Page89 「副商会長アレイア・チェスター」
チェスター商会の商談用の応接室で今後のことを話すクレア達。
この部屋は魔道具によって外部に音は漏れず、また盗聴対策も行われているため込み入った話ができる。
その結果、今回の件は領主を通して王国へ伝えることとなった。
クレアが王女として報告すると言う話も出たのだが、冒険者学校の生徒として活動しているため辞退した。
ティアは司書だが年齢のこともあり、表だたせるわけにはいかないということになった。
色々話し合った結果だが、要は領主に丸投げである。
ヒュームがクロステルに手を出した理由は、マーブル国内での流通の一部を握るためだった。
クロステルは王国内の南を支える生命線のようなものなので、ここを押さえられると南部の村や町を押さえることに繋がる。
食料や武具の流通をヒュームの商会が牛耳れるようにクロステルの主な紹介を脅して魔術契約によって逆らえないようにするつもりだった。
アルバートが率いるチェスター商会などの大商会には家族の命を盾に、中規模以下の商会には資金力に物を言わせて格安で物を売り、商売がうまくいかなくなったところで資金援助と価格の調整を条件に契約を結ぶつもりだった。
中規模以下の商会が助けを求めても対処できないようにするために、先に大商会を押さえようとチェスター商会に手を出したのだが、クレア達に阻止され事が露見した。
「それでは、領主様には私の方からご連絡します」
「よろしくお願いします。犯人と証拠品についてはその時にお渡ししますので、屋敷を出す場所のご用意もお伝えください」
「かしこまりました。それで、皆さんはこの後どうされますか?」
「私達は宿の確保ですね。ティアちゃんは何かしたいことはある?」
「私は準司書の方に会いに行きたいです」
「なるほど。クロステルには冒険者組合と商人組合、領主様のサポートで3人いるはずです。ですが、今日のところはお疲れでしょう。宿を取るのも明日にして、私の屋敷に止まられてはどうでしょうか?リリーもティア殿と居たいようですし」
リリエーナはクレア達が宿を探すと言った瞬間少し悲しそうな顔をした。
それは一瞬だったが、親馬鹿なアルバートは娘の雰囲気でそれを察して屋敷へと招くと伝えた。
助けてもらったことに対する歓待を申し出るつもりだったアルバートは、リリエーナを引き合いに出すことで断りづらくした。
お礼だと言えばクレア達は断らないはずだが、了承してもらうための材料は多いほうがいい。
「そうですね……。私達も少し落ち着きたいのでお言葉に甘えさせていただきます。みんなもそれでいい?」
「いいニャ」
「ええよ〜」
「……問題ない……」
「ティアちゃんとリッカちゃんも大丈夫?」
「はい。大丈夫です」
「のじゃ!」
誰も反対しなかったのでチェスター家にお邪魔することになった。
それを聞いたリリエーナは嬉しそうに笑顔を向け、ティアも笑顔を返す。
それを見たクレア達も自然と笑顔になった。
「それでは、旅の疲れもあるでしょうから、屋敷へ案内させましょう。どうぞこちらへ」
アルバートが立ち上がり、部屋の入り口へと向かう。
実のところティアのおかげで旅の疲れはほとんどない。
野営が必須となる旅で、毎食しっかりと調理された食事に毎日入れるお風呂。
しっかりとした寝具で寝る事ができるので当然といえる。
それでもアルバートが急かす理由は商会の応接室を使っている事以外にもう1つあった。
「あらあなた。お客様はもうおかえりになられるのですか?」
「アレイア……。あぁ、行商の途中で助けられたのでな。これから屋敷にお招きするところだ」
「そうなのですか。皆様はじめまして。私当チェスター商会の副会長をしております。アレイア・チェスターと申します。以後お見知り置きを』
アルバートが扉を開いた先には、ホワンとした雰囲気の女性が立っていた。
身長はアルバートよりも頭一つ分低いが出るところは出ていて、大人の色気がある。
髪の毛はリリエーナと同じく茶色で、それが腰まで伸びている。
少し垂れた赤みがかった茶色の目で優しく微笑んだ後、副会長と名乗った。
クレア達もそれぞれ名乗り、軽い挨拶を交わす。
クレアが王女だということは馬車を見て把握していたので驚かなかったアレイアだが、メモリアの司書だと名乗ったティアと、精霊竜と説明されたリッカについては驚いていた。
そして、なぜかアレイアを目にした瞬間冷や汗を出しはじめているアルバート。
指先も少し震えている。
「あら?震えていますよ。馬車もありませんでしたし、また何かやらかしたのですか?」
「う、うむ。そうなるかもしれないな」
