Page99 「ティアを巡って争う」
司書ごっこの中に本物の司書が紛れていたことで、いつもの広場にたくさんの人が集まった。
全員が司書に用事があるわけではなく、中には集まった人に飲み物や食べ物を売りに来た商魂逞しい者もいた。
また、一部の商人はリリエーナの座っている浮遊椅子を気にしている。
そして、そういった商人の中から勇気ある者がチャコとミーアの威圧を掻い潜ってやってきた。
殺気は込めていないが鋭い視線で刺すように見つめられているのに近づく商人は流石である。
他の商人はチャコに睨まれただけで進む先を変えているの中近づいてこれるのは、ある程度場数を踏んでいるのだとわかる。
「こんにちは。お嬢さんの座っているそれは魔道具ですか?」
「え?あ、こんにちは……。えっと、その……司書の方に出していただいているのでわかりません」
近づいてきた商人は30台ほどの普人族の男性で身なりがよく、被っていた帽子を取りながらリリエーナに頭を下げた。
チャコとミーアにも目配せし、敵意がないことをアピールするために必要以上に近づかずに少し距離を開けて話した。
「そうですか。それではあちらのお嬢さんに伺ってみましょう。失礼」
商人は浮遊椅子について聞くとティアの方へと向きを変えたのだが、そこには近くで話を聞いていた他の商人がすでに並んでいた。
リリエーナから話を聞いた商人はリリエーナ達に肩をすくめてると、帽子をかぶり列に並んだ。
自分の仕入れた情報を奪われた形になるのだが、それについては何も思っていないようだった。
この場で聞いたからにはそうなることがわかっていたからだ。
それでも満足気に並んでいるのは経験ゆえか、あるいは別の目的を達成したからかもしれない。
「さっきの人はなんニャ……」
「隙がありませんでしたね」
「そうなんですか?」
「そうニャ。戦える商人とは恐れいったニャ」
「そういう方はケルビン商会にたくさんいらっしゃると聞いています。あそこは『盗賊に襲われても返り討ちにする』をモットーにしていますから」
「何となく聞いたことがある気がするけど、大きい商会ニャ?」
「はい。クロステルで一番です」
リリエーナが口にした商会はこの付近では有名だが、王都ではさほど広まっていない。
それは王都付近では盗賊が出ないことに加え、ケルビン商会の活動場所がクロステル付近に固まっているからだ。
クロステルは商人が多いため付近に盗賊が住み着くことがよくある。
その分王国の兵士や冒険者も多くいるのだが、この2つの組織は事が起こってから動く事が殆どだ。
冒険者は護衛として動く事があるためその限りではないが、基本的に後手に回っている。
そのため商人自身が戦う術を得て、それをもって他の商人を助けつつ行商をする組織が生まれたのである。
クロステル設立時のケルビン商会は傭兵として武力を売る傍ら商売をしていたのだが、今は色々と幅広く手を出している。
「へー。それはすごいニャ。……あれ?リッカちゃんはどこへ行ったニャ?」
「リッカ様はティア様の元へ向かわれました」
「あー。さっきの人に気を取られた時ニャ……」
チャコが気づくとリッカがいなかった。
チャコが商人の男を警戒している間に、リッカがティアの元へと向かっていったのだが、それミーナがしっかりと見ていたため問題はなかった。
護衛経験の少ないチャコと、メイドとして主人の動きを見ることに慣れていたミーアとの差だった。
「ティアー!」
「リッカちゃん。どうしたのですか?」
「むぅ〜!ティアが帰ってこないから来たのじゃ〜!もう行くのじゃ〜!」
小さな体を利用して人の間を駆け抜けたリッカは、てリリエーナの元へとティアを引っ張った。
しかし、反対の手にはここにティアを連れてきた女の子がしがみついていた。
女の子からすると自分が連れて来た相手が大人でも頼るメモリアの司書なのだから少なからず自慢したいという思いがあり、リッカからすると一度我慢したのにさらに我慢させられるのかという苛立ちがあった。
