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戦う司書さんと勇者と魔王  作者: 星砂糖
商人と 交易都市と 準司書契約
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Page88 「チェスター商会へ」

交易都市クロステルは領主の館を中心に商業区画と共住区画が交互に4度繰り返す作りになっていて、中央に近ければ近いほど高価な商品が取り扱われ、住民もまた裕福になる。

中央から東西南北へと伸びる大通りに面した商店はどこも盛況で、国から派兵されている兵士や領主の私兵による見回りで安全性が高い。

1つ路地を入れば一気に治安が悪くなるということもなく、奥まったところを除けば基本的に安全な都市である。


都市を表す交易の言葉通り様々な物が出入りし、それを加工する人、運ぶ人、守る人など仕事は多い。

また、領主の政策によって農地の拡張が行われているため開拓民だけでなく、第1防壁の先で獣や魔物を狩る冒険者の需要も高い。

運搬時の護衛だけでも食うに困ることはない上に、商品の販売中は狩りで稼げるため定住する者も多くなり、結果として都市全体の安全性が高まっている。


そんなクロステルの南門から中央に向けて走る赤い馬車。

クロステルは馬車道と歩道が分かれているため、それなりの速度が出ている。

周囲の人の中には赤い馬車に向けて手を振る人もいた。

行フェゴへ向かう際にも通ったため、この馬車にクレアが乗っていることは知られている。


「やっぱり姫さん人気やなー」

「……うん……」


カコとシュトが操車する馬車の窓からお姫様然としたクレアが手を振る。

冒険者としてのクレアを知る者が見たら唖然とすること間違いがないほど完璧な微笑で住民に応えている。


「これはクレアなのじゃー?」

「私が知っていたクレア様は今のクレア様です」

「お姫様モードニャ」

「そうなんですか?」


クレアと同じコンパートメントに居るティア達の中でリッカが困惑していた。

それほどまでにクレアのお姫様モードは別人のようだった。


逆にリリエーナは冒険者としてのクレアを見て困惑していたので、今のリッカの気持ちがわかっていて苦笑している。

ティアはあまり気にしていないのだが、目の前で話題にされたクレアは内心でとても恥ずかしがっている。


見知らぬ人から指摘されたとしても何も思わないクレアだが、ティア達とは一緒に旅をした仲なのだ。

目の前で自分のことを話題にされても、それを顔に出さず手を振り続けるクレア:


