Page72「道の先には」
微かに煙を上げながらも、レインとゴルディアはむくりと起き上がった。
彼らからすれば、いきなり背後の雪の塊が炎の竜巻に呑まれたのだからたまったものではなかった。
ただし、魔力の流れが知っている流れだったので焦りはなかった。
組手の結果がここに活かされていた。
『よう。手荒な挨拶だな』
『うむ。まったくだ。我らでなければ消し炭になっていたところだぞ』
「いやいや。2人とも一回消し炭にはなってるニャ」
レインとゴルディアの発言にチャコがツッコミを入れる。
「お、おはようございます。大丈夫ですか?」
『おはよう。問題ないぜ』
『おはよう。こちらも問題ない。よく眠れたか?』
「はい。眠れました」
ティアはレイン達の様子を確認しつつ挨拶を交わす。
クレア達はその様子を見ながら馬車の準備を進めていたため、クレアが吹雪から守った馬は馬車に繋がれており、いつでも出発できる状態だった。
「レインさん、ゴルディアさん。夜間警戒は問題ありませんでしたか?」
『ん?特に何もなかったぜ』
『あぁ。獣一匹来ることがなかったのでな。レインと昔語りをするだけの夜だった』
クレアがレイン達に夜間警戒のことを聞いたが、特に問題はなかったようだ。
ティア達が野営のために異空間に消えてしばらくすると吹雪だしたため、盗賊はおろか獣すら見かけることはなかったのである。
そのため精霊になった男2人で語り明かすだけとなった。
「そうですか。では、出発しても大丈夫そうですね」
『あぁ。問題ないぜ』
『そうだな。では、我らは異空間の中に入るとしよう』
「わかりました。収納しますね」
レインとゴルディアが進んでティアの前に移動したので、ティアは2人を異空間に収納した。
クレア達からすると馬車の中や御者台にいてもらってもいいのだが、レイン達はそれを言われる前に異空間に消えていった。
レイン達は元勇者と元魔王なので、クレア達から質問責めにされるのを嫌って異空間に入っている。
若い女の子のパワーの押されたわけではない。
そもそもグイグイくるメンバーはクレア達の中にはいない。
「それじゃあみんな乗ってね」
クレアが御者台に飛び乗り声をかける。
声をかけられたメンバーは馬車に乗り込み、チャコだけがクレアの横に座った。
昨日に引き続き警戒要員である。
「そういえばクロステルまではいかどれくらいかかるんですか?」
「んー。普通の馬車で10から15日やな〜。ウチらは5日から7日ぐらいで行けるけど」
「半分なんですか!お馬さんが速いからですか?」
「それもあるけど、姫さんが雪を溶かしながら進んでくれるからなぁ〜。魔道具で溶かすよりも早いし、こういった吹雪の中でも問題なく進めるねん」
「クレアお姉ちゃんは凄いんですね」
普通の馬車に付けられている魔道具では、馬車の周囲の雪を溶かすことはできるが、地面はぬかるんだままとなるため、馬の速度に影響する。
そして、クレアほど広範囲の雪を溶かせないため、道を外れないようにゆっくり走る必要がある。
多少の雪なら平気なのだが、道がわからない状態で走るわけにもいかないため、街道では速度を落としている。
町や村の位置がわかればある程度速度を出すが、目印が盗賊による罠の可能性もあるため、やはりそこまで速度は出せない。
その点クレアは精霊頼りではあるが、効率的に進めるように周囲の雪を溶かし、吹雪から馬車を守りながら進んでいる。
普通は魔道具があっても吹雪には対応できないため、こういった天候の日は動かず天幕などを張って吹雪から身を守るのだが、クレアには関係がなかった。
ちなみに、ティアもやろうと思えばできるのだが、大量の火の精霊頑張ってしまうため、クレアほどうまく溶かすことはできない。
火の精霊にも自我があるため自分が1番活躍しようと張り切ってしまうためだ。
「む〜。ここは暇なのじゃ〜!ティア〜。外に行きたいのじゃ〜」
「外って飛ぶのですか?」
「そうなのじゃ!」
「大丈夫でしょうか?」
「ティアの位置は離れていてもわかるから大丈夫なのじゃ!馬車?の周りを飛ぶから問題ないのじゃ〜!お願いなのじゃ〜!」
「あ、う、り、リッカちゃ、や、激し」
リッカがティアの体を揺すりながらお願いする。
