第1章 時空契約と干渉 第10話 慈愛
その日の午後のことだった。
「急に一緒に買い物行きたいなんて、明日は嵐かしら。」
「別に普通だろうが。今日はたまたまそんな気分になっただけで。」
と裕希は言うが、そういうこととも言えるし、言えないとも言える。なんか言えないのに言えるみたいで変な感じがするな……。
彼はフェリスに家族についてどうなのかと聞かれ、いてもたってもいられなくなり今共に過ごす最後時間として、一緒に買い物をしている。もちろん里音も一緒だ。
裕希にとって普通の、安定した生活が何よりもうれしいし、ほっとする。さすがほのぼの系4コマ漫画が大好きなだけはある。
だからそういった普段通りの生活の中の母親、父親に最後の親孝行をしたいのだ(最後どころか、最初という説もある。)多分里音もおんなじ気持ちだろう。
「そうそう。たまにはいいじゃん?こうやって三人で買い物するのも、小学生以来な気がするよね。」
「そうか?正月とか大晦日とかいつもこんな感じじゃね?」
「そうじゃなくて、こういう普通の日に何の違和感もなく三人で買い物するのがだよ。」
「お母さんにとっては違和感がMAXなんだけど…。」
「んも~、細かいことはいいじゃない!お母さんも私たちと一緒に買い物したいでしょ?」
「一概には言えないわね。だってあなたたち、店の中でいちゃいちゃしそうじゃない。」
「「しないわっ!!!」」
「はいはい。」
そのあと、母は遠い句を見るような眼で言った。
「――――――――最後の買い物かもしれないものね……。」
「ん、なんか言った?」
「何も。それよりせっかく来てくれたんだったら荷物全部運んでもらうけどいいわね?」
「やめときなよ。お兄ちゃんがかわいそうだよ。」
「だって重いんだもん。折角来たんだからいいでしょ。」
なんで里音は全部持たせるのが前提みたいにしてるんですかね……。それと地味にそれを突っ込まない母親もひどいと思います。あとそれを全く否定しない裕希君もいけないと思います。
そうこうしているうちに、地元のスーパーマーケットについた。歩いてだいたい10分ぐらいでつくのだが、今日はいつもより時間が長かった気がする。
メニューはスタンダードなカレーにすることにした。家に玉ねぎとにんじんはあるので、買わなくてはならないのがカレールーと豚肉である。我が家は割と辛いものが得意なので、ジャワカレーの中辛をいつも買っているのでそれをかごに入れ、(後ろで里音と母親は楽しそうに喋っているが、裕希は一人悲しく商品をかごに入れているという設定になっている。)
ついでに言えばうちのカレーに入れる肉は薄切りのことが多いので迷うことなくこも切れ肉を300グラムかごの中に入れた。
裕希は精算を済ませると、商品が入った袋を持って、出口へ向かった。完全に忘れていたが、後ろに里音も秋もいたので裕希はスーパーの外に出た。
やばい、何も話してない!
