Page75「追跡者を追跡」
盗賊らしき追跡者がいる状態でゆっくり馬車を走らせていると、2人いる追跡者の片方が道から逸れ始めた。
1人が残って監視、もう1人が拠点か仲間の集まっている場所に報告しに行った可能性がある。
クレアが操車している時は周囲の雪を火の精霊が溶かしていたので、魔道具だと思われる可能性が高く、そうなれば獲物扱いになることが多い。
だが、今はカコの魔法によって普通とは異なる方法で雪を溶かしているので、それによって魔法を使える者がいるということが判明した。
これにより、獲物だと思って襲いかかると返り討ちにされる可能性が高くり、その報告に向かったと思われる。
普通の盗賊であれば。
「二手に分かれたな〜」
「……どうしようか……」
残った1人を捕まえて拠点を聞き出すか、クレア側からも1人出して片方を追跡するか、離れていく方を追いかけるか。
候補はいくつかあるが、1つ目は自害の可能性があるため使えない。
2つ目は操車している人間は残った1人に見られているため、シュトとカコ以外のメンバーに追ってもらうことになる。
既に離れている人間を追えるのはチャコだけだった。
3つ目は幸いにも雪が積もっているだけなので不可能ではない。
ただ、追いかけるためには残った方をどうするかと、馬車で乗り込むため囲まれた時の危険性が増えてしまう。
「う〜ん。ここはチャコに頼も。シュトが肉料理作るって言うたらやってくれるやろ」
「……わかった。作る……」
「ということやで〜」
「仕方ないニャ。血が滴る焼き加減でお願いするニャ」
馬車の中で耳を澄ませていたチャコは、カコとシュトのやりとりを把握していた上に、離れて行く監視者の気配も把握していた。
もちろん、普段は耳を澄ませていないし、そこまで気配を読もうともしていない。
カコは監視者のいない馬車の左側の扉を開け、雪の中に飛び込んだ。
しっかりと装備を整えた上で防寒対策のマントを着けている。
また、獣人なので自前の毛皮もあるため普通の人や亜人よりは寒さに強い。
クレアのそばに居続けたせいで、多少他の獣人より弱くなってしまっているが……。
「離れて行った方はチャコに任せるとして、ウチらはどうする?」
「……しばらく様子をみよう……」
チャコが馬車から飛び出ようとしていたことを横目に確認しつつも速度を落とさなかったシュト。
既にチャコの気配は後方にあり、馬車を追いかけている追跡者をやり過ごしてから移動を開始していた。
ちなみに、離れたチャコがクレアの元に戻る方法は用意されているため問題はない。
ただ、あくまでクレアを対象としているので、クレアがカコとシュトから離れると追えなくなってしまう。
その場合は、クレアが精霊を使ってカコとシュトを探す手筈になっている。
また、今後はその対象にティアとリッカが加わる可能性がある。
「まだ追いかけて来てるな〜」
「……うん……」
「そろそろ昼食やけど前に分かれ道あるな〜。どっちやったっけ?フェゴへ向かう時にあったはずの標識も無くなっとるな〜」
チャコと別れてからも馬車を走らせていると、カコが溶かした雪の下から分かれ道が出てきた。
本来であれば分かれ道には、どちらに進めば何があるかだけが書かれた簡素な標識が立てられているはずだが、ここにはなかった。
クレア達がフェゴへと向かう際にはあったはずの標識がない。
魔獣が暴れた結果壊れたか、誰かが意図的に壊したり、持ち帰った可能性が高い。
「うーん。どっちの道の先にも煙が見えとるから村はあるんやろうけど……」
「……左は鉱山、右が正解……」
「せやせや!フェゴへ行く時右に行こうとして間違えたんやった!」
フェゴへ向かう時もこの場所はカコとシュトが操車していたのでシュトが覚えていた。
その理由は地図を読み間違えたカコによって鉱山の方へと進みそうになったからである。
幸いその時はクレアが気づいてすぐに戻ったのだが、それ以来カコに地図を任せることは無くなった。
