第1章 時空干渉と契約 4話 名も無き苛立ち
その言葉を聞いて、フェリスという存在が急に頼もしくなったような気がした。少なくとも裕希の世界ではノーベル賞というのはとれば働かずとも食っていけるような賞金がもらえる程の超絶的な賞であったような気がした。そんなものを今ここにいる15歳ぐらいの少女が取っているとなれば、大ニュースとして世界に歴史を残すぐらいものすごいことのはずだ。ロリでもやる人間とやらない人間では話が違うということだろう、と思いつつ、フェリスは話を続ける。
「そしてもう一つ、これがまたとても不可解な事が発覚した。」
「不可解なこと………?」
「うむ。じゃが、実に興味深いことじゃ。」
時空に誰かが少しでも干渉を加えた時点で、世界が様々な形に変化する、いわゆるタイムパラドックスが生じるとTVで聞いたことがある。そのようなことが起きたのだろうか。
「タイムパラドックスで世界がすこし変わっちゃって元の世界では説明のつかないようなことが起きちゃったとか……?」
「察しが良いな、そなた。ほぼほぼ正解じゃ。そこには確かに27年前の太陽系惑星の地球があったのじゃが、少しどころじゃなく、私たちの文明とは大きくかけ離れた文明が人類の間で営まれていたんじゃ。」
「例えば?」
「この世界もそうなんじゃが、まず魔法がない。」
「ん~~~、ちょっと待ってくれる!?魔法があるの!!?」
「そういえば話してなかったなと思って。」
先からフェリスが話している「次元」についての話は5万歩譲ってだんだん納得しつつはあった。フェリスがわかりやすく、かつ、現実的な理論に基づいた話をしていたからだ。
そんな彼女が今度は魔法があるやらなんやらと言い始めていることについては、もはや信じられないことの領域に入りつつある。
「じゃが、魔法についてはまたあとで話すとして、」
「やばい、めっちゃ気になる。けどまあ、続けて。」
心の底では少し魔法について信じてしまっているのか、そのことについて気になるという欲求はあるようだ。
「時空境には何度も探査機を向かわせた。じゃが、何度行かせても元の世界とおんなじ時間軸にはたどり着けなかった。」
「だから、タイムパラドックスなんじゃねえの?その問題がある限り同じ過去には行けないと俺はみたんだけど違うのか?」
「それで説明づければ簡単に解決すると思ったか?タイムパラドックスとはまた何か違うものじゃろうと、私は思う。明らかに違いすぎるし、そもそもなぜ毎回全く違う時間に飛ばされるんじゃ?」
「そ……それは…………」
「結論から言わせてもらえば、問題はタイムパラドックスの一言では解決できないということじゃ。もちろんそういった問題が起きないというわけではない。その世界の歴史に多少の変化が生じてもおかしくはないじゃろう。じゃが、問題の論点はそこだけじゃあない。」
過去に遡るとか、時間移動といったことは、テレビでSF程度にしか語られない項目だ。現実的に授業でやったりするわけがないし、まして裕希にそんなことを考える余地など有るわけがない。そんな彼にフェリスが、少女という幼い子どもが問いかけてくるのだ。
なぜ解るわけもない質問を投げかけ続けるのか。物知り自慢もほどほどにしてほしい。
裕希は知らない間にどんどん苛立っていた。
「真実はいまだにわかっていない。じゃが、おそらくはそれが時間とはまた違った次元なのではないかと思われる。時間という無数に存在する世界とは別に、またいくつものも説いた世界とは全く違う世界が存在しているのだ、と。もともと無数に存在している世界にさらに様々な『きっかけ』によって生じるパラレルワールドが生み出されていくので、きっと、宇宙の広さとは比べ物にならない数の世界がこの世にはあるはずだ。ちなみに、無数の世界が4次元で『v軸』時間の世界が5次元で『w軸』になった。」
「良くわからんが、すごいことをしたんだな。」
「なにかすごくてきとーな褒められ方をされたような気がするが、とにかく、私はその研究結果をもとにv~z軸の位置を計測して異時空間に飛んでももとの世界に戻ってこれる装置を作り、ここに来たというわけじゃ。」
