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事実を知ろう

「旦那様、最近奥様とずいぶん仲良くやれてますよね」

「何度も言っているが、旦那様はやめてくれないか?」


 夕食を終えて、自室で手紙を書いていると信彦がアルノに声をかけてきた。手紙を書いたまま顔を上げずに注意だけする。信彦に旦那様と言われると何だかむずがゆい。

 他に人がいるならともかく、自室に2人きりならいつも通り先輩でいいだろうに。


「『先輩』が母国語を話せと強制したんじゃないですか。どっちかだけにしてください」

「うーむ。わかったよ。で、なんだ。仲がいいって。悪いみたいじゃないか?」

「悪くありませんよ。でも意外ですけどね。先輩はもっとこう、起伏の激しい女性が好きなのかと思っていました」


 思わず顔を上げて振り向く。備え付けの机で何らかの書き物をしている信彦は、アルノを見てすらいなかった。アルノはいいが、従者(信彦)はこっちみて会話しろよ。


「心外だな。俺のことをそんな、女性を見た目で判断するような人間だと思っていたなんて。俺は紳士なのに」

「軟派男の間違いでしょう。それはともかく、だって旦那様、ジョセフィーヌ先輩のこと好きだったでしょう?」

「……知ってたの?」

「まぁ。わかりやすく特別扱いしてたじゃないですか。と言っても、恋のキューピットをしてたわけですから、ご本人は気づかれていないと思いますけど」

「う、それは何というか……恥ずかしいな。でも別に、容姿は関係ないよ」


 ジョセフィーヌはアルノの二つ上の先輩で、とても女性らしさに満ちた体をしているが、別にそこを好きになった訳ではない。ちなみに三つ上の別の先輩に惚れていたので、アルノが精いっぱい助力した結果、見事アルノが騎士を辞める前に盛大に式をあげてくれた。さすがに親のお金で盛大に祝うのは違う。

 アルノの返答に、信彦はようやく振り向いた。とても怪訝な顔をしている。


「何を馬鹿な。ジョセフィーヌ先輩の、体以外どこを好きになるんですか?」

「失礼にもほどがあるだろう。謝れ。海の向こうのジョセフィーヌ先輩に謝れ」

「す、すみません。言いすぎました」


 立ち上がって机をたたきながら要求すると、その勢いに信彦は体を引きながら謝ってくれた。全く。俺にも先輩にも、結婚相手にもすべてに失礼すぎる。


「でも、だって。貴族であることを常にアピールしてくる上から目線で、態度が悪くて棘のある言葉遣いで、それこそ失礼なことを平気で言ってくる、女性として魅力的とはとても言えない性格だと思いますけど?」

「それは好みだからまぁ。俺としては、年下で素直に好意を伝えてきて、無邪気に甘えてくる、みたいなのはあんまり好みじゃないんだ。昔からそういう子は周りにいたから、何というか、慣れすぎたというか」

「旦那様こそ謝ってくださいよ」


 怒られた。割と真面目に睨まれている。信彦は仕事一筋かと思っていたが、実はそういうのが好みで、願望もあったのか意外だ。

 アルノは肩をすくめて信彦の視線を受け流す。


「好みだから。俺は年上で素直じゃなくて、照れ屋な人が好きなんだ」


 こう、ちょっとマニアックに詳しく言うと、年下に先を越されて悔しい、みたいな、つい意地を張って自分も知ってたけど、みたいな感じをとってしまうみたいな。お姉さんぶるような。気位が高くて自信家のあまり、つい素直じゃないことを言ってしまうみたいな。そういうところが意地らしくて年上なのに可愛い、と言うのがとてもいい。

 年下は可愛いとは思うけど、末っ子気質のアルノとしては甘える方が得意なので、恋人にもそういう年上特有の包容力がある方がいい。


「って言っても、それを自覚したのが先輩なわけだけど。そういうことだから、まぁ、クレハのことも好みではないけどね。ちょっとかわいいかなって思うところもあるよ」

「え? あれ? 今のって、だから奥様が好みってことじゃないんですか?」

「いや、クレハは年下だろう?」


 確かに素直じゃなさそうだと思うし、性格はアルノが言ったのに近いところはあると思う。しかし、年下である。こればかりはどうしようもなく、同じことをしていても年下だと思うと、どうしてもアルノの意識として見方が変わってしまう。

 同じことを言っていても、年下の女の子だと頑張ってるんだな、微笑ましいなと見てしまう。紅葉が年上なら、この婚姻は本当に難癖をつけようもないくらいだ。まぁ、そこまで贅沢は言わない。