「う〜ん。右側は盗賊がおる方やから行きたくないけど、仕方ないもんな〜」
「……うん。鉱山に用はない……」
「とりあえず警戒は続けておいて、行きと同じ少し行った先の休憩所で昼食とろか」
「……わかった……」
「後ろにも伝えとくな。お〜い。もう少ししたら昼食にするで〜」
盗賊は馬車の右側を追跡していたので、右に曲がるということは自分たちから盗賊に近づくことになるためできればやりたくないのだが、そのために鉱山に行く意味もないため素直に右に進む。
行きは少し進んだ先にある休憩ができる少し開けた場所でやすでいたので、今回もそこで昼食をとることになった。
もちろん調理はシュトだ。
カコは御者席と馬車を繋ぐ扉から中に声をかけて、昼食だと伝え、元の場所に戻りつつも追跡者の位置を確認した。
獣人か亜人にしかわからない距離を空けているので、昼食を取る分には問題はない。
盗賊側も種族差があるため、気付かれている前提で行動しているため、無理に様子を見ようとしに来ないはずである。
「よーし!到着やー!」
道が太くなった所の雪を火の玉で溶かすと、開けた場所が現れた。
そこに馬車を止めて全員降りると、シュトがティアに調理器具と食材を出してほしいと言ってきたので、ティアは言われた物を出した。
その次はクレアが頼んできた馬用の餌と水、リッカに干し肉を出してようやく落ち着いた。
クレアが馬の世話をしているのをティアとリッカが見ていて、その後ろにカコが立って周囲を警戒する。
警戒するのは馬車を止めたと同時に動くのを止めた追跡者が中心だが、周囲の警戒も忘れていない。
吹雪いているので獣が来ることは滅多にないが、魔獣であれば寒さをもろともせずに来る場合があるのだ。
「……できた……」
しばらくするとシュトが料理を終えた。
追跡に出たチャコを除いた全員が鍋の周りに集まり、鶏肉の入ったシチューと塊で渡されたチーズ、柔らかい白パンを食べる。
「チャコお姉ちゃんは大丈夫なんですか?」
「問題ないよ。チャコは私の場所がわかるからね」
「そうなんですか?」
「うん。それに、今戻ってきてる所だね」
昼食を取った後に少し長めの休憩をしていると、ティアがクレアにチャコのことを聞いた。
するとクレアはチャコが戻ってきていると言った。
実はクレアとチャコは主従関係で、それを表すための道具を互いに身につけている。
これによって互いのいる方向、距離がわかるのである。
クレアが誘拐された時にチャコが助けに行けるように渡されたものだが、基本的に今のように斥候に出るチャコと帰りを待つクレアという使われ方をしている。
それは、クレアが拐われるほど弱くないことと、厄介ごとに首を突っ込むためだった。
「ただいまニャ」
「おかえり」
「おかえり〜」
「……おかえり……」
「お帰りなさい。チャコお姉ちゃん」
「のじゃー」
クレアの言葉通りしばらくするとチャコが戻ってきた。
「無事拠点らしき場所を見つけたニャ。途中で中継の人間を挟んだ時はそいつが馬に乗ってたから焦ったけど、最終的には単眼鏡を使って場所がわかったニャ」
「お疲れ様。それで、拠点はどんな場所だった?洞窟?」
「洞窟ではないニャ。貴族というより商人の別荘という感じの作りだったニャ。もちろん真っ当な使われ方をしてなさそうな」
「そう。じゃあ、ほとんど決まりだね」
「そうニャ。何かの陰謀に巻き込まれえるニャ」
チャコが見つけたのは屋敷だった。
それも貴族のような見栄を張った屋敷ではなく、機能性を重視した屋敷で、別荘と言えども人を招く可能性のある場所に手を抜かない貴族ではありえない形状だった。
そのため商人の別荘と判断したのだが、雪深くなる場所に別荘を建てても意味はない。
少なくとももう少し過ごしやすい場所に建てるのが普通である。
よって、クレア達は何かを行うため人目のつかない場所に建てたと予想した。
そして、場所がわかれば後は行くだけである。
温め直したシチューをチャコが食べ終わるのを待ってから向かうことになった。




