Page83「チャコの本気」
「何者だ!止まれ!」
「嫌ニャ!」
地下牢へと続く階段を上がり、仕掛け部屋を通って廊下に出ると剣を抜いた盗賊がいた。
壁越しでも気配を察知していたチャコは、誰何する声に飛び掛かりつつ拒否して、そのまま蹴りを見舞った。
蹴られた盗賊は壁に叩きつけられて気を失った。
その盗賊に対してすかさずロープでぐるぐる巻きにするカコ。
ティア達はその連携を見ながら部屋を後にした。
もちろん、盗賊はティアの異空間に入れられている。
アルバートはティアの後ろをついて行き、その横にゴルディアが並ぶ。
レインはティアの横にいる。
クレアはアルバート達にレインとゴルディアについて説明するのは良くないと判断して、ティアの精霊がぬいぐるみに宿っていると説明した。
メモリアが封印されたこととその原因が知れ渡ったとしても、それを実際に引き起こした者が生きていると分かれば面倒なことになるかもしれないのだ。
名前を変えていないので事情を知っている者に勘ぐられることはあるはずだが、精霊の声を聞ける可能性は低いので、本で読んだ名前をつけたという説明をしている。
そもそもアルバート達は勇者と魔王が戦ったことは知っていたが、名前は知らなかったので杞憂に終わった。
アルバートの後ろにはクレアにお姫様抱っこされたリリエーナが続いていて、その後ろをシュトが周囲を警戒しながら進んでいる。
リリエーナは王女であるクレアに抱っこされることに激しく抵抗したのだが、チャコとカコは前を警戒する必要があり、シュトは後方を警戒しているので、いざという時に動くことがあるため不可能だ。
ティアとリッカでは小さいのでリリエーナを運べない。
レインとゴルディアは小さい上にぬいぐるみなので、重い物を持つと潰れてしまう。
そうなると空いているのはアルバートとクレアだけになる。
アルバートに対しては腰痛を気にしたリリエーナだったが、クレアに対しては立場を気にした。
ティアが異空間に連れて行くかと確認したのだが、それはアルバートが見えないところにリリエーナを移動させることを嫌がった。
アルバートも一緒に入ればいいとクレア達が提案したのだが、この騒動の原因となった者として決着を見届けるまでは入れないと断言し、頑として譲らなかった。
その結果、クレアにお姫様抱っこされることになったのである。
抱っこされる寸前で、カコに「お姫様にお姫様抱っこされるなんてすごい経験やで〜」と言われて顔を青くして、泣きそうになるということもあったが、ティアとリッカを先にお姫様抱っこしたことで何とか納得してくれた。
そこから同じ経験をした同士ということでリリエーナがティアやリッカに話しかけようとしているのだが、きっかけが掴めないまま戦闘が始まってしまったため、リリエーナにできることは話すことではなくクレアに捕まることだけになった。
「む!たくさんいるニャ」
「せやな〜。強敵も1人おるわ〜。ちょっと面倒やね〜」
『俺が出よう』
『我もだ』
「よろしく〜。じゃあチャコは強そうな人に集中ってことで」
「わかったニャ」
階段を降りた先にあるエントランスホールには、一際体の大きい盗賊が大剣を床に突き刺して待ち構えていた。
周囲には他の盗賊達もいて、それぞれが剣と盾を構えていた。
チャコ達はどうやって戦うかを即座に決めて、ティア達を守るように構える。
ティアも即座に結界を張って、いざという時に備えた。
「これはこれは……。王女殿下に小さいが司書もいるのですか。どうです?今降伏するなら手荒な真似はしませんが」
「王女とわかってその態度ですか」
大剣の盗賊がクレアに話しかけたが、その言葉の中には嘲りが含まれていた。
いくらおてんばとはいえ王女に向ける感情ではない。
「えぇ。滅び行く国の王女に払える最大の敬意を払っただけです」
「滅ぶ?我が国が?」
