表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

退屈な楽園

2016年に、電撃大賞に送った作品に加筆修正を加えたものです。

お楽しみいただけたらと思います。

「…このような、生態系や自然環境に与える影響を無視した結果、二十一世紀末に於ける気象の温暖化と海面上昇を招き…」

日本史の先生の授業は、いつもながら退屈だ。

ただ教科書を音読し、内容をそっくり黒板に書き取り、生徒はそれをノートに書き写す事しか求められない。

教科書は八十三ページ。

近代になって気象の温暖化から海面が大幅に上昇し、日本列島の大半が水没した跡に建てられた人工都市スフィアと、地上に残った人々ー地上民とが、海上の領有権、漁業権などの為に小競り合いを繰り返した末に、互いに無関心になっていくあたりをなぞっている。

人工都市スフィア。水没した国の代わりに、日本国が海上に作り上げた、新しい国土。

ガラス張りのドームは熱帯と化した暑い外気を遮り、エア・コンディショニングが効いていて、季節に関係なく快適な気温。

スフィアを「新たな国土」として諸外国に認めさせ、交易の結果、物質的に不自由のない生活。

そしてドームは交易と漁業の船以外に開かれる事はなく、厳しい治安維持政策も相まって、「安全」が保証されている。と、為政者は語る。

ここで産まれたら、一生退屈で「安全」な暮らし以外は認められない。考えられない。物質的に不自由しない生活は、自分の置かれた現状に疑問すら抱かせない。

…要は、つまらない楽園なのだ。ここは。

クラスメイトがこっそり携帯端末で通信ゲームをしたり、あるいは古典的な紙の手紙を行き交わせているのを横目に、わたしは端末のメール画面を開く。

(このままじゃ人類初の退屈で死んだ人間になるかも。わたしを殺さないような良いネタない?)

そのままこっそり画面を見つめる。

(今日は海辺から、スカイツリーのてっぺんが見える)

アキラから、返信があった。

「海面に沈んだ国土の代わりにエコスフィアを建造した地域では、スフィア民と、地上に残った人間の対立が…」

教科書をちらりと見る。よし、もうそろそろ終わりそうだ。

もうわたしの心はこの教室にはない。教師に気づかれないよう、やや緩慢な動きで窓の外を振り返る。

ーエコスフィアのガラス張りの空越しに、海面から伸びた尖塔。人類の旧文明の残滓が揺らいで見える。今日は大気が澄んでいるようだ。

(見えた。蜃気楼みたいに揺らいでるよ)

(オレが居るところからは、くっきり見えるよ。今日は天気がいいな)

アキラは、わたしとは違う。

エア・コンディショニングでない本物の風を受け、スフィアの「空気の湿度の調整の為」のスプリンクラーでない、本物の雨に濡れ、ガラス張りではない本物の空の下に生きている、わたしだけにとっての細やかな特権階級 。それがアキラ。

彼女は、地上民なのだ。



続く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