがあるから、特に気にしただけ。忙しかったら2、3日貯めても全然気にしないから」
「気になることって……あれのことよね」
紅葉は歯切れ悪く、視線をそらしてからそう確認してくる。女性に年齢を聞くなんて、失礼極まりない。わかっているだけに、アルノも申し訳なくて、声を潜めて頷く。
「うん、まぁ。たぶんそれ」
「……今まで知らなかったなんて。それで、知って、驚いたということよね?」
「はい。だから教えてほしい。その、失礼ながら、年下だと思っていたんだ。あ、それで、もしかして俺の話し方失礼だったりする?」
「あ、いえ。話し方は別に、夫婦なのだから、そのままでいいわ。ええ、まぁ……27歳で、間違いないわ。なに? 年上過ぎて、ひいたということ?」
紅葉は眉をしかめて、少しだけ顎を上げて不機嫌増に鼻をならして問いかける。そんなプライドからくる高飛車な態度に、アルノは頬をゆるめる。年齢を気にしているなんて、可愛い。
本当に27歳だったのか、と言う疑問はもうない。彼女自身がそんな嘘をつく必要はない。なにより、そんな嘘ならこんな風に恥じらった態度をとる必要もない。
「まさか。俺、年上女性の方が、ずっと魅力的だと思うよ」
そんなアルノに、紅葉は目を大きく開けてぱちりと瞬きをして、何とも言えずに顎をひいて口元をもぞもぞさせる。
「……あ、そう。まぁ、別に、私には関係ないけれど」
「関係はあるよ。クレハが前よりもっと、魅力的に思えるってことだから。俺、もっとクレハのこと知りたいな」
体ごと寄せるようにして、アルノは紅葉の顔を覗き込んでそう控えめな声で言う。同じようなことを以前にも言ったかもしれないが、今は気持ちが全く違う。
現金なものだと自分でも思ってしまうが、紅葉が年上とわかっただけで、ぐっと魅力的に見える。それを考えると、年下でも可愛いと思う瞬間があったのは、無意識に出ている年上オーラのせいかもしれない。
微笑むアルノに、紅葉は目を見張って体をひいて顔ごとそらす。
「……あ、あなた、馬鹿なの?」
「そうかもしれないね。クレハの魅力を分かっていなかった、愚か者だ。だけどどうか、許してほしい。そしてもっと、クレハのことを教えてほしい。駄目かな?」
「べ、別に、教えることを、ダメとは、言わないけれど」
「本当に? じゃあ、週末デートしよう」
「へ?」
朝食が運ばれてきたので、食べながら会話を続ける。今週でついに、アルノが来てから一か月が経過する。今年度は明日で終わる。終わってすぐにとはいかないかもしれないが、今週末にはお休みがあってしかるべきだろう。
土曜日は休みを取りたいだろうけど、日曜日はできれば付き合ってほしい。と言うアルノのおねだりに、紅葉はすぐには返事をせずに、カップを傾けてからその水面を眺め、ゆっくりとした動作で黙って食事を続ける。
無視をしているようだけど、単に考え事をしているだけだろう、とアルノは改めて話しかける。
「もちろん、忙しいとか、疲れているなら無理は言わないけど。どうかな?」
「……」
「ねー、駄目ー? いいだろ? いいじゃん? はい、決定ね」
「……私の返事なんて、聞く気がないでしょう」
「迷ってるってことは、不可能ではないんだろう? なら行こう。本当に駄目なら即決するだろうって言う、信頼だよ、信頼」
強引なのは自覚している。だけど年上だと知った以上、多少甘えるのに全く抵抗はない。年上の女性ほど、強引に振り回すのがとても楽しい。
年下なら強引にしたって、従うのが当たり前に感じるので、楽しいとは思わない。普通のことだ。だけどなぜだろう。年上と言うだけで、特別に感じる。アルノはやっぱり、年上の方がとても可愛く感じる。
「まぁ、アルノさんがそこまで言うなら、いいでしょう。行くわ」
「やった」
こうしてデートの約束を取り付けた。そうと決まれば、デートコースを考えなければ。
アルノはご機嫌で朝食を平らげると、さっさと席をたった。用意してもらっているので、お菓子作りと鍛錬はいつも通りするとして、午後から正明に相談してみよう。信彦なんて女心が分からないのはダメだ。
○
「と言うわけなんだけど、どこに行けばいいかな?」
てなわけで早速、正明に質問してみた。正明は振り向いて頭をかいてみせる。
「旦那様、そんなことをこの老いぼれに聞かれてもな」
「そうはいっても、まだこっちにきたばかりだし。デートスポット何て行ったことがないからなぁ」
正明の若い頃とは違うだろうけど、そもそも地理にも明るくないアルノとしては、できれば地元民に聞いておきたい。それに紅葉とも長い付き合いなら、少しくらい普段どういうものを好んでいるかくらい知っているかも知れない。
そんなアルノの期待に、正明は顎を撫でて少し考える。
「ふむ。なら、旦那様が当主様に案内してもらったらどうだ?」
「案内?」
「最近こそ屋敷にこもりきりだったが、当主様はここの生まれだぞ? 休日には街にも行くし、当然詳しい」
「あー……なるほど。ありっちゃありかな」
アルノが街に詳しくないなんて、そんなことは当然紅葉も知っているのだ。ならば開き直って任せるのも悪くない。
紅葉のことを知りたい、という名目でもあるのだから、いつも行く店を抑えるだけで、好みも知れて紅葉も外れることはない。