「えぇ。メモリアの消失でクリスティーナ・メモリアがいなくなった。ヒュームがマーブルを攻撃するにあたって最大の障壁が無くなったのです。戦争は時間の問題ですよ」
「貴方はヒュームの人間なのですか?なぜ、我が国の剣技を使えるのです」
「戦争相手の国は調べて当然でしょう。ただ、それでも一般的な剣術を知るのが限界ですが、貴女も騙されたのでしょう?」
「確かに騙されました。つまり、誘拐を行なった盗賊と商会は両方ヒュームだったというわけですね」
最初に捕らえた盗賊もヒュームの人間だったので、マーブル王国の王女として発せられた命令に従う必要はなかったのである。
また、館の門番も下手に会話をすると兵士ではないと判断されると思って攻撃を仕掛けている。
会話を進めることで軍に関わる話を振られて答えられないということが無いようにするためだった。
最も、チャコとカコはそんな質問をするつもりはなかった。
「そうです。では、おしゃべりはこれくらいにしてさっさと終わらせましょう。王女と司書と商人以外は殺してください!」
床に突き立てていた大剣を抜き、クレア達に突きつける。
それを合図に周囲にいた盗賊達が駆け出した。
その構えは先ほどまでの守りを主体とした盾を全面に押し出す構えではなく、攻撃的なヒュームの構えになっていた。
「チャコ!」
「わかってるニャ!さっさと終わらすニャ!獣化!」
クレアが声をかけると、チャコがカコやレイン達を手で制しながら一歩前に出る。
自国の兵士ではないと分かれば容赦する必要がないので、チャコが本気で倒しにかかるために装備を外しながら叫ぶ。
チャコが叫ぶと筋肉が膨れ上がり、服や靴が破ける。
手や足にはどんどん毛が生えていき、膨れ上がった筋肉を2本足で支えきれなくなって4つ足で立つ。
可愛らしい猫の顔から、凛々しくも勇ましい牙が上下2本ずつ生える。
ほとんどを白い毛で覆われ、背中には黒い一本線。
そして、その黒い線に対して十字になるように何本も背中や頭に黒い毛が生えている。
どう見ても猫ではなかった。
「ガアァァァァァァァ!!」
獣になったチャコが吼える。
それを初めて見たティアとリリエーナは呆然とし、リッカは自分と同じように変身できるチャコをキラキラした目で見ている。
レインとゴルディアは感心したように眺めていて、アルバートは「生の獣化はこんなに迫力があるのですねぇ」と感動していた。
「えっと……チャコお姉ちゃんですよね?」
「せやで〜。チャコはな、猫の獣人じゃなくて虎の獣人やねん。実家は猫の獣人やねんけど、たまに先祖返りすることがあるねん。それがチャコ」
「猫じゃなくて虎……」
「猫の家系で自分だけ虎やから色々あってなー。普段からニャーニャー言ってるのは猫だとアピールしたいからやねん。別に家族はチャコのことを嫌ってるとかないねんけどな」
「そうなのですか……」
チャコは猫の獣人の家系に生まれながらも虎の獣人だった。
マーブルでは先祖返りをした場合、国に申し出る必要がある。
これは、先祖返りによっては家族で面倒が見れない場合があるかで、チャコも生まれた時はそうだった。
種族が違うので身体能力に差が出るのだ。
幸い、チャコは心優しく育っていたのだが、それでも猫と虎という差が家族から距離を開けることになる。
チャコの家族も色々な手で歩み寄ろうとしていたのだが、なかなか上手くいかなかった。
そんな折にチャコの父が王宮へ衣服を納入することになり、王宮の人間へ相談した結果、クレア付きになったのである。
「まぁ、チャコはチャコやから気にせんといつも通りにしたってな」
「はい!もちろんです!それにしてもふわふわです……」
「ん?あーせやな。毛並みは最高やから、後で触らせてもらい」
ティアが小さく呟いた声を、カコは聞き逃さなかった。
しかも、ティアの小さな手はすでにワキワキと動いている。
よっぽど触りたいようなので、カコ触るように言った。
