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フルムーンパーティ  作者: アコ
1/1

プロローグ

 青い空。

 綿飴みたいな雲。

 柔らかな陽射し。


 ・・・嗚呼、平和である。

 王都の『行商通り』の一角に小さな骨董屋があった。


「・・・ふあー」

 

 絡繰り時計の針がてっぺんを差す穏やかな昼下がり。

 どこかの王室から持ってきたような豪奢な椅子に腰掛ける、銀の髪をした人物。

 丸ブチ眼鏡を手入れしつつ、余りの暇さにアクビをひとつ。

 世界中の好色共が血眼になって探す程の価値を持ったソレは、窓から射す陽の光によって妖しい光を放っていた。店主の掌に納まるほどの、通常の眼鏡よりは幾分か小さなフォルム。数十億、数百億の値が付くと謳われる割には何の装飾もない――質素すぎるフレーム。レンズには特殊な術式が刻まれており、かけた者の魔力を自動的に取り込み効果を発揮するタイプの物だ。


「・・・うむ、これでいいか」


 かけてみる。

 途端に視界が術式で被われた。眼鏡はすぐさま装着者の魔力を吸い、術式を起動させる。

 ものの数秒。視界を煩わせていた術式は綺麗に消え去った。


「問題、ないようだな・・・たぶん」


 軽く頷いて店主は眼鏡を外し、群青色の小箱に眼鏡を仕舞った。

 ことっ、と乾いた音を立てて小箱は漆塗りの執務机に置かれる。

 その隣には何やら妖しげな札『触れるべからず』を幾つも貼り付けた壺が置かれていた。値札は付いていない。元よりタダ同然で手に入れた物ばかり。この小奇麗に並べられた数々の商品の値段は店主の気分ひとつで決まるのだった。


「さて――」


 どこから取り出したのか、店主の手には細長い筆と見紛う程の煙管。

 ブラッディ・ローズと銘打たれた葉をほんの一つまみ。さてさて火を、というところで店の扉は開かれた、静かに。寝ているであろう店主を起こさないようにとの気遣いが籠められた振る舞いに、すぐに常連の客だと判る。今回の場合は寝ていなかったが。


「・・・ああ、いらっしゃい」


 入ってきたのは柔和そうな青年だった。術式の施された法衣に身を包み、鼻の上には恐らくは魔力の増強を図る為の術式が刻まれた単眼鏡。左腕に抱えられているのは分厚い魔術書。どこからどう見ても魔術師そのものであった。


「お邪魔いたします」


 青年は礼儀正しく深々と、育ちの良さを思わせる優雅さで一礼してから店に足を踏み入れた。

 店主の居座る、妖しげな壺が置かれた執務机から十歩以上の距離を取って立ち止まる。この辺りも常連のなせる業だ。汝危きに近寄らず、というやつである。


「・・・クレセア殿、今日もお父上の御遣いかな?」


「はい、そんなところです」


 にこやかな笑みと共に頷く青年。店主はまたか、と天を仰ぎ、苛立つように煙管に火を点した。ふぅ、と形の良い唇から紫煙を吐き出し、無理だ、と一言。そこを何とか、と青年。無理だ、と再度。・・・いつもの流れである。


「・・・君のお父上も大概だな。そこまでしてあの眼鏡が欲しいか」


 眼鏡とは言うまでもなく、そこの小箱の中身の事だ。


「そのようです」


 青年はちょっと困ったように苦笑する。自分の父親がどうして眼鏡ひとつにそこまで拘るのか、見当もつかないといった様子だ。


「一体、どれほどの力を持った物なのですか? その眼鏡は」


 もう既に再三に渡って問うてきた言葉を吐く青年。実力の程は知らないが彼とて魔術師だ。偉大な魔術師である筈の父親がこれほどまでに所望する代物に興味を示さないワケがない。


「口説いな、君も。・・・秘密だ。けれど勘違いするな、君に意地悪をしているワケじゃあない。君のお父上の名誉と威厳を守る為に私はこうして口を噤んでいるのだよ」


 はぁ、と納得のいかない相槌を打つ。やはりいつも通りの答えが返ってきただけだった。父親に同じ問いかけをしてもはぐらかされてしまう辺り、それ相当の禁忌に位置する代物である事は間違いないのだろうが・・・名誉と威厳とは、これ如何に。


「・・・では、こちらが本題なのですが」


 と、青年は懐を漁りながら宣う。ほどなくしてくしゃくしゃに丸められた紙片が取り出された。


「お酒を売って欲しいそうです」


「・・・酒? 酒なら酒場に行けば腐る程あるだろうに」


「いえ、それが普通の酒場には無いお酒みたいで――名前が、『カンパネラ・ブルゴリューニュ・ソルベ・ヴィヴィヨァフィタン』だそうです」


 恐らく名前が余りに長過ぎて紙片に記してきたのだろう。たどたどしく読み上げる青年に苦笑しながら、店主は数度目の紫煙を吐き出した。


「葡萄酒、か。それも稀少なカンパネラ種となると、確かに酒場には置いていないな・・・というか私の店にも置いていないが」


 葡萄酒は骨董品に入るのだろうか、という疑問は置いておいて。思案を廻らせる。知り合いの酒好き、闇市、王室の酒蔵庫・・・最悪自ら作るのもアリ、か。


「七百・・・だな。いつも通り後払いでいい」


「わかりました。伝えておきます」


 にこり、と微笑んで青年は踵を返した。その背中に向け、店主は口を開く。


「あぁ、そうだ・・・。たまには父上の遣いではなく、君自身が客としてここに来ては如何かな。そうだな、君自身が使用するというのならば例の眼鏡・・・売っても構わんよ。勿論それ相応の金額は頂戴するが、ね」


「はは、恐れ多い」


 振り向かず、顔だけを店主に向けて青年は言った。


「でも、そうですね・・・。そう遠くない内に、僕個人のお願いで来させて頂く事になるやも知れません。その際は、どうか宜しくお願い致します」


「ああ、今後ともご贔屓に」


 客の出入りの度にカラカラ鳴るのは耳障りだ、という店主の計らいで鈴の類は一切付けていない木製の扉。それが静かに開けられる。柔らかな笑顔で会釈しながらそっと扉を閉める青年。それに片手を挙げて応えながら、店主は煙管の灰を慣れた手つきで落とした――あの、触れるべからずの壺に。

 一瞬の静寂・・・の後、下腹に響く程の低い低い獣の唸り声が店中を揺らす。聞くモノ総てに畏怖を植え付けるソレを涼しい顔で聞き流しながら、


「黙れ」


 店の主――ウィズリアス・ヴィル・ハウゼンは悠々と言い放つのだった。

 


 壺は一瞬で黙った。

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