力が強すぎて体がグラグラしているので、ティアがうまく答えられなくなっている。
リッカは必死にお願いしているので気付かず、ティアは揺すられているせいでうまくリッカの手を抑えることができなかった。
「……リッカ、止まって……」
「のじゃ……」
リッカはシュトに言われるとすぐに動きを止めた。
シュトの声は不思議と頭に響くので、必死に揺するリッカにも響いた。
「ティアちゃん大丈夫?気持ち悪いなら言いや?」
「だ、大丈夫です……ちょっとフラフラするだけです……」
カコがフラフラするだけティアを支えながら顔色を確認したが、特に問題なさそうだった。
ティアは進行方向を向いた椅子に座っていたので、酔わなかった可能性もある。
「てぃあ〜……」
ついに涙を溜めてティアを見だしたリッカ。
ただ、ティアには許可が出せないので……。
「カコお姉ちゃ〜ん。どうすればいいんですか〜?」
ティアも涙目になってカコに問いかけることになった。
「うっ。危なくならんように約束できるならええんとちゃうかな。な!シュト!」
「……う、約束できる?……」
「できるのじゃ!山では飛んでたのじゃー!」
ティアとリッカの涙目を受けたカコとシュトは狼狽えながらも、何とか許可を出そうと頑張った。
その結果リッカは元気になり、ティアはホッと息を吐いた。
「……それじゃあクレアに伝えてくる……」
「よろしく〜。ティアちゃんはここでウチと待っとこな〜」
「わかりました。リッカちゃん。気をつけてくださいね」
「のじゃ!」
シュトに手を引かれてリッカが御者台へと続く扉に向かう。
ティアはカコに膝の上に座らされたので、その場からリッカに声をかける。
第一護衛対象はリッカではなくティアで、リッカは竜なので簡単にやられることはない。
気をつけるべきは盗賊に捕らえられる可能性だが、それもティアの従魔になったことで位置がわかるため、最悪捕らえられたとしても助けることはできると判断されていた。
一撃で殺されてしまえばそれは通用しないのだが、盗賊が竜を倒せる可能性は限りなく低い。
そんな事を考えられていたリッカは、ティアに声をかけられて軽く手を振りながら扉を潜った。
「気をつけるニャ」
「そんなに遠くに行っちゃダメだからね」
「のじゃ!」
「それから、変なものを見つけたら教えてね」
「のじゃー!」
クレアとチャコはシュトに説明を受けると反対する事なくリッカを送り出すことにした。
2人はリッカに空の目をお願いしたかったのもある。
リッカはクレアのお願いを聞くとパッと光り、御者台に服を残して飛び立った。
そしてそのまま一気に急上昇して、雲を突き抜けていった。
「高く飛びすぎじゃないかニャ?」
「うーん。吹雪が邪魔なのかな?」
「あんな山に住んでたのに吹雪が苦手なんてあるニャ?」
「じゃあ、抑圧された気持ちが高ぶったんじゃないかな」
「なるほどニャー」
「それよりも盗賊の気配はある?」
「ないニャ。諦めたのかは判断できないから、このまま続けるニャ」
「お願い」
クレア達が移動を開始してから、チャコが全方位を警戒していたが、盗賊の気配はなかった。
諦めた可能性もあるが、クロステルはまだまだ先である。
チャコは本能で警戒しているため1日、2日ほど平気だが、クレアでは半日、カコとシュトでも1日も持たず消耗してしまう。
警戒はチャコが適任だった。
しばらく何も起きることなく進み、一度昼食を挟んでさらに進んだ。
そして太陽が沈み始めた頃、リッカが御者台に飛んできて、人型に戻った。
もちろん裸で。
「どうしたのニャ?」
「あっちに変な山があったのじゃー。雪を退けると馬車?が倒れてたり、馬が倒れてたのじゃー!」
素っ裸のリッカは馬車の進行方向を指差して叫んだ。
リッカの指差す方向に馬車が横転していて、馬が倒れているらしい。
「盗賊の可能性が高いニャ!」
「うん!速度を上げたいけど、罠の可能性もあるから今のペースで進むよ」
「了解ニャ!」
「リッカちゃんは案内よろしく!」
「のじゃー!」
馬車の中にいるメンバーにも前方に馬車が倒れている事を伝え、リッカの先導で進む。
リッカの見つけた小さな山が見えたのは日が完全に落ちてからだった。