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戦う司書さんと勇者と魔王  作者: 星砂糖
商人と 交易都市と 準司書契約
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Page86 「誰もが安全な野営を求める」

リリエーナとティアがクロステルやメモリアについてはなしている間も馬車は進み続ける。

お昼過ぎに屋敷を襲撃したので、少しすると日が沈み始めた。


本来であれば野営の準備をする必要がある時間帯だがティアのおかげで馬車を止めれば問題がないため、襲撃で遅れた分を取り戻すかのように馬車を走らせている。


隣国ヒュームの商人や兵士の尋問を終えたアルバートとクレア、獣化の疲労が程よく残っているチャコは同じコンパートメントで今後について相談していたのだが、一向に野営の準備をしないクレア達にアルバートがどうするつもりなのか聞くことがあった。

アルバートは尋問のために異空間に入っているので、クレアがそこで夜を明かすことと、宿泊できる施設があると伝えると納得した。


アルバートもメモリアの司書が持つ力は知っている上に、商品の発送などで依頼したこともある。

だが、異空間の利便性については倉庫程度の知識しかなく、牢屋に直接移動したため倉庫に人を入れていると勘違いしていた。

牢屋の設備が脱出できないようにしている仕掛けを除いて最低限だったのもある。


「あーーーー。お腹すいたニャ……」

「のじゃーーーー。同じくなのじゃ……」


クレアとアルバートの話が終わったので、リリエーナをクレア達のコンパートメントに運ぶためにティアのところに来たお腹をさすりながらチャコが入って来た。

それを見たリッカも同じくお腹をさすって応えたが、リッカはずっと干し肉を食べている。

干し肉には魔力が籠っていないので、いくら食べてもマシにはなるが満足することはない。


「リリー!」

「お父さん!クレア様に迷惑かけなかった!?」

「だ、大丈夫だとも。お父さんは仕事はキッチリできる人なんだよ」


チャコに抱っこされてコンパートメントに入って来たリリエーナを見た瞬間、アルバートが立ち上がり名前を呼ぶ。

しかし、当のリリエーナはそう来るのがわかっていたかのように返答し、アルバートをたじろかせた。

クレア達は知らないが、普段アルバートと母親が行なっているやりとりそのものであった。


「この辺でええやろ〜っと。到着やで〜。ティアちゃんよしく〜」


馬車を止めたカコは御者席から馬車内に声をかけたが、リリエーナが加わったことでテンションが上がったアルバートが騒いでいるせいで聞こえていなかった。

話題はリリエーナの小さい頃の話だったので、クレアとチャコは見守っていて、ティアは話の中に入っている。

リリエーナは恥ずかしさからアルバートのお腹を何度も叩いているが、力を込めていないので育て上げられたお肉を揺らす程度だった。


「姫さ〜ん。野営準備しよ〜」


痺れを切らしたカコがコンパートメントに入りながらクレアの膝に腹ばいになる。

そこでようやく馬車が止まっていることに気づいたクレアと、ようやく食事にありつけることで耳がピンと立ったチャコ。

野営準備と言われて自分の出番だと張り切りだしたティアと外に出られるのでテンションが上がり始めるリッカと、アルバートを含めてさらに騒がしい状態になった。


「……早くする……」


それは、なぜか小声なのに響き渡る冷たい声が聞こえてくるまで続いた。

シュトの声で冷静になったクレア達は、外に出て馬車を馬ごと異空間に収納すると、ティアが結界を張るのを見てから異空間に移動した。


「うわぁー!これがティアちゃんが作った異空間ですか!全然倉庫じゃないです!」

「えっと、私の魔力でペンシィさんが作ってくれたんです……」


入ってすぐにチャコに抱っこされたリリエーナがティアに話しかけたが、ティアは恥ずかしそうに返した。

だが、リリエーナにとってはティアの魔力で作られたということしかわからないので、ただすごいという認識だった。

リリエーナ自身は生活魔法を使える程度なので、魔力で草原や山、湖に建物を作るということが想像できていないのだ。


「ティアちゃーん。その子をこれに座らせてあげて」


驚いて固まっているアルバートを放置して異空間について話していると、ペンシィが見慣れないものを後ろに浮かべながら近づいて来た。

それを見たアルバートがさらに固まる。


アルバートやリリエーナは精霊を見ることはできないが、ペンシィ達は上位の精霊は自分達で実体化することができる。

リリエーナは初めて見た精霊に驚きつつも、興味津々に見つめていた。

ティアがペンシィと呼んだので、この空間を作った精霊だということはわかっているが、さらに気になるのは後ろに浮いているものだった。


抱っこされたリリエーナから見えるにはちょっと豪華ナイスだが、ティアが見えいるのは足の部分だった。

この椅子には足がなく、そこが丸くなっていた。

リッカに至っては浮いている椅子をツンツンと突ついている。


「これは何ニャ?」

「昔作られていた浮遊椅子をティアちゃんの魔力で作ったものだよ。実物を作るには素材が足りないからとりあえず異空間限定かな〜。ティアちゃんがいる間は外でも作れるけどね〜」

