Page70「不思議は続く」
ティア達の中で1番早く起きたのはチャコだった。
チャコは起き上がると周囲を見回し、掛け毛布が捲れているカコとリッカに掛け直す。
10人が寝れるベッドと言えども掛ける毛布はそれぞれ別にある。
全員が一枚の毛布で寝ると寝相の悪い者が全て奪ってしまうのだ。
例え部屋の温度が一定に保たれているとしても、包まれているかどうかで安眠が左右される場合もある。
クレアとティアはそちら側であり、ティアに至ってはぬいぐるみを抱きしめて大人しく自分の毛布にくるまっている。
その隣のリッカは足や手を豪快に投げ出していたが、カコほど移動していないので可愛いものだった。
カコは自分の割り振られた範囲が他の人よりも広かったにも関わらず、シュトの近くまで移動していた。
シュトはチャコが起き上がると同時に目を覚ましていたので、起き上がってチャコと挨拶を交わした。
「おはようニャ」
「……おはよう……」
「とりあえず顔を洗って、朝食の準備でもするニャ?」
「……うん……」
「じゃあ行くニャ」
チャコシュトはベッドから降りて部屋を出て行った。
洗面所やキッチン、トイレの場所などの必要なことは、事前に説明されていたので2人だけでも問題ない。
2人はトイレを済ませて洗面所で顔を洗い、歯を磨いた後服を着替えて髪を整えてからキッチンに向かう。
キッチンに入るとペンシィが現れた。
「おはよう〜。2人が朝食を作るの?」
「そうニャ」
「……はい……」
「わかった。機材は自由に使ってくれていいし、魔石キッチンだから使い勝手もいいよ。食材は言ってくれたら出すから、リストを出しておくね!」
ペンシィがどこからともなく5枚の紙を出した。
そこには食材と量が書かれていて、何故かイラストも描かれていた。
と言っても白黒なので食材の形がわかるだけで、肉に至ってはほとんど同じだった。
「うーん。移動中にここまで立派な魔石キッチンで料理するのは不思議ニャ」
「……立派すぎる……」
チャコとシュトが見ているキッチンは、各所に魔石をはめ込むことができ、それにより冷や水を出したり、ランプ代わりに光をつけることもできる。
また、魔大陸で作成されている調理用魔道具もたくさん用意されている。
ペンシィはティアの魔力が多いことをいいことに、記録されている情報を元に片っ端から最新の魔道具を作り出したのである。
もちろん異空間内だからこそ簡単に作れているだけで、外で作るとなると数倍から数十倍の魔力を消費する。
風の刃で食材を細切れにする物や、圧力をかけて食材の旨みを閉じ込める物、鉄板に魔石がついていて一定の温度で焼ける物など様々だったが、殆どの魔道具を見たことがないチャコとシュトにはただ単に色々あって凄いという程度の認識だった。
それでもコンロは8口、水場も4箇所あり、調理台も数人が自由に調理できるほど広かったが、これでも第2キッチンということを聞かされた時はとても驚いていた。
第1キッチンはダンスをする際に振る舞う料理を作る時に使うための場所で、一度に20人が調理できるキッチンだった。
さすがにクレア達だけで使う場所ではないので、普段は第2キッチンを使うことに決めていた。
「それじゃあ食材を出してもらう前に調理器具を説明してほしいニャ!」
「そっか。見たことないんだね。じゃあ、まずはこれから……」
ペンシィによる調理器具の説明の後、食材を取り出してもらい朝食を作り始めるチャコとシュト。
2人であれば魔道具を使わなくても同等の料理はできるのだが、折角あるのなら使ってみたくなるもので、その機能に驚きつつも楽しそうに料理していた。
チャコとシュト調理をし始めてしばらくすると、ティアとクレアが起きた。
クレアは体を起こすとカコの毛布を整え、ティアはリッカの毛布を整えた。
リッカは毛布を蹴って足を露出させていて、カコは毛布の中に体を突っ込んで尻尾だけ出している状態だった。
「おはようございます」
「はい。おはようございます。ティアちゃんはよく眠れた?」