このタイミングを逃したら後は話ずらい。母親とは最後の別れになる。死ぬまで合わないのだ。それは親が死んでしまったという状況と、本質的には変わらない。何か話さなくてはいけない。と使命感に追われていると
「じゃあ、私は先に帰るね。荷物軽いほうちょうだい。」
「――――え?」
「もうたくさん話したし私はもういいや。」
「何それ、話飽きたってこと!?」
「いや違うけど……。」
相変わらず二人は仲がいいみたいだが、里音がもうそれ以上は母と話すことを拒んだのには何かの意図があったはずだ。
決まっている里音のことだ。裕希に話す機会を与えたのだ。
「じゃあね~。」
「まっすぐ帰りなさいよ!」
「わかってるー!」
里音が最後のチャンスを与えてくれた。この機会を逃すわけにはいかない。
「あ、あのさ……。」
「―――――――。」
「やっぱり今日の俺たち変だよな。そう思うでしょ。実は…」
「変じゃないよ。」
「―――――――。」
秋はその先は言わせないというように裕希の話を遮った。彼女の眼には慈愛のようなものがあふれ出ていて裕希は思わずたじろぎ、口を閉ざした。
「なにも、変なんかじゃない。いつものように一緒に過ごしていつものように買い物しているだけ。あなたがそれを変って言うなんて、それこそ変よ。」
「―――――――。」
「あなたが、いえ、あなたたちがなにかしようとしていることは私にもわかってる。だって私は母親よ?みてればわかる。それが母親なの。」
裕希は足をとめた。気づいていたのだ。何もかもではないかもしれないけれど、裕希たちが新しいことをしようとしていたことに、秋はもう気づいていたのだ。
母親だからと彼女は言う。でも果たしてそれは本当だろうか。
母親は子供を愛すべきだし、子どもは母親を愛すべきだ。それが理想的な親子関係だと思う。
だが、裕希は秋の愛にちゃんと報いているだろうか。
答えは断じて否だ。
彼女が裕希を愛している分、裕希が愛しているというわけではないのか。全然その不可思議な愛が、秋と裕希とで比例していない。
学校はサボり、勉強も全然していない。やれることって言ったらこのように一緒に買い物に行くことぐらいだ。しかしながら秋はそんな裕希を迷うことなく育ててきた。自分の理想を押しつけたりも、無理に怒鳴ったりもしなかった。なのに彼女は裕希を、少なくとも高校に合格できるまでには育て上げた。
それはけして簡単なことじゃないし、親の努力がなくてかなうものじゃなかったはずだ。
ならば裕希はその都度言うことを聞いておくべきだったし、ちゃんと向き合っておくべきだったのではないか。
「やっぱり俺って駄目だな。」
「―――――――――――。」
「都合が悪くなったときだけ親孝行気どりしてさ、結局のところお母さんには何一つしてあげれなかった。親がどんだけ大事か、思い知ってなかったのかもな。」
「―――――――――――。」
「ねえ、俺ってお母さんを、お母さんが俺を愛してくれたみたいに愛せたのかな。」
「―――――――――――。」
「……ごめん。ほんとに、ごめんなさい。学校サボってごめんなさい。任せっぱなしでごめんなさい。ねじ曲がっててごめんなさい。ちょっとした理由で学校行かなくてごめんなさい。悪さしてごめんなさい。勉強しなくてごめんなさい。勉強できなくてごめんなさい。母さんほど愛せなくてごめん、なさい。ほんとにほんとに……ほ、んとに…ごめん……な…」
途中からは声にすらならなかった。こんなところで泣いていることが気付かれたら恥ずかしくて死んでしまう。だから、あえぎが漏れないようにそのあとも黙っていた。
秋は見守ってくれる。何も言わずに裕希の言葉を聞いてくれる。だが裕希がこらえているのに気付くと
「生まれてきてごめんなさいとか、言わなければ怒ったりしないわ。」
「っ………。」
「それで、伝えたいことはそれだけ?」
「……いや、まだ、あるよ。」
「そう。愛してくれてありがとうとか言ってほしいわ。」
「俺がエース程さまな生き方をしてたらいっても怒られないだろうよ。でも…」
裕希はまた黙った。言葉が出てこないのだ。なんて言ったらいいのか分からないのだ。この日この時のために、国語という教科は存在したのかと、つくずく感じる。泣いている暇も黙っている暇もないというのに、裕希は言葉の選択に戸惑った。
すると
「―――うん、わかったわ。」
「え?…いや、まだ何も……」
「言葉にできないんでしょう?」
「……!?」
「むしろあなたのその気持ちが、言葉なんかにされちゃったらたまらないと思わない?…だから、言わなくていいわ。」
ああ、なんでこの人はこんなに……こんなに…――――――――
こらえていた思いを、お母さんの胸のなかで思いっきりはきだした。
「ついにあいつらも行っちゃうのか…。」
「大分急だったわよね。あの様子だったら間違いなく時渉の少女が来たんだと思うわ。」
「そうか。」
「寂しくなるわね……。」
「ああ。―――でも大丈夫さ。」
「?」
「フェリスを誰だと思ってるんだよ?あいつならこっちに帰ってくる可能性の一つや二つぐらい、残してくだろうさ。」
「――――そうね。」
二人の元「伝説の霊騎士」は真実を悟った。
次回からやっと異世界へ!?




