Page74「ティアの決断」
盗賊らしき者に襲われた人を助けにいくか、放置して進むか、助けを呼びに戻るかの選択を迫られたティア。
依頼主はリッカの父親であるハクアだが、白竜山脈にいるため指示を聞くことはできない。
護衛は進言しかできないため、護衛対象であるティアが判断しなければならない。
「どうすればいいんでしょうか?」
「ティアちゃんのやりたい様にやればいいよ。危なくなったら異空間に逃げてもらえるし」
「普通だったら護衛対象がいる状態で盗賊を攻めることなんてできないニャ。ティアちゃんだから助けに行く選択ができるニャ」
クレアは好きにしていいと言い、チャコは盗賊を攻撃するように言う。
チャコの言う通り貴族や商人では異空間に逃げることはできない。
せいぜい結界の魔道具を使用するぐらいだが、それを使用しても効果が切れるまで攻撃されるか待たれるだけなので意味はない。
「盗賊を追えば襲われた人は助かるんでしょうか?」
「わざわざ殺さずに攫ったぐらいだからまだ生きてるとは思うけど、時間が経てば経つほどどうなるかわからなくなるね」
護衛は殺され、物資は残さず持っていかれているが、商人らしき人物の死体はなく、商会のシンボルマークも切り取られている。
理由があって攫ったのであれば殺されていない可能性が高い。
ただ、それも時間の問題である。
何かを聞き出すためだとすれば、聞き出せば用済みになる。
商会の権利を奪うためであれば契約書にサインをした時点で終了だ。
そのためには殺さないよう注意しながら拷問する可能性もある。
また、貴族や大商人が絡んでいる場合、当人やその使用人が引き取りに来る場合もあるので、時間が経てば経つほど手遅れになる可能性は上がる。
また、攫われた商人の性別がわからない以上どのような惨状になっているかも不明だ。
「フェゴに戻ればその分遅くなりますよね?」
「そうだね。しかも、あの村に実力者たちは殆どいないから、助力を願ったところで効果は薄いかもしれないけど」
「ティアちゃんが気を失ってる間に帰ってきた人等なら戦力になるけどな〜。盗賊を討伐するために動いてくれるかわからんし、無理に動かそうとしたら余分なお金がかかるな〜。その点ウチらならティアちゃんの護衛ついでに盗賊を倒すからお金はいらんよ〜」
「と言うか前払いの竜結晶の代金で十分お釣りがくるというか、盗賊を討伐してもまだまだ只働きしないとダメニャ」
フェゴに残っている冒険者の殆どは護衛依頼を受けれない者ばかりなので戦力にならない。
メモリアから帰って来た冒険者であれば問題ないのだが、戻ったばかりで疲れがたまっている上に緊急性がある依頼でもないので強制はできない。
盗賊の拠点が見つかっていれば別だが探すところから始まるため、通常の2、3倍の報酬を払っても動くか怪しい。
雪山を護衛しながら突破したので疲労はとても溜まっている。
「わかりました。攫われた人が生きてる可能性があるのであれば見捨てられません。盗賊を捕まえましょう」
「わかった。ティアちゃんにはできれば盗賊の拠点を見つけた時点で異空間に入って欲しいんだけど……」
「私にも何かできるかもしれませんよ?結界で守ったりできます」
危険になれば異空間に入る話だったが、クレアは盗賊の拠点を見つけたら入れと言い出した。
クレアにとっては拠点が見つかった時点で相手のテリトリーなので危険だと判断したのだが、ティアの認識では違うらしく拒否された。
自分でも何かしたいティアの気持ちもわかるため、折れたのはクレアだった。
「うーん。じゃあ、拠点を見つけたらレインさんとゴルディアさんを出して守ってもらうこと」
「はい。2人に守ってもらいます」
クレアの妥協点は護衛を増やすことだった。
ぬいぐるみになったせいでレインとゴルディアの実力がいまいちわかっていないクレア達だが、フェゴにいた冒険者より強いことはわかっている。
なので、2人を追加することに反対する者はいなかった。