「もうすぐ商会です」

「わかりました」

「クレア様も大変ですね」

「いえ。これも仕方のないことですので」


アルバートから商会が近いと言われても、クレアは微笑みを浮かべながら手を振り続ける。

気を抜けるのは商会の中に入ってからだ。

それまではジッと見続けてくるリッカの視線に耐えなければならない。

なぜか視線を離さないのだ。


赤い馬車は北上を続け、領主の館の近くにある3階建の商会に入った。

商会の敷地内に馬車留めが作られているので、そこに向かって馬車を進める。

すると商会お抱えの馬車係の少年が近寄って来た。


「ようこそチェスター商会へ。お客様が商談中は私が馬車を見ておりますので、ごゆっくりお楽しみくださいませ」

「よろしく〜」

「……任せる……」


カコとシュトはそう言うと手綱を少年に向ける。

少年は一礼してから手綱を受け取ると馬を引っ張ってゆっくりと馬車留めまで進ませる。

ゆっくりとしたその牽引は、馬車を極力揺らさないように気をつけたものだった。


「ジョン。ご苦労だな」

「旦那様?!この馬車に乗っていらしたのですか?!」

「そうだ。あぁ、お前はこのまま馬の面倒を頼む。お客様は私が案内する」

「は、はい!」


ジョンと呼ばれた少年は、自分が止めた馬車の中から雇い主のアルバートが出て来たことに驚いた。

当のアルバートはそんなジョンに指示を出した後馬車から離れ、クレア達が降りてくるのを待つ。


最初にリッカが降り、それにティアが続く。

リリエーナを抱っこしたチャコが降りた後は、クレアが降りる。

クレアを見てようやく自分が操車した馬車に王家の紋章が入っていることに気づいたジョンは、口を開いてポカーンとしている。

それを見たアルバートは、クレア達が帰った後にまた指導する必要があると判断した。

声をかけた時は気づいて行動したと思っていたのである。


貴族の馬車には紋章が刻まれている。

それを確認してから手綱を受け取る必要があるのだが、ジョンは小さく刻まれた紋章にづけなかったのだ。

クレア達は冒険者として活動しているので問題ないが、これが面倒な貴族であれば受け取りに近づいた時点で難癖つけられることもある。

幸いクレア達だけではなくマーブル王国の王家全員こういったことには寛大なので問題にはならなかった。


「それでは、裏口から参りましょう。こちらへどうぞ」


アルバートはクレア達を正面ではなく裏口へ案内した。

クレア達の馬車を見て追いかけて来た人もいたからだ。


また、裏口とは言っても従業員用と訳ありの来客用の2つがあり、今回使用するのは訳ありの方だ。

どちらも1枚の扉だが、こちらの方は作りも精巧でプライドの高い貴族でも満足できる出来だった。


扉をくぐると待合室に繋がり、ここで一息つくことができる。

もちろん、ここで出てくる物は高級品だ。


チェスター商会は主に食料と生活雑貨を扱っていて、武具の類は最低限揃えている程度である。

また、お抱えの料理人を数人雇っていて、持ち回りで商会近くのレストランで各地の料理を再現したり、貴族の依頼で料理を教えに行くこともある。


冒険者からは他の店よりも美味しい保存食があることで有名で、その中でも瓶詰めで煮沸処理のされた保存食が人気なのだが、クレア達は購入していない。


クレアは王族だが自由に国のお金が使えるわけではない。

冒険者用の装備こそ国の年間予算から出したが、それでも季節ごとに用意する必要のあるドレスを作るより安上がりだったため役人は密かに喜んだ。

浮いたお金を全てクレアに渡せるわけもなく、護衛や必要物の購入に当てられた。

そのため、クレア自身は王家が調査した一般家庭のお小遣いに少し足した程度しか持っていなかった。


冒険者学校に入学した時点で4人の中で1番お金がなかったのはクレアだった。

父親である国王に相談すれば幾らか融通する準備はあった。

だが、クレアは冒険者学校の生徒でも受けることができる街中の依頼をこなすことでお金を稼いでいる。


王都なのでクレアの顔は知れ渡っており、クレアが冒険者を目指していることは周知の事実だったので、依頼のために王女が来ても『ついにこの日がやってきた』と思われていた。

王女が猫探しや庭掃除、ベビーシッターに酒場での給仕などを積極的に行う。

その噂は瞬く間に広がり、一般市民は間近で王女を見ようと、商店は店番に使って集客を図るために依頼が殺到した。


そのおかげで依頼に困ることもなく着々とお金を貯め続けることに成功したクレアは、お金を融通することで色々と交渉するつもりだった文官達の予想を裏切れたのである。

もしも、文官達の思惑通りに進んでいれば、成績優秀者とはいえ王女を最南端のメモリアまで向かわせることなど許すはずがなかった。

何かと難癖つけて近場に収めるつもりだったのである。


「それでは、色々精算もありますので応接室へご案内しましょう。ニア。応接室に軽い食事と飲み物を持って来てくれ」

「かしこまりました」


アルバートは裏口から商会に入ってからずっと付き従っている侍女に食事と飲み物を出すように指示を出して、自身はクレア達を3階の応接室へ案内する。

途中護衛なのか男性がチャコが抱いているリリエーナを受け取ろうとしたが、チャコが断るという一面があったぐらいで、問題なく応接室についた。


「どうぞ、お掛けください」

「ありがとうございます」


3人掛けのソファにクレアとティアとリッカが座り、対面にはアルバートとリリエーナが座る。

チャコ達はクレアの後ろで立っている。

クレアはパーティの代表として、ティアはメモリアの司書として話すことになった。


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