「それが、お前のここまで来た経路か。」
あれこれ現実的ではないことを言っているような気はするが、フェリスの言っていることが嘘とは思えない感じがするのは彼女のしゃべり方がうまいからだろうか。とにかく彼女はただの少女ではない、やたら難しい単語をよく覚えている中二病ロリか、頭脳明細な99.9%理系の生意気な少女か、のどちらかだ。
「うむ。これで次元の話はおしまいじゃ。」
「マジで何のためにそんなこと俺に話に来たんだよ。自分のすごさを異世界人に自慢するためか?それとも……、」
おれが少し怒りぎみでフェリスに悪態をぶつけると、
「そんな訳ないでしょう!!」
「………っ!?」
急に誰かにベンチから突き飛ばされた。振り返ると、フェリスがこぶしを握っていた。彼女が突き飛ばしたというのか。あっけらかんとしてしばらく動けなくなった。
「す……、すまない。これから頼みを入れれる立場だというのに………」
「―――――――――――。」
「じゃが、ひとつ言わせてもらうぞ。私はけして生半可な気持ちでここまで来たわけじゃない。覚悟と宿命を受け入れてこの時空まで飛んできたんじゃ。それを馬鹿にするようなことは、言わないでほしい……。」
「あ……う、うん。悪かったよ。」
余裕のあったように第一印象としては思っていたから、まさか怒りだすとは予想外だった。怒りを顔に浮かべた彼女の顔はとても恐ろしく、そして悲しそうだった。2度と見たいとは思えない、そういう顔だと感じた。
「気を取り直していわせてもらうと、ここからが一番大事な話じゃ。」
「ほう。」
まあ、ただの暇つぶしのために裕希に話しかけたとは最初から思っていない。この子は一体裕希の何を感じてこんなことを話しに来たのだろうか。
というか、そもそも話しかけたのはこっちからのはずだ。なのになぜ裕希にこんなにも真剣な眼差しで対応しているというのか。
裕希にはなんの力もない。体格的能力も平均的で、学問についての要領など話にならないレベルだ。おそらくこの少女は後者のタイプの人間だと思うのだが、だとしたらますます裕希に話をする意味など見当たらない。
先ほどの怒りなどをみると、顔がいいからとか、面白い性格してるからなどというくだらない理由のもとではないだろう。だとしたら、
「ユーキに頼みがあるんじゃよ。」
「――――――。」
予想していた、というか、先に怒っていたときに口走っていたような気がする。その時かて疑問を尋ねなくて良かったわけではないが、今ほどに疑惑を胸に抱いてなどいない。
裕希は頼まれる、すなわち頼りにされるということをほとんどされずに人生を歩んできた。友達には本を貸してもらったり、誕プレをねだったり、頼ってばっかだ。親に対しては言うまでもなくむしろ頼られる暇すらないといったところだ。
初めてとまではいかないが、それでもここまで正式に頼みこまれるとむず痒くなってしまう。
「頼み………」
「そう、それもさっき言ったように、とても重要な頼みじゃ。」
そういえば昔ネットの向こうの人にアニメキャラクターの模写を依頼されたことはあったか。
裕希は絵を描くことはできる。家で引きこもっていると暇になるから、たまに描いていたのだ。短時間であそこまでクオリティーが高いのはすごいと、褒められたこともある。
「絵だったらかけるけど、それ以外はできるかどうかわからないよ?ほら、俺頭悪いし。」
「むしろそなたにしか頼めないことじゃ。」
「―――――――。」
裕希にしか頼めないこと。
その意味を理解するのにかなり時間を必要としたと思う。
「……………そんなことあるとは思えねえけど、一体その頼み事ってのはなんなんだ?」
裕希は喉の奥にあるつばをごくりと飲み込んだ。何かこれからの人生に関わる重大なことのような気がした。
彼女は立ち上がり裕希の前に立つと少し大きく息を吸い、
「私の…………、私の未来を、救ってほしい。」
胸の奥が、名前をつけがたい叫び声をあげていた気がした。