Page87 「交易都市クロステルに到着」
アルバートとリリエーナを加えた馬車の旅は順調そのものだった。
朝から夕方にかけて馬車で移動し、夜はティアが結界を張った後異空間で就寝。
馬車旅なのに毎日キッチリ調理された食事と暖かいお風呂にシッカリとした寝具で寝られるのである。
当然のことだった。
それでも移動中は魔獣に襲われることもあったが、クレア達の連携の前にあっけなく倒された。
途中の村ではそういった魔獣の素材を渡し、村の中で食事をとった。
宿屋がある場合はそこで一泊することもある。
ティアの異空間にある拠点と比べると寝具の質などが落ちたり、他の冒険者に絡まれたりするなど快適ではなかったのだが、これは村にお金を落とすという意味合いが強く、王族としてクレアも積極的にお金を使っていた。
とはいっても酒場で食事を奢ったり、村の名産品を購入する程度だが。
アルバートも商人として何度もこの村を通っているため、商品の購入や世間話をして様々な情報を仕入れていた。
馬車は失われたが積荷は屋敷に運ばれていて無事だった。
また、資金も同様だったため村での交易も問題なくできている。
クレアの馬車から商品を出すわけにはいかなかったので、荷物の出し入れにティアを連れまわすことになったが、知らない村を回れたことでティアはとても嬉しそうだった。
それはティアについていくリッカも、チャコに抱えられたリリエーナも同様だった。
ティアの魔力であれば浮遊椅子を異空間以外でも使うことは可能だが、今は目立たないようにするということで作ってはいない。
チャコに抱えられたリリエーナと、本から木箱など色々な物を取り出す小さな司書がいて目立たないわけがないのだが、護衛として目を光らせるチャコとシュトによって騒ぎにならなかったので本人達は目立っていないと思っている。
クレアとカコは各で抱えている悩みの中で簡単に解決できそうなことや、魔法による防壁の強化を行なっていた。
メモリア封印の原因となった勇者と魔王の放った一撃によって魔力が活性化し、魔獣の数が増えているためだ。
フェゴへと続く街道は各村を経由して進むため、目印となる狼煙が無ければ迷う可能性が飛躍的に上昇する。
そのため、村には不要なほど堅硬な防壁が作られているのだが、それを見た徴税員は目を丸くすることになる。
「ティアちゃ〜ん。クロステルの防壁が見えてきたニャ」
そんなことを各村で行い、村がない場所では快適な野宿を繰り返してしばらく。
チャコが馬車を操車しながら御者席から馬車の中に声をかける。
使用人用のコンパートメントはいつの間にか子供達が集まる場所になっているのだが、主人用のコンパートメントとは違い扉がないので声をかけやすい。
そもそも扉がないのは主人からの指示を聞き逃さないようにするためのものだったが、ティア達のお喋りを聞くことにも重宝している。
もっとも、操車中に聞こえるのは獣人のチャコと、亜人のカコとシュトだけで、クレアとたまに操車するアルバートには聞こえていない。
もっとも、主人用のコンパートメントを締め切らないようにしているので中で残りのメンバーがそれとなく聞いていたりする。
これは子供達が突拍子のない行動に出ないようにするための情報収集で、リッカが村に着いた瞬間竜になって飛び立ってしまい、家畜が暴れ出したことが原因だ。
事前にティアに竜になりたいと伝えていたのだが、ティアはリッカが竜になることで家畜が恐慌状態になるとは予想していなかったのだ。
「もう着くんですね」
「ティアちゃん。クロステルは防壁が2つあって今見えるのは農場を守る防壁だから見ても仕方ないと思うよ。雪に覆われているからね。もう1つの防壁に近くなったら見に行くといいよ」
「わかりました」
「のじゃ〜」
チャコに声をかけられたティアが腰を上げて御者席に向かおうとしたところ、リリエーナが止めた。
それを聞いたチャコは苦笑しながら馬車を進ませる。
ティアが見たいといえば速度を落とすつもりだったのだが、それは要らぬ気遣いに終わった。
クロステルは東西南北に道が続いているため人口が多い。
食料の全てを周囲に頼るのは良くないと考えた領主の指揮のもと、元からあった防壁の先に農地を作りそこを更に防壁で囲っている。
チャコが言った防壁は農場を囲む防壁だった。
「あ、これが防壁ですか?」
「カコが作ったものより低いのじゃー」
「うん。ここは低いんだ」
馬車の窓に張り付いたティアとリッカは、途中の村でカコがっ作った防壁より低いクロステル第一防壁を見て残念な気持ちになった。
それでも、農場を守る防壁としては大人が肩車したよりも高く、幅もイノシシが突っ込んできても大丈夫なぐらい厚い。
ただ単にカコがやり過ぎただけである。
「農場なのに家がたくさんありますね」
「あの中で寒さに強い野菜を育てているの。強いと言っても雪が積もると負けちゃうからね」
「そうなのですか」
「のじゃー」
防壁を越えると屋根に雪が積もった大きな倉庫がたくさん建っていた。
屋根は開閉式で、雪を落としてから開けることで日光を取り込めるような作りになっているのだが、あいにく今日は朝か雪が降っていて、昼過ぎの今も止むことがなかった。
そのため雪は積もったままである。
「ティアちゃ〜ん。次の防壁と街の入り口が見えてきたニャ」
「行きます!リリーちゃんは……シュトお姉ちゃん!」
「お願いします」
「行くのじゃー!」
農場の横を少し進むと雪の先に大きな壁が見え始める。
今度の防壁はクレア達が乗っている馬車を5台は積み上げなければ届かないぐらい高く、幅もそれを支えるためにとても厚い。
晴れていれば第一防壁からも見えるはずだが、あいにくの空模様のため近づかなければ見えなかった。
チャコに声をかけられたティアは勢いよく立ち上がり、リリーを見た。
ティアとリッカが協力してもリリーを運ぶことはできないのだ。
だが、それを予想していたかのようにシュトがコンパートメントに入り、リリエーナを抱き上げる。
そして、御者席へと繋がる窓へと向かった。
「大きいです」
「のじゃ……」
リリエーナはこの街の出身なのでわざわざ見る必要はない。
なので、シュトに支えてもらいながらティアの邪魔にならないように後ろに下がり、驚くティアとリッカを見ていた。
その顔は若干誇らしげだった。
自分たちの住む街の防壁を見て驚いてもらえたのだ。
ティアに驚かされっぱなしのリリエーナとしては少し嬉しくもあった。
「それじゃあ向こうから行くニャ」
「そうね。お願い」
チャコは商人達が並ぶ列ではなく、その横にある大きく門が開いている方へと進んだ。
それは貴族用の門で、クレアが短剣と馬車の紋章を見せると即座に通された。
そして、1人の門番がどこかへ走って行ったのだが、それを見たクレアとチャコは苦笑いを浮かべている。
「報告に行ったニャ」
「領主の元だろうけど……」
「確実に伝わるニャ」
「だよね。どうしようか」
「とりあえずアルバートさんとリリエーナちゃんを家に送り届けるニャ」
「そうだね。そうしよう」
クレア達は走って行った兵士を見て自分たちの護衛に話が行くことを考えた。
だが、ひとまずそれを保留にして、アルバートリリエーナを送ることにした。
連絡が行くのは止められないので、怒られるのが遅いか早いかの違いしかない。
ティアとリッカはクロステルの街並みに興奮していたが、クレア達のテンションは下がる一方だった。
それでも馬車はアルバートが営むチェスター商会へと向かう。
「もう逃げられへん……」
馬車のに居たカコの呟きにアルバートが眉を寄せるだけだった。