たとえカコの炎で焼かれた姿を見た後でも。
また、ペンシィを呼ばないのは実力がよくわかっていないのと、ティアの契約精霊なので部外者が頼みづらいのもあるせいだ。
それでも必要があれば頼むつもりだが、今はその時ではない上に、契約精霊は契約主に危険が迫れば自動的に行動するので特に意識しなくてもいい。
クレアにも契約精霊がいるのでその点は安心している。
ティアにとっての最終防衛ラインはペンシィである。
「じゃあシュトよろしく」
「……わかった……」
「私じゃないニャ?」
「チャコはずっと警戒してたから休憩」
「わかったニャ。手伝って欲しいことがあれば言うニャ」
「……うん。その時はお願い……」
クレアは盗賊の探索をシュトに指示した。
チャコは馬車の操車中も警戒担当だったので、クレアの判断で休憩を取らせることにしたのだ。
チャコは獣人なので感覚も鋭く、やろうと思えば匂いで追うこともできるので、自分が指名されるとばかり思っていた。
シュトは獣人には及ばないものの亜人なのでクレアより感覚も鋭く、狩人として獲物を追い詰める技術や探す技術にも長けている。
また、吹雪のせいで匂いが消えている可能性もあるので、感覚だよりのチャコより技術のシュトの方がいいと判断されてもいる。
「じゃあ、ウチはシュトの温め役で行ってくるな〜」
「……よろしく……」
「行ってらっしゃい」
「頑張るニャ」
シュトとカコが馬車から出て行く。
今はクレアが馬車内にいるので、外に出たシュトを温めるためにカコが必要になる。
外に出たシュトは死体や周囲にある血痕を調べ、匂いを嗅いだりうさ耳を立てて周囲の音を拾った。
その結果、こちらを監視している人間が2人居ることがわかった。
こちらを襲うつもりなのか、品定めなのかわからないが、前日にチャコが感じ取った者と同じ可能性が高い。
「……監視2人……」
「盗賊?」
「……たぶん……ずっとこっちを見てる……」
「捕まえて聞くか、逃げるのを追うかやな〜」
もちろんこの場合の聞くは体に聞くことである。
ただし、ティアには見せられないので離れた場所でやる必要があり、その場合は捕まえたその場でやることになるはずなので、服を剥いて寒さで攻めることになる。
幸いカコが魔法で水を出せるので濡らして凍えさすこともできる。
「……一旦馬車を動かしてみる……」
「なるほど。追ってきたら捕まえて、逃げて行ったら追うんやね?」
「……そう……」
「わかった。じゃあウチが姫さん達に伝えてくるな〜」
「……よろしく……」
カコが馬車に戻ってクレアに伝えてる間に、シュトは御者席に座って手綱を握った。
監視している側からすると戻られて人を連れて来られるのは困る。
なので、シュト達の動向をさらに注意深く観察し始めた。
シュトはたった2人で襲ってくれば足を射抜いて動けなくしたところを捕まえるつもりで、逃げた場合も付かず離れず追いかけ、拠点を見つけるつもりであった。
そして、カコが暖房係として御者席に座ると馬車は走り出し、監視者はそれを追い始めた。
ただし、それは襲撃の速度ではなく、適度に距離を保つ追跡だった。
それも当然のことで、カコは馬車の周囲や前方に雰囲気対策の火の玉を出している。
火の玉を出しながら移動する馬車を2人で襲うのは、よっぽどの馬鹿か腕に自信のある者だけである。
よって、2人の監視者が近づいて来ないのはカコのせいでもある。
「追ってくるだけやな〜」
「……そうだね……」
それも気づかないのは獲物を追うことなく魔法による力技で倒すことも多いカコだけで、シュトは気づいていた。
気づいていたが今更なので言い出せなかった。
「……しばらく走って様子をみよう……」
「せやな〜。なんで追ってくるのかもよくわからんけど、この感じやったら大丈夫そうやな〜」
「……うん……」
シュトは監視者が追跡してくるのを感じながらも、速度を緩めてのんびりと馬車を走らせ始めた。




