Page96 「屋敷と商人達の引き渡し」
ティア達を乗せた馬車はクロステルの中心へ向かう。
チェスター商会は中心に近いため、ものの数分で防壁の前に到着した。
「少々お待ちください」
馬車を操車していたミーアが御者席から降りて跳ね橋を渡り、詰所に控えている騎士に用件を伝えに行った。
クロステルの領主の館の周りには大きな堀があり、さらにその先には返しのついた壁が聳え立っている。
東西南北に門と跳ね橋を設置し、いざという時は内部に住民を避難させ、登場できるように作られているz
食料や薬品などは地下で管理し、定期的に入れ替えを行うことで常に受け入れる体制を維持している。
「お待たせしました。出発します」
騎士に入城の許可を貰ったミーアが馬車へと戻り、跳ね橋を進む。
リッカが窓に張り付いていたのだが、目が合った騎士はビシッと敬礼を返してくれた。
それを見たリッカも嬉しそうに見様見真似の敬礼を返した。
「門を抜けても距離があるんですね」
「いざという時は避難できるようにしているって聞いたけど、私も初めて入ったから驚いたよ……」
逆の窓にはティアとリリエーナが張り付き、門を抜けた先に広がっていた風景に驚いていた。
壁の内側には草原が広がっていて、所々に木が生えていたり、宿屋のような少し大きめの家が建っている。
それは食料や薬の保管所ではなく、着替えやテントといった野営道具が格納されている場所で、有事の際にはその建物周辺に大量のテントが並ぶことになる。
ティア達はそこに近づくことがないため、広すぎる庭の離れ程度の認識だった。
「ティア様。到着いたしました」
「え?お家はまだ先ですよ?ここでいいんですか?」
「はい。ここで問題ありません」
「わかりました」
しばらく草原の中を通っている道を進んでいくと、草の生えていないひらけた場所に出る。
するとミーアが馬車を止めて扉を開け、ティアに出るように促した。
壁を越えてから見えていた大きな屋敷からは随分と距離があるので疑問に思ったティアが確認したが、ミーアからは間違っていないと返ってきた。
そのため、ティアはミーアの手を取って馬車から降り、リッカが後に続き、最後にチャコに抱っこされたリリエーナが降りてきた。
すかさずティアが浮遊椅子を出したので、リリエーナはチャコに座らせてもらいお礼を言った。
「ティアちゃん。あそこに誰か倒れてるよ」
「私にも見えました。病気でしょうか?」
「違うニャ。あれはクレア達ニャ。少し離れたところにネーアともう1人立っているのは見えないかニャ?」
「えっと……あ。見えました」
浮遊椅子に座ったリリエーナの正面、その少し離れたところにクレアとカコとシュトが倒れていた。
更に奥ではミーアの姉のネーアが箒を逆さに持って立ち、隣には背の高いヒョウの獣人が立っていた。
ネーアとヒョウの獣人は既にティア達に気付いていたようでこちらに近づいて来ていた。
「ティア様。ご足労ありがとうございます。私このクロステルを治めています、シュルツ・クロステルと申します。以後お見知り置きを。小さなレディ達もよろしくお願いするよ』
『こちらへどうぞ』
2人こっちに向かってきて移動していることに気づいたクレア達は体を起こそうとした。
それをヒョウの獣人が手で制して颯爽とティアの元へとやって来て、右足を後ろに下げながら右手を胸に当て、左手を開いて横に伸ばしながら名乗った。
それに対してどう答えればいいかわからないティアだったが、ネーアが間に入ってクレア達の元へと案内し始めたため、大人しく後に続いた。
それを見たシュルツはミーアに対してワザとらしく肩を竦めたのだが、ミーアもネーアと同様に冷めた目でシュルツ見るだけだった。
「おやおや。つれないねぇ」
クロステル領主のシュルツは、曲者揃いの宮廷貴族や利益のためなら時には暴れることもあるクロステルの各商会長と渡り合うために芝居掛かった言動を取るようになった。
ネーアはともかくミーアは最初こそ言動に振り回されることもあったが、今となってはほとんど受け流すことにしている。
本当に大事なことや急ぎの要件に関しては真面目に指示を出すため、それさえ聞いていればいいとさえ言われるぐらいである。
もちろん普段の芝居掛かった言動でも有意義な事を行なっているため、それを拾うのも使用人の仕事だったりする。