 年下の紅葉でも、たまに可愛いと思うこともあるし、仲良くやっていけそうな希望も見えているので、このまま頑張っていきたい。

 しかしそんなアルノに、信彦は眉をしかめて立ち上がり、荷物をごそごそあさり始める。


「はぁ? プロフィール写真見なかったんですか?」

「写真は見たけど、何? どう見ても年下じゃないか?」


 どうせ結婚は決まっているのだからと、あまり真面目に見ていない。ちらっと写真をみて、年下の女の子が睨み付けてる感じだったのしか見てない。


「いえ、旦那様が今、21だから、6つも上ですけど? 確かに少し童顔気味ですけど、どう若くみても23くらいで、お世辞でも21以下には見えないですよ?」

「……え?」

「あった。ほら」


 ちょっと理解できないことを言われて固まるアルノに、信彦は奥にしまっていたお見合い用のプロフィールがついた写真を取り出して、アルノの前に広げて持ってくる。


「ここに、年齢があるでしょう? 言っておきますが、年齢を上にサバ読むなんてありえませんから」


 信彦は生年月日と年齢が明記されている部分をわざわざ指さして教えてくれる。が、全く信じられない。いや。背が低いのは個性だとしても、顔つきに年齢が出るではないか。丸くつるっとした顔で、どう見ても年上には見えない。


「……本当に? いや、確かに信彦も俺の一つ下には見えない顔をしているけど。え? この国の人間って、もしかして俺が思っているよりみんな年をとっているってこと?」

「はぁ。ちなみに奥様の付き人の司さんはいくつに見えますか?」

「え? えっと、紅葉よりは上で、28、9くらいかなー?」


 驚愕の事実に、驚きすぎて頭を押さえるアルノに、信彦が唐突に思える質問をしてくる。しかしすぐに意図はつかめた。こちらの年齢を見る目を試しているのだろう。

 ひっかかるアルノではない。紅葉が27だというなら、それを基準に考えればいいのだ。アルノは馬鹿にされないよう考えていたより年齢を引き上げて答えるが、信彦は無慈悲に首を横に振る。


「いえ、たぶん35くらいです」

「うそっ。どう見ても20半ばだと思ってたのに!」

「それはありえません。老け顔だとしても30でしょう」

「そ、そんな……この国の人間は化け物なのか……?」

「そっちが基本老け顔なんじゃないですか? 日照時間違いますし」

「えぇ……なんだか混乱してきた」


 まさかこんなことで嘘をつくことはないだろう。万が一紅葉の年齢はアルノをその気にさせるため上に言うとしても、27は盛り過ぎだ。盛り過ぎだと感じるからこそ、失礼すぎてそんな嘘はあり得ない。となると真実と言うことになる。


「まぁ、なので、旦那様が奥様と仲良くやれているのが意外でしたね。結構年上で、見た目も女性的ではないですし、無理してるんじゃないかと」

「いや……俺、やりたくないことはしないから。最低限の関係だけ築ければなと思ってただけだけど」

「え、そうなんですか? 口説いているのかと思ってました」

「あんなの口説いているうちに入らないよ。でも、そうなんだ……年上だったのかぁ」

「嬉しそうですね」

「まぁ、それが本当ならね。えっと、で、何の話してたっけ?」


 頭が混乱している。喜んでいいのか、そんな単純なものなのか、わからなくなってきた。だって本当にどう見ても見えないし。

 童顔気味と言っていたから、本当に同じ国の信彦からしても年より幼く見えるようだし、なおさら違和感を覚えているのかも知れないけれど。


「はい。夫婦仲が順調そうなら、もう一か月ですし、そろそろ本気で帰るのを視野に入れていこうかと思っていたんですけど。まぁ、なんか心配になってきたので、最悪1年いるつもりでいてあげます」

「本当に? それは嬉しい。クレハと仲良くなったとしても、ずっといてほしい」

「旦那様、こっちの言葉だとちょっと柔らかく話すから、余計気持ち悪いです」

「失礼な」


 前からこんな感じだったはずなのに、二人きりだからかこっちにきてからそんな風に言われだして何だか納得いかないアルノだった。


 そんな感じで急遽、衝撃の事実を知ってしまったアルノは、書きかけの手紙に思い切って年齢を聞いてみることにした。

 失礼極まりないのはわかっているが、本人から聞かないとちょっと飲み込みにくい事実だ。面と向かっては聞きにくいが、手紙なら相手からはいかいいえだけ答えてもらえばいいから年齢を口に出してもらう必要はない。


 紅葉への手紙は今までも結局毎日書いていて、日記やその日の記憶するためにメモ代わりのようになっている。夜もあまり暇にしていると、もっと恋愛小説や辞書を見て語彙を増やせと言ってくるので、習慣化している。

 紅葉も送ってくれていいと言ってくれているし、それに対してのコメントは口頭で言ってくれるので、明日送れば明後日には答えてもらえるだろう。


「はぁ……」


 27かぁ。と頭の中で年齢を繰り返す。

 27と言えば、結構な年齢だ。誤解を恐れずに言えば、政略結婚が多い貴族の感覚ではとっくに結婚してもおかしくないくらいで、アルノにすれば先輩レベルではなく大人! と言う感じだ。そんな彼女が、アルノに対してあんなへたくそな歩み寄りで、誘っても素直にうんと言わずに、たまーにテレ顔をしている?

 え? それって、めちゃくちゃ可愛くないか?


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