第2章 殺戮と救済のカウントダウン 第12話 絆の傷
さながら、弱りきって追い詰められた子犬のような表情だった。その目は全く逸らさずアテナを捉えていて、思わず目を丸くした。
カストルは、どうやら懇願しているようだった。
彼女の抱える何かを、全部とは言わないまでも絞り出したようだった。
アテナが何かをした訳では無い。カストルの中の何かが、彼女といることで変わり始めていたのだ。それは、アテナが彼女の手を握った時からなのか、打ち解けて話し始めてなのからかは分からないが。
「ーーーー正直、重いよ。私はそこまで君の全てを抱えられる自信はないしね。基本的には、君にできないことを助けたいだけなんだ。そうでなければ強くなれない。友情だとか愛だとかはその過程で発生するものだ。」
「そう、ですよね......。私がすべて終わらせないと意味無いですもんね。わかってる、わかってるんです。」
アテナは待った。カストルが果たして何を口にするのか、知りたかった。それも、アテナの中では「その過程で発生するもの」のひとつなのである。
親愛のような信頼のひとつなのである。
「アテナさんは、言うなれば王子様みたいな方です。追い込まれていた私を救ってくれたんですから。その上、私の転生に賛同してくれて、今もこうして手伝ってくれている、そんな人なかなかいませんよ。」
「そうかい。...もう一度言うようだけれど、私はそこまで重く考えてるつもりは無いんだよ。ただ、目の前の生き物を助けたかった。.........いや、違うな。」
「ーーーーーーーー」
アテナは改めて今までの行為を考えてみて、気づいてしまった。気づきたくなかった答えを出してしまった。
もとからアテナは相手に縋ったり、弱みに漬け込んだり、報酬や見返りを手にしたり、そんなことをするために人助けはしてこなかった。そういう風に自覚していた。
ならなぜ?
「私は、君を不遇な存在に見立てあげている悪魔や世間や社会をひどく憎んでいるだけなんだ。もっと言うなら、私は君を哀れんで助けただけなのかもしれない。」
「ーーーーーーーー」
「だから、もし君が思いとどまって、君の家族の元に戻るなんてことがあれば、私は君以外の悪魔を一人残らず崩壊させてしまうかもしれない。自慢じゃないけれど、私は集団相手の戦いは相当な自信があってね。...そこまでして君の......君を変えてきたすべての存在をぶち壊したい。破滅させたい。君がいくらなんと言おうと、私はそれを成し遂げるよ。それくらいの覚悟は持ってる。」
「...そうですか。」
「うん。だから、君が私を裏切ることがあったとしても、私が君を裏切ることは絶対にないよ。ここで約束する。」
「ーーーーーーーーよかった...。」
カストルは下を向いて安心したように目を瞑った。
カストルによれば、彼女の父親がいるのは、アテナが予想していた通り、鉱山の中らしい。迷宮のような山の中の道を抜ければそこに奴はいる。
アテナはと言えば、カストルの進む道について行くだけだった。あんな事を言っては見たものの、結局今回に関しては死なないように見守ることしか出来ないと思ったからである。してはいけないのだ。
奇跡的、というか、カストルのこの迷宮に関する知識を最大限に発動させた成果なのかもしれないが、道中でほかの悪魔と遭遇することは無かった。
「この先の道を左に曲がったところの3番階段を下にくだって、付いたところの134番エレベーターから1番地に行き、大通りの7番目の角を左に曲がった次に印刷屋のところのt字路を右に曲がり、赤髪の店主がいる本屋が見えてくるまでまっすぐ進んでそこを左に曲がると.........」
「なんで大悪魔に会いに行くのにそんな住宅街みたいな所を歩かなくちゃいけないんだよ。というか、山の中どんな構造してんの......」
この鉱山は鉄鉱石や魔鉱石を掘る中で城下町も一緒に作ってしまおうという斜め上な発想で作られた街が中にある非常に奇妙な山だ。山自体は東京都の半分ぐらいの面積で現実味のある大きさだ。(それでも大きすぎることには変わりないのだが)
アテナたちが元々いた場所は大悪魔がいる場所から少々離れていたので、まずは、人気ならぬ悪魔気が少ないトロッコ列車で目的の場所へ向かっていた。アテナはトロッコの中に伏せて隠れ、カストルはフードで頭を隠して悪魔に見られても怪しまれないような状態を維持した。(逆に怪しまれそうだ)
「うそうそ。流石にそこまで複雑ではないよ。さっきから言ってたのは友達の家なんだ。」
「へえ。大悪魔にも友達がいるんだ。」
「いるわよ!アテナ、大悪魔のことなんだと思ってるの...?」
カストルはあの会話のあとから口調が砕けるようになった。具体的には、敬語ではなくなり、アテナのことを「アテナ」と呼ぶようになったらしい。
それはアテナにとっては大した影響では無い。別に、最初から彼女たちの間に主従関係や上下関係的なものはないのだとアテナは思っていたから、むしろ敬語がなくなったり呼び捨てになったりというのは、自然に帰ったと言ってしまった方が自然だ。
「箱入りのおひめさま。世間知らずで自分勝手なお嬢様、かな。」
「流石に怒るわよ?そんな最悪なキャラ設定は最初からなかったでしょうに。」
「いや、ただの私の悪魔さんに対するレッテルだねどちらかと言えば。」
「アテナの中のイメージを勝手に読者に押し付けないでくれるかしら。ていうかこういうやり取りしてるだけで既にあたしがいじられキャラみたいな設定にされてしまう恐れがあるんだけど決してそんなキャラじゃないからね。勘違いしないでね。」
「どちらかと言えばツンデレキャラで定着しちゃいそうだね。」
気を許してくれたカストルは実はこんな感じのキャラなのだ。...普通に可愛いな、これ。
カストルの顔は、これからある戦いに向けた緊張よりも、新しい仲間ができたことに対する喜びとか至福による満足感のほうが溢れ出ていた。
それが心配でもあり、安心でもあるとは言わずもがなだ。
満足感は人を油断させるのだ。例えば、実際彼女が自分の父親に会ってみたらたじろいでしまうということも有り得なくはない。家族愛というのは悪魔と人間に唯一共通している部分なのだ。
しかし、カストルはアテナを信頼することで安心して、後ろを任せて戦うことが出来る。普段から戦いを経験しているアテナだからこそ、その辺のことは良くわかる。
「なんというか...緊張感ない感じだね。無さすぎて逆に心配なんだけれど。」
「......いや、そういうことではないよ。あたしはただ、紛らわしているだけ。楽しいことで煩悩に上書きしてるだけなんだよね。」
「飲酒とおんなじだね。」
「友達と楽しくお話することを酒飲みと一緒にしないでくれるかしら。未成年でも会話ぐらいできるから。」
ほど良く飲酒、もとい会話をしながら目的地へ向かう一行であった。
色々な意味で本戦が心配だ。




