Page77「盗賊達の拠点へ」
燃やした死体から残った盗賊の装備品を持ったクレアが馬車に戻る。
その横についていたチャコの耳はペタンと畳まれておて、それを見たカコの耳も畳まれた。
尻尾も萎んでいる。
シュトはクレアの表情を見た後、カップを手渡す。
中身は砂糖がたっぷり入った甘いホット山羊ミルクだった。
クレアが盗賊と相対している間にティアに言って、山羊乳と砂糖を出してもらい作っていた。
「ありがと。でも、大丈夫。心配しないで」
「……わかった……」
「カコもね」
「うん」
クレアはホットミルクを飲みながらシュトとカコに問題ないことを伝えた。
殺した時にも伝えたが、2人の心配そうな顔を見ての発言だった。
初めて人を殺したクレアより、クレアが人を殺すところを見た2人の方がひどい顔をしていた。
2人共自分で殺せばよかったと思っている。
ちなみにチャコは自分1人で盗賊を制圧することが可能か考えていた。
相手側に獣人がいなければ問題なくできるという自信はあったが、その獣人がいないという確証がないため、考えるだけに終わった。
もしも、相手に獣人がいなければ、今すぐ飛び出していたことだろう。
「よし!休憩終わり!出発しよう!」
「わかったニャ」
「せやね。さっさと終わらそ〜」
「……うん……」
クレアの号令で気持ちを切り替えたチャコ達。
この辺は冒険者として叩き込まれたことでもあるので、気持ちの切り替えはお手のものである。
戦闘中に仲間が死んだり、自分の手足を損傷する可能性もある。
そういう時に動揺するなというのは難しいが、動揺したとしても心を立て直す術を用意しておくように教育されている。
自分が強く関心のあるものを強く思い浮かべることで思考を逸らし、目の前のことに集中し直す方法だ。
これの習得までに、クレアは3回、チャコは2回、カコとシュトは5回骨を折られている。
もちろん、治癒魔術で治されるので問題ないが、折られた痛みは襲ってくるので、痛みの中切り替えるのに時間がかかった。
とはいってもこの回数であればとても少ない方だったが。
「それじゃあティアちゃん。馬車と馬を異空間に入れてくれる?」
「わかりました」
クレアに頼まれて馬ごと馬車を異空間に入れるティア。
ティアが態度を変えることなく接しているのは、祖母のクリスティーナによる英才教育の賜物である。
司書はその立場上狙われることがよくある。
そのため、幼いころから敵に容赦してはいけない。
トドメを刺さないとダメだという話に加え、クリスティーナがカコに失敗した話をいくつも聞かされていた。
なので、盗賊が捕らえられて殺されたのを目の当たりにしても、お祖母様の言う通りだったと受け止めた。
「チャコ、道案内よろしく」
「わかったニャ。こっちニャ」
チャコを先頭に、クレア、ティア、リッカ、カコ、シュトの順でクレアの精霊が雪を溶かした道を進む。
ティアとリッカの速度に合わせて移動しているが、相手を警戒しながら進むことになるので丁度よかった。
ちなみに、ティアはついて行く約束だったが、リッカはただの好奇心である。
しばらく進んでいくと森が見え始め、その奥には薄っすらとだが山の影が見えるようになってきた。
吹雪がなければ馬車を収納した場所からでも見えていたのだが、近くまで見えなかったのである。
チャコは迷うことなく森の中に入っていく。
木のおかげで吹雪から身を守れるようになったのだが、火の精霊によって守られていたクレア達には関係がなかった。
少し先が見やすくなった程度である。
「そろそろ、中継地点ニャ。さっきの感じだと2人いるニャ」
「わかった。どうやって攻めようか」
「……私がやる……」
「わかった。シュトお願い。殺してもいいからね」
「……一撃で仕留める……」
森の中をしばらく進んでいるとチャコの言った通り、少し先に焚き火を囲む男が2人いた。
装備はクレアが殺した2人と同じ物で、連絡も取り合っていたので盗賊の仲間である。
なので、クレアは容赦しなかった。
シュトは弓に2本の矢を番えて、一気に引きしぼる。
そしてタイミングを見計らっているのか、数秒待ってから放った。
放たれた矢は、焚き火挟んで話し込んでいた2人の頭を貫いた。
話しをしている最中に矢を射られたせいで、驚いた顔のまま倒れた死体は、頭から血を流している。
クレアがそれを一瞥すると、聖霊を使って死体を燃やした。
一瞬の炎の後に残ったのは、先ほどと同じように盗賊が身につけていた装備だけだった。
ティアが言われる前に装備品を異空間に仕舞い込むと、クレアがお礼を言いながら頭を撫でる。
それを受けて笑顔になるティアだったが、チャコ達はティアの教育に悪いのではないかと気にしていた。
既に手遅れではあるが、メモリアの司書としては正しいので、矯正しようとしたらペンシィが出張ることになる。
「えっと……あとはこっちにまっすぐニャ」
チャコは、ティアの教育は保留にして、道案内を継続することにした。