それに関してはミーアでは厳しいのだが、ネーアがフォローしているため問題なく回っている。
そもそもネーア達はシュルツ使用人ではないのだが、王家に仕えるメイド達を面白がったシュルツが無茶な注文をつけているだけである。
「ほらほらお姫様〜。貴女のご友人が到着なさいましたよ〜。というわけで、お手をどうぞ」
「ありがとう」
「お2人もどうぞ」
「おおきに……」
「……ありがとうございます……」
上半身を起こしていたクレアはシュルツの手を取って立ち上がり、寝転がったままだったカコとシュトも手を借りた。
すかさずネーアとミーアが動き、クレアの背中やズボンに付いた土汚れを落とす。
カコとシュトは主人でも客人でもないため自分で行った。
「クレアお姉ちゃん達は何をしていたんですか?」
「ネーアと訓練をしていたの。シュルツ様はその見学」
「訓練……」
訓練と聞いたティアは、ネーアの持っていた箒に視線を注いでいた。
クレア達の装備は旅をしている時と同じだったので、真剣を相手に箒で戦ったのかと疑問に思ったからである。
「ティアちゃんの想像通りよ。私達は普段使っている武器、ネーアは箒で私達3人を相手にしていたのよ」
「魔力を通した物を使えば魔法や魔術を弾けるからな〜」
「……私達は転ばされただけ……」
クレアの答えはティアの疑問を更に加速させたのだが、カコの補足で納得した。
箒でクレア達3人を圧倒するネーアの戦い方を見てみたい気持ちになったティアだったが、そこにシュルツが口を挟んだ。
「あまり長々と行なっても時間が勿体無いので早速よろしいでしょうかティア様」
「あ、はい。何でしょうか」
「ここに捕らえた者達と屋敷を出していただきたいのですが、可能でしょうか?」
「えっと……大丈夫だと思うんですけど…・。ペンシィさん!」
シュルツがクレア達の訓練を見学したのはこのためだった。
屋敷を丸ごと異空間に収納したことは聞き取っていたので、取り出しても影響の出ない場所を指定して訓練を行わせ、それを見学しながら今後どう動くかを考えていたのである。
執務室で考えていると決裁が必要な書類が届けられることがある為、思考に集中できないので外に出たかったのだ。
「はいはーい。出すのは可能だけど地下もあるからゴリッと削れるけどいいー?」
「問題ありません。その為にこの場所を選びました」
「はいはーい。じゃあティアちゃんこの辺に扉がくるように出してみて。捕まえた人達は私の方で屋敷の地下牢に出すから」
「わかりました」
ティアは本を出し、ペンシィが付けたであろう『悪者の家』を取り出した。
その際に抉れる地面はペンシィが異空間へ回収している。
「おぉ!この大きさを収納できるとは将来が楽しみですね!どうでしょうか。クロステルにティア様の準師匠を作られては。私の方から何人か推薦させていただいてもよろしいのであれば、いい人材をご紹介いたしますよ」
「はい、だめー。その話はこれで終わりー。ティアちゃん街を収めている貴族に近づいたらダメだよ!あわよくばティアちゃんの力を抱え込もうと思ってるんだから!」
手を激しく動かしながらティアに言葉を投げかけていたシュルツだったが、目の前に飛んで来ペンシィに止められた。
陰謀渦巻く政治の世界にティアを入れないためだ。
「はっはっは!これは手厳しい!可愛らしい保護者さんに止められてしまいました!それでは、これ以上嫌われない内に私は仕事を行いましょう。すでに地下牢へ移されていますか?」
「もちろん!これで終わりでいいのよね?」
「えぇ。話はお姫様から聞いています。できればティア様とリリエーナさんからも聞き取りたかったのですが、残りは下にいる者に聞きます。それでは、失礼いたします」
シュルツはいつのまにか近くに現れていた護衛を引き連れて屋敷に入っていった。
それを見送ったペンシィは、勢いよく振り返ってティアに移動を促す。
「それじゃあティアちゃん行こう!ミーア!馬車をよろしく!」
「かしこまりました」
ペンシィの先導でティア達が馬車に乗り込むと、ミーアが操車して来た道を引き返し始めた。
クレア達も乗り込もうとしたのだが、ネーアに止められたためまだこの場にいる。
どうやら訓練はまだ続くようで、魔力を帯びた箒は薄っすらと光っていた。