Page97 「子供達は蚊帳の外に置きたい」
領主の館を後にしてティア一行はチェスター家へと戻ってきた。
馬車を降りたティア達を迎えたのは礼服を着こなしたアルバートとその妻アレイアだった。
「お帰りリリエーナ。ティア様、リッカ様、チャコさん。リリエーナの面倒を見てくださいましてありがとうございます。ミーナさんもありがとう」
「リリーちゃんはお友達なので面倒ではないです。それに、私もいろいろ教えてもらえて助かっています」
「のじゃー」
「リリエーナちゃんはいい子だから全然問題ないニャ」
「お言葉をいただきありがとうございます」
アルバートに声をかけられてそれぞれ返事を返す。
ティアとリッカはリリエーナを負担に思っておらず、いろいろ教えてくれる友達で少し年上のお姉さんのような存在だ。
チャコからすると護衛対象が増えているのだが、リリエーナはティアと行動を共にする上に浮遊椅子に座るか自分が抱き上げているので、そこまで負担ではない。
この状態で襲われた場合ティアとリッカを守りづらいのだが、一番戦闘力がないのがリリエーナなので、優先的に守るつもりだ。
ティアに手を出せばペンシィが黙っておらず、リッカに関してはそもそもが竜なので人が簡単にどうこうできる存在ではない。
いざとなれば竜に戻って空高く飛べば手出しされづらいこともある。
さらにミーアもいるため街の悪漢程度であればチャコが手を出すまでもない。
「お父様はどこかへお出かけですか?」
「私も領主様に呼ばれているんだ。だから、入れ違いになる形で今から向かうのさ」
「そうなのですか。行ってらっしゃいませ」
「あぁ。行って来るよリリー!」
リリエーナに出発の挨拶をしたアルバートだったが、感極まったのか抱きつこうとした。
普段は室内で軽く済ませることを屋外でできたための行動だったのだが、今のリリエーナはチャコに抱っこされている。
そのため、抱きつけばチャコごとになるのだが……当然チャコがそれを許すことはなく素早い身のこなしで避けられた。
「あなた」
「す、すまない。それでは行ってくる」
「ちょっと待って!行くならこれを持って行って!」
アレイアが冷たい目をして声のトーンを落として話しかけると、アルバートは肩を震わせていそいそとティア達が乗ってきたのとは別の馬車に乗り込もうとした。
すると、ティアの前にペンシィが現れてアルバートに羊皮紙の束を突き出した。
「これは?」
「アタシが捕らえていた人達から聞き出した内容をまとめたものだよ」
「ペンシィ様がご自身で渡されなかったのですか?」
「アタシあいつ嫌い」
「ははは……。わかりました。確実に渡しましょう」
「お願いねー。じゃあね!」
ペンシィは言うが早く羊皮紙をアルバートに渡すと姿を消した。
ティアに説明せずに行動しているペンシィだが、聞かれれば答える用意はできている。
しかし、ティアはメモリアの外に出たことすらなかったので、どれから手をつければいいのかわかっていない。
どちらかというとペンシィに任せておけばいいという認識なので、自分から聞くことは当分先になりそうだ。
「それでは皆様。お茶にいたしましょう」
「お手伝いさせていただきます」
アルバートを見送ったティア達にアレイアが声をかけてきた。
そして、ティア達が返事をするまもなくミーアが手伝いを申し出た。
その手には行きにはなかった皮で装飾された鞄が握られていて、中にはティーセットなどの各種おもてなし用品が入っている。
ティアが領主と話しているうちにネーアから受け取っていたミーア持つ備品の一つである。
「皆さんはこの後どうするのですか?」
「どうしましょうか?」
「リッカは美味しいものが食べたいのじゃー」
屋敷の中にあるサンルームへ移動し、紅茶を飲みながら雑談をしていると、アレイアからこの後の予定を聞かれた。
雑談の中に盗賊達のことがなかったため、勝手に動くことを危惧して聞いたのだが、返ってきたのは何も決めていなかったティアと、小腹の空いたリッカの言葉だった。
「それでしたらリリエーナに街を案内させてはどうでしょう。いつもは誰かに運ばれているリリエーナですが今回は浮遊椅子がありますし、自分で移動する楽しみを味あわせてあげてください」