「はい。昨日は皆さんのお話を聞かせていただけて楽しかったです」
「そっか。それは良かった」
前日の寝る前に冒険者学校の話や、フェゴに来る途中の話などを聞かせてもらっていたティア。
程よく興奮したおかげで、昼近くまで寝ていたにも関わらずグッスリと寝ることができていた。
ティアより先に寝たリッカはまだ寝ているが。
「リッカちゃんとカコお姉ちゃんは起こした方がいいのでしょうか?」
「う〜ん。いいんじゃないかな。別に急いでるわけじゃないし」
「わかりました」
ティアとクレアはベッドから出て、チャコ達と同様にトイレを済ませて顔を洗い、歯を磨いた。
その後服を着替えて髪を整えた。
今日のティアは編み込みだ。
ティアとクレアがキッチンに顔を出すと、既に殆ど完成していた。
今は仕上げをしていたところである。
と言ってもスープとサラダとサンドイッチなので、そこまで手が込んでるわけではない。
強いて言えばサンドイッチ具材に肉が多い程度である。
冒険者は食べられる時に食べる。
そして、殆どの冒険者が肉を好むため、冒険者御用達の店では肉メニューがある。
クレア達も肉をよく食べていて、それに対しては時間は関係ない。
ちなみにクレアの干し肉好きはこの件とは関係なく、他のメンバーも干し肉はあまり食べようとはしない。
「おはよ〜」
「ティア〜!」
料理完成して少しするとカコに手を引かれてリッカがキッチンに入ってきた。
リッカは即座にティアに抱きつき、平らな胸に顔を埋めた。
「どうしたんですか?怖い夢でも見たんですか?」
リッカは子供なので、起きた時にカコしかいない状況に不安を抱いたのかと思い、ティアはリッカを抱きしめた。
そのほんわかとした空気を、リッカのお腹の音が壊した。
「お腹が空いたのじゃ〜。早く魔力がほしいのじゃ〜!」
ただお腹が空いただけだった。
抱きついたのは空腹から来る寂寥感のせいなので、ほんわかした空気はあながち間違っていないのだが、誰も気づかなかった。
ティアは涙目なリッカに額から魔力を出して食べさせる。
リッカはそれに飛びついて咀嚼して飲み込む。
これによってリッカは笑顔になった。
「リッカちゃんが魔力を食べているのを見ると、私もお腹が空きました」
ティアがお腹を押さえながら朝食を見る。
「じゃあ、食べようか」
「食べるニャ!」
「……運ぶ……」
「ウチも運ぶで〜」
全員で朝食を食堂まで運び、昨日と同じ位置に座り、食前の挨拶をしてから食べ始める。
「ティアちゃんどうニャ?」
「おぃひぃれふ」
口に含んで噛んでる最中に聞かれたので、慌てて答えるティア。
ギリギリ溢さなかったが、それ見たクレアがチャコを注意する。
「食べてる最中に話しかけるのは良くないよ」
「ごめんニャ。早く感想が聞きたくなってしまったニャ」
「チャコはせっかちやしな〜」
「カコはのんびりすぎるニャ」
「やる時以外はこんな感じが丁度いいんやで〜」
カコは耳をピクピクさせ、尻尾をゆったり振りながら朝食を食べる。
チャコはピシッとした姿勢で黙々と食べ、他のメンバーも各々のペースで食べ終わった。
「それじゃ、外に出ようか」
「そうするニャ」
全員が装備を整えてホールに集まり、装備の具合を確かめている。
「それにしても普通じゃない野営やったな〜」
「……だいぶ助かる……」
「そうやけど、こんなん味わったら普通の野営なんてできへんわ〜」
「元の野営になったらなったですぐに慣れるニャ」
「そうやろうけど……今のままがいいわ〜」
カコが今回の野営味を占めてしまい、普通の野営に戻れないと言い出した。
普段は外でテントを張り、一晩中見張りを立てなければならないので、その気持ちはほぼ全員が持っていた。
クレアだけは野営を心から楽しめていた。
それがいつまで続くかわからないが……。
「よし!馬車を取りに行ってから外に出よう!」
「出発ニャ!」
クレアとカコを先頭に屋敷から出る。
橋を渡って、草原で馬と馬車の準備を整えてから、それぞれ外に出る。
外は全てが白く塗りつぶされていた。