第2章 殺戮と救済のカウントダウン 第9話 チュートリアル
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フェリスの次元の1000億年前、フラリアという学者がいた。物理学や数学を研究していた凄腕の博士で、国の重要人物としても有名な人だった。
そんな彼が出した研究発表の中に一つだけ、世の中に認められず批判されたものがあった。
それが「無限(∞)理論」という理論だ。
ただ先に言ってしまうと、この理論が当時から今日まで使われることは一度もなかった。それぐらい途方もない話なのである。
なぜなら彼が発表した理論は証明することが不可能だからである。
今からフラリアが国民に公開した研究発表がどんなものだったか紹介したいと思う。
∞理論というのは数学的な理論であるが、定義も未確定な上、証明の仕様がないためあくまで予想の範囲でしかない。
この広い宇宙を含む三次元空間に限界はあるだろうか。もし、あったとして、そこには何があるだろうか。壁か?ガスか?それとも見えない何かに邪魔されて進めなくなっているのか?
これが∞理論の最初の定義だが、「宇宙空間は無限に広がっている」というふうにする。実際はどうであるかはまだ分からない。
この定義によるとある公式が完成する。
1次元…∞1(文字の後ろの数字を累乗とする)
2次元…∞2
3次元…∞3
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∞次元…∞∞
これが∞理論の一つで、世の中が無限に広がっているという定義上で成り立つものである。
これを見ると∞が本当の無限ではなく、∞∞が本当の無限のように見える。
こうなってしまうと∞というものを求めることが難しくなる。そこでまた定義を加えることにする。
(すべての次元における空間をここでは時空と呼ぶ)時空はひとつの∞という概念が運用していた。この世界が存在していけるのはそれが二つに分かれて把握しあったからである。
要するにこの世界は二つの概念からできていて、それぞれふたつずつで 2(∞/2) という構成になっている。
ここまでの話はただ単に説でしかなかったが、もしこれらが本当だとするなら、ここからは理論になってくる。
世界がもし無限ではなく∞/2が二つということであるなら、それらは∞では無いので、世界の限界を求められるのではないか。
フラリアが発表したとされる論文原稿にはここまで書かれていた。ここから先は何も書かれていなかったため恐らくフラリアが民衆に提唱した理論はここまでだろう。
ただ、同じ年のものだと思われる書物にはこうも書かれていた。
この理論はあまりに非現実的である他、実証がほぼ不可能な為、研究発表するような大したものじゃないかもしれない。
でもアリシア様はこれを伝えろと言った。これが、アテナが残した最後の意思だから、と。
これはフラリアが書いた日記と言われているが、「アテナ」というのが何者なのかは伝説にも記録にも残っていない。
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信じ難いことに、物事は基本的に突拍子もなく進んでいくのだ。それが、権力者によるものであれば尚である。
アリシアとアテナとマルコは今ヨーロッパ南東に位置するエデン地方の樹海に来ている。エデン地方は「エデンの庭」という鉱山を中心とする悪魔領域で人間は立ち入れないように規制されている。
そんな危険な場所にアテナたちはアリシアの提案で視察に来ている。後に来るエデン作戦のためのようだ。
「まあ、研究によると魔力なんちゃら効果で一般悪魔には人を殺すことができないらしいが……核兵器とかあったらまずいしな、アリシアは絶対俺の後から離れるなよ。」
「分かってるよ。私、『エデンの布』って湖に行きたい!」
「呑気すぎね……。」
「まあいいじゃんよ、マルコ。元々ほぼアリシアが遊びたいから来ただけだし、気抜いていこう。」
「はいはい………抜きすぎなければinじゃねえの?」
「あれ、おかしいな…いつの間に私は泉南イオンに迷い込んでいたのか…?」
そう、視察というのは彼らにとってはあくまで建前、本当の目的はアリシアが合法的に3人で遊ぶ、ということである。
ちなみに女王様が危険な場所に赴いているということがバレれば国家問題になりかねないのでアリシアが出ていることは城の人間しか知らないようだ。
「あ!あれだ!!」
「おお、これはまた、風情があるな。」
「随分広いね。アリシア、ここが例の『エデンの布』なの?」
アテナがアリシアに問うと、彼女は少し考えてから答えた。
