Page90 「チェスター家での休息」
リリエーナの案内でチェスター商会からすぐのところにある大きな屋敷へ移動するクレア達。
御者席には馬車を操車するクレアと、その左右にティアとリリエーナが座っていて、ティアの肩を支えにしてリッカが立っている。
街中なのでそこまで速度を出すことはないためできることだ。
最初はリリエーナを膝の上に乗せようとしたクレアだったが、本人に拒否されたので横に座らせた。
リリエーナとしては例え短距離とはいえ王女の膝の上に乗って街中を移動したくないのだが、クレアはその困った顔を見るために提案していたりする。
「止まってください!これはリリエーナお嬢様」
「この方達は大事なお客様です。失礼のないようにお願いします」
「はっ!畏まりました!どうぞ中へ」
チェスター家の屋敷に着くと門番が馬車を止めた。
操車しているのが王女だったので初動が遅れたが、なんとか持ち直して案内を済ませた。
クレアはリリエーナの指示に従って敷地内の馬車留めまで進め、併設された小屋から出て来た馬丁の指示に従って客用のスペースに停めた。
クレアはティア、リッカの順で御者席から降ろし、リリエーナを抱えて飛び降りた。
馬車から出てきたチャコにリリエーナを任せたクレアは、馬丁に馬の世話で気をつけることを伝える。
その間にチャコとシュトが荷物を持って出てきたので、それを使用人に渡し、クレアを待ってから客室へ移動する。
道中使用人による様々な交易品の説明を受けるも、クレアとティアを除いて反応が薄い。
クレアは冒険者として振る舞いたいのを抑えて、王族として説明を受けて、時には質問をしている。
だが、ティアは本で読んだことがある地名や見たことがない物に興味津々で、キラキラとした目を飾られている壺や絵、鎧や剣などの武具の数々を見ている。
リッカはティアが興味を示したものには一応視線を向けるのだが、匂いを嗅いで食べ物ではないと判断すると興味を失っている。
チャコは衣服に反応を示すも既知の物しかなかったのか、すぐに軽快に意識を向ける。
自国の街中とはいえ襲われないとは限らないからだ。
特に隣国ヒュームの工作が発覚した後で気を抜くのは不可能だった。
カコとシュトは説明のたびに視線は向けるも、すぐにチャコと同じように軽快に回っている。
「こちらでございます。すぐにお飲物をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
「わかったわ。チェスター商会は食品に力を入れているのよね。楽しみにしているわね」
「はい!」
案内された客室は全員で使うにしても広く、調度品も大人しめなものばかりで落ち着いた色調で統一されていた。
チャコはリリエーナをソファに降ろすとクレアに向き直った。
「クレアはどうして食品について言ったニャ?」
「え?美味しいもの食べたいでしょ?特にリッカちゃん」
「お腹すいたのじゃー」
クレアが食べ物に対して言及したのは、美味しいものを食べたいという思いもあったが、移動中から胃のあたりを押さえているリッカに気づいていたからである。
リッカは自分の気持ちに正直なので、その時思っていることが行動に現れることが多い。
そのリッカはといえば、リリエーナの横に座ったティアの膝の上にぐでっと腹ばいになっている。
ティアはリッカの頭を撫でながら周りの物を観察していた。
「リリーちゃんは部屋に戻らないんですか?」
「えっと、使用人の手が空いたら着替えに戻るよ。今はみんな忙しそうだからね」
屋敷にいる侍女達は急な王女の来訪に大慌てだ。
それでも外面は取り繕えているのだが、リリエーナは余計な負担をかけないように、せめて飲み物が用意されるまでは待つつもりだった。
本来であればもてなす側なので旅装は解くべきなのだが、今は最低限の道具外しているだけだ。
それはクレア達も同じなのだが、着替えや食料が入った荷物はティアの異空間に収納しているので手持ちの荷物は少ない。
不思議がられない程度に減らしている。
「それでしたら浮遊椅子をお出ししましょうか?移動だけでも楽になりますよ」
「うーん……着替えなら私1人でもできるからお願いしたいけど、出してもらってもいいんでしょうか?」
「ここならいいと思うけど、みんなはどう思う」
「別にいいんじゃないかニャ」
「せやなー。あかんかったらペンシィさんが止めに入るやろ」
「……うん。今出てきてないってことは問題ないはず……」
リリエーナはクレア達に向けて確認した。
商店では市民の目もあるため使わなかったので、使っていいのかわからないのだ。