「あらあら。そういうことでしたら、別室でお話を聞かなければなりませんね」
「そ、そうだな……」
話しかけられるたびに汗が吹き出るアルバート。
アレイアの口調は特に変わっていないのだが、妙な迫力があった。
アルバートの震えも酷くなり、動きが気になったリッカが飛びかかる体勢になるが、シュトが襟を掴んで止める。
「リリー」
「は、はい!」
「お屋敷へ案内できますね?」
「はい!できます!」
「チャコ様。お客様なのにお手数をおかけしますが、そのままリリーを運んでもらえますか?」
「任せるニャ!」
「しっかり案内するのですよ」
「はい!」
アレイアはチャコに抱っこされているリリエーナに案内を指示した。
おっとりとした雰囲気のまま、言葉に威圧感を持たせたアレイアの言葉にリリエーナはしっかりと答える。
それは、話を振られたチャコですら尻尾をピンと立たせるほどだった。
「あなた。行きますよ」
「あ、あぁ……。リリー。あとは頼んだ……」
アレイアに手を引かれて行くアルバート。
首だけで振り返り、リリエーナに後を任せると、観念したのか肩を落として進んで行った。
「えっと、屋敷へご案内します。チャコ様にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「別にいいニャ。妹達を抱っこしているようなものニャ」
アルバートが見えなくなってから声をかけたリリエーナ。
アレイアがいる間は妙な圧力を感じてしまい、声を出せなかったのである。
「アレイアさんは怒っていたんですか?」
「まだ怒ってはいなかったよ。でも、話の内容によっては怒るかな」
「そうなのですか?アルバートさんは巻き込まれただけで、怒られるようなことはしていないと思うのですが」
「うーん。盗賊に襲われたことも馬車を失ったことも怒らないと思うよ。だけど、私を危険な目に合わせたことには怒ると思う。私が行商について行きたいって行った時になんで拒否しなかったのかってね」
「それも仕方がないですよね?」
「うん。だけど、反省はしないとダメだから」
「そうですね。でも、そうなるとリリーちゃんは外に出れなくなりそうですよね?」
「そうだね。でも、もともと自由に出れないからそんなに気にしてないかな。初めて街の外に出れたし、ティアちゃんとも友達になれたからね!」
「のじゃー!」
「もちろんリッカちゃんもだよ!」
馬車に乗り、商会のすぐ近くにあるチェスター家の屋敷に向かう間に、ティアがリリエーナに聞いた。
リリエーナの答えに眉を寄せたティアだったが、リリエーナの足のことを思い出して無理やり納得した。
普段から自由に外に出ることができないリリエーナにとって、今回の件で外出禁止になったとしてもそこまで影響はない。
少なくともクレア達がいるうちは外に出られるはずなので、その間は楽しもうと考えている。
ティアは楽しそうなリリエーナを見て、自分にできることを考え始める。
その頃商会にある会長の部屋では、アルバートとアレイアが真剣な表情で話していた。
リリエーナの予想通り盗賊に襲われたことや、その結果護衛が亡くなったこと。
馬車を失ったことについては長い商売上経験しているので特にお咎めはなかった。
新しく馬車を買う資金もあれば、亡くなった冒険者への見舞金も用意できる。
多少商売に影響するが、ティアのおかげで買い付けたものは運べているため紹介へのダメージは少ない。
それでも、リリエーナが危険な目にあったことは変わらず、運良く助けられたからいいものの下手したら殺されるか、奴隷として売られるところだったのだ。
リリエーナが一度行商について行きたいと行った時に止めなかったアレイアにも責任はあると自覚しているが、今にして思えば護衛を増やすなど対策があった。
それをしなかったのか自分を責めつつ、アルバートが危険な目にあったことで心配もしている。
別に怒っているわけではなかったのだ。
そして、話し合いも落ち着いたところでチェスター夫妻は商会長の部屋に設けられた休憩用の部屋に消える。
アルバートが恐れていたのは怒られることではない。
話し合いの後に色々と搾り取られることにだった。
今まで産んだ子供達も、できた時期を遡ればアルバートが何かしらの失敗をした時である。
防音の部屋で行われるため、商会の人間はおろか子供達も知らないことだが、代々商会長は通る道である。
そして、本日の営業を終えて商会を閉めた後屋敷に戻ってきたアルバートとアレイア。
アルバートが疲れていることは怒られたからだと納得したティア達だったが、妙にツヤツヤしたアレイアに対しては首をかしげた。