「うーん。でも全部が全部クレハのエスコートって言うのはちょっと」
「なら、司さんに聞くのはどうだ? 当主様の専属付き人っつーか、執事の」
「ああ、それもありか。そうだなぁ。うん。そうする」
それなら確かに、同じ女性なので気が付くところもあるだろうし、少なくとも使用人に聞いて回る中で最も紅葉に身近な存在だろう。相談相手にはベストだ。直接言葉を交わしたことはほぼなく、基本的に紅葉の後ろにいるのでノーマークだった。
「よし。じゃあ、さっそく手紙を書いてくる。悪いけど少し抜けるよ」
「おう、構わん、ん? 手紙?」
紅葉にいつもついているし、できればこっそり聞きたいので手紙で聞くことにした。まだ昼過ぎなので、今日出しておけば、有能な執事らしいので明日には返事をくれるだろう。
手を洗ってから部屋に急いで戻ると、ちょうど掃除をしてくれていた。この時間に部屋にいないことが分かっているので、合わせてくれていたのだろう。少し申し訳ないので、慌てて謝る侍女を手で止める。
「いいよ、いいよ。急に予定変更したのは俺だからね。ちょっとだけ忘れ物。と。じゃあ、いつもありがとう。掃除頑張ってね」
そのまますると気を遣わせるので、ペンと手紙のセットだけ持ってまた庭へとんぼ返りだ。
「ごめん、ここで書くけど、気にしないでいいから」
「ああ、それはいいが。手紙って、またアナログなことをするな」
「え? そう?」
「ああ。最近は特に、仕事人だけでなく、ちょっとした富裕層も携帯通信機を持っているからな」
だから執事として仕事用の携帯通信機を持っている司に、アルノが自分のもので通信文を飛ばして聞くものだと思っていたので、手紙を書きだして驚いたらしい。そういわれて、アルノこそきょとんとしてしまう。
「通信機なんて、個人で持ってる人殆どいなかったんだけど。こっちでは違うのか」
「そうなのか。お国柄ってやつか。確か旦那様の国は、魔法と妖精の夢の国だとか?」
「ん? ごめん。何と何の夢の国って?」
納得したようにうなずく正明だが、最後の部分の単語が聞きなれないもので、首を傾げて尋ねる。日常使いではない単語のようだけど。
「魔法と、えーなんだ。奇術と、こう、妖怪?」
「んん? 術? あ、『魔法と妖精』かな?」
「お、それだ。聞いたことあるぞ。『魔法』と『妖精』の国」
「そんな風に呼ばれてるの? と言うか、そういえば妖精見かけないけど、いないの?」
「いないな」
「そうなんだ」
世界的に妖精は減少傾向にあり、都会にはほぼいないが、この辺りはまだ緑もあるのに、とアルノは不思議がる。実際にこの国から妖精が全くいないわけではないが、基本的に隠れていて見ないだけだ。逆に、それほど隠れ居ていないアルノの国こそ珍しいのだ。
「そういえば、旦那様が魔法を使っているのをみたことがないな。街へ行くのも徒歩だし」
「そりゃあね。そういや、最初の頃ノブヒコにも勘違いされてたっけ。魔法を使えるからって、別に魔法を学校で勉強したりしないし、普段使わないよ。空も飛べない」
「なに? そうなのか? 何だ、夢がないな」
「飛べなくはないけど、すっごく頑張ってる人で数分かな」
昔のことを思い出してアルノは苦笑する。信彦ときたら、科目に魔法があったらどうしようでも興味があるなとわくわくしていて、思い出しても可愛らしい。あの頃の純粋な信彦はどこへ行ったのだろう。
そう答えるアルノに、正明はなんだと言って少し笑う。
「『魔法』の国も大したことないな」
「まぁ、少なくとも物語みたいに兵器になるような使い方は禁止されてるし、もう誰もできないよ。方法が伝わらないように管理されてるから」
世界規模で多くの国と国を結ぶ平和条約が結ばれて、機械兵器の制限がかけられたのと同様に、魔法兵器にも当然規制がかかった。知識として国の中枢部では記録が残っているらしいけど、一般人のアルノには関係のない話だ。
またそもそも、科学の発展に伴って、魔法自体が必要なくなってきた。努力して覚えて個人によって斑ができるなんて、非効率的だ。機械でできるならその方がいいに決まってる。なので魔法は趣味の範疇となっているので、義務教育の科目からももうずっと前から外されている。
そんなアルノの説明に、正明はがっかりしたように肩をおとす。アルノを見ても特に何も思っていなかったらしいが、それはそれとして夢の国的ロマンは感じていたらしい。
「じゃあ魔法は一切つかわないのか?」
「うーん。ものすごく緊急時は、魔法で意思をつたえることはあるけど、他は基本的に、道具を使った方がいいからね。蛇口をひねって水が出る現代に、頑張って魔法で水を出す人なんていないよ。あ、たまにガスが切れてライター代わりに使う人はいるけど。それ以外で、普通に使ってる人をみたりしないだろうね」
「ゆ、夢がないな」
「今や、科学の方が『魔法』ってことだよ」
残念ながら、相手も魔法を使えないといけない通信魔法より、子供でも使えて履歴残しても録音もしてくれる通信機のほうが百倍都合がいい。そういうことだ。魔法が使えようと、ここまでは船と電車できた。そういうものだ。
アルノはさらさらとペンを走らせ終わり、封をした手紙を持って立ち上がる。
「じゃ、投函してくる」