「お母さん?!」
「わかりました!リリーちゃん行きましょう!チャコお姉ちゃんもいいですか?」
「構わないニャ!」
「美味しい物を食べるのじゃー!」
「チャコ。私も行きます」
「ミーアちゃんが来てくれるなら心強いニャ」
することに悩んだティアに対するアレイアの提案は街の散策だった。
いつもは馬車で移動し、気になるものがあれば護衛に抱かれて近づくリリエーナが自分で移動できるのである。
それがティアのいる間だけとはいえ、いつもより自由な時間を過ごして欲しいという母親のお願いだった。
当のリリエーナは母親の提案に驚いたのだが、ティアの了承の言葉とそれに続く全員の返答によって逃げ場を失った。
リリエーナは屋敷の中を自由に移動でき、庭にも出ることができたので無理矢理満足しようとしていた。
ティアがいる間しか使えない浮遊椅子に慣れたくなかったのもある。
頼めばずっと作り出してくれるかもしれないが、それをせっかくできた友達に言う勇気はなかったのだ。
だから、どんどんと進む外出の話に驚きつつも断ることもできなかった。
「チャコさん、ミーアさん。少しよろしいでしょうか?」
「どうしたのニャ?」
「何でしょうか」
ティアとリッカがどういう場所へ行きたいか話し、それをリリエーナが嬉しそうな雰囲気を出しつつも少し困った顔で聞いていると、アレイアがチャコとミーアを呼び出した。
内容は盗賊達の件でティア達がどうするつもりなのかというものだったのだが……。
「ティアちゃんはその件に関して動くつもりはないようだニャ。頼まれればメモリアの力を使うかもしれないけど、自分から何か動く感じはないニャ」
「私から見てもそのように感じます。興味がないわけではないようですが、すでに自分の手から離れていると思っているのではないでしょうか」
チャコは旅をする間のティアを含めて答え、ミーアは短い間ながらもしっかりとティアを見たことで判断した内容を答えた。
2人の答えを聞いたアレイアはホッと息を吐くと次の質問に移った。
「それでは、クレア様はティア様を巻き込むつもりはあるのでしょうか?」
「それはないニャ。あくまでティアちゃんは護衛対象だニャ。本人が首を突っ込まない限り私達は動くつもりはないニャ」
「ネーアからもティア様が危険なことに手を出しそうなら止めろと言われております」
「そうですか……。わかりました。一応こちらからも護衛は出しますが、皆さんから離れて行動させるように伝えておきます」
「わかったニャ」
「承知しました」
自分から言い出した街の散策だが、ティアが危ないことをするならしっかりと護衛をつけるつもりだった。
だけど、2人から話を聞いた限りではその兆候は見られず、今もリッカが食べたい物の多さに呆れて笑うほどだった。
そのため、当初予定していた護衛から数を絞り、付かず離れずの距離で見守らせることに決めた。
それをチャコ達に伝えたのは後ろから付いてくるのは危害を加える相手ではなく護衛だと教えるのと、いざという時の符丁を伝えるためだ。
何か起きれば護衛は一気に近づいてくるので、間違えて攻撃されないようにする必要がある。
また、護衛は一度に全員動かないこともあるので、複数の符丁を伝えられた。
チャコはそれを何度か繰り返して覚え、ミーアは一度聞くだけで覚えた。
そのため、問いかけをチャコが行い、護衛の答えが合っているか判断するのはミーアになった。
別にチャコの物覚えが悪いわけではなく、ミーアの能力が高いだけである。
符丁のパターンは6種類あるのだが、どれも似たような問いかけだったためだ。
「それでは行ってきます」
「気をつけてね。チャコさん、ミーアさんよろしくお願いします」
「任せるニャ!」
「精一杯努めさせていただきます」
話がまとまった後は全員で玄関に移動した。
浮遊椅子を操作するため手を繋ぐことはできないが、浮遊椅子自体を掴むことで離れないように工夫したティアとリッカ。
その結果リリエーナを挟む形になったのだが、リッカは不安なのかリリエーナ越しにティアをチラチラと見ている。
その後ろをついて行くチャコとミーアにアレイアから声をかけられ、返事をすると門番が門を開いてくれた。