「うーん、わかんないや。話にしか聞いてないからね。崖に囲まれてて半径約50メートルの円型を成している湖ということだけはわかってる。」
「なんでそんな具体的な数字が分かってて写真を撮ってこなかったんだ……。」
アリシアは分からないというもの、そこはたしかに『エデンの布』と言われる湖だった。25メートル近くある高さの壁に囲まれた雰囲気あるビジュアルをしている。
一行は地面が比較的低くなっている場所まで歩いていくことにした。
「私飛び降りたかったな……。ここから飛び降りたらきっと楽しいと思う。」
「絶対やめとけ。下がどれくらい深いのかもわからねえんだから。危険すぎる。」
アリシアが(´・ω・`)とする顔を見つつ、アテナは苦笑した。
「まあエデン地方にある氷点は260K、私たちの住んでるとこのよりも10℃ちょっと低いからね、やめた方がいいよね。冬だし!」
「え、そうなのか?なぜに?」
マルコはアリシアの話に食いついた。こうなると、しばらくアリシアの話から彼らが抜け出すことはできない。
「実はね…この地方は陰性魔子化合物のH2Oが豊富に存在してるの。あ、陰性魔子は電子を寄せ付けない魔子なんだけど氷点を下げる性質を持っててね、陽性魔子化合物は電子をまとってて融点をあげるって性質をもってるの。エデンの庭には陰性魔子をを生む魔鉱石があるから多分ここには陰性魔子が多いんだろうね。普通、私たちの周りは陰性陽性の割合がほぼ同じだから1気圧中の水の氷点は0℃で融点は100℃なんだけど、やっぱり魔鉱石がある鉱山の周りに海とか池とか湖とか水のある場所があるとわかりやすくていいよね!」
「あ、そっかあ…。」
アテナは全く話を聞かずに周りの状態を気にしていた。
美しい大自然が広がっている情景描写からは全く想像しがたいが、ここは悪魔の生息地なのだ。
人と小悪魔との生態(あくまで仮説だが)は非常に似ていて、紙一重なのである。互いは互いを殺すことができ、また、互い同士で殺し合うこともできる、それが人と悪魔なのだ。
だが、不思議なのは悪魔は、違った種族(主に同じものとされるが、魔力値や物理的身体能力が小悪魔に比べて優れていると言われている)である大悪魔を殺すことが出来ないらしい。というのは、物理的な意味ではなく、彼らの精神状態が原因だとされている。
人間の精神からは想像しにくいが、彼らは、たとえ大悪魔に家族が殺されようと友人が殺されようと、自分が殺されようとしても憎みはしても、自分よりも地位の高い人間を殺すことはモラルや倫理に欠けているという概念に基づいて、殺すことなどありえないとするらしい。
つまり、悪魔は実質上大悪魔を殺せないが、人は大悪魔を殺せるのだ。
「ん、止まって!」
「へぇっ?」
アテナがアリシアとマルコを呼び止めると、アリシアは腑抜けた声で立ち止まり、振り返った。
アテナは口に人差し指を当て、湖に流れる川の方を指さした。
「っ!?悪魔が来てるのか……!?」
「そうみたいだね。でも私たちのことは気づいてなさそうだ。………あの人を追いかけてるのか……?」
アテナが目を凝らすと、二人ほどの悪魔が一人の少女を追いかけて走っていた。
少女はアテナ達には人間に見えたのだ。
「助けた方がいいよね……?」
「そうだな。」
アテナが何も言わないうちに、アリシアとマルコは少女を助ける方向に向けていた。それが自然なことだと思えてしまう自分に、アテナはふと笑う。
「マルコはアリシアを守ることを優先して。私は追いかけてるやつを止めつつ彼女を助ける。ただ事情がなんとも分からないから極力殺さずに。…まあ誰か死にそうになったらやむを得ずって感じで。」
「「了解!」」
そう言うと、彼ら3人は川の方へ駆け出した。
アテナはまっすぐ少女の方へ向かう。その手がつかめる距離まで進むと、アテナは彼女に手を伸ばした。
アテナは必死だった。全く顔など見てる暇もないくらいに、懸命だった。
だが、それは彼女にとって普通なことではない。
アテナは自分自身やその周りの大切な人を思うたび、周りの人間など、どうでもいいと思ってしまう、そういう性格だと昔から自覚していた。ある意味自分勝手で相応しくないかもしれない。
でも彼女は国家を守る立場にいる。仲間を守ることを使命にしている立場にいる。それを果たすためには慈悲などあってはならないのだ。
なのに何故助けたのだろう。
アテナの中でふと疑問が飛び交った。
「……ぁ…」
その手を掴んだ時、アテナは同時に何か"石"のようなものを掴んだかのような不思議な感覚を得て、そして、
「ふぅ……やっとチュートリアルも終わったかな?」
「場面設定だけ教わっても困る。実技的な部分がわからなくては何の特訓にもならないからな。」
アテナは裕希の掴もうとした石を掴み裕希はアテナの掴もうとした石を掴んでいた。