人化によって自制されてはいるが、本質は竜なので自由気ままに動きたいのである。
その結果どうなるかというと。
「ティアはリッカのマスターなのじゃー!」
「お姉ちゃんはミルと遊ぶのー!」
「い、痛いです……」
腕の引っ張り合いになった。
ティアの言う「痛い」はリッカの引っ張っている腕に対してであり、リッカと同じ大きさのミルからは強く引かれているという程度の力しか感じない。
これも竜由来の力のせいだった。
「ミル負けるなー!」
「私も手伝う!」
「おれも!」
「男の子は来るな!ミルに触るな!」
リッカの力で徐々にリリエーナがいる方へ引っ張られ始めたティア。
それに対して司書ごっこをしていた子供達が反応したが、年長の女の子に男の子達が止められ、女の子だけでミルを引っ張る。
「のじゃー?!増えたのじゃー!むぅ〜!リッカは負けないのじゃー!」
「え?!リッカちゃん!羽が!」
いきなり引っ張られる力が強くなったことで驚いたリッカは、負けじと更に力を込めた。
するとビリッという音と共に背中から竜の羽が飛び出し、それを動かすことで更に力を加えることができるようになった。
ティアも驚きで痛みを忘れるほどである。
「「「うわぁぁぁぁ!!!」」」
「すげー!羽が生えた!」
「竜人?!」
「やべーな!かっけー!」
引っ張られたティアに更にひきづられるように女の子達が続く。
男の子達はリッカの背中に生えた羽に見とれていて、助けに入ることはできなかった。
周りの大人もいきなり始まった喧嘩をほのぼのと見守っていたところで起こった変化についていけず、誰も止めることができていない。
リッカ自身も羽が生えたことには気付かず、全力で引っ張っているため体が浮き始めた。
「はーいリッカちゃんそろそろ落ち着くニャ。君達もティアちゃんを離して貰ってもいいかニャ?」
「「「はい」」」
横に引っ張られていたティアが斜めに引っ張られ出したタイミングでチャコが上から降ってきて、リッカを抱きとめた。
周りに人が多くいたため素早く動くためにはこうするしかなかったのだが、それが幸いして女の子達も素直に手を離した。
男の子達に至っては離れていたことで見れたチャコも動きに釘付けだった。
「のじゃー!」
「リッカちゃん?大人しくするニャ」
「のじゃ?!」
「ありがとうございますチャコお姉ちゃん」
「止めるのが遅くなってごめんニャ」
チャコに抱きとめられたリッカだったが、その事に気付いておらずティアを引っ張り続けていたが、一瞬抱きとめる力を強めたことで気が付き、その手を離した。
ティアはリッカに引っ張られた腕を撫でつつチャコにお礼を言ったが、チャコからするとリッカから目を話した時点で護衛としては失敗だったためお互いが謝る形になった。
ただし、ティアは言葉通り受け取っている。
「お姉ちゃんすごーい!羽が生えたー!」
「しゃー!」
「リッカちゃんやめるニャ!ごめんニャ。この子は他の人に慣れてないのニャ」
「ううん。ミルこそごめんなさい。お姉ちゃんも引っ張られて痛かったよね?ごめんなさい」
「いえ。大丈夫ですよ」
「本当?」
「はい。力が強かったのはリッカちゃんの方ですから」
「そっかー」
リッカがおとなしくなったのでティアの取り合いをしていたミルが近づいてきた。
羽が生えたことで興味が湧き、さっきまでとは違った雰囲気で近づいてこれるのは流石子供というところだが、リッカはそうではなかったようでチャコに抱きとめられたまま威嚇した。
結果、フォローすることになったのはチャコだった。
「この騒ぎは何事ですか?」
チャコがリッカを降ろすか迷っていると、人垣が割れて女性が近づいてきた。
その姿はティアとほとんど同じ格好だったが、ベルトのバックルはペンがない本だけなど、細部が異なっている。
クロステルに配置されている準司書の1人だ。