ここなら使用人に説明すればいいだけなので、ペンシィも止めに入らなかった。
仮に商人に話が回ったとしてもメモリアの名前で収めることはできる。
だが、いたずらに過去の技術を出した場合争いに発展することがあるので気をつけなければならないので、その判断はペンシィがしっかりと行なっている。
その面で見れば浮遊椅子はそこまで問題はないのだが、物を浮遊させる技術は荷運びからカタパルトなどの重量兵器の移動まで使えるため、万が一奪われた場合は問答無用で回収するつもりである。
ティアの魔力で作成しているためそれが可能になるのだ。
「えっと、これですね。どうぞ」
「ありがとうティアちゃん、チャコさん」
「いつでも頼るといいニャ」
ティアが出した浮遊椅子にチャコが抱えて座らせる。
リッカは浮遊椅子を見て乗りたそうにしていたが、空腹が勝ったようで、さらに体の力を抜いた。
一応ティアの体から漏れている魔力を少し食べているのだが、空腹時に飴玉を舐めているようなもので一瞬紛れるだけである。
「はい。それでは着替えてきますね」
「一応ウチが説明役として付いて行くわ〜」
「カコさん、よろしくお願いします」
「別にええよ〜。ティアちゃんの友達やねんから。それよりも、ウチの分は残しといてや〜!」
「はい。食料用の異空間に入れておきます!リリーちゃんの分もです!」
「ありがとう!」
リリエーナが扉に手をかけたところでカコが開けた。
説明役として行くと言った時は頼もしかったが、振り返って食べ物の話をするあたりカコも楽しみにしていたようだ。
そして、それに対するティアの返答にはリリエーナが笑顔で答える。
お茶と簡単な茶菓子を時間停止の異空間に入れようとする徹底ぶりなのだ。
ちなみに各地の準司書も災害用時に配給する食料を入れるための異空間に、おやつを入れていたりする。
上の人間にはバレているのだが、司書も同じことをしているので怒ることはできない暗黙の使い方となっている。
リリエーナの自室は足の関係上1階にあり、隣にはリリエーナを心配した姉の部屋もあるが、今日は店に出ているのでいない。
そのため、廊下ですれ違うのは侍女だけになるのだが、カコは驚かれるたびに浮遊椅子のことを説明している。
実際のところ浮遊椅子説明役と言いつつもリリエーナの護衛として付いてきているのだが、ちゃんと浮遊椅子の説明もしている。
狙ってきた商会の代表捉えているとはいえ相手は国として動いている可能性が高いので、一度狙われた以上しっかり守る必要があるのだ。
「ここです。どうぞ」
「お邪魔するで〜」
リリエーナはカコを自室に招き入れる。
女の子の部屋なので全体的も明るい色で統一されていて、ピンクよりも白が目立つ配色だった。
部屋の隅には車輪付きの椅子があるのだが、左右2つしかなく前後にしか進めないためあまり使っていない。
車輪を掴んで動かすにも力が必要なので、リリエーナだけでは動かせず、侍女の力を借りても遠くに行くのには向いていないのだ。
「着替えますね」
「手伝おか〜?」
「いえ。大丈夫ですよ」
足が動かなくても腰を浮かせることはできるので、器用にズボンを脱いだリリエーナ。
あとは上の服を脱いで机の上に用意されていたワンピースに着替えるだけだった。
「お待たせしました」
「それじゃあ戻ろか〜」
来た道を戻るカコとリリエーナ。
客室へ戻るとリッカはソファの肘置きを枕に寝ていた。
机の上には空になったティーカップと皿が置かれていたので、しっかりと食べてから寝たことがわかる。
もちろんティアの魔力も食べている。
「お帰りなさい。今出しますね」
「よろしく〜」
ティアがお茶とケーキを机の上に取り出した。
出されたお茶は紅茶ではなく緑茶で、ケーキもまた緑色だった。
「緑茶を使ったケーキ?」
「ご存知なのですか?」
「うん、まぁ、母上の故郷で出てくるものやな〜。ケーキとして食べるのは初めてやけど」
「美味しかったです!」
「そっか。ならウチも早くいただくわ〜」
「私も食べますね」
カコとリリエーナがケーキと緑茶を楽しむ。
その後は旅の疲れからか、ティアとリリエーナも寝てしまったので、クレア達は時折お茶のおかわりをもらいながらのんびりと過ごしていた。
そして、しばらくするとアルバートがアレイアと共に帰宅したのだが、その時に起きていたティアが「アルバートさんはお疲れのようですが、アレイアさんはとても元気で嬉しそうですね。お肌もツヤツヤです」と言ってアルバートを慌てさせた。
リリエーナとリッカは首を傾げていたが、クレア達はニヤニヤとアルバートを見ていた。
全員恋もまだなのに耳年増だった。