ずっと一緒にいるのであれば教育することも考えるべきだが、王都までの護衛なので、そこまでやる必要がないと判断した。
列の後ろではシュトが教育するべきではないかとカコに相談していたが、止められていた。
カコは面倒というのが主な理由だったが……。
「あれニャ」
しばらく森の中を進んでいくと、目の前が開けると当時に館が目に入った。
館は2階建てで、後ろが崖になっている。
館の周囲は壁で囲まれているが、壁の周りに掘りはないので、やろうと思えば越えれるぐらいだった。
館の庭部分には彫刻などの飾りつけはなく、広々と開けた場所になっていて、倉庫のような建物が2つ建てられていた。
入り口の門は開いていて、門番代わりなのか盗賊が2人立っている。
門を一度閉めると凍って開かなくなる可能性があるため、有事の際でなければ開けておくように言われているための門番だった。
「門番は2人ニャ」
「中に何人いるかはわかる?」
「それはさすがにわからないニャ」
「せやな〜。誰かが囮になったらわかるんちゃう?」
「イヤニャ。それ絶対私が囮になるニャ」
「……私がやってもいい……」
「囮は却下」
クレア達は館を見ながらどうするか話し合う。
攻めるにしても相手側の人数がわからないので、多少慎重になる必要がある。
やろうと思えば館ごと吹き飛ばすことも可能なのだが、襲われた商人が生きている可能性もあるため、そんな手段は取れない。
囮として誰かが騒ぎを起こして、その隙に救助するという手もあるのだが、どこに商人がいるのかもわからない。
カコの囮作戦を実行しても、数人の盗賊が出て終わる可能性もある。
そのため、クレアは囮作戦を行わないと決めた。
「それならどうするん?」
「精霊に探ってきてもらう。ティアちゃんは今のうちにレインさんとゴルディアさんを出しておいて」
「わかりました」
森の中に隠れながらぬいぐるみを2体出すティア。
レインとゴルディアはペンシィ経由で何が起きているのかを聞いているため、即座にしゃがんで身を隠す。
といっても元々が小さいため、立ったままでも茂みのおかげで見つかることはない。
「それじゃあ、よろしくね」
クレアが鞘に納めたままの双剣を軽く叩くと、それぞれの柄に嵌め込まれた赤い宝石から、赤い玉が出てくる。
その玉は人が歩くぐらいの速度で館へと向かう。
片方が門番の前をフヨフヨと漂ったが、門番は反応しなかった。
つまり、門番は精霊が見えないということになる。
その間にもう一方が館へと侵入していったので、慌てたのか少し速度を出して門番の前を飛んだ方も館に消えていった。
「これで、あとは待つだけだね」
「そうだニャ」
「それじゃあ作戦会議やな」
「……うん……」
精霊の帰りを待つ間にこの後の行動を決めることになった。
パターンは2つ。
捕らえられた商人らしき人物が生きている場合と死んでいる場合である。
「手遅れだったら叩き潰すのが楽なんやけど」
「それだと証拠がなくなるからダメニャ」
「そうなると正面と側面から叩く感じになるかな」
「シュトとカコが援護で、私とクレアが突撃ニャ」
「ティアちゃんにはカコかシュトのどちらかの近くで結界を張ってもらえれば良いかな」
「わかりました」
「リッカちゃんはティアちゃんの近くにいてね」
「のじゃー。ティアはリッカが守るのじゃー」
前衛であるクレアとチャコが二手に分かれ、それぞれをシュトとカコが援護する。
ティアはシュトの近くで結界を張って防御に徹する。
いざという時はティアの結界の中に逃げ込めばいい。
ティア自身の守りはリッカに加えてレインとゴルディアがいる。
2人は異空間でずっと訓練をしているので、徐々に使える魔力が増えて、動きも滑らかになってきていて、まだ生前には程遠いが、駆け出し冒険者には負けない程度には強くなっている。
「次は手遅れじゃない場合だけど、この場合は私とチャコで館に攻め込んで商人を確保するから、カコとシュトは外で盗賊を引きつけてくれる?」
「館を壊さない程度にやるわ〜」
「……問題ない……」
「ティアちゃんとリッカちゃんは森の中に隠れていてもらおうかな。その代わりレインさんかゴルディアさんのどちらかがカコ達のカバーに入って欲しいんです。できますか?」
『俺が行こう』
『うむ。ティアは我が守ろう』
商人が生きている場合、外でシュトとカコが騒ぎを起こして盗賊を引きつけ、その間にクレアとチャコが商人の救助に向かう。
このパターンでは、シュトは弓を使うのは最初だけで、あとは刃のついた靴で蹴り刻むことになる。
なので、念のためもう1人近接戦闘を増員するためにレインとゴルディアのどちらかに前に出てきて欲しいクレアだったが、レインが参加してくれることになった。
「じゃあ、ひとまずはこれでいいかな。あとは精霊待ちだね」
クレア達は精霊が入っていった館を見ながら周囲を警戒する。
精霊が戻ってきたのはしばらく後だった。