本人の許可は得ていないが、ティアが触りに来てもチャコが拒絶することはないとわかっての発言だった。
「いいんですか!リッカちゃん、一緒に触らせてもらいましょう!」
「のじゃー!」
「あ……」
「え?あ、リリエーナさんも一緒に触らせてもらいますか?」
「えっと、はい……」
「一緒に行きましょう!でも、まずはチャコお姉ちゃんが勝つこと見届けます!」
ティアはチャコが負けるとは微塵も思っていなかった。
知識として知っている獣化を目の当たりにしたことで、いつも強いチャコがさらに強くなっているとわかったのだ。
獣化は獣人の中でも一部の者しか使えない技で、体を獣にすることで、人間離れした能力を発揮する。
種族によっては戦闘力が落ちることもあるが、その場合は人間状態ではできないことができるようになる。
犬の獣人であれば鋭い嗅覚がさらに鋭くなるのだ。
そんなティアの想いを受け取ったのか、チャコは迫る盗賊達を前足で叩いて簡単に吹き飛ばす。
虎になったせいで表情が読みづらくなっているのだが、随分とつまらなさそうな雰囲気で戦っている。
「獣風情が!回り込んで数で押さえ込め!」
大剣の盗賊の指示で残った盗賊がチャコを囲み、、一斉に剣を振り下ろす。
だが、その攻撃はチャコの毛を切ることすらできずに表面で止まった。
獣化は魔力を纏って行うものなので、傷付けるためには卓越した技術か魔力を伴った攻撃が必要になる。
しかし、この盗賊達にはそんな技術はない。
なので、チャコを傷付けることはできなかった。
「ガァァァ!」
鬱陶しいとばかりにその場で勢いよく回転し、盗賊を吹き飛ばすチャコ。
勢いそのままに残った大剣の盗賊に飛びかかり、大剣を握っている手に噛み付く。
「ぐぁぁぁ!俺の手が!クソがぁ!」
チャコの牙が腕を貫通し、左手が使えなくなった盗賊は、叫びながら片手で大剣を振るう。
重さも相まって威力は高いのだが、チャコを捉えることはできなかった。
「くそ!くそ!くそ!商人を捕まえる簡単な仕事だったはずなのに!」
王女を捕らえた功績によってヒュームでの立場を想像していた盗賊にとって、チャコの強さは誤算だった。
そもそもヒュームは獣人や亜人を見下しているので、たとえ実力があっても認めない。
ちなみに、チャコが獣化せずに1対1で戦っていれば負ける可能性はあった。
ただし、周りの盗賊が早期に倒されることは避けられなかったので、カコやシュトの援護を受けたチャコに倒されることは変わらなかったはずである。
「ガァ!」
「ぐぅ!」
チャコが右手にも噛みつき、そのまま壁に叩きつけたことで大剣の盗賊は気を失った。
それをカコがロープで縛り、ホールに転がった盗賊達と一緒にティアが異空間に入れた。
「さぁ!リッカちゃん!リリエーナさん!行きましょう!」
「のじゃ!」
「あ、ティアちゃんゆっくり!」
盗賊を収納しながらチャコをチラチラ見ていたティア。
収納し終わった瞬間、クレアに抱えられたリリエーナ手を取って引っ張りながらチャコに向かう。
「グルゥ?ガゥ……」
外を警戒していたチャコは近づいてくるティアを見て一瞬身構えたが、ティアの目を見て腰を下ろした。
この姿を子供に見せると怖がれるので、できれば見せたくなかったのだが、ティアとリッカの目のは恐怖の色はなく、リリエーナもティアに感化されたのか、戸惑いよりも期待の方が大きいようだった。
「も!もふもふです!ふわふわです!いい匂いがします!」
「気持ちいいのじゃー!」
「すごい……」
「ガ、ガゥ……。グルゥ……」
チャコは触られて身悶えていたが、もふもふの魅力に取り憑かれた3人はそれに気づかなかった。
後ろではリリエーナを抱いたクレア以外がアルバートを守るように立ち、周囲を警戒したが館内に盗賊はいないようだ。
あとは警戒しながら向かってきている商人とそこ護衛だけである。
ティア達のもふもふは商人が館にたどり着くまで続いた。