「へー。こんなものがあるんやな〜。記録に載ってるもんなん?」

「そう!でも、何でも作ればいいってわけじゃないからね〜。ティアちゃんのお友達だから特別だよ!」

「あ、ありがとうございます」


怪しいものじゃないとわかったので、チャコがリリエーナを座らせようとする。

だが、浮いているせいでうまく座らせることが出来なかったので、カコと協力して座らせた。

過去この椅子を使用していた者達の時代は、足が悪い場合別の処置を行っていた。

ペンシィがそれを言わないのは、ティアの魔力をもってしても技術では再現できないからであった。


「左手のレバーの前後で移動、左右で回転するから斜めに倒せばその方向に旋回できるよ。右側のレバーで速度、ボタンで少し上昇できるから階段も登れるよ!屋敷に着くまで色々練習してね!」

「わ、わかりました!」


ペンシィに言われたことを、恐る恐る実践するリリエーナ。

その場で回転したり前後左右に動かし、時には上昇する。

速度は怖いのかそこまで出していないが、それでもクレア達が歩く速度ぐらいは出ているので、異空間での移動はある程度問題なくなった。


「おぉー!すごいのじゃー!リッカも後で乗るのじゃー!」

「リリーちゃんいいですか?」

「もちろんだよ!それに、リッカちゃんなら今でも乗れると思うよ。椅子も大きいし」

「後ででいいのじゃ〜」


リッカはティアの背後に隠れながら言った。

乗りたいが少し怖いといったところである。


「リリー?!何だそれは!」

「アルバートさん。説明したしますのでこちらへ」

「あ、いや、しかし……」

「お父さん!」

「わ、わかった……」


異空間の風景に心を奪われていたアルバートが我に帰ると、愛娘が得体の知れない椅子のような物に座り、フヨフヨと浮いているのである。

取り乱しても仕方がないかも知れないが、ペンシィはアルバートにも見えているので、クレア達からすると話を聞いていてほしかった。

この異空間を使えばどれだけの商売ができるか考えてしまっていたアルバートは、商人としては正解だが話を聞き漏らしたという点では減点対象だ。


聞いていなかったのは仕方がないので、クレアに連れられて離れたところで事情説明が行われた。

その時に浮遊椅子を外でも使えないかと聞かれたが、詳しくはティアの契約精霊であるペンシィに聞いてほしいと伝えられた。


この後は浮遊椅子の具合を確かめながら湖の上に建つ屋敷へと向かった。

屋敷へ渡る橋も、入ってからもアルバートとリリエーナは驚き続けていた。


屋敷に入ってからシュトが作った食事を取った後、旅の疲れを癒すためということでお風呂に入ることになった。

当然のようにリリエーナ入ろうとしたアルバートだったが、当のリリエーナティアと入ると言い、ティアはクレア達と入るのでアルバート締め出される結果となった。


食堂で1人寂しくチミチミとお酒を飲むアルバートを慰めたのはレインとゴルディアであったが、精霊の声が聞こえないアルバートからすると動く人形に慰められたという結果になった。

それでも1人寂しく飲むよりはマシで、話せば頷いてくれるレイン達に妻や子供の自慢話を始めた。


女性陣特有の長風呂から戻ってきたクレア達が目にしたのは、人形相手に顔を崩して自慢話をするアルバートだった。

それを見たリリエーナは恥ずかしさからか、ティアとリッカを伴って寝室へ急いだ。

リリエーナを浮遊椅子から降ろすためにチャコも一緒に向かった。


クレア達はアルバートに声をかけると、それぞれ割り振られた部屋に向かう。

アルバートはレインとゴルディアに促されてお風呂に連れていかれ、1人寂しく堪能した後就寝した。

ずっとレインとゴルディアには見守られていたのだが、それぞれ旅に出ず娘と接していたら自分もああなっていたのかと若干引いていた。

だが、気持ちもわかるためアルバートには優しくしようと誓い合うのだった。


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